19 「君の未来を占ってあげよう」
「そう言えば、エリクサーの研究の方は?」
「まぁ、ぼちぼちね。素材から術式まで見直しをしているから、まだまだ時間は掛かるわね」
レイから初級回復薬を50本買い、その製法を聞いたハイネリア。
その製法は、通常使用する素材より高ランクの素材を使用するという意味では予想通りだった。
素材は2つ、1つはレオルリーフ。通常使用される物だ。
もう1つは水に魔力を馴染ませ浸み込ませた、魔力水だった。
魔力水は錬金術の初歩の初歩、最も最初に習い、見習いが練習にて作る物。時間経過で水から魔力が抜けただの水に戻ってしまう。
それ故にこの魔力水は、単なる練習用という認識しかされていなかった。
結果それを別の錬金術の素材にするという発想自体がなかった。
そういった意味ではまったく予想外の製法という事でもあった。
以降ハイネリアは水を使う錬金術にこの魔力水を用いる事で、品質に著しい向上が見られることを発見した。
そして、素材としてそこまで高ランクという訳ではない魔力水で高品質な品を生み出せる事から、素材の選定は品質やランクのみでは決められない事を学んだ。
ハイネリアは、それまで越えることの出来なかった壁を越える事が出来るという気がしていた。
レイとの出会いが自身の運命を変えるという占いが正しかったという確信と共に。
「それで?何か面白い物でも見つけたんでしょ?」
占いにて、また何か面白い物が持ち込まれると出たハイネリアが、再びレイを店へと呼び出した。
基本的に開店休業中のユーディル雑貨店を訪れるのはレイ以外にはいない。
それ以外でこの店を訪れるのは、錬金術師としてのハイネリアに用のある者ばかりだ。
「ああ、これだ」
「これは!?君これをどこで?ドラゴンでも倒した来たのかい?」
ハイネリアの言葉は勿論冗談なのだが、カウンターの上に置かれた物は、それ位でもしなければ手に入らない品物であった。
それは大人の拳ほどの大きさの赤い魔力結晶石だった。
当然ながらドラゴンを倒して手に入れた訳ではない。
以前手に入れた『魔力循環増幅器』で生み出した物だ。
当初は増幅分を魔力結晶石に変え換金して打ち出の小槌にしようと思っていたが。魔力結晶石が大した値段では売れないと知ってからは、自身の魔力貯蔵器のつもりで魔力を蓄えていた。
しかし、クロスロードへの到着後、その存在をすっかり忘れ放置していた。
先日ふと思い出し、確認してみたところ
『魔力循環増幅器
蓄積魔力 500000/500000(稼動停止中) 』
カンストしていた。
試しに魔力量50の結晶石を作成してみた。
小石のような青い結晶石ができた。
それまでに何度か迷宮で白い結晶石は手に入れギルドで買い取ってもらったが、安かった。
以前リックに言われた通りに買い取り価格は10個で30ギル。1個当たり3ギル。
最も安い薬草のレオルリーフより買い取り価格が安かった。
その事を思い「やっぱり打ち出の小槌にはならないかもな」と諦めつつ、大した期待もせずに魔力量50の青い結晶石を10個作成しギルドに持って行った。
結果10個全部で500ギルになった。1個50ギル。思った以上に高値で売れた。
魔力量1当たり1ギルで売れるのなら、魔力量100000なら10万ギル。
一般人の3~4か月分の賃金に相当する。
魔力循環増幅器の増幅量を考えると3日後には再び100000は増えている。
つまり3日毎に10万ギル入手出来るという事だ
「ふむ、これならそうだね……150万ギルかな」
「は?150万?じょ、冗談だろ?」
「あら、厳しいわね?じゃあ200万で、どう?」
レイの言葉をハイネリアは逆の意味で捉えた。
「ちょっと高過ぎないか?」
「そっちだったの?」
「10万前後で売れると良いな」と考えていたレイに提示された15倍、そして20倍の金額。
それはレイには予想外の事だった。
レイは魔力結晶石の価値をその内包魔力の量でしか考えていなかった。大きさや色に価値は無い、宝石として使う訳でも無い美しさなどにも価値は無い。そう思っていた。
値段が大きさなどではなく、容量で変わる乾電池と同じ様に考えていた。
「このサイズの赤魔晶石なら150万は当然ね。200万を超えても不思議じゃないわよ?」
「何でそんな値段に?」
「世の中に出回っている魔晶石は、ほとんどが白、青、黄よ。これらは迷宮で結構な頻度で取れるからね。でも赤以上の魔晶石は迷宮では取れないの。手に入れようと思ったら、ドラゴン級の魔物を討伐しないとダメなのよ」
魔力結晶石が取れるのはAランク以上の魔物がほとんどだ。
Aランク以上の魔物を討伐すれば数年は遊んで暮らせるという。
それはこの魔力結晶席の買い取り金額も大きく影響している。
「そんな値段で誰が買うんだよ?」
レイの感覚ではまったく理解出来ないものだった。
「魔晶石は魔導器の動力源に使うから、飛行船や魔導船を使う人は喉から手が出るほど欲しいだろうね。実際に王都で行われたオークションで魔晶石が1000万で競り落とされた、なんて話を聞いた事もあるわよ」
馬車で行けば30日近くかかる王都リンドンから聖都エレオスまでを4日で行ける飛行船。勿論値段もそれなりに高いが、「人生で一度は乗ってみたい」と大人気な乗り物だ。
その飛行船の最大の問題が動力源。それを解決するには人が魔力を供給するか、魔力結晶石を使うしかない。
小さな魔力結晶石を数多く集め頻繁に交換作業を行うよりは、割高でも良い物を手に入れたほうが良いという事から、赤以上の魔力結晶石は高価な値段で取引されるらしい。
ちなみに、今回レイが持ち込んだ魔力結晶石ならば、王都から聖都を月2回往復する飛行船の2年分位の動力源になるそうだ。
このサイズの赤魔力結晶石を手に入れようと思ったら、本当にAランク上位の魔物を狩らなければいけないらしく、命がけの対価としては決して高くは無い。
「それで、200万で売ってくれるのかしら?」
「あ、ああ、それで良いよ。ただ」
「売り主は秘密。でしょ、分かってるわ」
レイはこれをハンターギルドに持ち込まなくて良かったと心底思っていた。
魔力結晶石がそこそこの値段になるかもしれないと感じ、「あれ?打ち出の小槌になるんじゃね?」という事で確かめてみる気になり、一度はギルドまで持っていったが、そんな物をギルドで売れば目立ってしまわないか?と思いとどまった。
そんなときにユーディル雑貨店からの呼び出しが伝えられた。
ハイネリア・ユーディ、この年齢不詳の美女はクロスロードの町で影の実力者だった。
この町の評議会委員や各ギルド支部の長も彼女には頭が上がらないのだという。
それが占い師として腕前か、錬金術士としての腕前か、はたまた別の何かかは分からないが、その彼女が秘密厳守として扱ってくれるので心配は無いとレイは判断していた。
この2ヶ月の間にレイとハイネリアの間には信頼関係が出来上がっていた。
「ちなみに、誰にいくら位で売る予定?」
「それは分からないわ。オークションに出品するつもりよ」
「オークション?コレクションクラブの月例オークションで?」
「そう、来月は年に一度の大オークションだから、他所からも沢山人が集まるのよ」
コレクションクラブというのはクロスロードの大通りにホールを構え、様々な品のオークションを行っている会員制のクラブだ。
そこが月に一度、広場にてオークションを開く。この日だけは会員以外も参加でき、様々な自慢の品が出品される。
そして来月は年に一度の大オークション。3日間かけて行われるらしい。
近郊からのみならず、王都や聖都からも多くの人が集まりクロスロードの一大イベントとなる。
「じゃあ、支払いはその後?」
「まさか、今払うわよ」
そう言うとハイネリアは一度奥へと姿を消し、暫くすると小さな袋を持って戻ってくる。
「流石に白金貨は無いから大金貨20枚で」
そう言って袋を差し出す。
「まいどありー」
レイはそれを受け取ると無造作に懐にしまう。
「中身の確認はしないの?」
「ハイネが信用出来ないなら、秘密の品を売りに来たりしないさ」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃないの。サービスしちゃおうかしら」
「え!マジで!?」
妖艶に笑うハイネの言葉に、レイの視線が胸へと下がる。
「当店はそういったサービスは行なっては御座いませーん」
「ちぇー!」
既に何度も交わされている、お決まりのやり取りだ。
「君の未来を占ってあげよう」
「え?占い?」
「そうよ。本来なら私の占いを受けようと思ったら、半年先まで待たなきゃいけないところよ」
ハイネリアの占いは的中率が非常に高いと評判らしい。
しかし、一週間で光の日に3人しか占わない為、予約が大分先まで埋まっているのだそうだ。
「本来は星とカードで占うんだけど、今日はカードだけね」
そう言うとお手製のカードをカウンターに並べる。
「4枚選んで」
言われたとおりにレイがカードを4枚選ぶ。
「ふむ、どれどれ。『懐かしき友』『争い』『変わる世界』『直感』
まぁ、これだと近日中に懐かしい友人に会うわね。そしてそこでちょっとした争いに巻き込まれるわ。そのときの君の決断次第で運命が大きく変わるわ。決断は打算ではなく直感でするのが吉。そんなところかしらね」
「懐かしい友人?」
レイにとってこの世界で最も古い知り合いはマリーとリックだ。
2人ともクロードの護衛として王都に行った後、まだ戻ってきていない。
たぶん会うのはその2人だろう。2人はいつもドツキ漫才をしている様なものだが、仲はすこぶる良い。争いというのは2人の間にではなく、きっと魔物か何かだろう。ベヒーモスの時みたいな感じか?
レイは占いの結果をそんな風に予想していた。
「まぁ、自分に正直に、思ったままに行動すれば良い。という事なら問題無いだろ」
そうレイは結論付けた。
この占いが的中するのはそう遠くない話だった。
ハイネリアさんはクロスロードが、ガリオスと言う名前だった頃から、町の実力者でした。
「独立自治都市になる」と宣言した時も裏で活躍していました。
『クロスロードの占術士』は王国権力者の間では有名です。
主人公は知らぬ間に大物と懇意になっていました。




