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 閑話 勇者の処世術

 世の中には『逆らってはいけない相手』というものがある。


 そういう相手にはどう接したら良いのか?


 そういった場合の対処方も昔から決まっている。


 そう、それはもう決まっているんだ。





 風を巻いて鉄の棒が頭部めがけ死角から迫る。

 これは避けさせる為の攻撃だ。本命は避け姿勢を崩した所を狙う次の一撃。

 だからこそ、この一撃は最小限の動きで姿勢を崩さず避けるべきだ。

 どこを狙い、いつ来るかは既に知っている。視線を送る必要はない。

 タイミングを見計らい、わずかに頭を下げて避ける。


「なっ!?」

 避けて姿勢を崩したところを狙っていた別のもう1人が驚きの声を上げ目を見開く。

 どんな動きになろうとも対応できるように心がけていたのだろう、逆に何の動きもなくそのまま来られた事に動きが一瞬止まり遅れる。

 そのわずかな迷いが懐に踏み込まれる結果をもたらす。


「なんだと!?」

 肉薄した俺を体ごと振り払おうとして男は更なる驚きの声を上げた。ひじの内側に置かれた俺の手が、一回り二回りどころか半分ほど太さもない細い手が自慢の豪腕を押し止めたからだ。

 驚くのは無理もない。身長は1.5倍、体重は2倍以上の差があるだろう。

 まともに力比べをして俺に勝ち目など有るはずがない。

 だが、上手く位置取りをしてタイミングよく力を出せば支点・力点・作用点、いわゆる「てこの原理」で押さえ込む事はできる。

 とはいえ一瞬だ。その状態が長く続けばどの道押し負ける。


 それでもその一瞬の動揺があれば十分だ。


 俺の視線よりも若干高い位置にある顎に右の手のひらを叩き込む。


「クソッ!」

 当たりが浅かったのか、男は数歩後ずさって眩暈に頭を振っただけで踏み止まった。


 相手は圧倒的なまでの大男だ。俺の腕力で一撃ノックアウトをするにはよほど良い位置に決めなければ無理なのだろう。

 偶然発生するクリティカルヒットが必要だ。

 発生率は3%か? 5%か?


「まぁ、関係ないけどね」

 出るまで何度でも繰り返せば良い。

 会心の一撃が出るまでセーブ&ロードだ。


「ゼクストプラッツ」

 ちょっと捻ってみるかな?

 そんな事を考えながら暗転していく意識の中「次」に備える。





「へぇ、意外とホントにそれなりの腕前だったのね」

「意外と? て事は今までどう思ってたんだよ?」

「それは言わぬが花ということで。まぁ、強いと言うより上手い、という感じ」


 獣人の大男2人を倒し戻るとティナが驚いた顔で待っていた。

 そこまで強い相手でもなかったが、2人同時に素で戦って勝てるかといえば大分難しいところだ。

 俺の実力を見切っている者にしてみれば「よく勝てた」といった感想だろう。


「まぁ、コイツの戦い方は反則みたいなもんだからな」

「お前もな」

「なっ!」

 アスカの頭の上のコン。お前も俺の能力と同じでこの世界からしたら異質な物だ。

 そういうのをブーメラン発言て言うらしいぞ。


「まぁ、力と技が全てじゃない。てことよね。ともかく、倒しちゃったわねー。……大丈夫かしら?」

「は?」

 少しはなれたところで大の字になっている2人に視線を送りながらティナが不穏な事を口にする。


「いやね、さっき思い出したんだけど、この山には獣人だけの村が在る。て話を昔聞いた事があったようななかったような」

「えーと、じゃあこの人達ってその村の人?」

「じゃないかしらね」

「……それって倒しちゃって良かったの?」

「ダメでしょ」

「今更そんな事を言うなよ」

 そういう大事な事はもっと早い段階で教えてくれよ。


「まぁ、手を出したのはこちらの勇者様な訳で、オイラ達には関係ないって事で良くね?」

「ちょっ! お前っ!」

 コンの言葉にアスカとティナが一瞬で距離を取った。


「お前等が俺に押し付けたんだろ!」

 曰く、「山の形が変わる」だとか「殺さないように手加減するのは難しい」とかで。

 それに納得した俺も俺だったけど。


「冗談よ冗談」


 笑顔でそう言うティナだが、いまいち信用ならない。

 聖女という肩書きを持つとは思えない悪戯好きな彼女は、何気にその場のノリだけでアッサリと前言を撤回する所がある。


「じゃあ、ハクレンの臭いがするっていうのは」

「その村に居るんだろうな」

「レイに愛想を尽かしたって事?」

「あの甲斐性無しだからなぁ。有り得るだろうけど、ハクレンちゃんが、てのは考え難いよなぁ」


 アスカとコンが何か相談しているけど、全く意味が分からない。

 何やら知り合いの事のようだ。


「考えられるとすると?」

「うーん、……攫われたか? たしか前もそんな感じの事件有ったじゃん」

「そういえば! たしか白狼族ってかなり希少種だとか」

「獣人側からしてみれば貴種が人族の奴隷にされていると思って?」

「それだ!」


 なにやら見過ごせない話になってきたな。


「それはちょっと見過ごせないわね」


 ティナも乗ってきた。

 もう、その獣人の村終わりじゃないか?


「まぁまぁ、まだそうと決まったわけじゃないだろ?」

 この面子がその気で乗り込んでいったら本気でこの山の形が変わる。

 手加減が下手な災害指定級の幻獣と、手加減の仕方を知らない厄災の魔女ウィッチ・オブ・ディザスターだ。

 下手したら何とか友好的な状態に成りつつある獣人と人間の関係に亀裂が入る。


「他に何があるってんだよ?」

「そうよあのレイがハクレンを手放すわけないじゃん」

「ベタ惚れなんだぞ。見てるコッチがイライラするくらいに」


 いや、それは知らないけど。

 そもそも、ハクレンとかレイとかも知らないし、どんな関係とかもな。


「まぁ、ジークの指摘にも一理あるわ。最初から誘拐だと決め付けて行動するのは良くないわね。『その可能性もある』ぐらいのつもりでいましょう」


 さすがはティナ。ちゃんと考えている。

 なんのかんのと言ってもハンター時代や神殿の仕事で様々な経験を積んでいる。

 感情だけで突っ走る事はしない。


「でも、最悪の事態にはしっかり備えておきましょうね?」


 は? 今何と?


「うわー」

 なんだろう、ティナがなんかヤバイ目付きをしている。

 病んでるね。心が病んでる人の目だ。


「アレでしょ? レイ君ってクローの弟分なんでしょ? それなら私の弟じゃない。そんな子から大事な恋人を奪うとか、……死にたいのかしら?」


 あらあら、ウフフ。と完全にダメな感じに病んでいる。

 そしてイロイロ漏れてる。魔力とか狂気とかイロイロな物が。


「ティ、ティナ?」

「取り敢えず、その村行きましょう」

「あー、はい」

「どうするかは話を聞いてからで」


 誘拐だったらどうするのだろうか?


 とは聞かない。

 だって怖いから。きっと予想の上を行く回答が来そうだから。

 どれだけ酷い答えを予想していてもその上を行きそうだから。


「コン?」

「なに?」

「いざとなったらお前が止めろよ?」

「朝からやり直した方が早いだろ」


 あー、確かに。

 朝まで戻らなくても『ドリット』まで戻ればあの獣人との戦闘回避はできるかもな。


「ジーク? 邪魔すると、怒るわよ」

「あ、あぁ」


 「蛇に睨まれたカエル」と言うのはこんな感じなのだろうか。

 場違いな感想が頭をよぎる。

 いや、場違いという事はない。

 今考えるべき正しい感想だ。


 ティナは俺の能力を知らない。知らない筈だ。

 アスカが話でもしていない限りは。


 だが、彼女は本能的に俺が何か自分の行動を遮る「何か」をしようとした事を感じ取ったのだろう。

 

 世の中には『逆らってはいけない存在』というものが幾つかある。

 勿論、中にはそんなもの一切存在しないという剛の者も居るだろう。

 だが、一般的には『立場的に』や『性格的に』だとか様々な理由で逆らえない相手が居る。


 中でも厄介なのが『本能的に』逆らえない相手だ。

 なぜ逆らえないのかは説明できない事が往々にしてある。


 そういう相手にはどう接したら良いのか?


 それはもう決まっている。


「そんな、ティナの邪魔なんてする訳ないだろ」


 黙って従う。それだけだ。

今年もお付き合い頂きありがとうございました。


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