100 「もう来たのかよ!」
「変わらないわねー」
巨大な壁を見上げテレスティナが呟く。
魔導二輪車のおかげで日付が変わる前にクロスロードに着くことはできた。
だが、閉門時間には間に合わなかった。
通常であれば朝の開門まで外で待つことになる。
だが、このクロスロードという町は王国内の他の都市とは少し変わっている。
「おう、レイか。ご苦労さん」
「アドラさんもお疲れ」
クロスロードでは夜中に戻ってくるハンターや到着の遅れた商人などの為に閉門後でも通れる通用門がある。
これが王都であれば治安維持の名の下に閉門後に一般人が通る事など認められないだろう。
自由都市を謳うクロスロードならではと言える。
「レイとハクレン、エリスにミーアが入門、と」
とはいえ当然ながらいつ誰が通ったか、入門の記録は残される。
あまりに夜間の通行が多すぎる者は調査されることにもなる。
「ありがとう」
本来は身分証明の提出といった手続きもあるのだが、顔見知りとなれば省略される事も多い。
そういった事があるので門衛とは仲良くしておいた方が良いというのがクロスロードのハンターの間では常識である。
勿論、どれほど仲良くなろうとも規則を一切破らない者もいるのだが、今晩の当直のアドラは顔パスで通してくれる男であった。
「ただ、今日はちょっと」
「ん? どうした?」
「俺達だけじゃないんだよ」
「は?」
レイが自分たちの後ろの3人を指さす。
「あぁ、他もいるのか。知り合いか?」
「まぁ、そんなところ」
「えーと、身分証明書とかあります? 商人やハンターのギルド証だと手続き早いんですけど?」
「大丈夫よ、3人ともハンターギルドのギルド証があるから。私に至っては所属はクロスロード支部だし」
「へー、じゃあ1人ずつそこの照合器に乗せてもらえます?」
クロスロードにやってきて5年。この町の主だったハンターは大体知っているアドラはテレスティナの言葉に「見た事ないな?」と思いながら入門手続きを始めた。
「えーと、アスカ・スドウさん。Cランク、罰歴は、フンフン……。はい、大丈夫です」
照合器に置かれたギルド証から情報を読み取り入場規制に該当しない事ことを確認し手続きをしていく。
「えーと、テレスティナ・エイレンス、Cランク、クロスロード支部所属。あーでも最終更新日がかなり前ですね。これだと通せないですよ」
「え? そうなの?」
「ここだとギルド証の情報しか読めないんで、100日以上更新してないとダメなんですよ」
「えー」
長期間更新されていない。それは何らかの理由で更新できない。という可能性を指す。その理由の多くは問題を起こしたから、というものだ。
その為、ハンターギルドのギルド証は長期間の情報更新がされていないと身分証としては使えない事になっている。
そうなるとギルドや行政役場に問い合わせなければならない。この通用門ではそれを行ってはいない。
「あー、でも身元保証人立てて貰えば通れますよ。レイを身元保証人にしときます?」
指名手配でもされていなければ、身元保証人さえいれば町に入る事はできる。
人と物の流通を優先する自由都市たるクロスロードの特色である。
「だったらレオで、レオルード・ベオクレス。知ってる?」
「レオルード? あの人とも知り合いなの?」
レオルードと言えばクロスロードのハンターではトップクラスの有名人である。当然アドラも知っている。
「知り合いも何も、パーティメンバーよ」
「は?」
「だから、パーティメンバー。登録情報見なさいよ」
言われてアドラはギルド証から読み取った情報に視線を走らせる。
「パーティ名『旋風』。メンバー、クロード・ギンガム、リッケンバウム・エイレンス、レオルード・ベオクレス、マリアンヌ・シモンズ……マジだ。あの人ソロじゃなかったんだ」
それはアドラにとって初めて知る事実だった。
断剣のレオルードと呼ばれクロスロード最強との呼び声も高いが、どのパーティにも属さないとも広く知られている。
「あー、でもダメなんですよね。この場で身元保証人としてサインしてもらわなきゃいけないんで、この場にいない人だと無理なんですよ」
「そうなの? じゃあ、レイ君お願いしても良いかしら?」
「えぇ、良いですよ」
規則を知ったテレスティナはレイに身元保証人を頼む。
断る理由もないレイはふたつ返事でサインする。
「すぐにギルド証更新しておいた方が良いですよ」
「そうね。そうするわ」
テレスティナはアドラの言葉に面倒くさそうに肩をすくめて門を潜った。
「ふーん、『旋風』か」
初めて知った事実にアドラはそのパーティ名を呟く。
「旋風がどうしたって?」
「あ。オヤッさん。もう仮眠は良いんですか?」
「おう、代わるからお前もちょっと仮眠してこい」
本日のもう1人の当直であるオーグルは門衛歴30年の大ベテランである。
「んで、旋風がどうしたって?」
「さっき知ったんっすけど、レオがパーティ組んでたって、初耳っすよ」
「あぁ、もうかれこれ……7、8年前か? リーダーだった奴がケガして解散したんだったかな。まぁ、いろんな意味で有名なパーティだったな」
昔を思い出し懐かしそうに語るオーグルが固まる言葉がアドラから発せられた。
「え? 解散してなかったっすよ?」
「……なんだと?」
「え、だから、まだパーティ登録残ってたっすよ? 2年前の更新情報っすけど」
「……どういうことだ?」
「え? さっき通った人のギルド証に……」
「誰が来た!?」
「え? えーと、テレスティナ? とかいう女性っすけど」
オーグルの剣幕に気おされながらアデルは記録に残された名前を読む。
「ティナ!? もう来たのかよ! いつだ? いつ来た?」
「ついさっき、オヤッさんが降りてくるちょい前ぐらい」
「じゃあ、まだそんなにたってねぇな」
オーグルは詰め所の窓から辺りを見回す。
「俺は警邏隊と自警団の連中に連絡してくる」
「へ? 俺の仮眠は?」
「非常事態だ。んなもんは後だ」
神殿からの一行の到着予定は4日後。
警戒態勢の強化はそれに合わせて行われる予定である。
到着の直前に町から離れようと考えている者も多い。
まだ気の緩んでいる今、不意打ちのように現れたテレスティナ。
『災厄の魔女』の帰還である。揉め事が起こる予感がオーグルにはあった。いや、揉め事が起きる予感しかしなかった。
オーグルの判断と迅速な行動により多くの者が『災厄の魔女』とのエンカウントを防ぐ事ができた。
後に彼はその功績を称えられる事になるが、それはレイたちには関係のない話である。
「へー、家持ちなの? 若いのに凄いじゃない」
「まぁ、借家ですけどね」
レイの家を見てテレスティナが素直に褒める。
確かにレイの年で借家とはいえ家持ちのハンターはそう多くはない。
大半が安宿でのその日暮らしだ。
「庭付き一戸建てとか、お前マジムカつく。しかも女の子3人と同棲とか……爆発すれば良いのに」
「そういう事言わない」
同じ物を見てコンは怨嗟の呻きを上げる。
そんなコンをアスカが苦笑いを浮かべながらたしなめる。
「大したもんだ。やっぱり一国一城の主は男の夢だよね」
前世では一国一城の主にまで至れず、今は神殿に養われる身となったジークフリードは羨ましそうに家を眺めている。
時間も遅く、これから宿を取るのも大変だろうとレイは3人を自宅に招いた。
面倒事はとりあえず明日にして今日は休もうという判断である。
クロスロードに着いて直ぐにハンターギルドに行かなかった事。これもまた揉め事を回避できた大きな要因なのだが、レイがその事で称賛される事はなかった。
なぜなら彼は「テレスティナを連れてきた」からだ。
「レイさーん。もう勘弁して下さい」
翌朝、やけに人が少ないギルドで涙目のリザリーが待っていた。
レイがテレスティナの身元引受人になっている事でレイ担当のリザリーにテレスティナ担当が回されたらしい。
朝一番でレオルードの担当職員(パーティ『旋風』担当)との壮絶な譲られ合いに敗北したリザリーはいずれ訪れるであろう『災厄の魔女』を待ちながら彼女の壮絶な逸話(誇張あり)をギルドの副支部長と共に古参の職員から聞かされていた。
「そんなこと言われてもな」
レイも予想外の事態である。
「ねぇ、更新まだ?」
「はい! 只今!」
昨年クロスロード支部に配属されたばかりの副支部長は、先ほど聞かされた話を真に受け青い顔でワタワタと使い慣れていない装置を操作している。
「もうマジ勘弁して下さい。レイさんの担当から外して下さい。もしくは私の担当全部外して下さい」
「……お前ホント凄いよな」
テレスティナの相手を副支部長に押し付け自分は愚痴りながら仕事をサボるという荒技を実行するリザリーの神経の図太さに感心せざるを得ない。
結局、通常運転とそう変わりがなさそうなハンターギルドクロスロード支部だった。
記念すべき第100話目。
と思っていたら、閑話だとか外伝だとかだとかで116話目でした。
お付き合いいただいている皆様に感謝。




