27 「じゃあ、どうしようか?」
カジノを出たレイ達はクロードの泊まる宿へと向かった。
だが、クロードの部屋のドアをノックし声を掛けても返事が無い。
「居ないな。まぁ、酒でも飲みに行ってるのだろうさ」
アッサリとクロード達の行き先を見抜いたマリーに連れられ、宿屋内の酒場へと向かう。
「おう、来たか」
そこには若干顔の赤いクロード、カウンターに突っ伏すリック、あれ?飲んでないの?といった感じのレオルードが居る。
「あ~、マリュィー。アイ ラーヴュー、う?」
マリーを見つけ、呂律の回らない口とフラフラな千鳥足で抱き付きに来たリックに、マリーが無表情でアイアンクローを極める。
「痛!イタタタタ!頭が割れるように痛い!?」
「そうかい。なら、そのまま割れてしまいな」
マリーはそのままリックをポイ!と床に投げ捨てる。
床の上でリックが「愛が痛い」等の訳の分からない言葉を呟いている。
それをエリスが「初めて見る生態系」と新種の虫を見つけたかの様な目つきで見ていた。
「で、今晩は幾ら負けた?2万ぐらいか?」
「おや?最初から負けと決めつけるのかい?随分と舐められたものだね」
クロードの言葉に不敵に笑ったマリーがアイテムボックスから大金貨5枚を取り出しカウンターの上に置く。
「これを見てまだそんな口を叩けるかい?」
「なっ!?これは、お前っ!ついにカジノを襲っちまったのか?」
「違う!勝ったんだよ。勝ったの!」
「冗談だよ、冗談。50万か、凄いじゃないか」
「大した事ないさ。エリスは200万勝ちだぞ?」
「なっ!?200…」
驚愕の表情でエリスを見るクロードにエリスが無言で2本指を立てる。
それがヴィクトリーのVなのか200万勝ちの2を意味するのかは分からない。
その表情はいつもの様に無表情だが、心なしか胸を張っている様にも見える。
「その上、レイに至っては400万勝ちだよ」
「400……。お前等何してきたんだ?」
「聞きたいか?なら教えてやろう。先ずな……」
彼等の夜はまだ終わりそうに無かった。
翌日。
レイは革張りの高級そうなソファーに腰掛けていた。
隣のクロードは、鼻歌を歌いながらテーブルの上に金貨を積んでいた。
50枚ずつ、きっと7列を積み上げるつもりなのだろう。見事なバランス感だ。
今、2人が居るのは商人ギルドの商談用の一室だ。
この商人の為のギルドには、当然のように両替を取り扱うカウンターもある。
350万ギルを白金貨3枚、大金貨5枚にすることも出来る。というよりも元々そのつもりで用意していたのだが、「金貨350枚の方がインパクトが有る。むしろ大銀貨3500枚にしたい」とクロードが両替してしまった。
「クロードさん?」
「んー?何だ、今良いとこなんだ」
「趣味が悪い」
「馬鹿言え、こういうのはインパクトが大事なんだよ」
「金払って、ハクレンを受け取って、それで終わりじゃないですか。わざわざ波風立ててどうするんですか?」
「商人にはハッタリも大事なんだよ。『コイツと争うと碌な事は無い』そう思わせる事もな」
レイの目にはただの嫌がらせをしているようにしか見えない。
そして、本心がそれであろう事も何となく分かっていた。
「よっしゃ!出来た!」
50枚7列の金貨の壁が出来る。
「横幅は良いけど、ちょっと低いか?」
その出来にクロードは満足していない様だった。
「100枚積み上げた物を3つ。それを寄せ合わせてその真ん中に50枚積んでタワーにしたら?」
「お、そいつはインパクト有りそうだな。それで行くか」
クロードは再び金貨の山をテーブルの真ん中で積み直していく。
「早く来いよ。アストン」
レイのその呟きは待ちきれない。と言うより、待ちくたびれた。と言った方が正しかった。
「いやいや、スマンね。お待たせしたかな?」
2日ぶりに会ったアストンは、やはり脂ぎっていた。
待たせている事など承知の上で、敢えて時間を掛けてゆっくり来たのだろう。
「いえいえ、わざわざご足労頂きありがとうございます」
クロードが笑顔で迎え入れる。
アストンの後ろに続いてハクレンも部屋に入る。
「それで、何の用ですかな?期日は明日ですが、もうお金を用意出来たのですかな?」
「ええ、用意しました」
「何!?350万をか?」
自身の言葉をアッサリと肯定したレイにアストンが驚きの声を上げる。
「御自分の目で確認されますか?」
その言葉を合図にクロードがテーブルの上にかけていた【不可視化】を解除する。
「馬鹿な…」
「凄い」
目の前に現れた金貨のタワー。
商人としてそれなりのキャリアを持つアストンには、直ぐにその金貨の枚数がどの位なのかを理解する事が出来た。
ハクレンもまたその光景に目を丸くし口元を押さえている。
「不満ならギルド職員に確認させるが?」
「クッ」
「納得して貰えたのなら、契約を履行して貰おう」
「………」
「言うまでも無いが、証人もいる。証人が宣誓したところを見た第三者もいる。何ならギルドに裁定して貰っても良いが?」
「チッ、持って行け」
アストンが諦めた用に言い捨てソファーにドスンと腰を落とす。
その衝撃で金貨のタワーが崩れ飛び散る。
「じゃあ、そういう事で」
クロードがパンパン!と手を叩くと部屋にギルドの職員が入ってくる。
「内容に異議等が無ければ、こちらにご署名を」
「フン、手回しの良い事だ」
既に前もって事情を話し、必要な書類の準備をして貰っておいた。
内容を一瞥したアストンが荒々しく署名する。
「カトー様も確認し、こちらにご署名を」
「あ、はい」
書類の内容は、レイがアストンから350万ギルでハクレンの所有権を購入した事を認め、今後一切の文句を言わないことを誓う。という物だ。
レイに異議がある筈も無い。手早くそれにサインをする。
アストンの署名した物がレイに、レイの署名した物がアストンに渡された。
「それでは所有者登録の手続きですが、当ギルドで代行いたしますか?」
「任せる」
「了解致しました。では、こちらにどうぞ」
本来は奴隷の所有者登録は売った奴隷商自身が行うべき事なのだが、公的にも中立な機関と認められている商人ギルドでは代行を認められている。勿論、売り主と買い主の同意が有ればだが。
「おい」
職員に案内され部屋を出て行く一行にアストンが声を掛けた。
「払い過ぎだ。20万は前金で受け取っている。余計な分は持って行け」
「へー、てっきり黙っているかと思っていたけどな」
「馬鹿にするな。そこまで落ちぶれてはおらん」
意外そうに答えるクロードにアストンが渋面で苦言を呈する。
「迷惑料代わりに置いて行こうかと思ったのだがな」
「いらんわ!貴様の思う壺に嵌ったのは癪だが、大いに儲かったので良しとする。予定より200万は儲かったからな」
「ふーん。その様子じゃ分かってないな」
クロードが床に散らばる金貨を拾いながら言葉を返す。
「ルクセインという男は、欲しい物の為になら労力を惜しまない。目をつけた女の為なら500万でも600万でも出したさ。実際、以前別の貴族と競り合って780万を出した事もあった」
「な、何んだと!?」
クロードの言葉にアストンが思わず立ち上がる。
「やっぱり知らなかったな。それに、かなり根に持つタイプだ。自分が欲しがっているのを知っていながら、他の客に売ったとなれば、……面倒臭い事になるかもな」
「…冗談じゃろ?」
「ご愁傷様。まぁ、がんばってくれ」
20枚の金貨を拾い集めたクロードが背を向けて手を振りながら部屋を出る。
「………」
呆然とたたずむアストンを残し、部屋のドアが閉まる。
ドアの向こうから聞こえる呻き声にガッツポーズをしたクロードは鼻歌を歌いながら立ち去った。
商人ギルドの2階の一角。そこは主に奴隷の取引に使われている。
そこでレイはハクレンの所有者登録をしていた。
「これで所有者登録完了です」
「ありがとうございます」
「これでカトー様は奴隷所有者となられました。奴隷所有者には幾つかの義務が生じます。ご説明いたしますか?」
「お願いします」
ギルド職員に教わった奴隷所有者の義務を簡単にまとめると
・奴隷に衣食住を与え、不当に死なせてはならない。
・奴隷1人当たり年間で金貨1枚の税金を納めなくてはいけない。
・奴隷の権利を妨げてはいけない。
となる。
奴隷の権利ウンヌンというのは、『○○はしなくてよい』といった契約で買った奴隷にそういった行為を強要してはならないという物だ。
しかし、
「カトー様が購入された奴隷は身分奴隷です。全ての権利を放棄したと思って頂いて結構です。戦闘奴隷として迷宮で盾にしても問題ございません。勿論、あー、その……。ともかく、故意に死なせるような行為でもなければ、何をしても構わないという事です」
レイにも職員が何を言いよどんだのかは大体理解できている。
「何かご質問等はございますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
レイはお礼を言い席を立つ。
レイが振り返り目が合うとハクレンは笑顔を浮かべ足早に側までやって来る。
「これより誠心誠意お仕えさせて頂きます。宜しくお願いいたします」
「あ、あぁ、こちらこそ宜しく」
よどみなく挨拶をしたハクレンに対し、レイは緊張からか声が上ずっていた。
「さ、さて、じゃあ、どうしようか?」
ここまで勢いだけで来たレイには、今後についてのプランなど何も無かった。
そんなオロオロとするレイをクロードがニヤニヤと見守る
クロスロードは本日も平和だった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「読書中失礼致します」
執事服に身を包む痩身の男性がテラスで本を読む自身の主に声を掛ける。
「何かな?」
「件の『アレ』がクロスロードに到着したようです。やはり賊如きに任せたのが間違いだったようです。申し訳御座いません」
「ふーん、そう」
主は本から視線を外す事無く興味無さ気に答える。
「ところでさ」
「はい」
「勘違いしてないかな?」
「は?」
「君の言う『アレ』とか『賊』とかに心当たりが無いんだけど?私がそんな指示を君に出したかな?」
「いえ、それは…」
そこで初めて主の視線が本から離れ、執事の目と合う。
「それではまるで私が賊を使って何かを企んでいた様じゃないか。君の勘違いだろ?」
「そうでした。私が勘違い致しておりました。申し訳御座いません」
「ウンウン。まぁ誰にでも勘違いは有る。気にする事は無いさ」
そう言うと主は伸びをして、目の前に広がる美しい湖畔の風景を眺める。
「クロスロードと言えば、もう直ぐオークションだね。年に一回の」
「は、左様で御座います」
「暫く行ってないね。最後に行ったのはいつだったかな?」
「5年前が最後だったかと記憶しております」
「そうか、5年か。久しぶりに行ってみようかな?掘り出し物が在るかもしれない」
「畏まりました。直ぐに手配いたします」
「ウン。宜しく頼むよ。それと、池の西にクロリスの花が咲いているんだけど、あそこは紫の花より赤い花、モリージアとかの方が綺麗だと思わないか?」
「は、仰るとおりです」
だからどうしろ。とは言われない。だが、それでも何をしなければいけないのかは十分に分かっている。
執事は静かに、それでいて速やかに部屋を出ると成すべき事を成す為に奔走する。
お気に入りの風景を眺めていた主は、暫くすると再び読書へと戻る。
その際に一言
「良い暇潰しになると良いな」
そう呟いた。
翌日、池の西側一面に咲いていた花が紫から赤に変わっていた。




