22 「ハクレンと申します」
「クソッタレ!何が『護衛は万全』だ!アッサリやられたじゃねぇか。役立たずを雇いやがって。しかも自分だけさっさと逃げ出しやがって」
男は馬車を走らせながら、真っ先に逃げ出した同行者を罵る。
「連中は?」
「まだ、追いつかれてはいませんが、距離は詰まっています」
「逃げ切れると思うか?」
「……無理です」
男の質問に荷台で隠れながら背後を確認している女性が沈痛な面持ちで答える。
そしてそれがきっと正しいであろう事を男も感じていた。
「クソッ!何であんな奴信じたんだよ!誰だよ?俺だよ!知ってるよ」
男は10日前の自分を罵りながら自嘲し、馬を急かし走らせる。
「あ!小屋の前に人が」
「何!?マジだ。逃げろ!巻き込まれるぞ。って、あれは………」
遠くに見える人物が、知り合いのように見えた。
「ラッキー!ツイてるぜ。日頃の行いだな」
小屋が近づき、そこに立つ者がハッキリと見えるにしたがい、男の顔には笑みが浮かぶ。
先程までとは違う、勝利を信じきった笑みだ。
「任せたぞ!レオ!」
男、クロード・ギンガムは厄介事を10年来の友人、レオルード・ベオクレスに丸投げした。
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「あの馬車追われてないか?」
「あぁ、追い剥ぎにあってるな」
レイとレオルードは他人事の様に言い合う。
実際、この段階ではまだ他人事だった。
「なぁ、レオ?あの御者見た事有る気がするんだけど?」
「奇遇だな。俺もだ」
馬車が近づくにつれ、御者台で馬車を操る男の顔が見えてくる。
既に馬車との距離は20メードを切っている。
その後方の追い剥ぎの一団とも50メード程度か。
逃げる馬車がレイ達の前を通り過ぎるようとする。
御者の男が顔に笑みを浮かべ、
「任せたぞ!レオ!」
聞き覚えのある声でレオルードに後を託す。
「そう言われてもな」
馬に乗った一団をどうしろと言うのか?
「取り敢えず足止めするか」
今まさに迫り来る追い剥ぎの一団に向け、レイはバインダーの中のカードをイメージする。
「『暴風』」
放たれたのは風の範囲魔術。風自体の殺傷力こそ低いものの、瞬間風速は自然災害と変わらない。
追い剥ぎの一団は1人残らず風に煽られ宙を舞う。
予想外の威力にレイ本人も驚く。
「ほう、なかなか」
「初めて使うのを見る魔術。省略詠唱、制御は完璧。興味深い」
レオルードが感嘆の声を上げ、エリスが何やら目を輝かせる。
レイは何も聞こえなかった事にした。
地面に叩きつけられた追い剥ぎ達は、のたうち回り呻いている。
「さぁ、ふん縛って役所に突き出すか」
「賞金に換金。『麻痺弾』」
エリスが魔術で麻痺させ、レオルードが縄を取り出し縛り上げていく。
「コイツ等金になるか?」
「そうだな、賞金首が居ればソコソコ。居なくても治安維持協力で金一封ぐらいは有るだろう」
「そうなのか」
レイもレオルードを手伝い追い剥ぎ達を縛り上げていく。
「死なせると、手配区分が『生死を問わず』でもなければ賞金は半額になる。重症者は手当てしてやれよ」
「まぁ荷台も空いているし、歩ける奴は歩かせて」
「歩かないなら引きずる」
「鬼がいる!?」
本気とも冗談とも判別のつかないエリスの発言に、追い剥ぎ達の未来を哀れむ。
「いやー、助かった。マジでもう駄目かと思ったぜ」
そう言って笑いながらクロードが馬車で戻ってきたのは、追い剥ぎ達を縛り上げ終えた頃だった。
「ありがとな、レオ。助かったぜ」
「いや、偶々さ。それに俺は何もしてない。ほとんどレイの手柄だ」
「レイ?ん? おぉ、レイ! 久しぶりだな、元気だったか」
クロードは今の今までレイには気付いていなかったらしく、言われてようやく気付いたようだった。
相変わらず、片足を引きずりながらレイへと歩み寄る。
「助かったぜ、ありがとな」
クロードがレイの肩をバシバシ叩きながら笑う。
「こんな連中なら、クローの敵じゃないだろう?」
「いや、まぁ3,4人なら、な。7,8人に囲まれちまったらお手上げだ」
「そうか小回りがきかないんだったな」
「それに、そこまでザコじゃ無かったぞ。役立たずの護衛はアッサリやられるし」
レオルードの言葉にクロードが苦笑しつつ答える。
その瞬間レイの脳裏に1つの懸念が生まれる。
「マリーさんは?リックは?一緒だったんじゃ!?」
マリーとリックはクロードと共に王都へ行った。
しかし、今は一緒に居ない。
先程聞いたクロードの「護衛はやられた」という発言、その中にマリーとリックも含まれているという事か?
「え?あぁ、俺だけが馬車で逃げ、2人はこの場所に居ない。この意味が分からないか?」
レイの疑問にクロードは神妙な顔つきで答える。
「まさか、2人は………」
「あぁ、今頃は……」
クロードはレイの目を正面から見詰め答える。
「王都でヨロシクやってるよ」
「はあ?」
「久しぶりの王都を満喫してやがる。闘技場のトーナメントに参加中とかで、もうちょっと王都に居るそうだ。まぁ、日数的にはもう出てるだろうけどな」
「なんだよ、ビビらすなよ」
「悪りぃ悪りぃ。まぁ、あの2人がいたら逃げてねぇよな」
そう言ってクロードは詫びるが、その顔を見ればまったく悪びれていないのは一目瞭然だった。
「なるほどな。クロスロードのオークションか」
「あぁ、折角良い品が手に入ったんで、時期的にも丁度良かったんでな」
クロードは王都にて古い美術品を手に入れた。ハンター時代の知り合いの持込だった。
だが、普段は美術品を取り扱ってはいない為、その方面の伝手が無かった。
それでも、その美術品を少しでも高値で売ろうと思案した結果、クロスロードの大オークションに持ち込む事を思いついたらしい。
「でも、まだ早いんじゃないか?オークションまで3週間はあるぞ?」
「オークションに出品するなら前もって登録しないといけねぇんだよ」
クロスロードの大オークションは武器・防具から美術品に魔導具・魔導書等、様々な物が出品される。
その品々はオークションの5日前から公開され、どの品を買うか吟味される。
特別な紹介状でも無い限り、10日前には品物を登録しなければいけない。
「リック達を待ってたんだけどよ、時間的に際どかったんで、ある商人に同行させて貰ったんだよ」
そして、焦ってスカを引いたのだそうだ。
その商人もクロスロードの大オークションに行く予定だった。
彼は12人の護衛を雇い「安全面は万全」と豪語していたのだそうだが、その護衛はハズレだった。
「あれがハンターギルドで集めてもらったんなら、精々がDの下位だな。きっとケチったんだぜ。護衛料は自分の命の値段だってのによ」
クロードがその事に気付いたのは出発から2日が過ぎた頃だった。
遅まきながらも失策に気付いたが、今更戻るには時間的な余裕が無かった。
せめて数でハッタリが効けば、と思っていたのだが無駄に終わった。
馬車を止め休憩していたところを襲われた。
クロードは相手の数が20人を超えている事に気付き、この面子では無理だと判断し逃げる事を選択した。
しかし、クロードが動き出すより早く、もう一人の商人は逃げ出していた。
「あの判断の早さは大したもんだったよ。あの娘を見捨てていかなければ、だけどな」
クロードが指差す彼の馬車には1人の女性が乗っていた。
「奴は奴隷商でもあったらしい。クロスロードの奴隷オークションに出すつもりだったんだろ」
外で休憩をしていた彼女が荷台に乗り込むのを待つ事無く奴隷商は馬車を走らせた。
彼にも彼女が乗っていない事は見えていた筈だ。それでも、自身の安全の為に切り捨てた。
クロードが自分の馬車に彼女を乗せ走り始めようとした時には、護衛は皆やられるか逃げ出していた。
後は馬を必死に街道を走らせ、先程の顛末に至る。
「降りてきな。コイツ等は俺の知り合いだ。悪い奴等じゃねぇよ、な?」
クロードの視線が見知らぬエリスに注がれる。
「どっちのコレだ?」
クロードが下世話に小指を立てる。
「『石弾』」
「うを!?危ねっ!」
突然の攻撃をクロードは紙一重で回避する。
流石は元Aランクハンターだ。
「何しやがんだ!」
「発言が下品」
「…レオ、何なのこの娘?怖いんですけど?」
「今のはクローの発言が悪いだろ」
「冗談だろ、冗談! 軽いコミュニケーション!」
そう嘆くクロードにエリスがビシッ!と指を突きつけ言う。
「次は当てる」
「はーい、気をつけまーす」
気をつける気などないクロードは、その直後のエリスの呟きに愕然とする。
「避けられるとは思わなかった」
「…何この娘! 本気で当てる気だったとか、マジ怖いんですけど?」
クロードはエリスの言葉が警告ではなく所信表明だった分かり恐れおののく。
「あの、よろしいでしょうか?」
そんな彼らに声を掛ける者がいた。
馬車から降りてきた奴隷の少女だ。
「先程は助けていただき有難う御座いました。改めて御礼申し上げます」
そう言って頭を下げる彼女の頭には犬のような耳が有った。
「私は白狼族、ラウ家が一子、ハクレンと申します。よろしくお願い致します」
高い位置で括ったポニーテールはまるで絹糸のように白い。
赤い瞳の鋭い眼差しが若干キツく感じるが、整った顔立ちは美少女という以外の表現ができなかった。
そして何より、凛とした佇まいが美しかった。
ハクレンに見惚れていたレイが、その想いが一目惚れといわれる物だと気付くのに時間は掛からなかった。
ようやくメインヒロイン(予定)の登場です。




