18 「いらっしゃいませ、ユーディル雑貨店へ」
鈴の音と共にドアを開くと、カウンターの奥で腰掛ける年齢不詳の美女が目に入る。
「いらっしゃいませ、ユーディル雑貨店へ。待っていたわよ」
「珍しいな。アンタが店のカウンターに座ってるなんて」
「君が来るのが分かっていたからね」
美女が妖艶な笑みを浮かべる。
「私の占いは外れないのよ」
「占いは関係無いだろ。日時指定で店に来るように、俺への指名依頼を出せばそうなるよな」
「まったく、夢のない子ね」
「で?何の用だよハイネ?」
彼女の名前はハイネリア・ユーディル。
本人の言葉によれば長耳族という事だ。長耳族、別名は森人、もしくはエルフ。
クロスロードの大通りから外れた場所で雑貨店を営んでいる。
営んでいる筈なのだが、何故か店に客が居る所を見た事が無い。
「それは、私のセリフよ。何か面白い物を手に入れたんじゃないの?高値で買うわよ、あの日のように」
ハイネリアが意味有りげに笑みを浮かべる。
彼女の言葉が初めて2人が出会った日の事を指している事はレイには容易に想像出来た。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
レイがクロスロードにやって来てから約10日。
ハンターギルドからDランク昇格を認められたレイにギルド職員のリザリーから不可解な依頼が提示された。
内容は『ハンターの派遣』だった。
とても簡潔な依頼文なのだが、なにをするのかがまったく不明だった。
更には特殊な条件が付いていた。
それは『今月Dランクに昇格した18歳で男のハンター』という条件だ。
今月Dランクに昇格したハンターなら5人居る。18歳の男性ハンターなら13人居る。
しかし、その両方を満たすのはレイ以外には居なかった。
その事を知っているのなら直接レイを指名すれば良い。
一体どういう意図が有るのか分からなかった。
しかしギルドの上層部は、この不可解な依頼を受諾し、リザリーに対象者を探し依頼するように命じた。
そして、白羽の矢の立ったレイが「そんな気味の悪い依頼は嫌だ」と断ると、ギルド長が土下座しながら「危険は無い」や「むしろ行かない方が危険だ」とか「私の命が…」等と泣き付いてきた。
渋々折れたレイは、現在依頼票に記された雑貨店の前に来ていた。
「本当に雑貨店か?」
古びた店構え、看板すら無く、窓際のディスプレイには埃しか乗っていない。
薄暗い店内は中の様子が見えず、営業しているのかどうかどころか、廃屋でないのかどうかすら分からなかった。
「悩んでいてもしょうがない。行ってみるか」
店の前を行ったり来たり、ウロウロしながら店内を覗き込んだり、散々悩んだ結果、古びたドアを押し店内へと入っていった。
「あのー、ハンターギルドから派遣されてきたんですけど」
薄暗い店内は、外から見て想像していた以上に薄汚れていた。
埃の積もった棚に商品は無く、店の片隅には壊れて使用出来なくなったのであろうガラクタが積み上げられていた。
「すいませーん!」
今度は声のボリュームを上げて呼びかけてみる。
「聞こえてるよ、ちょっとお待ち」
店の奥から返事が有った。
暫くして奥から現れたのは1人の女性だった。
軽くウェーブの掛かった金髪を背中に流し、白いシャツの上に黒いカーディガンを肩から羽織っている。
鮮やかな緑色の瞳がレイを捉えると妖しく笑みを浮かべる。
「いらっしゃい。待っていたわ」
「あ、あぁ。えーと、ハンターギルドから派遣されてきました」
「ええ、分かってるわ。座ったら?」
レイは言われるがまま示されたカウンター前の椅子に腰掛ける。
その椅子の上に埃が積もっている事など気付きもしない。
現在レイの目には、ただ一点から動いていなかった。
それは彼女のエメラルドグリーンの瞳でも、美しい顔でも、特徴的な尖った耳でもない。
開いたシャツの胸元から覗く深い谷間だ。
(デカイ!まさか1メード超えか?)
分類するのならレイはオッパイ星人だった。
しかも、単に大きければ良いという訳ではなく、腰のくびれも重要視していた。
つまりは、ボン、キュッ、ボンの不二子ちゃんスタイルを理想としていた。
目の前の女性はその理想に近いと思えた。
勿論、服の下の腰のくびれが見える訳ではないが、全体的な外見からは細そうだった。
シャツの胸元のボタンが3つ開いていなければ、スレンダーな女性と認識していたかもしれない。
「さて、と」
女性はカウンターを挟んでレイの対面に腰掛ける。
そのままカウンターに頬杖をつく。カウンターに乗せられた胸が下から持ち上げられ更に存在感を増す。
(おぉー!これは…)
そんな様子を生唾を飲みながら凝視するレイは、女性の悪戯っぽい笑みに気付かない。
「そこまで夢中になられると悪い気はしないけど、相手の顔を見ようとすらしないのは減点ね」
「ッ!?」
女性の言葉にレイが我に帰る。
「あ、いや、その、あまりにもお美しいので照れてしまって」
「ほー、咄嗟の返しとしては中々ね。でも、視線がどこに向いているのかは意外とバレてるものなのよ?」
「すいません」
「いやいや、構わないわ。18歳の健全な男子なら当然、むしろ見向きもされなかったら、その方がショックね」
女性は気にした風でもなく笑う。
「まずは自己紹介、ハイネリア・ユーディル。見ての通りの耳長族。年齢は…想像にお任せするわ」
「レイ・カトー、18歳です」
「そう、レイと呼んでも良いかしら?」
「あ、はい」
「ありがとう、私の事もハイネで」
そう言うとハイネリアは頬杖をついたままレイの顔を眺めている。レイの反応を楽しむかのようにニコニコしながら。
「あのー」
「なぁに?」
「ご用件は?」
気まずいレイが依頼内容の確認を切り出す。
「たまには若い男の子と遊ぼうかなーと思って」
「あ、あそぶ!?」
「フフ、冗~談」
「も、弄ばれた!?」
レイの動揺し赤くなる様子を楽しむハイネリアが再び悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ゴメンなさい、用件だったわね。それは・・・」
「それは?」
「『君と出会う事』よ」
ハイネリアが先程までとは違う真剣な表情で告げる。
「は?いやいや、もうそういうのは結構ですから」
「ところが今度は、冗談じゃないのよ。まぁ聞きなさい。
私は趣味と実益を兼ねて占いをしているの。それに『運命を変える出会いあり』と出たのよ」
ハイネリアの話によれば、彼女の占いの腕前は中々の物で、それで稼いでいる為に本来は本職のはずの雑貨店は閑古鳥が鳴いたまま放置しているのだそうだ。
占いに出たのは、彼女が捜し求めているある物への手がかりを持った者との出会いを示唆するものだったそうだ。
鍵は『槍と剣と盾の紋章』『18歳』『最近半人前と認められた男』という事で、ハンターギルドに該当する者を紹介して欲しいと依頼を出したそうだ。
ハンターギルドのランク付けで半人前と言えばDランクを指す。
「それで?」
「ん?」
ハイネリアはレイの言葉に首を傾げる。
「いや、それでこれから何をすれば?」
「う~ん、どうしようか?会えば何かが起こるかとも思ったんだけど…。
君何か特殊だったり、珍しかったりする物を持っていたりしない?」
「いきなりそう言われてもね…」
そう言いながらもレイには『神剣グラム』等のSRのアイテム、もしくは自身のスキル【カードファイター】等、思い当たる節は幾つか有った。
「そのハイネリアさんが『捜し求めているある物』て、何ですか?」
「ん?あぁ『オールヒール』よ、万病を治し、どんな怪我も癒す伝説の霊薬。エリクサー、命の雫、アムリタ、呼び方は様々。伝説では欠損した身体の復元すら出来るみたい」
「そんな物を何の為に?」
「あら?究極の霊薬の作成は錬金術師の夢よ?富も名声も思うがまま。
それに、そんな物でしか治せない不治の病も世の中には有るの」
ハイネリアの言う不治の病とは『魔力枯渇症』という病気の事だった。
魔力枯渇症は一時的な魔力欠乏と違い、自身による魔力回復が出来ず、徐々に衰弱していく奇病だ。
病の一種とされているが、その原因は不明で多くの場合が大きな魔力を有していた魔術師が晩年に患うらしい。
「長耳族は魔術適正が高く、魔力保有量の多い種族だから魔力枯渇症の発症確立が高いの。
私の身内からも何人も出てるわ」
これといった治療法も特効薬も無い、発病したが最後、出来るのは可能な限り魔力消費を抑え延命する以外はない。
だが、もしかしたら究極の霊薬であれば、と期待し研究する錬金術士も少なくは無い。
しかし、成功した者はいない。
ハイネリアもそんな夢を抱く1人だった。
最初に口から出た『富も名声も…』という言葉がハイネリアの本心では無い事がレイには何となく想像が出来た。
出来る限りの力になろう。そんな思いがレイに芽生える。
「薬の材料になりそうな素材で珍しいものは……無いなー。
ルオルードの霊薬は使っちゃたし、後は解毒薬、石化解除薬、麻痺解除薬、魔力回復薬に、作り置きの下級回復薬と…」
レイは次々と所持品を取り出すとカウンターの上に並べていく。
次々に並べられる品々をハイネリアが苦笑いで見ている。
正直に言えば、どの品も普通に店売りされているありふれた物だ。
この中に『運命を変える』何かが有るとは思えなかった。
「作り置きと言ったわね、コレは君が?錬金術が使えるのね?」
ハイネリアの手が1つの瓶へと伸びる。
レイ作の下級回復薬だ。
残念ながらその品に興味があった訳ではない。
下級回復薬は道端の露天商でも売られている事さえある、入手は簡単に出来る物だ。
ハイネリアの興味は既にレイの所持品から彼の能力技能へと移っていた。
「初級の薬剤錬金術だけなら出来ます」
「ちょっと見させてもらうわ」
そう言うとハイネリアは瓶のフタを開け中身を僅かに掌に出し【鑑定】する。
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下級回復薬
効果:HP回復(基本回復量60)
品質 高品質
特殊効果:劣化無効
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「高品質?効果は劣化無効。へぇー、やるじゃない」
ハイネリアは自身の目に映る鑑定結果に若干の驚きを感じた。
何故なら、高品質の下級回復薬など見た事が無かったからだ。
錬金術で高品質な物を作ろうと思えば方法は3つ。
1つ目は普通の素材をこれ以上ないタイミングで完璧な調合をした上に幸運に恵まれる。
2つ目はその品を作るには勿体無いくらいの高ランクの素材を上手に調合する。
3つ目は適当に調合して神がかり的な幸運に恵まれる。
そのくらいだ。
1つ目が可能な錬金術師は、下級回復薬など作らない。
2つ目が可能な状況でも、素材が勿体無くて下級回復薬は作らない。
3つ目は人生でそうそう起こる事ではない。
それ故に、ハイネリアも高品質の下級回復薬を見た事は無かった。
「うーん、これが後30本も有れば私の研究にも有益かもしれないね」
ハイネリアの言葉は真実ではあったが、本気ではなかった。
たぶん神がかり的な偶然によって生まれたであろう品が、後何本も有る筈がない。
それが本心だった。
「30本で良いの?あと50~60本は有るけど?」
「は?」
しかし、レイの返答はハイネリアの予想の遥か上を行くものだった。上過ぎて雲の向こうで見えないほどに。
「だから、それと同じ物なら50本ぐらいは持ってるよ」
「は?いや、だって……。あぁ、これの価値が分かっていないのね」
ハイネリアはレイがこの下級回復薬が高品質だという事を分かっていないのだと判断した。
それは彼女の経験と常識から言えば仕方の無い事なのだろう。
しかし、彼女はすぐに知る事となる。世の中には常識が一瞬で引っくり返される瞬間が有ると。
「なら、自分の目で確認してみなよ?」
レイがカウンターの上に30本近い瓶を並べる。
「まったく、しょうがないわね。良いかい、錬金術を続けるつもりなら【鑑定】のスキルは必須だよ。自分の作った物の品質が分かっていないなんて話にならないか…ら…ね」
下級回復薬を1本手に取り鑑定しながら、錬金術士の心得を初心者に説くつもりでいたハイネリアが、鑑定結果に動きを止める。
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下級回復薬
効果:HP回復(基本回復量60)
品質 高品質
特殊効果:劣化無効
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「まさか!?」
先程の物と同じ結果に驚愕する。
「これも!? これも!? こっちも!?」
次々と幾つかの下級回復薬を鑑定し、全てに同じ結果が出る。
「本当にこれ全部が……」
「そうだよ。全部高品質」
「どうやって?どうやって!これは本当に君が作ったの?製法は?素材は?もしかして秘伝の製法?門外不出!? 教えて! お願いだから教えて!!」
想定外の事態に興奮したハイネリアが早口にまくし立て、その両手は思わずレイの襟元を締め上げていた。
「お、教えます。おじえまず、おじえまずがら」
こちらもまた予想外の怪力で首を絞められる形のレイも、生き延びる為に必死に返事を繰り返していた。
「ホント!?本当ね?嘘だったら、呪うわよ?」
「あい、本、当、で、す」
ハイネリアはレイを締め上げていた両手で今度はレイの両肩を掴み、激しく前後に揺さぶりながら念を押す。
「素晴らしい!最高よ!」
「フガッ!」
肩を掴んでいた両手が放され、今度は頭部を抱くすくめられる。
レイの顔に暖かく柔らかい何かが押し付けられる。
それがハイネリアの胸である事に気づいたレイはその感触を思う存分に堪能する事に決めた。
「その製法を研究すれば…。まだよ、まだ希望はある」
この日、ハイネリア・ユーディルの途絶えかけていた夢への道が再び見え始めていた。
その後研究を積み重ねたハイネリアが、夢を実現させるのだがそれはまた別の話。
そして、ハイネリアの胸の感触を楽しむ事を、呼吸する事よりも優先させたレイの命が途絶えかけていた事もまた別の話。
書いていたら意外と長くなりそうだったので分割します。
何をしにユーディル雑貨店へ来たのかは次回。




