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102 「勿論、利子は高いわよ」

「P-3COは馬より速いの。しかも休む必要がない」

「えーと何? いきなり」

 アスカが自分の姿を認識したと確認したシイナはイイ笑顔を張り付けたまま歩み寄る。

 そして何かを聞かれたわけでもなく説明を始めた。


「え? 気にならない? 私がどうして貴方達より早くにクロスロードに着いたのか、とか? 一行から離れてショートカットしたのに追い抜かれた理由、とか?」

「あ、あぁ、それは気になるね」

「そうそう、どうしてるか気になってたし」

 顎に人差し指を当て首を傾げるシイナ。

 この間も消える事のないイイ笑顔がアスカとジークフリードを精神的に追い詰める。


「そう? ごめんなさいね、心配かけて」

「いやいや、私もティナさん追いかけるのに夢中で置いていく事になっちゃってごめんなさい」

「私もだ。あの時は気が回らなかった。申し訳ない」

 この際、原因をテレスティナに押し付け乗り切ろうと即座に通じ合った2人は言い訳をしつつ頭を下げる。


「ウフフ、良いのよ。思い出したのがさっきとか、気にしないから」

「……ごめんなさい」

「……すいません」

 シイナにウソは一切通用しない。

 真偽を確かめるという事に関しては彼女以上の存在はいない。

 素直に謝る事が最適な対応だとさほど長くない付き合いでもよく理解できていた。


「謝罪は言葉より目に見える形でお願いしたいわ」

「コンの解剖許可とか?」

「あら、それは良いわね♪」

「良くねーし」

 物騒な会話に小さく丸まって隠れていたコンから異議の声が上がる。

 目的のためには手段は選ばない。そんな言葉がよく似合うシイナだけに本当に解剖をしかねない。


「フフ、冗談よ。まぁ、置いて行かれたのはちょっと頭に来たけど、そんな目くじら立てるほどじゃないわ」

 アスカ達の座るテーブルに座ったシイナはヒラヒラっと手を振って肩をすくめ笑みを変える。


「貸し1で手を打つわ」

 タダより怖いものはない。「貸し」というものは往々にして返す時の方が大変なものである。

 しかも、

「勿論、利子は高いわよ」

 相手はぼったくる気満々である。


 シイナの顔に浮かぶその表情は、裏で何かを企んでいそうな悪い笑みだった。




「レイ、こちらシイナ・コズエさん」


 レイは色々と疲れ切って諦めた感のアスカからシイナを紹介されていた。

 ギルドの個室にはレイとアスカ、シイナ、ジークフリードの転生者4人だけが集まっていた。


「確か科学者なんでしたっけ?」

 以前にアスカから聞いていた話を思い出しつつレイが聞く。


「そうよ。より厳密には物理学者ね」

「へえ、俺も大学は理学部の物理学科ですよ」

「あら、ちなみに専攻は?」

「流体力学です」

 レイは日数にすればそれほど昔というわけでもないのだが、思い出としてはかなり昔に感じる大学時代を思い返す。

 

「じゃあ、ちょっと専攻が違うわね。まぁ、よろしく」

 若干残念そうに肩をすくめたシイナが右手を差し出す。


「こちらこそ」

 アスカから聞いていた話しではもっと危険な感じな人だったのにな? と、そんな事を思いながらレイは差し出された右手を握り返す。


「私ね、常々不思議に思っていたんだけど」

 レイの右手を握ったままのシイナは話し始める。


「科学者って言うとマッドサイエンティストとかが想像し易いのに、物理学者って言うとそういった変態感が余りしないのよね」

「あぁ、何となく分かります。科学者って言うより物理学者ですって言う方が第一印象が良い気がしますよね」

 物理学者にも変態的な人物はいる。それは単に漠然とした物でしかないのだが、確かに存在するイメージでもある。


「だから人を紹介する時にどちらで紹介するか、それでどう思われているかも何となくわかるのよね」

 シイナの視線が周囲を見渡しアスカに止まる。

 睨む、とは違う。非難する、とも違う。しかし、込められている感情は良いものとは言えなさそうだ。


「あの、それは……」

 アスカにしてみれば「より厳密には物理学者」という話は聞いていない。

 だが、もっと言えば科学者という話も聞いていない。

 聞いているのは「研究者」という事だけだ。

 つまりはシイナの言動から彼女を科学者と位置づけた。という事になる。


 それはシイナの予想が正しいという事である。


「あー、そういえば、シイナさんは何の研究を?」

 言葉に詰まったアスカを救うべく、というよりもこの嫌な空気を変えるべくレイから話題変更が切り出された。


「磁気単極子よ」

「へぇ、モノポールですか」

「知ってるの!?」

「大学院の講義でちょっと聞きかじっただけですけど」

「そう、で? どのくらいまで理解しているの?」

 無理やりな話題変更であったが意外に食いつきが良かった。

 自分から興味が移ったことにアスカは胸を撫で下ろすが、逆に今度はレイが身の危険を感じていた。


「いえ、未発見の物質でビックバンの直後に生まれたとか、ぐらいです」

「そう。分かったわ。じゃあ、まずは何故磁気単極子が宇宙創成の直後に生成されたと言われているのかの話からしましょう。そうなるとまず宇宙創成、即ちビックバンというのが何なのか? という話からになるわけで(略)」


 シイナの『図解 誰でも分かる磁気単極子と大統一理論講座』は突然始まった。

 どこからともなく取り出された紙に書かれた図を交えながら懇切丁寧に説明は続く。

 終わる予感のしない講義に顔をひきつらせたレイから救難信号の視線が出される。


 先ほど助け舟を出されたアスカは、そのレイの視線を受け軽く頷く。

 そして「ゴメン、むり」と笑みをもって合掌する。


「(お前、さっき助けただろ)」

「(だって、無理じゃん。止められるわけないでしょ)」

 声を出さず口パクのみで言い合う2人。

 確かに止められる気はしないがそれでも止めてもらわねば困る。


 そんな2人を思ってか第三の人物から助け舟は出された。

「シイナさん、どうも話の内容が難し過ぎてついていけなさそうなんだが?」

 意を決したジークフリードだった。


「そう、そうなんです。基礎知識が足りないというか、専門知識が足りないというか、ちょっと話の内容が高度で」

 その助け舟にレイも乗る。


 だが、

「そう?じゃあもう少し補足説明を足しながら行きましょうか」

 助け舟は木端微塵に打ち砕かれた。


「(どうすんのよ! 長くなったじゃないのよ)」

「(しょうがないだろ。こうなるとは思わなかったんだから)」

「(諦めんな)」


 彼らのあがきは続く。

 無駄だと理解できるまで。


 



「助かったぜ、カイエン。まさかAランクパーティに護衛してもらえるとは」

「いや、こちらもただの帰り道が仕事に変わって助かった」


 次にクロスロードに着いたのはクロードだった。

 翌日の夕方、偶々魔物の討伐からクロスロードへ帰る予定だったというカイエン率いるAランクパーティ『グローリー』に伴われての到着だった。


「よう、レオ。お、ティナ! 久しぶりだな。元気そうでよかったぜ」

 ギルド支部へと顔を出したクロードはそこに居たレオルードとテレスティナと再会した。


「なかなかイイ女になったじゃないか」

「そう。じゃあ、そろそろお嫁さんに貰ってくれる?」

「ハハ、そいつは勘弁。俺はまだ誰かに縛られたくないからな」

「あんまり派手に遊んでるといつか刺されるわよ。て言うか私が刺すわよ」

「そいつは困るな。程々にしとくさ」


 豪快に笑うクロードの背後でテレスティナが「ダメだこりゃ」と溜め息をつき肩を落としているがそれには気付く様子は無い。

 それでも「仕方ないわね」と笑顔を浮かべクロードを追いかけるテレスティナ。


 当人がそれで良いのなら、他人が口出しするのは野暮というものだろう。


「というか、変に関わらない方が安全な気がするからね」

「そうそう、下手したら文字通り爆発するからね」

 とは、2人の事を温かく見守るマリーとリックの言葉である。





 その翌日早朝に神殿関係者御一行様がクロスロードに到着した。


「勝手な行動は慎んで下さい」

「あら、何か問題? 別に貴女達と一緒に行く予定だったわけでもなかったでしょ?」

 ノエルの抗議にテレスティナは涼しい顔で答える。


 確かに今回は偶々同じ日程で同じ場所に行く事になっただけである。

 ノエルとテレスティナは別々の一行と言える。

 物々しい一行はノエル達のブルーデン派である。

 テレスティナの一行は彼女とその身の回りの世話役が1人いただけである。


「クッ、だったら勝手にジークフリード様を連れて行かないで下さい!」

「別に呼んだ訳でもないのに勝手について来ただけよ、ねぇ?」

 引き下がる事なく食って掛かるノエル。

 テレスティナは特に気にした風でもなく答え、「そうでしょ?」と言わんばかりにジークフリードに視線を送る。


「ジークフリード様!」

「いや、ほら、『目を離すな』て話だったから」

「だからって!」

 突然向けられた矛先にジークフリードが苦笑いで答える。

 思い返せばテレスティナに誘われたような記憶もあるが、ついて行った方が良いという判断は自分でしたような気がした。

 その際に「何で黙って行ったのか?」と後で怒られる覚悟もしたような気がしていた。


 結局の所、予想通りの展開になったというだけの話であった。


「もう結構です!」

「そう? まぁ、こっちは最初から用なんてなかったんだけど」

 ジークフリードを引きずるように連れてノエルは神殿へと向かう。

 町中の神殿にほど近い宿を丸々一軒貸し切ったブルーデン派の一行。

 しかし、ジークフリードとその従者たるノエルは神殿内の貴賓室に宿泊である。


 早速今晩から次期教皇選定の為の根回しの開始である。

 そこであの忌々しい女に吠え面をかかせてやるのだとやる気を漲らせていた。


 それが無駄だな努力だったとノエルが知る事になるのはもう少し後である。





 それからしばらくは神殿関係の仕事で忙しいらしくジークフリードの姿を見る事はほぼ無く、日中どこか遠くから大きな爆発音が度々聞こえる事はあったが、平穏に日々は過ぎていった。


「やぁ、リザリー。久しぶり」

「あ、貴方は……」


 ハンターギルドクロスロード支部にユゥリー・エイジスが現れるまでは。

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