98 「ならば手を貸してもらえんか?」
『ハンターへ依頼されるもので最も多いのは何か?』
こんな質問があった時、答えはなんだろう?
定番の魔物討伐、薬草や鉱物の採取。
浪漫とも言える遺跡探索や迷宮探索。
人助けの商人や旅行者の護衛。
社会貢献になる犯罪者や賊の捜索捕縛。
残念ながらそれらは正解ではない。
周辺での生息数が多く頻繁に討伐しなければいけない魔物や、慢性的に数が足りず常時買い取ってもらえる薬草や鉱物はある。
だが、常時討伐依頼があるものは治安維持の為で、常時採取依頼があるものは日常品の需要確保の為という意味合いが強く、それ等は依頼人がいるわけではないので、「依頼されるもの」という意味では少し違っている。
依頼人が存在する魔物の討伐というのは意外と少ない。特別に討伐が依頼されるような魔物の発生は珍しい。
当然、そういった討伐の依頼の数は少ない。
そしてそれは採取依頼にも同じ事が言える。
珍しい物を欲しがる者は少なくはないが、多くもない。
遺跡や迷宮の探索は依頼されるようなものではない。
皆無というわけではないが、ハンター自身が自発的に行っている事の方が圧倒的に多い。
護衛を必要とする商隊の数は多いが、専属に護衛業を営む者達がいる為ギルドに依頼が張り出される事は逆に少ない。
ましてや賊の捜索依頼に至っては稀な例だ。懸賞金がかかっている賊はいるが、それはギルドの仕事ではなく行政の仕事だ。懸賞金はギルドでも受け取れるが、それは代行しているだけでしかない。
では、ハンターへの依頼で一番多いものは何か?
答えは『配達』である。
手紙や配達物は大抵の場合、町から町への定期的な輸送商隊が運ぶ。
その為、急ぎの物は臨時で配達人を雇わなければならない。それにハンターが充てられることが多い。
特にクロスロードでは。
「まぁ、そう考えると日本の郵便は凄いんだよな」
と言っても隣町に行く道中の危険度が桁違いだからなんだけどな。
こっちじゃあ最も安全だと言われる街道を行っても何事も無く辿り着ければ「運が良い」と言われるレベルだし。
「ん? 何か言った?」
暇を持て余し本を読んでいたエリスが顔を上げ聞いてくる。
ボソッと呟いただけの一言に反応する辺り読書への集中力が切れてきているようだ。
「いや、意外と配達依頼って多いよな」
「うん。でもクロスロードは特殊」
エリスはやはり読書に飽きたらしく本をしまう。
まぁ、結構な長時間待っているし仕方ないだろう。
「特別? 他では違うのか?」
「王都には専門の機関が在る」
さすがは王都だ。
まぁ、貴族や上流階級の人間が多い。「ハンターなどには任せらるか」とか言いそうな連中は多く居るだろうな。
「その代わり、遺失物捜索が多い」
「は?」
「指輪とかのアクセサリー」
「あー、落し物探しね」
さすがの王都でも落し物を探してくれる機関はないか。
代わりにハンターが探すわけだ。
「あとはペット」
「は?」
「逃げたペットの捜索」
「……何させられてんだよ、王都のハンターは」
たしかに可愛いペットの捜索になら金を惜しまないだろう。
王都には高ランクのハンターが居るというが、まさかその為だったりはしないよな?
「貴族のペットは侮れない」
「は?」
「翼竜ぐらいならまだカワイイ」
「……何やらされてんだよ」
王都のハンターの皆さんに心からのエールを送ろう。
さて、何でこんな事を考えていたかというと、今回の依頼がその『配達』だからだ。
配達の依頼は数は多いがあまりハンターのうけは良くない。
よほど高価な物か緊急度の高い物でもなければ依頼料は安い。
だからまとめて幾つもの配達物を同時にこなさなければ割に合わない。
もっと割りの良い依頼は幾らでも有る。
腕の良いハンターであれば尚更だ。
つまりは「配達など高ランクのハンターが請け負う仕事ではない」という事だ。
Bランクのハンターともなれば配達依頼などまず受けない。
というよりもDランク以下の依頼である事が多い配達は受けられないと言う方が正しい。
だが、何事にも例外はある。
基本的には配達依頼は誰が行おうともかまわない。
依頼人も受取人も物が届けば良いのだからだ。
しかし、中にはそうでない者も居る。
その中の1つが『人族立ち入り禁止の獣人の集落』だ。
少し離れた位置に俺とエリスを見張る2人の男が居る。
熊の獣人のようだ。
頭頂部から首筋までたてがみの様な赤髪が特徴的な男を「クマ男」。もう1人の腹が出ている男を「クマ造」と勝手に名づけた。
クマ男、クマ造は共にその体格は人間離れしている。
きっと人間が集落に近づかないように警戒しているのだろう。
これ以上少しでも進めば力づくでの排除にかかるだろう。
「ハクレンとミーアに全部任せておけば、クマ男達も集落でノンビリ出来たのかもな」
そう考えると、あの2人にもちょっと悪い事したかな?
「そろそろ出る頃か?」
「人間はここまでだ」と押し止められてから大分時間が経った。
集落の位置は知らないがクロスロードを朝出て夕方には帰れる位置だとすればそろそろ集落を出る頃だろう。
まぁ、俺達は魔動二輪(サイドカー付き)があるからあっという間だけどな。
山中に在る獣人集落へと配達へ向かったハクレンとミーア。
以前にもその集落への配達依頼を受けている。それ以来何度か頼まれている。
集落の位置を秘密にしたいのか出来る限り配達員を固定化したいらしく専属指名されているような状況だ。
この依頼は配達物を届け、受け取り印を貰って帰るだけではない。
集落の者が手紙を読み、必要ならその返事を書いた物を受け取りギルドへ届ける。ここまでが依頼だ。
正直ただの配達依頼より時間がかかり割りが良くない。
だが、
「まぁ、金には困ってないから良いけどな」
人生で一度は言ってみたいセリフの1つではあるよな。
「ん?」
俺達を見張っているクマ男達の所へ新たに誰かが駆け寄ってきている。
「どうかしたか?」
「なんでもない」
「そうは見えないが? 揉め事か?」
今来た男の慌て方はただ事ではない。
明らかに腕っ節の強そうなクマ男達の下に駆け込んで来るという事は、そういう事だろう。
「……貴様には関係ない」
クマ男は苦々しい顔、と言っても熊顔なのでよくは分からないが眉間にしわを寄せている。
背後ではクマ造も何やら準備運動らしく体を動かしている。
「良いか、これ以上進むなよ。警告だぞ。コイツが見張っているからな」
クマ男はそう言い残し山の中に消えて行く。
やはり何かあったな。
「んー、どうするかな?」
面倒事に巻き込まれたくはないが、集落で何かあったとするとハクレンとミーアの事が心配だ。
とはいえ、下手に集落に近づくのも余計2人の身を危険に晒すかもしれないし。
「なぁ」
悩んでいる俺に新たな見張りの男が声を掛けてきた。
明らかに戦闘タイプのクマ男達とは違い、素早さ重視の伝令タイプな猫科の獣人のようだ。
よし、コイツは「ネコ介」と名付けよう。
「アンタ、ニンゲンの町から来たんだよな? ニンゲンの町はどんななんだ?」
「興味があるのか?」
「あー、いつかは行ってみたいと思ってるんだ」
「へえ、お前等人間を嫌ってるんじゃないのか?」
「大人、とりわけ年寄りはな。でも、若い連中はそうでもないさ。年寄りのいかにニンゲンがヒドイのか、ていう話は散々聞かされてきたから嫌がる奴等もいるけど」
肩をすくめて見せるその姿からは「俺は信じてない」といった思いが見てとれる。
たしかに閉鎖的な生活が嫌になって外に出たがる者も出てくるだろう。特に実体験が伴わない若い世代は。
「それで? ニンゲンの町はどんな所なんだ?」
「どんな?て言われてもな。俺達にはそれが普通だしな」
「じゃあさ、地面が石でできてるってホントか?」
「地面が石? ……あ、石畳か? 地面に形を整えた石を敷き詰めている所はあるな」
「ホントなんだ! じゃあ」
「あー、ちょっと待て。質問に答えても良いが、その前にこっちの質問に答えてくれ。あの2人は何しに行ったんだ? なにか問題でもあったのか?」
俺の答えにはしゃぐネコ介の質問を遮って聞いてみる。
クマ男は話しかけても無視、というか話しかけようと近づく事すら許さない感じだった。
だがこの男にはそんな警戒心はないようだ。
「あー、でもな、それはなー」
それでも集落の情報を教える事には躊躇いがあるようだ。
仲間思いかネコ介?
ならそこを突こう。
「俺達の仲間が行ってるだろ? その2人が心配なんだよ」
「あー、そっか。そうだよな。うん。でも、大丈夫だよ。ゴンさんとガルさんが行ったから」
だから、そのゴンとガルがなにしに行ったのかが知りたいんだよ。
んで、どっちがゴンだ? クマ男か? クマ造か?
「町に向かって進んでくる侵入者がいるみたいなんだ」
「は? 侵入者?」
「そう。でもゴンさんとガルさんが向かってるし、町にはラオさんやブルさんもいるから大丈夫さ」
おう、全くもって安心できないぞネコ介。
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「ねぇ、ハクレン」
「はい? なんですか?」
落ち着きなく村の中をフラフラと歩き回ってきたミーアが戻ってきた。
する事がなく退屈なのは分かるが、勝手な事をしては御主人様にご迷惑がかかるというのに全く自重という事を覚えない。
無理に行って聞かせると逆に暴走するのだから困ったものです。
「なんか村の連中が騒いでるのよね」
「は? まさかアナタなにか妙な事をしてきたわけじゃないわよね?」
「してない! してないから!」
刀を握った私の右手を見たミーアがブンブンと首を振って後ずさる。
その必死な表情から一応信用する事にしましょう。
「それで、何があったというのですか?」
抜きかけた刀を納め話の先を促す。
村人とは私よりもよほど打ち解けているミーア。
彼女の気安さは悪い方にも良い方にも影響がある。彼女を警戒する者が居る一方でその話を聞きたがる者も少なからず居る。
有用な情報が得られるとも思わないが、どんな情報がどこで役に立つかは分からない。得られる情報は得ておいた方が良い。
そんな訳もあってミーアには村の中で自由にさせてもらっている。
「村に向かってくる3人組が居るんだって」
「3人? という事は」
「方角的にも、たぶん関係ないでしょ」
「ならば構いませんね」
私の考えを察したミーアの答えに頷く。
御主人様の迷惑にならないならこの村で何が起ころうとも別に構わない。
過去に何があったかは知りませんが、いつまでもそれを引きずり今を見ようとしないこの村の者達には正直ウンザリです。
いつかは前を向いて今と向き合ってもらいたいものです。
「しかし、その騒ぎで帰りが遅れるのは困るわね」
御主人様が待っているのだ。あまり遅くなるわけにはいきません。
「ならば手を貸してもらえんか?」
ミーアについて来たのか村の長老がいました。
獣人は皆が人間と決別して生きるべきだという頑固で偏屈な虎族です。
「手を貸せ、とは?」
「侵入者だ。ゴンとガルが向かった筈だが一向に連絡がない。万が一という事がある」
「……」
「手伝わないと帰れない感じしない?」
たしかにこの長老は自身が正しいという考えで凝り固まっている。
「獣人同士助け合うのが当然。敵が人間なら尚更」とさも当然そうに言いそうね。
「ハァ、仕方ありませんね」
どの道、返信用の手紙や荷を受け取らないと依頼が失敗になる。それは御主人様の面目に係わる。
どうやら面倒事に巻き込まれてしまったようです。




