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101  「なんの為にだと思う?」

 テレスティナ・エイレンス。

 ラディウス教団が聖女と公式に認める人物であり、ここ数年の間に王国各地で起こった災害の支援現場に於いて重症患者千人以上を癒したとされている。

 その名は王国全土に広く知られている。

 当然ながらクロスロードに於いてもその名は知られている。


 新旧織り交ぜ様々な意味で。


 そんなテレスティナは今レイの目前で多くの者に囲まれている。


 ある者はテレスティナに祝福の言葉をかけてもらえないかと願い出て、別のある者はテレティナの前で聖印を結び今日の成功を願う。

 ただ握手を求めるだけの者もいれば、中にはその眼前に跪き祈りを奉げる者もいる。

 ラディウス教の敬虔な信者であるほど彼女に対する姿勢に敬いが出ている。

 テレスティナはそんな周囲の者達に苦笑いを浮かべながら対応していく。


「久しぶりだなティナ」

 そんなテレスティナに1人の大男が歩み寄る。


「あら? レオじゃない! アナタまた大きくなった?」

 テレスティナはそれまでとは少し違う笑みを浮かべて昔馴染みの顔を見上げる。


「そうか? あまり変わってはいないはずだが?」

「前はもうちょっとヒョロかったじゃない」

「そうか?」

「そうよ」

 共にいた時間はそれほど長い時間ではない。会わずにいた時間の方が長くなってしまったのだが、その記憶は明確に残っている。

 その記憶と比べれば背の高さはそう変わらない。だが、体の厚みは大分違う。

 あの頃より逞しくなったのだと一目で見て取れた。


「ごめんなさい皆さん。今日はこの辺で。もうしばらくクロスロードには居るから、またの機会に」

 テレスティナは周囲の人達にそう声をかけ解散させる。

 周りにいた者たちは名残惜しそうに離れていく。


「クロスロードにはいつ?」

「昨日よ。着いたのが遅かったんで、レイ君の家に泊めてもらったわ」

「まだかかると聞いていたんだがな」

「遅いんで置いて来ちゃった」

 テレスティナはペロっと舌を出し肩をすくめる。

 一行に黙って出てきた事に対しては若干の負い目はあるようだが、ちょっとした悪戯程度の認識でしかない。

 残された神殿関係者が「勇者様と聖女様に万が一があった日には……」と気が気でない強行軍になっているとは露知らず。である。


「皆は?」

「クローは明日明後日には着きそうだ。リックとマリーは5日ぐらいだな。なんでもヘリオスに行っているらしい」

「あら、ついに上級に挑戦?」

「どうだろうな、コンビで上級は厳しいからな」

 基本的に迷宮はパーティで挑むものである。

 パーティの人数が少ないほど一人一人の負担が増え攻略難易度は上がる。勿論数がいれば良いという訳でもないが、個人ソロで走破しようと思えば難易度はワンランク上の迷宮に近い。

 2人組み(コンビ)個人(ソロ)での迷宮走破は珍しい。

 クロスロード最強との呼び声もあるレオルードにしても個人(ソロ)では中級迷宮の走破がやっとである。


「そう」

「どうだ? 久しぶりに依頼を受けてみるか?」

「やっぱり、アナタ変わってないわね」

「む?」

 フー、と溜め息をつくテレスティナ。見るからに残念そうに落胆している。

 だがレオルードはそんな変化には気が付かない。

 人の気持ちの機微には無頓着な男である。

 今も昔もそれは変わらない。


「えぇ、良いわ。クロスロード最強のハンター様の実力、てやつを拝ませて貰おうじゃないの」


 少し意地の悪そうな笑みを浮かべテレスティナはレオルードと共に依頼書の掲示板へと向かう。




「そういえば、まだヒュドラの討伐依頼とかは残ってたよな?」

 金枠の掲示板を眺める2人の後姿に嫌な予感がしたレイはリザリーに問いかける。

 ここ最近、掲示板に貼られている依頼書は少ない。特に遠出する事が必要になりそうな依頼書はほとんど無いと言って良さそうだ。

 そんな中でも危険な魔物の討伐依頼は誰も手をつけていない。

 

「あっ!?」

 天災の魔女の実力は噂で聞くのみで実際に見た事はない。

 だが、その噂で聞く限りでも自然環境を破壊しかねない実力は伺える。

 「ちゃんと手加減した」という一撃がかつてのギルド支部舎を半壊させた現場など、クロスロード出身者はその噂の真偽を知っている。

 かつてリザリーの心の平穏を奪い去ったユゥリー・エイジスと同じように『特 重要監視』に指定されている人物である。


「何とかして止めてください!」

「それは無理だろ?」

「そんな事言わないで!!」

「もう遅そうだ」

 縋りつくリザリーにレイは憐れむ視線を送り、次いで掲示板の前に立つ二人に視線を移す。

 既にテレスティナの手には数枚の依頼書がある。掲示板の空いている場所からその中にヒュドラの討伐依頼もある事が見て取れる。それ以外も受け手のなかなか現れない難物ばかりである。


「あぁぁ……」

「受付処理しなければいいんじゃないか?」

「そしたら勝手に行くに決まってるじゃないですか! そういう人達ですよ! 止められるわけないじゃないですか!」

「まぁ、そうだろうな」

「落ち着いてないで止めてくださいよ!」

「無理だって答え出てんじゃん」

「分かってますよ!!」

 支離滅裂な魂の叫びをあげるリザリー。

 いつもであれば叱られるのだが、今日に限ってはどの職員も何も言わず見守っている。


「大丈夫でしょ」

 涙目のリザリーを励ますようにミーア声をかける。


「何でですか?」

「ほら、アレってだいぶ前から残ってる討伐依頼でしょ? ならギルドの危険性判断が低い奴ばっかりで」


 長期間残っている依頼には、難易度や手間の割に安い割に合わない依頼や、達成が不可能に思える無理な依頼、などの残る理由がある。

 同じく残る理由に「今やる必要性がない」というものもある。

 危険性の高い魔物は万難を排して討伐する必要がある。

 その「危険性」という言葉は魔物の強さだけでは決まらない。

 人が立ち寄らない秘境に住み着いて出てこない魔物はどんなに狂暴で強くとも「危険性は低い」と判断される。

 そういった魔物に一般的な者は手を出さない。挑むのは名声を求める者か、自身の強さを試そうとする者だ。


「あの2人は依頼の有る無しに関係なく挑みそうな人種ですけど?」

 分類するならレオルードが挑む者の後者に入る事は間違いない。テレスティナも強い魔物に尻込みすタイプではなさい。

 つまり依頼の有無に関係なくあの2人は行く。「だから困ってるんですけど?」そう言いたげなリザリー。


「いや、だから、ほら、あれよ。町から遠いから危険性が低いわけで」 

「「あぁ、なるほど」」

「え?」

 ミーアの指摘にリザリーを除いた皆が納得する。


「なに? どういう事ですか?」

 再び送った視線の先で依頼書はテレスティナにより掲示板へと戻されていった。


 明日にもクロードがクロスロードに着くかもしれない状況で往復に日数のかかる討伐にテレスティナが出かける筈はなかった。


「討伐には行かないってよ。安心して仕事しな」

「え? ちょっ、なんで? 説明してくださいよ」

「いいから仕事しな。昨日の依頼完了手続きよろしくな」

 事情が分からずに混乱するリザリーを尻目にレイ達は散っていく。

 レイは完了済みの依頼書を持って受付に、ハクレンは新たな依頼が出ていないか確認に、ミーアは買取カウンターへ、彼らは既に平常モードへと移行していた。

 奥のテーブルでプリンを食べているエリスは初めから平常モードだ。

 切り換えの早さ、異常への耐性、知らず知らずの内に彼らは鍛えられていた。


「教えてくださいよ!」

「うるせーよ。知りたきゃ後で本人に聞けよ」

「気になるじゃないですか。仕事に手がつきませんよ」

「それはいつもの事だろ」

 そして、なんのかんのでリザリーもまた平常モードへ戻りつつあった。




「いやー、良い所だね」

 ギルドに併設された酒場のテーブルからレイ達を眺めながらお茶を啜るジークフリードが年よりじみた言葉を呟く。


「そう?」

 酒場の軽食をつつきながらアスカが軽く言葉を返す。


「誰も俺の事なんか気にしてないから楽だよ」

「あー、そういえばアンタ巷で流行りの勇者様だったわね」

 ジークフリードという名はそれほど珍しいものではない。

 身分証に使ったギルド証に「勇者」と記されているわけでもない。

 だが、「聖女が勇者と共にやってくる」という話が広まっているクロスロードでは、彼が「勇者ジークフリード」だと知られていた。

 にもかかわらず聖女テレスティナを拝みに来るものはいても勇者ジークフリードを拝みに来る者は殆どいない。

 これまで行く先々で面倒な目に遭ってきた彼は、ふとするとどこの町でもこうなのではないかと思っていた。

 それ故に拍子抜けするほどに何もないこの町は新鮮であった。


「……」

「なによ?」

 急に真顔で黙りこんだジークフリードにアスカは眉をひそめる。


「いや、ふと思ったんだけど、今この町に転生者が3人居るわけだ。結局のところ他にあと何人いるのかな?」

「そうね、分かっているだけで5人。これで全員とは思えないから、まだ数人いるんじゃない?」

 この世界に来てそう長い時間が過ぎたわけではない。

 にもかかわらず転生者全てと繋がった。とはとても思えない。

 まだ見知らぬ転生者もいる筈だとアスカは考えていた。


 だが、ジークフリードが思っていた事は「何人か?」という事とは少し違っていた。


「なんの為にだと思う?」


 歴史を紐解けば常軌を逸した力を持つ人物が現れた事は何度もある。

 その全てが転生者であるとは限らない。

 だが、そういった人物が同時期に複数人居たという記録はない。


 同時期に複数人の転生者が存在する。これは単なる偶然か?


「理由もない気まぐれ。ではないだろう」

「……どうかしら。それこそ、神のみぞ知る。よね」

「……考えても答えは出ないか」

 それが今は答えが出ない、出せない事だと気付く。

 お手上げです。そう言わんばかりに肩をすくめる2人。

 それと同時にその答えが持つ意味は大きい。その事にも気付いた。


「いや、答えは出るだろ」

「は?」

「答えが○×で良いならな」

「「あっ!」」

 アスカの膝の上で丸くなっていたコンが顔を上げる。

 その口から出た言葉に2人は同時に同じ事を思いつく。

 転生者の1人であるシイナ・コズエ。彼女の持つスキル『完全なる答え合わせ(パーフェクトアンサー)』は全ての問いの正否を知る事が出来る。

 シイナであればこの転生に意味が有るのか無いのかを知る事が出来る。その意味までは知る事はできないが。


「……まずいか?」

「結構ヤバいかも」

 だが、ジークフリードとアスカの頭にあったのはそれとは別の事だった。


「怒ってるかな?」

「……でしょうね」

 シイナもクロスロードを目指す神殿の一行と共に旅路についていた。

 レイに合わせるためにアスカが誘ったのだ。


 そして、置き去りにしてきた。


「私、魔道二輪車借りてちょっとオリシスに行ってくるわ!」

 ガタッ!とイスを倒し立ち上がったアスカ。

 レイの姿を探しギルド内を見渡したその時、それは視界に入った。


 少し離れた場所で手を振るシイナのイイ笑顔があった。

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