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17 「ギブ&テイクが世の習い」

 フェルドリッヒの迷宮

 発見者の名前からそう呼ばれるクロスロードの町から徒歩で2時間ほどの場所に存在する地下30層の迷宮。

 最深部である地下30層に出現する魔物がCランクという事から初級の迷宮と分類されている。

 初級の迷宮を走破した者はCランクハンターと認められるが、だからといってCランクハンターなら走破出来るという物ではない。

 実際にフェルドリッヒの迷宮でも年間で約50人の行方不明者が出る。その内約10人がCランクハンターである。


 そんなフェルドリッヒの迷宮の地下19層にレイとエリスの2人はやってきていた。レオルードという保護者同伴で。


「エリス、右を頼む」

「了解。『火矢ファイヤーアロー』」

 エリスの放った炎の矢が1体のゴブリンに突き刺さり燃やす。


 その間にレイは左側の3体のゴブリンへと向かう。

 正確にはゴブリンソルジャーなのだが、ゴブリンとの違いは装備の良し悪しだけだ。

 装備している鉄の剣と皮鎧をどうやって調達したのかは誰も知らない。そもそもが迷宮内にどうやって魔物が現れるのかさえも誰も知らない。


 鉄の剣をむやみに振り回すだけのゴブリンの攻撃を軽く弾き飛ばし、そのまま切り倒す。


 ゴブリンはオークよりも格下の魔物とされているが、装備を整えたゴブリンソルジャーはオークよりも危険視される。しかし、迷宮内に現れるゴブリンソルジャーは何故か武器の扱いが下手で、ただのゴブリンとほぼ変わらない。

 問題は数だ。一度に6~8体で現れる事だ。

 下級の迷宮は個人で挑む者も多く、集団に囲まれて命を落とす事がある。

 背中を守ってくれる存在のありがたみを知る瞬間だ。


 返す刀で2体のゴブリンをアッサリと切り伏せたレイが振り返ると、エリスもまた3体のゴブリンを葬り去っていた。


 残るは後ろに居た2体のゴブリン。

 そのゴブリンの始末に向かおうとしたところで、

「『火球ファイヤーボール』」

 エリスの放った2つの火球が鼻先をかすめ飛んで行く。

 火球は狙い違わずゴブリンを火ダルマに変える。


 エリスは『同世代ではトップクラス』と自称するだけあって、その魔術の腕はレイとは比較にならないほど卓越していた。

 18歳でCランクに昇格したレイを周囲は『二十歳になる前にCランクに上がるとは中々優秀』と称していた。

 しかし、エリスはそれより更に若い。16歳でCランクに上がるハンターは千人に1人居るかどうかというレベルなのだそうだ。


「お前っ!危ねぇだろ」

「大丈夫」

「何が!?」

「射線は確保出来ていた」

 しかし、残念な事にエリスには周囲へ対する配慮が不得意というか出来なかった。


 エリスの言葉の通り、レイの体は火球の射線上には無かった。

 火球がレイに当たる可能性は皆無だった。エリスの魔術制御が完璧という前提であればだが。


「当てる気は無かっただろうけど、当たる可能性は有ったよな?そもそも、今の魔術いらなかっただろ?」

「状況的に魔術が最速」

「別に早さを競ってないから」

「まぁまぁ、落ち着け」

 2人の言い争い(?)にレオルードが割って入る。


「レイの言う事はもっともだが、エリスも良い所を見せようと張り切ったのだろう。

 お互いソロだったのだ、パーティとしての連携はこれから磨いていくしかない」

 レオルードの言葉にエリスがコクコクと頷く。


 エリスの当面の目的は、レイの能力を解析する事。

 その為にレイの信頼を得る事。

 エリスが密かに(本人は隠しているつもりは無いが)張り切っている事は誰も気付いていなかった。


「さあ、先へ進もう。今日は20層まで行こうか」

 既にこの迷宮を走破しているレオルードに見守られながらレイ達は迷宮を進んで行く。


 今日の目的は迷宮の走破ではなく、レイとエリスの連携訓練だった。

 迷宮に入ればほぼ間違いなく魔物と遭遇する為、戦闘訓練の場として用いられる事も多い。




「だーかーらー、何で俺の目の前で魔術を使うんだよ!逸れたらどうすんだよ?危ねぇだろうが」

 本日何度目かの魔術とのニアミスにレイが抗議の声を荒げる。


「レイ、良い案があるぞ」

「良い案?なんだよ」

「万が一の時はお前が避ける。これで安全だ」

「確かに。それなら安全」

 レオルードの提案にエリスが賛同の声を上げる。


「どこが!?そもそも避けられるんなら文句言わないよ?」

「それはお前の努力が足りんからだ、文句を言うな。男子たる者日々精進だ」

「ん、がんばって」

 問題は解決したと言わんばかりに先へと進むエリスとレオルード。


「ちょっ!それで解決?エリス側の努力は?」

 残されたレイの言葉が迷宮内にむなしく響いた。




 迷宮探索を地下20層まで終えた所で、本日の迷宮探索を終了とした。

 実力的にはまだ行けたのだろうが、フェルドリッヒの迷宮は5層間隔でしか転移ポータルが無い為、25層まで行かなければ次回はまた20層から始めなければいけないので今日は終わりとした。


 その帰り道、エリスからレイに魔術についての指導が行われた。

 それは「レイは正規に魔術を習っていない」というエリスの一言からだった。


 エリス曰く、魔術の詠唱は正式には威力・効果・範囲などを決める『一の句』『二の句』『三の句』と、魔術を発動させる『発動句』が有るのだそうだ。

 魔術を発動句だけで使う事を省略詠唱と言い、発動句すら無く使う事を詠唱破棄と言うらしい。

 当然ながらレイはそんな事はまるで知らない。


 魔術で大事なのはイメージで『一の句』『二の句』『三の句』はそのイメージを言葉にする事でより明確にするのが目的らしい。


「レイの魔術は無駄が多い。それはイメージが明確でないから」

 それがエリスの見解だった。


「例えば『其は氷塊、鋭き氷柱、穿ちて貫け。氷針アイスニードル』」

 エリスの放った魔術が近くにあった岩に穴を開ける。


 『一の句』はその性質を、『二の句』はどんな物なのかを、『三の句』はどんな効果を期待するのかをイメージした物だ。

 例えば『二の句』を「長き細針」とすれば細長い針となり、『三の句』を「刺さりて爆ぜよ」とすれば破裂した氷で周囲を巻き込む事が出来る。

 同じ魔術でもイメージ次第で様々な物となる。


 詠唱には決まった形が有る訳ではなく、別に『氷よ、鋭く、貫け』のように簡潔でも良い。

 ただし、やはり具体的に言った方がイメージはし易いだろう。


「下級はともかく、中級以上はイメージ次第で威力は段違い」

 なのだそうだ。


「流石はロックハートの娘だな」

「は?流石?」

「知らなかったのか?ロックハートといえば魔術の名門として有名だぞ」

 傍らでエリスの話を聞いていたレオルードがレイに話す。


「ふーん、家名で呼ばれるのが嫌いってのも何か有るのかな?」

 以前にエリスが言っていた言葉を思い出し、横を歩く少女を見る。


「何?」

「いや、ためになったよ。ありがとな」

「ん。なら良かった」

 無表情に見上げるエリスにレイがお礼を言うと、ホッとしたように微かに顔が綻ぶ。


「お、おう」

 初めて見るエリスの笑顔にレイが若干どもる。

 内心の動揺を隠して歩いていると、エリスが袖を引っ張る。


「今度はレイの番」

「何?」

「ギブ&テイクが世の習い」

 エリスがレイを見上げる。デフォルトの無表情ながら期待感を漂わせている。


「お前っ!?それが狙いか?」

「策士エリス」

「策士というか、せこいだけじゃねぇか。教えねぇよ」

「意外と小者。レイは吝嗇」

「りんしょく?」

 聞き慣れない言葉ながら、それが褒め言葉では無い事は想像出来た。


「上等じゃねぇか、払ってやるよ。文字通り体でな」

 何故か服を脱ぎ始めるレイをエリスが冷たい視線で一瞥する。


「尾篭」

 エリスは一言だけ呟くと、プイ!とそっぽを向いて歩き出す。


「おい!ちょっと待て、どういう意味だ?『びろう』て何だ?」

 スタスタと歩いて行くエリスには立ち止まる気配も無く、レイは慌てて後を追う。


 そんな2人をレオルードが微笑ましく見守り後に続く。


「レオ、アンタ知ってるか?」

「知らんな!」

「だと思ったよ!」

 前途多難なパーティだった。



本日の教訓

・エリスと敵とを結ぶ直線上に立つな。

・レオルードは女子供に優しく、男に厳しい。

・エリスは難しい言葉を知っている。そして意外と黒い。

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