23 「いまいち納得いかないんだけど?」
「なぁ、レオ。いまいち納得いかないんだけど?」
「そうだな。俺もそう思うが、仕方がないとしか言えん」
レイは羨ましそうに後を振り返る。
最初に目に入るのは、むさ苦しい男達。
捕縛した追い剥ぎ達だ。
エリスによって麻痺させられ縛られたまま地面に転がして放置していたのだが、夜が明け、朝日が昇り始めた頃になると、騒ぎ出し始めた。
やれ「縄を解け」「飯を食わせろ」「仲間が復讐に来るぞ」等、キャンキャンと。
そこで、彼等の頭上ギリギリでレオルードに剣を素振りをしてもらった。髪を若干刎ね飛ばす感じで。
そして、涙目になった彼等にクロードが「23人もいると騒がしいし、キリが悪いから何人か間引いとくか?」と意地悪く笑いかける。
更にエリスが「なら、口を開いた順に間引くと楽」と冗談に聞こえない発言をした。
結果、それ以降少なくとも騒ぐ者はいない。
今も、レイが振り返っただけで、ヒソヒソと話していた彼等はビクッ!と身を震わせ下を向いて押し黙る。
そんな静かになった追い剥ぎ達をレイ達の馬車の荷台に乗せ、一行はクロスロードに向けて出発した。
レイが羨ましいのは、当然ながら縛られた追い剥ぎ達ではない。
その後ろを走る馬車の御者台で女性2人を両脇に座らせ、まさしく両手に花状態のクロードだ。
馬車を操れるのは、クロードとレオルードしかいなかった。
当然クロードは自身の馬車、レオルードが追い剥ぎを乗せた馬車。となる。
そして「むさ苦しい賊の近くに女の子を置いてはおけない」とクロードが女子2人は自分の馬車に乗るべきだと主張した。
そこにレイも異論はない。
その後に「レオ1人じゃ寂しいだろうから、お前もアッチな」と言われなければ。
軽く殺意を込めた視線に気付いたクロードが、レイに向けて手を振る。
満面の笑顔で。
「なぁ、レオ」
「諦めろ」
「クソー、あのエロオヤジめ」
クロスロードまで残り約2日、レイにはとても長い旅路に思えた。
「なぁ、レオ。ハクレンは本当に一生奴隷なのか?」
「絶対とは言わんが、その可能性が高いだろうな」
この世界には奴隷制度が存在していた。
他の国の事は分からないが、リンディア王国では別に違法でも何でもない。
大まかに分けるのなら3つ。
まず1つが『金銭奴隷』だ。
言葉の通り、自身を売る代わりに金銭を得るものだ。規模の程度や種類など様々だが、自身を買い戻す事も可能で、『何をする』『何をしない』という事を最初に決める事が出来る。奴隷の大半はこの金銭奴隷だ。
もう1つが『犯罪奴隷』。
罪を犯した者が、その刑に服する代わりに奴隷となって働くものだ。
刑期の短縮になり、僅かだが賃金も得られる。
当然、全ての犯罪者がなれる訳ではないが、「服役よりはマシ」とこちらを選ぶ者も少なくはない。
そして、もう1つが『身分奴隷』。
これは、前の2つとは大きくかけ離れている。
前の2つが期間の長短は有るにせよ条件付き、期限付きの一時的なものなのに対して、身分奴隷は、ほぼ終身奴隷だ。
身分開放には国の許可が必要になり、過去に身分開放されたのは10人程度で、その内生きている間に身分開放されたのは2人だけ。その他は、死後に奴隷という身分から解放され、国民の一人として弔われただけだ。
この奴隷の主に課せられるのは、奴隷所有の大前提の『故意に殺すな』という物だけ。
殺しさえしなければ何をしても良いとされている。
ハクレンはその身分奴隷だった。
「何があったんだろうな?」
「さぁな、あの立ち振る舞い、良家の育ちかもしれん。上の者に逆らって怒りを買ったか、主に従い供に落ちたか。そんなところか」
本来、身分奴隷はそう簡単には現われない。
身分の開放が国の許可なら、奴隷の烙印を押すのも国だ。
大体の場合が、政治犯や国家反逆罪の様な大罪人の身内や関係者等だ。
勢力争いに敗れた貴族の子弟が身分奴隷に落とされる事も、然程珍しい事ではない。
昨晩クロードから聞いた話によれば、ハクレンを買った商人は、国営の奴隷入札会で落札したのだという。
国営の奴隷入札会は、入札会とは名ばかりで、実質はただの抽選会らしい。
参加資格の取得こそ難しいが、その後は会場に入った際に引いたクジの番号で札を上げ、その最低落札価格で落札するだけだ。
入札会で公開されている情報は『年齢、性別』のみで、最低落札価格もそれで決められている。
当人の能力や容姿は落札して引き渡されるまでは分からない。
当然、当たり外れはあるが、大外れは少なく、大当たりは多いのだという。
ハクレンも最低価格の15万ギルで落札された。
レイに奴隷の相場などは分からない。
だが、15万ギルがハクレンの値段だとするのなら「安い」と思わざるを得ない。それが正直な感想だった。
実際に引き渡された彼女を見て商人は小躍りして喜んだそうだ。
曰く「オークションで100万の値が付いてもおかしくない」だそうだ。
美しく若い女性。それだけで十分な値が付く。しかも、ハクレンは高い教養も持っている。
その上、白狼族は希少な一族なのだという。
オークションで高値が付く事はほぼ間違いないだろう。
「止めておけ」
「え?何が?」
「妙な同情心は止めておけ。これから売られていく奴隷だ。買う気がないなら、関心を持たない方が良い」
レイの心情を知ってか、レオルードが諭す。
レイの挙動を見ていれば、ハクレンに好意を抱いているのは丸分かりだ。
だが、その先に待っているのは、ほぼ確実に別れだ。
Cランクに上がったばかりの若者に100万を超えそうな落札金を用意できるとは思えない。
クロードがレイとハクレンを引き離したのも、敢えての事だ。
そしてその考えは間違いではない。
普通に考えれば、だが。
「分かってるよ。(そうか、俺が落札すれば良いのか)」
レオルードの忠告は、レイを別方向へと後押しした。
今現在も200万ちょっとの資金は有る。必要とあれば更に増やす事も難しくない。
そこまで考えレイもある問題点に思い至った。
(どうやって増やす?)
魔力結晶石を作って売れば100万、200万はすぐに手に入るだろう。
だが、何と言って売る?
流石にそんな物を10日もせずに再び持ち込めばハイネリアも疑問視するだろう。
(ふーむ、どうするかな? あ、落札者が俺だとバレれるのも拙いな)
新たな問題の発覚に悩むレイ。
「出会いと別れのくり返しが人生だ。お前に似合う人と出会える日がきっと来るさ」
「え?……あ、あぁ」
悩むレイの姿に、何か勘違いをしたレオルードが優しく諭す。
レオルードは予想外の言葉に返答を詰まらせるレイの肩を慰める様に叩く。
(ヤバイ、なんか優しげな視線で見守られてる)
居心地の悪いまま、クロスロードに着くまでの2日間の旅路は続いた。
クロスロードに着いた一行は、城門のところで衛士に止められた。
荷台に縛り上げた男達を積んでいれば当然だ。
その場で事情を説明したが、確認の為と詰め所に連れて行かれた。
そこに居たのが
「あれ?スティーブ?スティ-ブじゃねぇか!」
「おう、クロードか?懐かしいな。どうした?何をやらかした?」
「馬鹿ヤロウ、治安維持に貢献してやったんだよ」
中に居た男はクロードの古い顔なじみだった。
「そうか、話は分かった。今部下が照会処理をしてる。すぐに終わるさ。
自己紹介をしておこう。俺はスティーブ・トローアス。一応、ここの責任者だ」
『ここの責任者』とはクロスロード治安維持隊の城門警備部の長を意味する。
スティーブはハンターとしてクロードと同時期にこのクロスロードで活躍していたらしい。
結婚したのを期にハンターを辞め、その腕を買われ治安維持隊に入ったのだそうだ。
「次回から入門料まけろよ」
「馬鹿言え、出来るわけ無いだろ」
「お前にはまだ返してもらってない酒代の貸しが山のように有るだろ?」
「もうとっくに時効だぜ」
そう言って笑い合う2人に、照会処理をしていたスティーブの部下が報告に来る。
「ザックス山賊団のメンバーのようです。6人に賞金が懸っていました」
「そうか、ご苦労さん」
渡された6枚の手配書と、お金の入った皮袋を受け取り確認する。
「大した額じゃないが、受け取れ」
スティ-ブは皮袋をクロードに渡す。
「おう、それはそうと、丁度良かった。相談したい事が有るんだがよ」
「入門料はまからんぞ」
「違うって。彼女の事だ」
指差す先に居るのはハクレン。
クロードにも彼女の処遇をどうしたら良いのかが分からなかった。
「それは届け出るべきだだろう。結果、その商人に連絡が行って引き取りに来るだろう」
「おいおい、あのヤロウは、置いて逃げたんだぜ?自分の都合で。返す必要なんて無いだろ?」
スティーブの意見を聞いたクロードが渋面で言葉を返す。
「かもしれんが、お前は奴隷売買の許可証を持ってんのか? 無いだろ?なら、所有者不定の奴隷を連れているのは違法行為だ」
この国の法では、主人の決まっていない奴隷を連れて歩けるのは、奴隷売買の許可証を持つ者だけと決められていた。
「今はまだ、良心的な人助けの行為と認められるだろうが、このまま届け出ずにいると、お前等も罰せられる事になるぞ」
「それは……」
スティーブの意見がもっともだった。
「どのみち、落し物は持ち主に返さなければならん。そういう事だろ?」
「まあな」
あの男にハクレンを返すのは納得がいかない。
それがクロードの正直な心情だったが、それ以外にどうすれば良いのかは思いつかなかった。
「ギンガム様。それ以上お気に為さらずに。元々そういった身の上です。命が助かった幸運だけで十分。これ以上は皆様のご迷惑にしかなりません。ここまで有難う御座いました」
今まで話の成り行きを見守っていたハクレンがそう言って深々と頭を下げる。
「フー。お前がそう言うなら、仕方ないな」
クロードがそう言ってハクレンに別れを告げようとした時。
「ここか、盗人は!!」
大声を上げ何かがドアを蹴破らん勢いで駆け込んできた。
「あ?テメェは」
ハゲかけた頭に、脂ぎった顔。弛みきった体は樽を思わせる。
クロードには、その男に見覚えが有った。
ハクレンを見捨てて逃げ出した商人だ。
「何の用だ?」
「黙れ!この盗人が!」
その商人は一声怒鳴ると室内を見渡し、ハクレンを見つけ彼女に向かって歩き出す。
そして2歩で立ち止まった。
いや、立ち止まらさせられた。
「邪魔だ」
商人の前にレイが立ち道を塞ぐ。
良くやった。といった表情のクロードがレイの肩を叩きその横に並ぶ。
「もう一回聞くぞ、何の用だ?」
「どけ!ワシの商品を返せ!」
「商品だと? なに言ってやがる。テメェはあの時、あの娘を見捨てて逃げたじゃねぇか。あの瞬間にテメェはあの娘の所有権を放棄したんだよ。それを今更、持ち主面するんじゃねぇ!」
「グッ」
クロードの言葉に商人は一瞬怯むが、すぐさま立ち直り反論に出る。
「仕方あるまい、死ぬかもしれない場面だったのだ。商品を拾っている間に殺されたのでは意味が無い。リスクマネージメントが商人の基本だ」
「へー、リスクマネージメントね、俺はハクレンを拾ったが生きてるぜ。読みが甘いんじゃねぇのか?基本なんだろ?」
「それは貴様が賊とグルだからだろうが!」
その一言が室内の空気を一変させる。
「あ?なんだと?」
「ワシから白狼族の娘を奪う為に、貴様が企んだのだろうが! でなければ話が合うまい?10人からの護衛がやられる相手を貴様1人で退けたというのか?」
「偶々、街道に居合わせたハンターが手を貸してくれたんだよ!」
「それも貴様の仕込みだろうが!」
「テメェ!このヤロウ!」
まさに飛び掛らんとするクロードを、寸前でスティーブが押し止める。
「離せスティーブ!あのヤロウをブン殴らせろ」
「落ち着け、お前が殴ったら死んじまうだろ」
「死なない程度にブッ殺すんだよ!」
「滅茶苦茶だぞ、お前」
暴れるクロードを部下に預け、スティーブは商人に向かい合う。
「今の発言は私もどうかと思いますよ。彼等は賊を捕縛しています。仲間なら我等に引渡しはしないでしょう。ハンターも正規の者達です。彼等への侮辱はギルドへの侮辱となりますよ。貴方の今後に支障をきたすのでは?」
「フン。まあ良い。その男が企んでいようが、いまいが、もうどうでも良い事だ。その娘はワシの物だ。連れて帰るぞ、良いな?」
「ふざけんな、良いわけあるか!テメェなんぞにハクレンを託せるか!碌な事にならねぇに決まってる」
数人の衛士に押さえられながら、それでもクロードは前に出る。
「フッ、馬鹿を言え。その娘は既に伯爵様の目に止まっている」
「あ?伯爵だと?」
「そうだ、ルクセイン伯爵様だ。ワシが珍しい白狼族の娘の奴隷を手に入れたと知って興味津々のご様子だ」
「ルクセインだと?なら、尚更だ!あんなブタ野郎にハクレンは渡せねぇ!」
その伯爵が知り合いなのか、クロードはより一層激しく拒絶する。
「なら貴様が買うのか?伯爵様より高く」
その一言でクロードが動きを止める。
「伯爵様は100万でも200万でも出すと仰っているそうだ。それ以上の金額で買うと言うならワシも商人だ、売ってやる。出せるのか?貴様に」
商人のその発言には流石にクロードも返す言葉がない。
どれだけゴネたところで、最終的にはそういう事になってしまう。
「どうした?200万以上出せるのか?出せないのか?出せないのだろ?なら…」
「良いぜ、買おう幾らだ?」
「…今何と?」
「俺が買う。幾らで売るか、今この場で決めろ」
皆の目が集まる。
「もう一度言う。俺が買う!」
その視線を感じながらレイが再び宣言した。




