外伝 巫女と勇者と狂科学者 1
サクッ!
そんな意外と軽い音と共に自分の胸から生えた銀色の腕を見下ろしジークフリードは静かに思う。
――あぁ、コレじゃダメだったか。
暗くなっていく視界の隅に映る少女の姿。
――まだ、負けられないんだよな。
肺が機能していないのだろう。血の溢れ出る口からは既に声が出ない。
それでも頭の中で呟く。
「ゼクストプラッツ」
それと同時にジークフリードの意識は闇の中に落ちていった。
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「今度は南?」
「そう。南部のロンターギスの近郊で、夜な夜な奇妙な化け物が出るそうで、退治して来い。だとさ」
「アンタねー、言われりゃホイホイどこでも行くの? 」
「まさか。ロンターギスは元々行く予定だったんだよ」
「……初耳なんですけど?」
「奇遇だね。私もさっき聞いた所だよ」
聖地巡礼の旅から戻ったジークフリードを待っていたのは、新たな巡礼の旅だった。
「ていうか、私もセットにされてるのが不思議なんだけど?」
そして、その同行者のメンバーの中に当然のようにアスカの名前も入っている。
「奇遇ですね。私もそう思います」
ジークフリードの専属従者のノエルが仁王立ちでアスカを睨みつけている。
勇者ジークフリードを崇拝して止まないこの少女は、彼を真の勇者とすべく今日も余計な虫を付けない様に絶賛活動中だ。
「何で貴女が同行するのかが全く理解できません」
「あら? それは私に依頼を出しているこの人への批判かしら?」
アスカは懐から取り出した依頼票を取り出す。
「クッ!」
指し示されたのは依頼主の名前。
アスカを指名してきたのはエミリア・キーツ。ラディウス教ブルーデン派のトップ。
ノエルが崇拝して止まないもう一人の人物だ。
「何か問題?」
「いえ……別に……」
言葉を失ったノエルにアスカは笑みを浮かべる。
「て事は、行くの?」
「アッ!」
膝の上で大人しく丸まっていたコンの言葉に今度はアスカが言葉を失う。
負けん気の強いアスカは反対されれば逆に燃えてくる傾向にある。
「お願いします」と頭を下げられるより、「来なくて良いわ」と拒否される方が参加率が高い。
そういった性格を見越した上で、ノエル付きでジークフリードが日程を伝えに来たのだろう。
「行くわよ! 行ってやろうじゃないの」
「まぁ、依頼料もいい値段だしね」
現行でのアスカの目標は『転生者を探す』という物だ。
その為には各地を旅する必要がある。
旅費をかけずに各地を回れ、さらに報酬まで手に入る。
ある意味理想的な状態であった。
「チッ!」
女性からの恨みが増えている事を除けば。の話だが。
聖都エレオスから更に南へ数日、そこは地続きで行ける王国最南端の町。
エレオスの綺麗に整理された物とは違う雑多な町並。
色とりどりのレンガで造られた家は王国ではあまり見かけない。
そして、行きかう人々もまた多種多様。
「フゥーン。この町は大分趣が違うわね」
「まぁ、港町だからね」
同じ王国南部でありながら街の雰囲気がエレオスとは大分違う事にアスカは驚く。
それを受けて隣を歩くコンが解説する。
「あー、確かに潮の臭いがするわね」
「そういえば海を見るのは初めてじゃなかった?」
「そう言えばそうね」
アスカの隣を歩くコンは成人男性に化けている。
そうしなければ色々面倒臭いという事に遅ればせながら気が付いた。
大陸をほぼ二分にするリンディア王国とイルハイム連邦共和国。
その関係は近年は友好的といって良い。少なくとも、民間レベルにおいては互いに良いお客様である。気候、地理、風習、まるで違う文化の生み出す特産品は大金をもって取引される。
しかし、両国の交易を妨げるものが在る。
陸地における自然の要害、大陸のほぼ真ん中で東西を隔てるように存在する山脈と砂漠、そして魔人領。
東の品物を西へ売りに行きたければ決死の覚悟でそれ等を超えなければならない。
もしくは山脈北回りという限られた時期に狙いを絞るか、空路という超高額な手段を使うかだ。
現実的には1年の半分しか使えない山脈北回りの一択になる。
その解決策が海路である。
現段階で大陸に北回り航路はない。夏の最も氷が溶ける時期ですら巨大な流氷が無数に漂っている。
北回りを成功させた者がいない訳ではないが、それは勇敢な冒険者の行いで堅実な商人は決して行わない。
南回りが基本である以上、大陸南端にその中継地点が出来るのは当然、そして必然の流れ。
王国南部の海都ロンターギス。
クロスロードを王国における陸路の中心とするなら、海路の中心がロンターギスだ。
「いえ、ここの町の景観が特殊なのはイルハイム連邦との玄関だからです」
「玄関?」
「ここは大陸航路の中心地ですよ?」
そんな事も知らないの? とでも言いた気な顔でノエルが後ろから声をかけてくる。
クロスロードと違うのはイルハイム連邦との取引の半分以上を経由する異国文化の玄関口でもあるという事だ。
それに伴い異国文化が流れ込んだ町並みもこの町の特色だ。
「それでは、我々は仕事がありますので。アスカさんはのんびり観光を楽しんで下さいね」
若干棘のある言葉を残しノエルはジークフリードの背を押しながら去っていく。
「今のは『調査中はどこか行ってろ』て事かしらね?」
「だろうね。依頼は旅の護衛だからね」
「時間掛かるのかなー?」
これまでの依頼は聖地巡礼の護衛。
巡礼の旅は聖地を回る事に意味がある。聖地に留まるのは長くても3~5日。
信者でもないアスカは聖地といわれても特にやる事もなかったのでジークフリード周りをウロウロしていた。
今回は巡礼ではなく魔物の調査だ。
場合によっては長期になる可能性もある。
「まぁ『手伝え』と言われなかっただけマシじゃないか」
「やる事無くてヒマなのよりは、手伝いの方が良いわよ」
「えー、アイツ等と一緒に仕事とかオイラ嫌だぜー」
いつの間にか神殿から正式に聖獣と認定されてしまったコンは何かにつけて神殿関係者に敬われている。
気を抜けば拉致されて奉納されかねない。
その為こうして人間に化けて誤魔化している。
「じゃあさ、じゃあさ、海行こうよ海」
「海? いくらこの辺りが常夏だからって。ていうか、こっちに海水浴の習慣なんてあるの?」
「ないの!?」
「知らないわよ」
ノアでアスカを手助けするための存在であるコンだが、この世界の全てを知っているわけではない。
どちらかと言えばアスカの記憶を共有している分、日本の知識の方が強い感すらある。
「あぁ、水着のお姉さんとのアバンチュールが」
「また、アンタは変な言葉使って。ハァ、後で海も行ってみましょ。まずはギルドよ」
肩を落として落ち込むコン(成人男性バージョン)にアスカはため息と共に慰めの声をかけるとギルド支部に向かい歩き出した。
結論から言えば海水浴という文化は無い様だった。
「……」
「……」
誰も居ない砂浜から水平線を眺めながらアスカとコンは黙り込む。
2人とも言葉はないがその様は同じではない。
「……」
コンはキョロキョロと砂浜を見渡し誰も居ない事を理解し無言で肩を落としている。
「……」
アスカは大海原を指差し何かを言おうとしているが言葉が見つからず口をパクパクとさせている。
「あ、赤い!?」
「ん? あぁ、そっかアッチじゃ海は青かったか。ノアの海は赤いのさ」
アスカの驚きの理由を知ったコンが説明する。
「ホントの所はオイラも知らないけど『大気中のマナが溶け込んだせい』『海水の色が赤い』『海自体に何かしらの力が有る』とか色々あるよ。解明した奴はいないんだけどね」
「私は『海自体に何かしらの力が有る』という説を推すね」
詰まらなさそうにコンが説明していると背後から声をかけられた。
「ッ!?」
「いや、驚かせたかな? スマンね」
そこには釣竿と桶らしき物を持った長い黒髪を無造作に背中で束ねた背の高い女性がいた。
「海にマナが溶け込んだのだとすれば湖等も赤い筈だ。しかし大陸最大のビエリ湖は赤くはないという話だ。となれば、海水自体が赤い? とすれば海水を大量に運んで貯めれば赤くなる筈だが、過去の実験例からそれは否定されている。ともなれば、答えは『海』と呼ばれている場所に何かしらの意味があると考えるのが妥当だと私は推測する訳だが、どうかな?」
「え、えーと?」
「ん? あぁ、すまない。どうも中々意義のありそうな会話が聞こえたので割り入ってしまった」
突然の乱入者にアスカが浮かべた戸惑いの表情から察した女性が謝罪の言葉を口にする。
「私はシイナ。まぁ、研究者。といった所か。今行っている研究に行き詰ったので気分転換と夕飯のオカズを捕りに、な」
女性、シイナは釣竿を軽く振って笑顔を浮かべる。
「どうも。オイラはコン。こっちはツレのアスカ。ハンターさ」
「ふーん、ハンターさんか。海は初めてかい?」
「え? まぁ、はい」
「オイラ達、オリシス出身でね」
「ふーん、そう言えばロンターギスに勇者が来てるって話だったけど、君達も見物かい?」
「えっと、私達は……」
「まぁ、そんなところかな」
シイナの質問に答えようとしたアスカの言葉を遮って答えたコン。
小声でアスカに「早く行こう」とこの場を立ち去る事を急かす。
「え? あ、じゃあ、私達はこれで」
コンに手を引かれるようにアスカは足早に立ち去って行く。
「何よ急に?」
海から十分に離れた路地でアスカがコンに問いかける。
「あの女、変だ。全く反応しなかったんだ」
「は? まぁ、気が抜けてたんでしょ?」
コンも完璧な存在ではない。完全に気配を消した相手まで感知できる訳ではないし油断もする。
これまでに失敗した事だっていくらでもある。
「そういう話じゃないよ」
「は?じゃあ何よ?」
確かにコンは小さく震え顔には汗が浮かんでいる。
「あの女見た?」
「えぇ、見たけど」
「服はヨレヨレで薄汚れてた」
「あー、まぁそうだったかしら」
「顔は化粧もしてなかったし、髪もボサボサ」
「だったわね」
先程見たシイナの姿を思い出しながらアスカは答える。
「でも美人だったろ?」
「は?」
「目鼻立ちはスッとしてたし、スタイルも良かった」
「……」
「なのに全然反応しないんだ!」
「……」
「全然お近づきに成りたい気がしないんだ!」
コンは血の涙でも流しそうな顔で慟哭する。
「あの女何か変だよ!」
「変なのはアンタでしょうが」
アスカのため息交じりの言葉は潮風と共に流されていった。
「初めて見た海で、驚いたのが、大きさや臭いじゃなくて、色とはーね、と」
シイナは魚を釣り上げながら先程見た2人組みの事を思い出していた。
初めて海を見た人が驚くのは珍しい事ではない。
その大きさは言葉では表現しきれない物だ。実物を見てその大きさに驚くのは無理もない。
潮風の臭いもそうだ。体験するまでは説明されてもよく分からない物だ。
だが、色は違う。赤い海に驚く者は極稀だ。海は赤いと教わっている。そこに実物を見て驚く余地は無い。
驚くのは海が赤い事を異常だと思うからだ。
つまり海が別の色だと知っている者。違う常識を持つ者だ。
「赤くても、青くても魚が美味しいのは、お・ん・な・じ」
シイナは釣った魚を桶に入れ新たなエサを付け釣竿を振る。
「大物が釣れたわねー♪」
まだピクリともしない浮きを見ながらシイナは鼻歌交じりに呟いた。
外伝です。
外伝は誰が主役なのか良く分からないですが、一応アスカのつもりで書いてます。




