25 「分かってはいたけどね」
「そう言えば、付いて行かなくて良かったのか?」
「今更?それに、付いて行ってどうするのさ?」
宿内に併設されている酒場にてクロード達3人は並んで飲んでいた。
「そりゃぁ、やり過ぎない様に見張らなきゃならんだろ」
「見張ってどうにかなるなら、ね。それに、元々マリーはやり過ぎる程のお金を持ってないよ」
「なに?」
「お金の管理は僕だから」
リックとマリーはコンビとして稼いだお金の半分をコンビの為に使おうと蓄えている。管理はリックだ。
残りの半分を2人で均等に分けている。
マリーが自分の取り分を使い切っても困らないのは、活動資金をリックが管理しているからだ。
「だからマリーは宵越しの金を持たないスタイルなのか」
「無一文になったら、僕が養うしね。そうなると、しおらしくなって可愛いよ」
「もうお前等結婚しちまえよ」
「まぁ、その辺はイロイロとね」
「相変わらず、か」
「まぁね。レオも相変わらずの様で、もっと味わって飲みなよ?」
「む?美味いぞ?」
グラスの中身を流し込むようなレオルードの飲み方にリックが苦笑いする。
クロードにはリックが今の話題を嫌い、無理に話題を変えた事が分かっていた。
そして、それを敢えて追いかける程無粋ではなかった。
「クローは何で、その奴隷の子を助けようと?」
「ん?アイツが350万を払うなんて言うからな」
「レイが?」
「あぁ、アイツきっとグラムを売るつもりだったんだぜ。それ以外に短期間でそんな大金を作る方法なんて無いだろうからな」
レイは他人を頼る気など無い。どうにかして自分で金を工面する気だ。その為には、あのグラムという剣を手放すだろう。
クロードはそう考えていた。
「グラム?あぁ、確かに、あれなら1000万でも買うって人も出るだろうね」
「あぁ、俺も長い事いろいろな剣を見てきたが、あんな逸品は中々見ないね。師匠の愛剣と良い勝負じゃないかな」
「へー、なら天下の名剣だ」
「あれは手放しちゃいけねぇ。勿体無いとかじゃなくて、あれは持つべき者が持ってなきゃいけねぇ物だ。レイが持っている事に意味が有るんだよ、きっとな」
だからこそクロードは「グラムは売るな。金は自分がどうにかする」そう昨夜の内にレイと話をしていた。
勿論レイにとっては寝耳に水な話だったのだが。
彼の中でレイの人物像は若干一人歩きしているだが、それがレイにとっては幸運な方向に事態を進めていた。
今はまだ。という話なのだが。
「まぁ、マリーには悪いが、期待は出来ないよな」
「まぁね。きっといつもの様に負けて帰ってくるだろうね」
金の目処はついている。後はハクレンを買い取るだけだ。レイには大きな貸しを作っておこう。無利子無期限無担保の信用貸しだ。それでもいずれ、アイツは倍にして返してくれるだろう。
クロードはそう考え、この件に付いて自分の中で決着をつけていた。
しかし、その読みがアッサリひっくり返される事をまだ彼は知らない。
「今度はマリーも含めて4人で飲もうぜ?」
「良いね。そこにティナも居れば完璧なんだけどね」
「じゃあ、今度呼ぶか?」
「来れるかな?」
「来るだろ、きっと」
この会話が大事件の発端になるのだが、それはまだ大分先の話である。
「さぁ、行くよ」
「ちょっ!マリーさん、マジでカジノですか?」
「そうだよ。短時間で稼ぐならこれしか無いだろ?」
「俺、地下闘技場的な所をイメージしてたんですけど?」
残念ながら、クロスロードに闘技場はない。
違法な闇賭博の地下拳闘場なら在るが。
「それにギャンブルは儲からないですよ?」
「ハア?何を言ってんだいアンタは?ここは毎夜毎夜大金を掴む者が出る、夢叶える場所だよ?」
「だったら、何でカジノは経営が成り立つんですか?」
「え?」
「胴元のいるギャンブルは、必ず胴元が儲かるように仕組まれているんですよ?自分達の金が巡り巡って、店に吸い取られて目減りして、その残りを客同士が奪い合ってるだけなんです。相手が還元率90%の優良店でも、長い目で見たら10%は損をしてるんです。自分の払った金が減って帰ってきたのを喜んでいるだけなんです。遠隔操作に出玉操作、挙句にカウンターに細工までして、あの手この手で客の金を巻き上げるんだ!」
なぜか突然テンションの上がったレイに、流石のマリーも引いていた。
「……アンタ、何かあったのかい?」
「フー、フー、フー。……いえ、別に」
「…そうかい」
明らかにウソだが、そこを敢えて聞く様な野暮な真似はしない。
マリーにもそんな経験などは幾らでも有る。
「まぁ、私も本気で一攫千金が出来るなんて思ってないさ。遊びに来るための方便というか、何と言うか…。出しにして悪かったね」
すまなそうなマリーの表情に、レイも冷静さを取り戻す。
「あ、いや、スイマセン。俺の方こそ…」
「分かるよ。私もそんな経験が何度か有るからね」
そう言ってマリーが優しくレイの肩を叩く。
「でもね、ギャンブルの借りはギャンブルでしか返せないよ」
「は?」
「良いかい。確かに、勝負しなければ負ける事は無いよ。でもね、勝ちたかったら勝負しなきゃいけないんだ!」
マリーが拳を握り締め力説する。
残念ながら、マリーは完全に手遅れな人だった。
「この辺りはカードだね」
マリーはフロアーの説明をしながら奥へと進む。
強行するマリーを止める事が出来る筈もなく、なぜか興味を持ったエリスが道を踏み外さぬように守る為に、レイも後に続く。
「仕方が無い。エリスを守るためだ」そう心で思いながら。
「このエリアは『役揃え』だね。カードの図柄と数字で決められた役を作る。その役の難易度で優劣を競うのさ。自身の持ち札に可能な役を計算して、捨て札から相手の役を読む。ウソとハッタリを織り交ぜた高度な駆け引きが必要になるね。素人にはオススメしないよ」
いわゆるカードギャンブルの定番のポーカーだ。
カードのマークは『王冠』『コイン』『麦の穂』『剣』を示す4つで、数字は1~15の様だ。
「こっちは『数寄せ』。配られたカードの数字の合計を特定の数字に近づける勝負さ。その特定の数字は毎回ルーレットで決められる。超えたら負け、足りなかったら負け、4枚以上無いと負け、その辺のルールも毎回変わるね」
これも定番のブラックジャックだ。若干の変化版だが。
「まぁ、この辺は経験の要る駆け引き勝負だからね。単純に運で勝負するならこれだね」
そう言って辿り着いたのは、ルーレットだった。
0と1~36までの数字のホイール。数字の書かれたテーブル。
色こそ白と黒の様だがそれ以外の違いはレイには分からない。
勿論、前世で本物のカジノのルーレットを見たことが有った訳でも無いが。
「ディーラーがホイールを回してボールを入れる。そのボールが入った目が当たり。数字を直接予想するも良し、黒白、又は偶数奇数を予想するも良し。賭け方によって配当の倍率が違うのさ」
「まぁ、見てな」とマリーが丁度空いた席に着く。
「赤5枚、青6枚、緑20枚」
そう言ってテーブルに金貨を1枚置く。
係員がその金貨をチップに交換する。
赤=1000ギル、青=500ギル、緑=100ギルなのだろう。
「そうだね、まずは中に緑5枚!」
マリーは倍率3倍の13~24にベットする。
「白の18!」
「良し!幸先が良いね。今日はツイてるよ。次も中、緑15枚!」
戻ってきた15枚の緑チップを今度も同じ13~24にベットする。
「黒の20!」
「よーし!ドンドン行くよ」
既にマリーはレイ達の事を忘れ目の前のルーレットに熱中し始めたようだ。
「ハー、分かってはいたけどね」
カジノ前でのやり取りで、マリーがギャンブル狂だとは予測していたレイだが、ここまでアッサリと連れの存在を忘れるほどだとは思っていなかった。
「エリス?参加したいなら、あっちの台が開いてるぞ」
隣で食い入る様にルーレットを見ているエリスに空いている台を指し示す。
「………」
「エリス?」
エリスは声を掛けても全く何の反応も示さず、ルーレットを凝視している。
いや、正確にはホイールをだ。
「それでは回します」
そうこうしている内に次のゲームが始まっていた。
「入れます」
「5」
「え?」
ディーラーがボールを入れようとした頃、エリスが小さな声で数字を呟いた。
「白の5!」
エリスの予想通りの目に入る。
「……賭けときゃ良かったな。1目賭けは36倍だぜ」
そういう偶然も有るさ。適当に言っても37回に1回は的中する。
レイがそう思っていると、
「33」
エリスが次の予想を呟いた。
「黒の33!」
再びピタリと的中する。
「……おいおい。お前、何で?」
「ズル」
「何?お前っ…ちょっと来い!」
不穏な言葉を口にしたエリスを連れてフロアーの片隅に移動する。
「どういう事だ?」
「ルーレット盤に魔力が流れてる。魔力の集点に玉が落ちる」
「つまり、出目の操作をしてるのか?」
レイの言葉にエリスが頷く。
「間違いないのか?」
「ん。今のところ4回中4回」
エリスが自信満々に頷く。
「公営カジノだってのに、やる事やってるじゃねぇか。上等、運任せじゃないなら逆に勝算有りだ。ケツの毛まで毟り取ってやる」
レイの顔に悪い笑みが浮かぶ。
「そんな毛は要らない」
エリスの冷静なツッコミもレイの耳には届いていなかった。
エリス魔眼無双の開幕です。
次回『異世界博徒伝説』
注:嘘です。




