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16 「結局何がしたいんだ?」

 エリス・ロックハート。

 レイと同じくDランクのハンターで、先日行われた昇格試験依頼にてCランクに昇格した。どこのパーティにも属していないソロハンターという点もレイと同じだった。

 主に剣を使う前衛型のレイとは違い、主に魔術を使用する後衛型のハンターである。


 外見は一言で言うなら美少女だ。

 銀糸のように真っ直ぐな髪を肩の後で切り揃え、彫刻のような整った顔の中心で青い瞳は冷たく知的な光を放っている。

 肌は磁器のような白く肌理細かく、薄い緑色のローブに身を包み、赤い宝玉を先端に付けたロッドを右手に持っている。

 道行く10人に聞けば、7.8人は彼女を美少女と呼ぶ事に異論はないだろう。

 異論を唱えるとすれば、趣味が若干特殊だと言わざるを得ない。


 そんな美少女から「貴方の事を考えて夜も眠れない」と言われれば男子として嬉しくない筈はない。

「筈なんだけどなー」

 何故かレイの表情は晴れない。


「で、結局何がしたいんだ?」

「貴方のパートナーになりたい」

 レイの質問にエリスが簡潔に答える。


「キャー!パートナーですって、私的にですか?公的にですか?ギルド公認ですか?公私混同ですか?」

「取り敢えず、リザリーは黙って仕事に戻れ」

 リザリーはいつの間にか井戸端会議風な『奥様聞きました?』スタイルで周囲の職員を巻き込み始めていた。

 取り敢えずリザリーを追い払うが、仕事そっちのけでこちらをガン見している。


「さて、どうしたものか」

 レイの眉間に深いしわが刻まれる。

 だがそれは困ったギルド職員のせいだけではない。

 目の前に居るここまで一度も表情を変えていない美少女のせいでもある。


 別にレイに異常な趣味が有る訳ではない。

 レイも健常な男子として多感な青春を送ってきた。

 エリスのような美少女に告白されれば、ホイホイ付いて行くだろう。


 そうならないのは、これが愛の告白だとは思えないからだ。

 そう思うのは、エリスのアイスブルーという言葉が似合いそうな瞳が理由だ。

 そこには知的な光と何も見逃すまいという意志が見て取れた。

 そう、エリスの瞳から読み取れるのは恋慕ではなく興味。大学の研究室でよく見た、興味ある実験対象に向ける研究者の目だ。


「なんでパートナーになりたいんだ?」

「………」

 レイの質問にエリスは考え込む様に黙り込む。


「聞きましたよ、聞いちゃいましたよ、女の子に言わせるつもりですよ」

 いつの間にか背後に移動して来ている者がいた。


「お前は仕事をする気がないのか?」

「ハンターを傍らで見守るのが私の仕事です」

「近すぎる!後30歩ほど下がれ」

 悪びれる気の無いリザリーを再び追い払おうと試みるが無駄に終わる。


「ほら、カウンターに列ができているぞ。片付けてこい」

「後でも良い仕事は後に回します。むしろ、諦めてくれと言いたい今日この頃です」

 仕事 < 野次馬。ではなく、そもそも仕事をする気が無いようだ。

 

「仕事をしない職員が居るとギルド長に報告してやる」

「あら?ご存知ありません?看板は掲げられる事が仕事で、看板娘も居る事が仕事なんですよ?」

 看板娘と自分で言い切る辺りに性格が出ている。


「は~、もう良い。ロックハート、場所を変えよう」

「ん、了解」

「え!?帰っちゃうんですか?お持ち帰っちゃうんですか?」

「黙れ、不良職員」

 ここではろくに話も出来ないと判断し場所を変える。


「レイさん!」

 ギルドを出ようとしたところでリザリーが呼び止める。


 振り返ると、右手の親指をグッ!と立ててリザリーが言う。

「男になれよ!」

「うるせーよ!」

 レイは振り返ったことを後悔しながらドアを叩きつけるように締める。


「あっ!オークの買い取り忘れた」

 何の為にギルドに来たのか、いきなりの展開に忘れていた。




「で、どういう事?」

「興味があるのは貴方の能力」

「え?俺の能力?」

「ん、オークをカードに変えた。未知の能力。非常に興味深い」

「なっ!?」

 どうやらエリスはオークの集落で、レイがオークをカード化する瞬間を見ていたらしい。


 レイのカードファイターとしての能力はマリーやクロード、レオルードにも話していなかった。

 故にカード化を行う際には周囲の確認はしていたのだが、どうやら見落としていたらしい。


「アイテムボックスに入れただけだけど?」

「それは無い」

 とぼける事にしたレイの言葉をエリスはノータイムで否定した。


「アイテムボックスは時空魔術の応用物。使えば灰色の魔力で分かる」

「灰色の魔力?」

「私の目は魔力の色が見える」


 ノアでは魔眼と呼ばれるスキルがある。

 有名な物で言えば『予知眼』。これは数秒先の未来が見える物だ。細かく言えば、確定した事象だけが見える『確定予知眼』と、選択肢の全てが見える『可能性予知眼』に分かれる。

 他にも『千里眼』や『幻視眼』など、幾つもの魔眼が有る。


 その魔眼の1つに、本来は人の目には不可視な魔力が見える『魔視眼』が在る。

 高レベルともなれば、色から属性、濃さから強さ等を把握する事も出来る。


 エリスはその『魔視眼』を持っていた。

 それも属性の違いが色で識別出来るほどの物を。


「アイテムボックスは使えば灰色の魔力が出る。それが無かった」

「あー、見間違いじゃないのか?」

「ありえない。4回も見間違えない」

 エリスは再度とぼけるレイの言葉を即座に否定する。


「ふーん、随分とよく見てるな。それで気になった訳か?」

「それは違う」

「え?」

「見ていて気になった訳じゃない。気になったから見ていた。が正解」

「あ~もう、分かるように話せ」

 話を進めるほどに意味が分からなくなる。


「最初から?」

「え?ああ、そうしてくれ」

「ん。森でオークの集落を見つけ、討伐する事になった。貴方は『氷針アイスニードル』でオークを2体倒した」

「あぁ、そうだったな。ロックハートも『風刃ウィンドエッジ』で何体か倒しただろ?」

「ん、5体。問題はその後。貴方は転んだハンターを守る為に『エアシールド』を使った」

 

 一行のリーダーに指名されたCランクハンターはオークの集落を調査する事から討伐する事に決め、初手として魔術よる遠距離攻撃を選択した。

 既に『氷針アイスニードル』を使える事を知られていたレイもそれに加わった。

 そして魔術による攻撃で混乱したオークにハンター達は斬りかかった。

 急造パーティに連携など望める筈も無かったが、個々の能力に勝っていた為に戦いは終始優位に進んだ。

 しかし、中には運悪くオークに囲まれてしまう者も居た。

 背後から攻撃されようとしたそのハンターを救う為にレイは『エアシールド』を使用した。


「何か問題が有ったか?」

 『エアシールド』は空気の壁で防御する(正確には向かい風で受け止める)魔術だ。装備していたカードではなかった為、使用した事でそのカードを失ってしまったが、振り下ろされたこん棒を受け止めるにはそれ以外の方法が無かった。

 『氷針アイスニードル』でそのオークを倒しても、勢い良く振り下ろされたこん棒は、あのハンターの頭を砕いていたかもしれない。


「完璧だった」

「何?」

「非の打ちどころのない完璧な『エアシールド』だった」

「あー、それで完璧な魔術を使う俺に惚れたと?」

「ちがう」

「お前は…」

 エリス・ロックハート、彼女との会話は情報が断片的にしか出て来ず困難を極めた。


「その前の『氷針アイスニードル』は不完全だった」

「不完全?」

「そう。魔力が漏れていた」

「魔力が漏れる?」

「必要以上の魔力を注ぎ込んでいた。魔力量の最適化が出来ていない未熟な証拠」

「未熟で悪う御座いましたね」

「問題ない。皆が未熟だから普通レベル」

 完璧と褒められたかと思えば、未熟と罵られ、皆が未熟だから並みだ、と慰められていた。


「で?結局はどういう事なんだよ?」

「『氷針アイスニードル』と『エアシールド』はどちらも初級魔術。でも『エアシールド』の方が難易度は高い。『氷針アイスニードル』が未熟で『エアシールド』が完璧なのは異常」

「なるほど、それで気になって見ていたら、アイテムボックスを使わずにオークの死体を消す所を見た。という事か?」

 それはきっと『氷針アイスニードル』がカード装備による物で、『エアシールド』がカード使用による物だという事の違いだろう。


「そう。それ以降、気になって観察した結果、魔物の死体をカードに変える所や、カードを物に変える所を目撃した」

「観察してたの?」

「ん。3日ほど」

「うわ~、ストーカーに狙われてたよ」

 レイは3日間も見られていた事に全く気付いていなかった。


「まぁ、大体分かった。3日観察して、いろいろ考えてはみたが、結局よく分からなかったから、もう直接聞いてしまえ。という事になった訳だな?」

「うん」

 エリスがコクコクと首を縦に振る。


「あー、いくつか聞きたいんだが、良いか?」

「ん、構わない」

 エリスが「ドンと来い」と言わんばかりに胸を叩く。


「教えると思うか?もし、俺にそんな特殊能力が有ったとして、そう簡単に他人に教えると思か?」

「思わない」

「だろ?なら」

「勝手に観察して解析する」

「………」

 どうやらエリスも最初から教わる気は無い様だった。


「…だとして、それが分かっていて見せると思うか?」

「時間をかけて信頼関係を築く」

「…それで『パートナーになりたい』という訳か?」

「ん。正解」

 ようやく話が繋がった。

 という事は、ようやくスタート地点に立った。という事だ。


「えーと、あー、なんだ、その……」

 ようやく事態は理解出来たが、どうしたら良いかの方針が思い浮かばない。


 そもそもが【カードファイター】はユニークスキルだ。世界でただ1人、レイ・カトーのみが使える特殊能力だ。事象の分析は出来ても、原理の解析は不可能だろう。

 なら、別に構わないか?

 いやいや、この能力は秘密にしておくべきだろう。国や貴族に知られるのは拙いとクロードも言っていた。

 レイの頭の中を様々な案が駆け巡る。


「あのな、ロックハート」

「エリス」

「なに?」

「エリスで良い。家名で呼ばれるのは好きじゃない」

 表情はさほど変わらなかったが「好きじゃない」と言うエリスの声は不機嫌そうにも聞こえた。


「あぁ、分かったよ。じゃあ、エリス。ハッキリ言って、今の話は俺には何のメリットも無い。

 お前は自身の好奇心を満たせて良いかもしれないが、俺にはそれに付き合うメリットが何も無い」

「…それなら、体で払う」

「なっ!?お前、それは…」

「魔術は得意。たぶん同世代ではトップクラス。仲間にして損は無い」

「あー、そういう事な」

 ホッとした様な、残念な様な複雑な感情がレイに芽生える。


「あぁ、もう。分かったよ。ただし、他言はしないと約束出来るか?」

「問題無い。なんなら『誓約の呪印』を刻んでも良い」

 『誓約の呪印』それは誓約を破った場合、最悪は命を失う事もある魂に刻まれるという魔術による誓約印だ。

 レイは『誓約の呪印』については知らなかったが、その言葉の響きからどういった物なのかは想像が出来た。


「教える訳じゃないからな?」

「ん。問題ない。勝手に解析する」

「分かった。よろしくなエリス」

「ん。よろしく」

 レイの差し出した右手をエリスが握り返す。


「ただ、1つ聞きたい」

「教えないって言っただろ」

「ちがう。貴方の名前を聞きたい」

 エリスの顔は冗談を言っている様には見えなかった。

 そもそもが表情の違いが分からないのだが。


「…お前、俺を観察してたんだよな?」

「うん」

「3日間?」

「うん」

「それなのに名前すらも分からなかったと?」

「能力以外に興味が無かった」

 流石に気まずいのか、エリスは視線を横へと外しながら答えた。


「チェンジ!この娘、チェンジで!」


 レイの声はむなしくクロスロードの町の雑踏に消えていった。

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