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24 「アンタの思いで奇跡を起すんだよ!」」

 レイ達がクロスロードの戻った日から、一夜が明けた翌日の昼。

 商人ギルドの商談用の一室にレイ、クロード、レオルードそしてエリス。その4人が集まっていた。


「さて、ここに来てくれたって事は、協力してくれると思って良いんだな?」

「ああ、そのつもりだ」

「ん、当然」

 クロードの言葉にレオルードとエリスが頷く。


「レオはともかく、エリス嬢は何でまた?」

「ハクレンは友達。変態貴族には渡せない」

 2日間の旅路の間に打ち解けたようだ。


 そして何より

「あのモフモフ感は貴重」

 エリスはケモナーだった。


「よし、お嬢の趣味が異常だって事は分かった」


 クロードが部屋の隅にあった黒板を持ち出し、意外に達筆な文字で大きくこう書く。

『ハクレン救出計画

  コードネーム:地獄の沙汰も金次第!』


「良いか?明後日の正午までに320万だ。

 それが集められなければ、俺達の負けだ」


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △

 昨日、クロスロード治安維持隊、城門警備部の詰め所


 皆の視線を集めレイが宣言する。

「もう一度言う。俺が買う!」


 静まり返った室内。

 最初に言葉を発したのは、商人アストンだった。


「ク、ククク、ヒャーハッハ!面白い冗談だな小僧。貴様のような若造にそんな大金が用意出来るのか?200万だぞ?200万」

 アストンが馬鹿にするようにレイの眼前で2本の指を立てる。


「あぁ、200万で良いんだな?」

 レイの落ち着き払った態度にアストンの顔が若干曇る。


 何かを考え込むように顎に手をあて、値踏みするようにレイやクロード達を眺める。


「いや、350万だ。この場で買うと言うなら350万だな」

「なっ!?350だと」

 クロードが驚きの声を上げる。その金額は一般人の10年分の賃金を上回る。

 奴隷1人の値段としては破格だ。


「…分かった。それで買おう」

「な、なに?」

「だが、今はそこまでの手持ちは無い。少し時間をくれ」

「フッ、なるほど。少しの時間とは、10年か?20年か?」

 レイの返事に驚いたアストンだったが、それが単なる時間稼ぎに過ぎないと判断し馬鹿にしたように鼻で笑う。


「生憎だが、その娘はオークションに出品予定でな、4日後には出品の登録をしなければならん。待ってるのは精々が3日後の正午までだな」

 不可能だと思い込んでいるアストンのこの言葉にクロードがある事を閃く。


「よし、それで行こう」

 クロードが笑みを浮かべながら近づいてくる。


「なに?」

「金額は350万ギルで良いんだな?」

「あ、あぁ」

「支払いも3日なら待てる」

「まぁな」

「よし、契約完了だ。スティーブ、お前が証人だ」

 クロードがアストンの横にいるスティーブを指差す。


「何を言っとる?」

「まぁ聞けよ。アンタは350万でハクレンを売ると言った。レイはそれを買うと言った。この段階で売買契約が結ばれる。後は代金の支払いがされ商品の引渡しをするだけだ。だが、350万は流石に大金だ、即金で払えるもんじゃない。金策する時間が要る。アンタは3日なら待てると言った。なら代金の支払いは3日後で問題は無いよな」

「ふむ……」


 アストンの態度に「もう一押しだな」と感じたクロードが、自身のアイテムボックスから3枚の大金貨を取り出し、アストンに手渡す。


「これは手付金だ。そして、もし残りの320万が期日までに支払われなかったら、この30万はキャンセル料としてアンタにやる」

「ほう」

 アストンの考えを見越すかのようにクロードの話は続く。

「3日後にレイが320万を持って来れば、奴隷1人が破格の350万ギルで売れるんだ万々歳だろ。もし3日後にレイが来なくても、アンタは何も失う事無く30万ギルを手に入れる。どちらにせよアンタに損は無い。何か問題が有るか?」

「ふむ……、分かった。良かろう」

 頭の中で何かを計算し終えたアストンが了承する。


 頷いたアストンを見たクロードが、無言でビッ!とスティーブを指差す。

 それに苦笑いを浮かべたスティーブが一歩前に出る。


「クロスロード治安維持局のスティーブ・トローアスが只今の契約の成立を証人として宣誓する」

「ヨシ!これでハクレンはもう売約済みだ。変な手垢つけんじゃねぇぞ」

「貴様等こそ、3日後の正午を1秒でも過ぎれば……いや、夕方ぐらいまでは待ってやるか、どうせ無駄だろうがな」

 クロードが獰猛な笑みを浮かべ、アストンが勝ち誇ったような顔で見下す。


「レイ! なんとしても320万作るぞ」


 レイにしてみれば当然の事で、320万を用意する事自体は問題無いが、どうやって用立てたと説明するかの方が問題だった。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「ゴメン。俺が勝手な事を言ったせいで」

「あ?馬鹿言うな。俺は『良くやった』と褒めてやるぞ」

 謝るレイの頭をクロードがグシャグシャと撫でる。


「あそこでお前が何も言わなかったら、十中八九ハクレンはルクセインのブタ野郎の物になっていただろうからな」

「そのルクセインのブタ野郎てのは何?さっきエリスも変態貴族とか言ってたし、知り合い?」

 クロードの言葉の節々からルクセインという伯爵に対する侮蔑が滲み出ている。


「有名な変態貴族さ。『女漁りのルクセイン』気に入った女は金に物を言わせて買い漁る。飽きたら娼館に払い下げて、また新しい女を…。しかも、随分な加虐趣味だ。女奴隷の買われ先としては最悪だな。あのブタは女の敵だ。人として許してはおけねぇ」

 クロードの言葉にエリスが頷いている。


 話だけ聞けばクロードは良心と義憤からルクセイン伯爵を嫌っているようだった。


「昔クローが通い詰めていた娼婦がルクセインに身請けされた事が有った。何回かな」

 レオルードがこっそりと本当のところを教えてくれた。


「そこ!余計な事を言わない。

 ともかく、ルクセインの奴は、欲しい女は金に糸目をつけずに買い漁る。オークションになったら勝ち目は無い。350どころか500でも出すさ」


 奴隷の相場としては若く健康な男性で30万~50万。若く健康な女性で20万~40万。これは単なる労働力としての場合だ。そこに特殊な技能や付加価値がつけば値段は上がる。

 それでも100万ギルを超える値段の奴隷は本当に極一部だ。


「俺は全財産かき集めても150万だな。レオは?」

「俺は70万がいいとこだな」

「私は20万」

「俺は……」

 レイはこの段階でもまだ本当の事を言えずにいた。

 自身の所持金が200万ギルを超えている事を。

 クロードはレイの所持品『神剣グラム』を見ていた、能力【神威カムイ】を見ていた。今更所持金200万を知ってどうこうなる事も無いだろう。

 レオルードやエリスに関しても信頼して構わないと思っている。

 しかし、ここまで黙っていた事が、後ろめたさとなってレイの口を固くしていた。


「まぁ、レイもエリスと同じ様なもんだろう」

 クロードは言い淀むレイの心情を違ったほうに解釈していた。


「4人合わせて約250万か。あと70万。どうにかなりそうか?」

「どうかな。朝ギルドで掲示板を見てきたが、近場で割りの良い依頼は無かった。時間が後2日では魔物を狩って売って70万というのも難しい線だな」

 近場でよく狩られる魔物で高価なオークも1体で1500ギル。500体近く狩らねばならない。

 高く売れる魔物は個体数が少なく、個体数が多い魔物は買い取り金が安い。

 見事な需要と供給のバランスだ。


「仕方ねぇ、オークション用の品をギルドに売るか。50万位にはなるだろ」

「え?」

「古い骨董品や美術品なんかを20点ほどさ。オークションで100万ぐらいに、なんて思ってたんだがな」

「そうか、その手が有ったか」

 クロードの言葉にレイが1つの方法を思い付く。


「クロードさん、それ売るのちょっと待ってもらって良いですか? 思い当たる手が1つ有って」

「あ?構わねぇが、何だ?」

「いえ、相手も有る事なんで今は説明出来ないですけど、上手くすれば200万くらいに…」

「マジでか?」

 レイの言葉にクロード達が目を丸くする。

 それが本当ならば、金策完了だ。


「よし、俺達ももう一度金策に走るか」


 夕方にもう一度集まる事に決め、4人はそれぞれの心当たりに当たる事にした。





「何で今日に限って……」

 結論から言えばレイの心当たりはハズレだった。


 いつも鍵など掛かっていないユーディル雑貨店の扉が今日に限って施錠されていた。

 呼び鈴を鳴らしても、大声で呼んでみても返事は無かった。


「出掛けてるのか?」

 ハイネリアの行き先に心当たりなど無い。


「暫く待ってみるか」

 その内に帰ってくる可能性に賭けレイは店先で待つことにした。


 レイの心当たりとは、クロードの美術品をハイネリアに買って貰うというものだった。

 勿論、その品に大した価値が無い可能性もある。お金を出すのはレイだ。


 レイの所持金200万でクロードの美術品を買う。ハイネリアの名義で。

 そうする事で自分のお金と知られずにハクレンの買取金を都合する。

 という物だった。


 その結果、一番お金を出した事になるクロードがハクレンの所有者となるかもしれない事には考えが至らなかったようだ。

 それとも、敢えて考えないようにしていたのか、そこは当人にしか分からない。



 日が暮れるまで待ったが、ハイネリアは戻って来なかった。


「仕方が無い、今日は戻るか」

 レイは肩を落としながら集合場所に向かった。




 集合場所はクロードの泊まっている宿屋。

 部屋が広く、馬の世話をしてくれる専門の係員も居る高級な宿だ。


「お、来たな。お前が最後だぜ」

 その宿の入り口でクロードが待っていた。

 その顔には笑顔が浮かんでいる。


「ダメだったみたいだな」

 意気消沈のレイから結果を読み取ったクロードが声を掛ける。


「留守だったよ。クロードさんの美術品を買ってくれると思ったんだけど」

「ああ、そういう事か。残念だったな」

 落ち込むレイをクロードが慰める。だが、その声は残念そうでも無い。


「それならもう良いさ。アレを売らなくても良い目処が立ったんだよ」

「え?」

「まぁ、付いて来な」

 笑いかけ宿に入るクロードに、腑に落ちない表情のレイが続く。



「よっ!元気にしてたかい?」

 そこに居たのは赤毛の女戦士だった。


「マリーさん!」

 懐かしいその笑顔にレイの顔もほころぶ。


「いつクロスロードに?」

「さっきだよ。結構急いで来たんだよ。本当は道中で追い付きたかったんだけどね」

 クロードの出発から遅れる事3日で王都を出た彼女等は、馬を急がせクロードに遅れる事1日でクロスロードに到着した


「それでギルドに顔を出したら、ちょうどレオに会ってね」

 指差す先でレオルードが頷き、その横でリックが手を振っている。


「話は聞いたよ。その娘がどんなのかは知らないけど、クローが気に入るんなら、良い子なんだろうさ。私も協力するよ」

「僕も、僕も協力するよ」

 部屋の奥でリックがブンブンと腕を振って存在をアピールしている。


「と、いうわけで、金の話は解決…」

「いいや、してないね!」

 クロードの言葉を遮る様にマリーが声を上げる。


「確かに、私やクロー達がお金を出し合えば、350万ぐらいにはなるだろうさ。でもね、レイ。アンタそれで良いのかい?自分の力でその子を助けたいんじゃないのかい?」

「それはそうだけど…」

「だったら、あんたの力で、想いで350万集めな」

「えーと、え?」

「マリー無茶だ「リックは黙ってな!」…はい」

 相変わらず、マリーに一蹴されるリックを懐かしく思う間も無く、マリーはレイの両肩をガッシリと掴んで顔を覗き込んでくる。


「確かに、今のアンタには350万なんて大金は無い。だったら、今から稼げば良いんだよ。アンタなら出来る!」

「待て、マリー。確かにレイのアレ(・・)を使えば大物狩りも出来るけど、時間的に余裕が無いんだって」

「そういう事じゃないよ。在るだろ?この町にも。奇跡を起せる場所が」

「はあ?お前、何言ってんだ?」

 マリーの言葉の意味がまったく理解出来ないクロード達。その中で唯一リックだけが「またか」と言わんばかりに頭を押さえていた。


「行くよ、レイ!アンタの思いで奇跡を起すんだよ!」

「え?ちょっ!?マリーさん?」

 マリーはレイの手を引き出て行く。いや、正確にはレイを引きずって出て行く。


「どういう事?」

「ハー、いつもの事だよ。この町にはマリーの大好きな場所が在るよね」

「あぁー。なるほどね。まぁ、可能性はゼロじゃない、か。確かに奇跡が起きれば、いけるかもな」


 何かを諦めたような男達を不思議そうに見ていたエリスだけがマリーとレイの後を追った。




「さぁ、ここだよ」

「えーと、ここは?」

「奇跡の起きる場所、だよ」

 その場所を嬉しそうに眺めるマリー。

 その横顔は、まさしく生き生きとしたという言葉が当てはまるものだった。


「ただのカジノじゃないっすか!」

「そうだよ。ここはカジノ。運次第で一攫千金も夢じゃない。まさに奇跡の起きる場所。さぁ、行くよ!」

 再びレイを引きずり店内に入るマリー。


 そんな2人を見ていたエリスも店の外観を見上げ呟くと2人の後を追う。

「賭博場。一攫千金」


 今宵、クロスロードの公営カジノ『ドリームチケット』に伝説のギャンブラーが舞い戻った。

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