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94 「まぁ、楽しくはあった」

「フムフム」

「ウムウム」


 ヒルデとエリス。2人の美少女(外見的には)が呻きながらソレを眺めている。


「分解しても良いのか?」

「再現出来ないんなら止めてくださいね」

「フン。技術の進歩の為に犠牲はつきものじゃろうが」


 小言を口にしながらもその目はソレから離れない。


 ソレは前後に図々しいまでに太く黒いゴム製の車輪があり、その間を光り輝く銀色の配管が複雑に入り組んでいる。

 全体のフォルムは滑らかに流線的で、その背に皮製のシートが張られている。

 全長は馬とそう変わらなそうだが、高さは半分以下。跨っても両足は地面に着きそうだ。

 いや、標準的な体格の成人男性ならば、と但し書く必要は有りそうだが。


「……」

 残念ながらヒルデは届かない様だった。


「小僧! もう一度乗ってみせろ」

 若干不機嫌そうにヒルデがレイに顎で指示する。


「はいはい」

 レイは面倒くさそうにシートに跨りキーを押し込む。


「ゴー」

「……はいはい」

 何故か後ろに乗り込み腰に手を回したエリスが発進を指示する。

 ほぼ無音で起動したソレは同じくほぼ無音で走り出す。


「電動バイクだってモーター音は予想以上に静かだって聞いたけど、あの見た目で無音だと違和感ありありね」

 芝生の上に座り読んでいた取扱説明書から顔を上げたミユキが眉をひそめる。

 日本語で書かれた取説は標準装備らしきサイドバックの中から発掘された。


「見た目のほぼ8割が雰囲気を出す為だけの偽装とか、なかなかロマンに生きてるじゃない。まぁ、だったらエンジン音も再現しといて欲しかったわよね」

 車輪を回す為の駆動装置と骨格フレーム、使用者の魔力を前後の車輪にまで伝える魔導線。それ以外はおまけだ。配管パイプも燃料タンクもダミーでしかない。

 ある意味見かけ倒しとも言えるソレに最初はガッカリもしたが、その見た目は嫌いではない。


「よし!」

 取説をパタン! と閉じミユキは立ち上がる。


「ちょっと、レイ! 読み終わったわよ! 代わんなさいよ!」

 ロックハート邸の無駄に広い庭を走り回るレイを呼ぶ。

 取説によれば、オートバランサーを積んでいるため余程の事でもない限り転倒する事はないそうだ。

 なら運転経験は無くとも問題ないだろう。


「待て小娘。次は私の番じゃ」

「どうせ足届かないでしょ。私が2ケツしてあげるわよ」

「フム、ならばよかろう。小僧! サッサと戻ってこんか!」

「スピンターンサポートシステムとか良い趣味してるじゃない」

 待ちきれない様子のヒルデが怒鳴る。

 その横ではミユキが無駄に豊富な機能の手順を思い起こし笑みを浮かべる。


「レイ!」「小僧!」


 今日も王都は平和な様だ。




「フゥ。全く、はしゃぎ過ぎだ」

 派手にマックスターンを決め急発進して走り出すミユキを見送りレイはため息と共に肩をすくめる。

 ミユキの背中ではしゃいでいるヒルデを見て笑みを浮かべる。

 「年甲斐もない」と言うべきか、「見た目相応」と言うべきかが悩みどころだ。


「大人気だな」

 順番待ちの列(ミーア、アルト、エリス)を眺めながら芝生に腰を下ろす。

 ミユキのアグレッシブな運転は絶叫マシーンさながらか。


「……」

 芝の上に座りそれを眺めていたレイの顔から笑みが消えどこか影を落としていく。


「気になられますか?」

「ん? あぁ、まぁな」

 どこか不安そうなレイにハクレンが声をかける。

 その声に無理に笑みを浮かべレイは答える。


 それは昨日、報告の為に行ったハンターギルドからの帰りの事だった。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 王都に存在するハンターギルドの本部。

 その中の一室『総長事務室』そこにレイ達は通された。


 レイ達と向かい合って座るのはハンターギルド本部幹部のブラッド総長とヴィンゼ本部長。

 ギルド総長ブラッドは口髭を生やした壮年の男だった。

 髭を摘まんで弄りながらレイの報告を聞いている。

 服の上からでも圧倒的な筋肉の塊が想像できる分厚い胸板。そして冬にもかかわらず肩まで捲り上げた袖から生えているのは子供の胴ぐらいありそうな上腕。

 よく見れば部屋中にトレーニング用と思われるダンベルが転がっている。

 

 一方のギルド本部長ヴィンゼはブラッドとは対照的な鋭さをイメージさせる眼鏡の奥の切れ長の瞳が特徴的な男だ。

 話を聞きながら何やらメモを取っているが、視線が話をしているレイ以外、具体的には同行しているミユキやハクレン達に向いている気がするのは気のせいだと思いたい。



「では、一連の襲撃はオークキングに率いられた集団によるものだったという事で良いかね? 奴等は古代の隠れ里に……」

 レイが一応の報告を終えると、ブラッドが腕を組んでまとめに入る。

 が、腕が太すぎて上手く腕組み出来ていない。


「え、えぇ。まぁ、オークキングをあのオーガが操っていた様でしたが、どちらも討ちましたので、真の黒幕がどちらだったかは確証が取れていませんが」

 事実とは若干異なるが、結果としては嘘ではない。

 エージ・ユーキの遺産については口外しないと約束してある。


 エージ・ユーキの遺産を手に入れた後、一行は館の探索を行った。

 最上階の一室には、隠れ里全体を描いた地図や転移装置が大陸の何処に繋がっているのかを記した地図、その他の宝が置かれた部屋を発見した。


「しかし、古代の隠れ里とはな」

「それについては今頃王国の調査団が組織され動き出している筈です」

 エリスからの報告に動き出したクローディアを含めた調査隊は今日の午前中の内に王都を出発していた。

 宮廷魔導師までを含めて本格的に調査がなされればゴライオスによって隷属化させられていた者達を開放する事が出来る日もそう遠くはないだろう。


「まぁ、結果から言えば、殺されたと思われていた者達の多くが生きていたというのはありがたい事か」

「そうなりますかね」

 問題はまだ数多く残されている。

 焼け落ちた村の修繕と再建。全員が助かった訳ではない。少なからぬ村人が犠牲にもなっている。

 だが、ここから先でレイ達に出来る事はほとんどない。


「奴等の居城で見つけた宝物は村の再建費用の足しにして下さい」

「良いのか?」

「えぇ、今回の仕事は宝探しに行った訳じゃないですからね」

 出来る事は精々が資金提供で手助けする程度だ。

 幸いというべきか今回の同行者に金銭に拘る者はいない。

 レイにしても消耗品等の必要経費の補填は持ち帰ったオークキング等を買い取ってもらったお金で十分以上にできている。


「分かった。ヴィンゼ、ギルドも復興支援を行う。お前が取りまとめろ。そこに有志からの寄付金を募れ」

「はい、分かりました」

 ブラッドの指示にヴィンゼは頷く。

 しかし、その視線がブラッドに向く事はない。視線はメモ帳とレイとを往復し何かを必死に書いている。

 まるで何かをスケッチしているかの様だ。




「大丈夫なのか? 王都のギルドは?」

「大丈夫よ。ブラッド総長はバリバリの武闘派で騎士団ともバッチバチよ。ヴィンゼ本部長も、最終的にはやる人よ」

「それは大丈夫じゃない評価だろ。なんかずっとお絵かきしてたし」

「初めて見た優秀そうなハンターはメモしてるのよ。似顔絵付きでね」

「優秀ね、判断基準が何処なのかが問題だな」

「……」

 肩をすくめるミユキにレイは王都のギルドでは既に色々諦められているのだろうと諦める。



「じゃあ、この辺で。まだ暫くは王都に居るのよね?」

「あぁ、取り敢えずの調査が終わるまではな」

「じゃあ、明日ロックハート邸に行くから、アレに乗せなさいよ」

「あぁ、初心者講習が終わったらな」


 レイとミユキは軽口を叩き合い、手を振って分かれる。



「メシ食ってくか?」

「はーい。王都名物に三角牛がいいと思います」

 レイの言葉に寒さに震えていたミーアがここぞとばかりに飛び出してくる。

 三角牛は3本の短い角が生えている希少な牛で王都近郊でしか飼われていない。

 故に王都の名物の1つでそれ以外の都市で食べようと思えば「倍の重さの金貨」が必要になる。


 もっとも王都でも高級食材である事に違いはないのだが。




「フゥ。ちょっと食い過ぎたかな」

 エリスに案内された大通りに面した大きなレストラン。

 メインに三角牛のステーキを注文し、それ以外はバイキング形式の食べ放題を頼んだ。

 最近王都で人気だというバイキング形式の昼食はメインのステーキが来るまでにお腹を膨らませるのに十分すぎる出来だった。


「食後のお茶をお持ちしましょうか?」

「あぁ、ありがとう。頼む。それと、あいつ等がやり過ぎない様に見てきてくれ」

「了解しました」


 レイ以上にアレもコレも食べながら「デザートは別腹」とエリスと共にデザートコーナーへと向かったミーア。

 「折角だから吐いてでも食べる」というどこぞの貴族の様な精神で食事に臨むミーアの姿にレイも苦笑いを浮かべるしかなかった。



「ッ!?」

 その瞬間、レイの背筋が凍りつく。

 首筋に鋭利な刃物を突きつけられた様な感覚に襲われる。

 咄嗟に神威カムイを発動しかける。


「その程度の危機管理は出来ているか」

 背後から聞こえた声にレイは振り返る事が出来ずに固まる。

 そしてそれと同時に刃物のような殺気は嘘のように消えていた。


「何だお前? 何の用だ?」

「今日のところは忠告だ。早く王都を出ろ。ここではお前に勝ち目はない」

「何の事だ?」

「大事な家族を失いたくないのなら早々にクロスロードに帰れ」

「だから……」

 レイは後ろを振り返る事もできず、だがそれでも少しでも多くの情報を得ようと背後へと意識を張り巡らせる。


 しかし、

「食べ過ぎです」

「折角の食べ放題なんだから良いじゃん」

「限度という物があります」

 戻ってきたハクレン達の声に一瞬意識がそちらへと向く。


 ――しまった!


 その一瞬の間に背後に居たナニカは忽然と姿を消していた。


「どうかなさいましたか?」

 青い顔をしているレイにハクレンが駆け寄る。


「……今、俺の後ろに誰か居たか?」

「は? いいえ、誰も居ませんでしたが」

「そうか……」

 確かに後ろの席はきれいに片付けられている。イスも引いた様子はなく、誰かが居た痕跡はない。


「何だってんだよ」

 夢や幻と言うにはリアリティーがあり過ぎた。


 何かが起ころうとしている。

 そんな予感がしていた。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「忠告という事は、敵対する意思は無いという事でしょうか?」

「もしくは、俺に負けてもらっては困るという事かもな」

 敵の敵が味方とは限らない。


「もしくは、御主等に王都に居て欲しくはない。という事も考えられる。逆の意味の罠ともな」

 いつの間にか側まで来ていたヒルデが真面目な顔でそう言う。

 そのままレイの隣まで歩み寄り腰を下ろす。


「其奴が何者か分からぬ以上は、魂胆や意味は考えるだけ無駄じゃろう。だが、もし御主等が何事かに巻き込まれたとするなら、王都で力になれるのは私とクローディア、マイアス。あー、それに薔薇ガキの一党か?」

 「薔薇ガキ」という言葉に首を傾げたレイだったが、ヒルデの視線の先を見て納得する。


 薔薇の仮面を付けた男が歩み寄ってきていた。




「フム。ではクロスロードに帰るのか」

「あぁ、元々旅行で来てた訳だし、温泉も闘技場も三角牛も味わったしな」

「そうか」

 レイの言葉にローゼンハイムが残念そうに肩をすくめる。


「転移陣作れば?」

 ミユキが特になんでもなさそうに提案する。


「そのクロスロード? と王都を繋ぐやつ」

 空間転移は高難易度の魔術である。

 レイの“擬似”転移術でさえ上級魔術である。

 完全な転移術は超級に分類される。完全に使いこなせる者は王国全土で何十人と居ない。


 だが、それをやってのけるのがロックハートの名を継ぐ者だ。


「ん? 別に構わんが?」

「いやいや、それは問題でしょう」

 何事でもなさそうにヒルデは快諾する。

 だが、それにアダルが異を唱える。


「都市から都市への転移は王国法で固く禁じられています。いかにヒルデ所長とはいえ破れば唯では済みませんよ」

「え? そうなの?」

 かつて王都とクロスロードを転移陣で結んだ男がエリスの身内に居た事を思い出してレイは驚く。


「阿呆。そんな事はいわれんでも知っとるわ。都市から都市への転移は禁止。だが、森から森へならば? それが偶々都市に近かっただけならば?」

「それは……」

「昔から宮廷魔導師が使う手よな」

「……」

「心配するな。他人が使えんようにガードを掛けておるわ」

 かつての宮廷魔導師の長が堂々と言い切った内容に言葉を失う。



「いや、止めとく。オッサンがいつ来るか怯えながら日々過ごすのは勘弁して欲しいからな」

 結局はレイのこの一言で転移陣設置は見送りとなった。





 レイ達がクロスロードへの帰路についたのは王都に戻った8日後。

 クロスロード行きの飛行船を待っての事だった。

 出発を6日待ったが、飛行船ならばクロスロードまで2日。待ち時間を含めて8日だ。

 15日かかる馬車の旅よりも断然早い。


 その代わり値段も断然高いのだが。


「やっぱ、アレ置いてきなさいよ」

「何でだ? 俺が貰ったんだぞ」

「アンタ、何か良い剣貰ったんでしょ? 私だけ何も貰ってないじゃん!」

「寝てたお前が悪いんだろ」

 この数日幾度となく繰り返されたやり取りをもう一度繰り返す。


「ま、エリスが解析するって言ってるから、複製できたら連絡するよ」

「エリスちゃんヨロシク!」

 レイの言葉にミユキがエリスの手をガシッと握って懇願する。


「私的にはレーサータイプが良いのよね。カラーリングは赤と白で、こうキュッとしたフォルムで……」

「自分で図面引いとけ」

 そこまで面倒見切れねぇ。レイは何やら語り始めたミユキを置いていく。


 レイは「ヨッ!」といった感じで軽く手を挙げその人物に歩み寄る。


 飛行船の発着場にはそれなりに多くの人が居るのだが、薔薇をあしらった仮面の騎士ははどう見ても目立っていた。


 自称、薔薇騎士ローゼンハイム。

 彼もレイ達を見送りに足を運んでいた。


「まぁ、楽しくはあった」

「俺もだ。それより本当に良かった? 飛行船のチケットなんか貰っちまって」

 クロスロードに帰ることを決めた翌日に飛行船のチケットを持った彼がレイの下を訪れた。

 断る間もなく押し付ける形で置いていった。


「気にするな。貴様に出会わねばこれを手にする事は無かったのだろうからな」

 ローゼンハイムは腰の剣に触れそう言う。

 確かにその剣の価値を考えれば飛行船のチケットの4人分など安い物だろう。


「それよりも、な。貴様には偽名しか名乗っていなかった。名乗っておくべきかどうか迷っているのだがな」

 正体は既にバレているだろう。だが、キチンと名乗っておくのが礼儀ではないか?

 それが目下、彼の悩み事だった。


「お前はローゼンハイムだろ? 少なくとも俺にとっては薔薇の仮面で正体を隠した、ただのダチだ。そんで良いだろ」

「……そうか。そうだな」

 何か納得したように頷いたローゼンハイムが静かに右手を差し出す。


 その右手をレイも握り返す。


「さらばだ友よ。また会う日まで息災であれ」

 フッと口元に爽やかな笑みを浮かべたローゼンハイムは気障なセリフを残しバサッ!とマントを翻し去って行く。


「お前もな!」

 その背に声をかけレイも踵を返し歩き出す。


 顔に浮かべたニヒルな笑みがカッコイイ。

 と、自分に酔っている様で、周囲の冷めた視線には気付かない。



 乗り込んだ飛行船(特等船室)の豪華さに唖然としながらもクロスロードへの帰路へと着いた。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「フン、アレがそうか」

「えぇ、そうです」


 飛行船の発着場を遠くから眺める数人の人影。

 小太りの男は双眼鏡を手に覗き込んでいる。

 もう1人、痩身の男は、そんな小太りの男の隣で佇んでいる。


「もう少し早く知らせて欲しかったものだな」

「スイマセン。私も知ったのは3日前でして」


 言葉とは裏腹に痩身の男の顔に謝意はない。

 むしろ、目の前で双眼鏡から目を離そうとしない小太りの男を蔑む様に見下ろしている。


「アレは生涯を我が家に奉げるべき咎人であろう?」

「仰るとおり」

「フン」

 双眼鏡を下ろし男は息巻く。


「あるべき物はあるべき場所になければならんな」

「勿論」

「アレの行き先は知っているのだな?」

「えぇ、抜かりなく」

「考えもあろう? 進めるが良い。金銭は惜しまぬ」

 尊大な態度で言い放った男は従者に双眼鏡を押し付け歩き去る。


「侯爵閣下の御意のままに」

 痩身の男は恭しく頭を下げニヤリと笑う。


 その顔を見ればいかに鈍い者でも彼が敵か味方かは理解できる。

 そんな笑みだった。


王都旅行編終了です。


長かったです。

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