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 外伝 巫女と勇者と狂科学者 2

『科学とは何か?』


 昔この答えを知ろうと辞書を引いた事がある。


 確か、こう書いてあったように記憶している。

 ① 学問的知識。各専門分野から成る学問の総称。

 ② 自然や社会などの法則的認識を目指す合理的知識の体系または探究の営み。


 つまり、

『知りたいという欲求を満たす為の行い』

 それが科学だと私は認識している。


 それが、何時何処であろうとも。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「あのー、シイナさん?」

「ん? 何かしら?」

「なんでここに?」

「アナタ達ともっと話がしたかったのよ」

 ニコニコと笑顔でこちらを見ている女性にアスカの顔にも困惑が浮かぶ。

 コンに至っては目を合わせないように俯いて視線を上げる気配すらない。


 何でこうなった?

 アスカは数分前の事を思い出していた。



 港町であるロンターギスには長旅で陸が恋しい船乗りの為に宿屋が数多く存在する。

 そんな宿屋の1つにアスカは部屋を取っていた。

 魔物の調査にやってきている神殿の一行とは別の宿だ。

 同じ宿に泊まろうものなら、朝晩に聖獣様への御挨拶が煩わしい。


 宿屋の1階に併設された食堂へ下りてきたアスカが夕食を食べていた時だった。

 辺りは久しぶりの丘にはしゃぐ船乗り達の宴会で騒がしいものだったが、男連れ(変化したコン)のアスカに絡む者もなく平穏に食事は終わりかけていた。


「合い席よろしい?」

「え? あ、はい」

 混みあった食堂で合い席となる事は珍しくはない。

 声からして女性。周囲の状況から言えば席が空いていても1人で居たくは無いだろう。

 快く承諾し相手に視線を向けると、そこには見覚えのある人物が居た。


 顔見知りというほど親しくもないが、初対面ではない。


「シイナさん?」

「こんばんは。アスカさん、コンさん」

 そこには昼間とは違いきちんと身なりを整えたシイナがいた。

 長い黒髪を後頭部で結い上げ、顔にも薄く化粧をしているようだ。

 柔和な微笑を浮かべているが、その目がなぜかコンにはとても恐ろしい物に見えていた。


「あのー、シイナさん?」

「ん? 何かしら?」

「なんでここに?」

「アナタ達ともっと話がしたかったのよ」

 笑みを深めるシイナ。


「えーと、そういう事ではなくて、どうしてここだと?」

 食堂の入り口に近い位置とはいえ通りから見える訳ではない。

 彼女がアスカ達と話をしたくて来たというのなら、ここに居るという事をどうやって知ったのか?

 それがアスカの疑問だった。


「簡単な推理よ。護衛付きとはいえ年若い女性。荒くれ者の船乗りの多い町なら安全な宿が良いわよね。初めてこの町を訪れたハンターならお勧めの宿はギルドで聞くでしょう? そうなれば、候補は3つ。1つは神殿関係者が貸し切ってるらしいから候補は2つ。後はまぁ、ギルドに近い方から、ね」

「あぁ、なるほど」

 順序立てて説明された推理にアスカは納得しかけていた。


「と、後付で理由を考えるならそんな所ね」

「え?」

「本当の事を言うなら『完全なる答え合わせ(パーフェクトアンサー)』のおかげよ」

「パーフェクトアンサー?」

「そう。天地万象、諸事万端、有象無象。全ての答え合わせが出来る能力よ」

「……」

「……」

 シイナの言葉にアスカもコンも返す言葉が見つからず唖然としている。


「ん?」

 2人のそんな様子が理解出来なかったらしくシイナは首を傾げる。


「……あの、シイナさん。もしかして貴女、転生者?」

「そうよ。あ、お姉さん! エール1つ。それと串焼きとチーズ」

 アスカの意を決して聞いた質問をアッサリと肯定しシイナは給仕に酒とツマミを注文する。


「オイラ達が転生者だって知ったのは、そのパーフェクトアンサーとかいう能力か?」

「え? 違うわよ。まぁ、確認はしたけどその前から分かってはいたわ」

「なんで?」

「海の色に驚くのは、違う色なのが常識だからでしょ?」

「「あぁ」」

 シイナの説明に2人は納得し頷く。


 そして新たな疑問が浮かぶ。

「じゃあ、なんであの時追いかけて来ないで今頃来たんだ?」

 コンがその疑問を口にする。

 同じ転生者として話がしたかったのならば、あの時追いかけてきた方が早かった。

 それをしなかった理由が思い当たらなかった。


「決まってるじゃない」

 シイナはこれもまたアッサリと答える。


「釣りがしたかったのよ」


 彼女の中で転生者は魚釣り以下の存在だったらしい。




「ちゃんと自己紹介してなかったわね。私はシイナ・コズエ。ちなみにシイナが苗字でコズエが名前よ」

「はぁ」

 アスカの生返事を気にする事なくシイナは続ける。


「まぁ、呼び名なんて何を指しているのかが分かれば何だって良いのよね」

 名前は個体識別用の記号でしかない。それがシイナの認識だった。


 それよりも今は知りたいことがある。

 知的好奇心がシイナの目を輝かせる。知りたい事を調べていく内に新たに知りたい事が生まれていく。

 好奇心が満たされる事などない。少なくともシイナの今まで人生ではそうだった。

「これだから人生は面白い」

 基本的な物理法則すら捻じ曲げる『魔法』という物がある世界は、シイナにとって絶好の遊び場だった。




「フーン、つまりアスカちゃんが噂の聖獣の巫女様なわけ?」

「神殿の人が勝手に言ってるだけです! 別にコンは聖獣なんかじゃないですよ」

 アスカは首を振って否定をするが、そう呼ばれている事は否定しない。



 シイナに嘘は通じない。

 彼女の持つ固有スキル『完全なる答え合わせ(パーフェクトアンサー)』。それは全ての事象に対し自身の見解が正しいか否かを知る事が出来る能力。

 話を聞きながら「今の話嘘ね」と思いスキルを発動させればそれが正しいか否かを知ることが出来る。


「でも完璧じゃないのよね。例えば『明日の天気は晴れ』でスキルを発動しても『否』としか出ないでしょうね」

 そう言ってシイナは肩をすくめる。


「別に未来の事象には効果がない。という訳じゃないわ。その時点で確定している未来の事象なら分かるわ。天気、しかも明日ぐらいなら確定してると言って良いわ。それに答えは『否』で出ているしね」

 問題なのは答え合わせをする回答の方なのだ。

 『明日』と言っても0時0分0秒から23時59分59秒まで範囲が有る。

 『何処の』と指定をしなければ全領域、すなわち『全世界で』という事になる。

 明日1日全世界の天気が晴れでなければ答えは『否』になってしまう。


 明日雨が降るかどうかを知りたければ『明日の8時から20時までロンターギスに雨は降らない』と聞かなければならない。


 回答を限定的に詳しくしなければ答えは『否』となってしまう。


 更に言ってしまえば、合っているか間違っているかしか分からない。

 何処が間違っているのか、的外れなのか、惜しいのか、そういった事も分からない。


「立てた仮説が正しいかどうか検証するまでもなく分かるのは助かるけどね」

 そう言って笑ったシイナは新たなエールを注文した。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 ジークフリードはロンターギスの町に着くと休む間も無く現地の神殿へと訪れていた。

 今回のこの町に来た目的は、町で噂となっている怪物の調査と討伐だ。

 この件で既にロンターギスのハンターギルドも動いている。王国の調査隊も、だ。

 人々の心の拠り所であるべき神殿も遅れるわけにはいかない。

 現地の神殿の神官が情報集め等は始めていた。既に報告書に目は通しているが、念のために情報の確認だ。 


「外見は人に似ている」「鉄の矢が弾かれた」「毛皮のような服を着ている」「山に住み着いている」「人とは思えない動きをする」「町には近づかない」「襲われた人はいない」

 既に集まっている情報を確認する。


「襲われた人がいない?」

「はい。現在までに人的被害は皆無のようです」

 人的被害は無い。なら放置しても良いのではないか? 「触らぬ神に祟りなし」とも言う。そう考えるジークフリードだが、今後もそれが続くという保証はない。


「ギルドからの情報は?」

「公開されている情報は神殿で集めた物とそう差異はありません。ただ、日没から早朝の間に発見例が多いようです」

 神殿からもハンターギルドに調査依頼を出し報告を受けている。だが、ハンターギルドとしても怪物の討伐を神殿にされては立つ瀬がない。

 全ての情報が開示されてはいないと見ている。


「何か意味があるんですかね?」

「夜行性なのか、でもなければ、捜索を避ける為に日中は隠れ家にでも篭っているか。かな」

 ノエルが首を傾げる。神殿育ちの神官の彼女は獣や魔物の習性には詳しくはない。

 そんなノエルにジークフリードが意見を述べる。その顔には深い険がある。

 もし後者であるのなら、相応の知性を持っているという事になる。

 そして隠れる理由も有るという事だ。


「何にせよ、厄介だな」

 多くの者が幼い頃から信仰心と戦闘技術を磨き上げてきた神殿騎士達の戦闘能力は高い。

 だが、神殿騎士の本分は神殿を守る事。戦闘能力は高くとも山間捜索は専門外。王国軍のように捜索専門の部隊は公には存在しない。


「彼女に協力してもらおうかな」

「え? 何か仰いました?」

「いいや、別に何も」

 ボソッと呟いたジークフリードの一言は幸か不幸かノエルには聞こえていなかった。


 もし聞こえていたのなら、その後の展開は大きく違っていただろう。


 △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「うーん」

 柔らかなベッドで目を覚ましたアスカは伸びをしながら起き上がる。


 しばらく周囲を見回し、ようやくある事に気が付いた。


「あれ? ここどこ?」


 明らかに昨日の宿屋の部屋ではなかった。


 無機質な真っ白な石造りの部屋。

 そして真っ白な部屋には似合わない雑多に置かれたアレコレ。

 床の上に広がっている物のほとんどは白い紙、かつてはよく見かけたコピー用紙と呼ばれる紙だがアスカはその事には気づかない。

 まだ若干寝ぼけているようだ。


「コン?」

 常に自分の隣にいる筈の存在がいない事に気が付いた。


「コーンー?」

 呼べば現れる筈の相棒。

 いつまでも現れないそれを探してベッドを出る。

 自身の分身と言えるコンの位置は感覚的になんとなくだが分かる。

 その感覚を頼りに誰も居ない部屋出る。


「うわ~」

 扉の向こうにあったそこはまさに混沌とした空間だった


 木製、金属製、ガラス製の様々な器具。

 用途不明、材質不明の物体。

 部屋は広く中央部は比較的キレイだが四隅はガラクタの山がいくつも出来ていた。


 その混沌とした部屋の中をアスカは進む。


「コン!?」

 白い石の台の上に四肢を固定された小動物が視界に入る。


「あら? もう起きたの?」

 駆け寄ろうとしたアスカを背後から聞こえた声が縫いとどめる。


「シイナさん?」

 振り返ったアスカはそこに立つ黒髪の女性の名を思い出す。


「な、何それ!?」

 アスカはシイナの持っているトレイに気が付く。

 そしてそれが何かを理解したときアスカの顔から血の気が引いた。


 トレイの上にはノコギリ、ハサミ、大小様々なナイフや注射器。正体不明の液体の入った数本のビンが乗っていた。

 それ等が赤黒い血のような物で汚れていた。

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