26 「勝負は1回。賭け金は200万」
カジノの女王とも言われるルーレットは、普通に行ってもカジノに利益が出るように考えられている。
利益を増やしたいなら、多くの客にたくさん遊んでもらう事だ。
だが、儲ける為に細工をして不当な利益を出そうとする店も在る。
クロスロードには民間カジノも在れば、もっと危険な闇カジノも在る。
そんな中で公営カジノに人がやってくるのは、『公営は安全』という前提があるからだ。
そんな公営カジノでイカサマが行われるのは許し難い。
そんな事をチートを貰って転生してきた存在そのものがイカサマのような男が憤る。
ルーレットのホイールに細工なんて個人ではなかなか出来る事ではない。
しかも4つのテーブル全てなどと店ぐるみとしか考えられない。
どんな仕組みになっているのかまでは分からないが、逃げ道も用意されている筈だ。
騒ぎ立てたところで、摘み出されてお終いだ。
「所詮はサマ師の集団。遠慮する事なんかねぇ」
店から存分に巻き上げてやる。そして350万稼いでやる。
レイはそう意気込んでいた。
だが問題は、この店のルーレットでの賭け金は上限が3万ギルと設定されている事だ。
確かに3万ギルは一般人の月収に相当する。「あまり高額な賭けは出来ません」という安全性のアピールの様にも見えるが、実際は高額な支払いを避ける為の物だろう。
エリスの見たところ、ホイールが回り始めると出目の操作は出来なさそうだ。
しかし、ベットはホイールが回り始めてからも暫くは行える。
そこで当てられる可能性が有る。その為、高額の賭けを禁止しているのだろう。
とにかく、賭け金の上限が3万なら1目賭けの36倍で5回当てて540万。そこが目標だ。
何故540万かと言えば
「欲しい魔導書がある」
「え?」
「100万ぐらい」
どうやらエリスが一攫千金という言葉に釣られたのは、手に入れたい高額な魔導書があるかららしい。
まずは資金調達。
本当は調達するまでもなく200万ほど有るのだが、1万ギルを10倍にする。
500ギルを白黒の2倍賭けで1000ギル、2000ギル、4000ギルに増やす。
その4000ギルを大中小の3倍賭けで12000ギルに増やす。
次は敢えて4000ギル負けて、その次で5000ギルを3倍、15000ギルに増やす。
3回に1回わざと負け、負けた次から賭け金を増やす。
そんなことを繰り返し、最終的に2万ギルを6倍の6目賭けで12万に増やす。
後は10万ギルまで負け続け「ツキが逃げた」と台を離れる。
結果だけ見れば大勝だが、最後に8連敗しているので不審には思われなかった。
一方でエリスはレイの6目賭けまでをサポートすると、その後は別の台に着く。
そして最初の1回で36倍の1目賭けを成功させ36万ギルを手にし周囲を沸かせる。
その後は26回連続で1万の1目賭けに失敗し席を立つ。
2人共に10万ギル分のチップを持ってしばらく店内を見て回りながら打ち合わせをする。
ルーレットエリアに戻ってくると、ちょうど2席空いている台があった。
その席に座ると、そこはマリーのいる最初の台だった。
マリーの「あっ!?そういえば」という表情から彼女が2人の事を完全に忘れていた事がうかがえる。
完全に自身が楽しむ事に熱中していたようだ。その目が「ゴメン」と言っている。
レイも肩をすくめて「しょうがない人ですね」と返事をしておく。
2人はゲームが始まると、まずは適当に賭け始める。当然チップはドンドン減っていく。
そして5回目のゲームでエリスがレイの袖を3度引っ張った。
「さて!大きく賭けるか。18に3万!」
若干わざとらしいセリフと共にレイが白の18に銀のチップを6枚置く。
周囲で「おお!」と感嘆の声が起きる。当たれば3万の36倍、108万を手にする事になる。
その他の客も賭け終わったのを見計らい、ディーラーがホイールを回しボールを入れる。
「ベットの変更・追加ございませんか?」
ディーラーの声にレイが反応する。
「数字を21に変更」
レイが賭ける目を18から21へと変更する。
「了解致しました。他はございませんか?では、ノー・モア・ベット」
ディーラの宣言で賭けの受付が終了する。
後は結果を静かに見守るだけだ。
ボールは白い文字で21と書かれたマスに落ちて止まる。
「…白の21!おめでとうございます」
ディーラーがレイに祝いの言葉を告げる。
係員によってレイの前に108万ギル分のチップが置かれる。ルーレットでは3万以上賭けられないので、全て1万ギルの金チップだ。
周囲の者が感嘆の声と羨望の眼差しを向けてくる。マリーも例外ではない。
その後レイは上限金額で賭け続ける。それに触発されるように周囲の客も賭け金・頻度を上げていく。
その中で今度はエリスが上限金額の1目賭け、36倍108万を手に入れる。
周囲の目が驚愕に彩られる。
「さぁ、ツキが変わらない内に次に行こうぜ」
ここまできたら、後はサクサクっと稼いで逃げるだけだ。
(マリーさんを忘れていたのは痛かったな)
レイは密かに後悔していた。
実はマリ-がレイ達を忘れていた様に、レイもマリーの事を忘れていた。
レイが目標としていた5回のアタリは実は無茶な物だった。
現在レイが1回、エリスが1回。これだけなら偶然の産物と言っても無理はない。
だが、もう一回当たれば、確実に怪しまれマークされる。その次が有るかどうかは相手次第だ。
だから次の一回で大きく稼がないといけない。
最初からマリーを頭数に入れていれば、後3回いけたのだ。
「今更相談してる時間も無いしな」
そんな事をすれば怪しまれるだけだ。
予定通りで行くしかない。
ゲームが始まる。客が各々ベットする。
ホイールが回り、ボールが入る。
「14に3万」
エリスが上限金額で1目にベットする。
そして更に、
「俺も同じところに3万」
レイも同じ14にベットする。
(マリーさんも乗ってくれ)
そんな思いを乗せたレイの目がマリーの目と合う。
「私もベット変更。14に全額」
ニヤリと笑ったマリーが14に18枚の赤チップを乗せる。
「俺もだ」「私も」「ワシも」
マリーを皮切りに、更に3人が何かを感じ取ったのか14の1目賭けに便乗する。
合計金額は10万を超える様だ。
カラーン!
全員が息を飲んで見守る中、ボールが1つのマスに落ちる。
「…そんな!?」
「ディーラー、コールは?」
「…白の…14」
「よっしゃー!」
14の目に賭けた客を代表するようにマリーが大声でガッツポーズをする。
「あーぁ、そんなに騒いだら」
騒ぎを聞きつけて台の周りに人が集まり始めている。
台の近くにいた店員が何か相談をして店の奥へと消えていった。
きっとこれで終了だろう。
レイの予想は的中する。ただし、予想の若干上を行く形で。
「ちょっと宜しいでしょうか、お客様」
背後から掛けられた声に「ほら、来た」と思いながら振り返ると、そこには数人の店員を連れた若い女性がいた。
形容するなら『美人ディーラー』だろう。
薄い桃色のボブショートの髪、整った顔立ちを絶妙な化粧で更に美しく見せている。
客の視線を集める為か、シャツの胸元は際どい所まで開いており、スカートのスリットもかなり深い。
「何でしょうか?」
「いえ、どうやら本日はかなりツキに恵まれていらっしゃるご様子で」
「まぁ、そうですね。そんな日も偶にはあるでしょう」
「ええ、確かに。そんな日もあるでしょう。人生に1度か2度は」
随分と含みのある言い方だ。
イカサマを仕掛けているのは自分達の癖に、それを逆手に取られて損をし始めると、まるでこちらが悪いとでも言いたげに難癖を付けてくる。全くいけ好かない連中だ。
そんな心中を隠し、レイは和やかに対応する。
「まぁ、あまり勝ち続けるのも他の皆さんの邪魔になるでしょうから、この辺で帰りますよ」
揉めて換金出来なくなっても困る。素直にここまでにしておこう。
レイはそう判断していた。
しかし、
「それはいけません。今夜のように勝利の女神が微笑まれる日は滅多にありません。こんな日は存分に勝負なさるべきです」
そう言ってニッコリと笑う。
「つきましては、当カジノのチーフディーラーを勤めさせて頂いております私、クリスがお相手をさせて頂きたいと思いまして、お声を掛けさせて頂きました。いかがでしょうか?」
つまりは「勝ち逃げするな」こういう事だ。
(こりゃー勝負しないと帰れそうにないな)
周囲の店員からも「逃がさねーぞ、この野郎」という雰囲気が滲み出ている。
「分かった。それで何で勝負を?」
「ルーレットはもうご堪能されたかと思いますので、ダイスもしくはカードはいかがでしょうか?」
「ダイスかカード、か」
ハッキリ言えば、相手はこの道で飯を食うプロ、まともに勝負をすれば勝ち目は低い。
ダイス、つまりサイコロは「練習次第で出したい目が出せる」と何かのマンガで見た気がする。
本当かどうかは分からないが、事実である可能性は捨てきれない。
だとするとカードになるのだが、これこそ百戦錬磨のディーラー相手に勝ち目が有るとは思えない。
ポーカー、こちらでの『役揃え』は素人は勝てないゲームで有名だ。
ブラックジャック、こちらでの『数寄せ』は比較的に初心者でも勝てるゲームだが、所詮は運任せでそこに経験が上乗せされる。
どのみちディーラーが有利である事に変わりない。
(勝つには勝負回数を減らす、1回勝負で完全に運任せ。これが一番勝率が高いか)
勝負回数が増えれば腕前に差がある分不利だ。
ならば、ブラックジャックだ。フルセットの状態からの第一ゲームは運の要素が強い。
(ん?運か、あー、何かあるか?………お。これならいけるかもな)
「よし、『数寄せ』で勝負だ」
「ナイスチョイス。ツキの有るお客様には最適な勝負です」
クリスは「お前の考えなどお見通しだ」とでも言わんばかりの笑顔で微笑む。
「ただし、勝負は1回。賭け金は200万」
レイの申し出にクリスの表情が曇る。
「…当店は公営店ですのであまり高額な賭けは」
「いや、それで良いでしょう。店側から持ちかけた勝負です。提示された金額でお受けしましょう」
店員達の更に後ろから声が掛けられる。
現れたのは派手で趣味の悪い服の太った男。
「当カジノの責任者、マルゴレと申します。その勝負、賭け金200万でお受けいたしましょう」
「良いのですか?」
マルゴレの言葉にクリスが否定的な目を向ける。
「お客様がそう仰っていられるのだ、後はこちら都合だ。君が負けないのなら賭け金は幾らでも関係ない。違うかね、クイーン?どのみち店の金だ、取り戻せ」
「………」
途中からはクリスにのみに聞こえるように囁かれた。
「それでは台を御用意致します。こちらへどうぞ」
マルゴレに案内される形で移動する。
台へと向かう最中にマリーがレイに近寄り声を掛ける。
「良いのかい?クリスはこの店のエースディーラー。クイーンと呼ばれる凄腕だよ。カジノのディーラーとしては負けることも仕事だから適度に負けるが、勝ちに行った勝負で負けた事は無いという噂だよ」
「そんな感じだよね。でも、勝算は有る」
「ふーん、アンタがそう言うなら信じるよ。全てか無か。嫌いじゃないよ、そういうの」
ニッコリ笑うマリー。ギャンブラーな彼女はこういうシチュエーションが大好きのようだ。
「それでは始めます」
正面の席に着いたレイをクリスが見据え、ゲームが始まる。
このゲームで使われるカードは4図柄で1~15までの数字の60枚だ。
1~10まではカードの数字のまま。11~15はカードの数字のままか10とするかを選べる。
「では、勝利条件を決めます」
クリスが2つのルーレットを回す。これにより勝利条件が決められる。
「ウィニングナンバーは24。条件は超えたら負け」
勝利条件が決まり、クリスがカードをシャッフルする。
「シャッフルされますか?」
シャッフルされたカードがレイの前に置かれる。イカサマ防止というより、後で文句を言われないようにする為の防衛策だろう。
レイが一度だけ切ったカードをクリスが配る。
レイの前に表向きに4枚が配られる。その内の一枚を選び最初のカードとする。
カードは左から『3』『14』『9』『8』だ。
周囲がざわめく。理由は14がとても良いカードだからだ。
次に10が出れば勝ち。そして10の出る確率は約40%。
店側の人間が「まずい」という顔をしている。
しかし、レイは自身の直感に従い右端の『8』を選択する。
「ッ!?それで宜しいのですか?」
ニコやかな笑顔を崩さなかったクリスにも驚きが浮かぶ。
「ええ、進めて下さい」
周囲のざわめきを気にする事無くレイが先を促す。
クリスの開いて手札は『7』。
次の1枚が配られる。クリスの2枚目は『4』。合計で11。
一方のレイはカードを公開する必要はないのだが、見えるように表向きに裏返す。
数字は『6』。周囲が先程までとは違うざわめきが生まれる。
レイの手札は2枚目で合計14。1枚目に8を選らんだ事が大きな意味を持った。
クリスの笑みが若干引きつる。
14を選んでいれば、この2枚目で20もしくは16と次回でバーストの可能性も有る難しい状況になっていた。
そして運命の3枚目。
クリスは『12』を引いて合計23。
レイは『10』を引き合計24。
勝負はレイの勝利で終わった。
勝因は、言うまでもなく最初に8を選んだ事。
レイの直感の勝利と言える。
他に客が参加していないこの状況では、最初の1枚を選んだ段階で勝敗は決する。後はその結果を見ていくだけの作業だ。
あの状況では誰もが14を選ぶだろう。そうしていたらレイは負けていた。
仕組まれていたものなのか、ただの偶然なのかは分からないが、目の前にいる脱帽の表情で拍手をするクリスを見ると、イカサマを仕組んだ様には見えなかった。
しかし、実際の所ある種のイカサマはされていた。
行ったのはレイの方だが。
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レイ・カトー Lv:58
年齢:18歳 性別:男
職業:ハンター 称号:異世界人
【HP】 657/657
【MP】 313/313
【STR】245(237+8)
【VIT】241(233+8)
【DEX】230(222+8)
【AGI】232(224+8)
【INT】216(208+8)
【MND】226(218+8)
【LUK】100(49+8+45)
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本当の勝因は勝負直前に『LUK+5』『LUK+10』『LUK+30』のカードを使ってLUKの値が100という、超幸運状態になっていた事だ。
それまでのステータスのLUK値は疑問の1つだった。
他の値と違いレベルアップ時に必ずしも値が増える訳では無かった。
その為、このLUK値は特殊な物なのだろうと予想はしていた。
運任せの勝負をするに当たって、最初は運やギャンブルの腕が上昇するようなスキルがないかと探していた。その最中に「運といえばLUK。LUKを上げるには?あ!カードが有るじゃないか」とこの事に気付き、持っているカードを使用してLUK値を上げた。
結局のところ値は100で止まり、超えた分は消えてしまった。
レイはこのLUK値は幸運な事が起きる割合ではないかと予想した。
つまり現状は、運に左右される現象は100%で幸運な方向に振れるという事ではないか?
そう予想して勝負に臨んだ。
はたしてその予想が正しかったのか、どうかは分からない。
だが結果は幸運に恵まれた。
カードを使用してLUK値を100にした直後にマルゴレが現れた事からして幸運だったのかもしれない。
呆然としているマルゴレを残し、チップを換金したレイ達はクリスに見送られカジノを後にした。
去り際にクリスにルーレットのイカサマの件を伝えた。結果、非常に憤慨し店内に戻って行った。
ルーレット台のディーラーもその事を知らない節が有った。
もしかすると、現場のスタッフは知らされていなかったのかもしれない。
その事と、公営カジノ『ドリームチケット』が翌日からしばらく営業を休んだ事に関係が有るのかどうかは分からない。
そして、カード使用の効果が切れるまでの1時間、様々な幸運がレイを襲うのだが、それは別にどうでも良い話。




