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92 「存外似た者同士か」

「お前等どうする?」


 瞬く間にゴライオスを倒した男はまるで何事も無かったかのように振り返り問いかける。


「えーと、別に俺達は古代文明とか興味ないんだけど」

「あれ、そうなの?」

 レイの返答に男が身に纏う威圧感が霧散する。


「仲間の敵討ち的なのは?」

「あぁ、別にそいつの仲間とかでもないし」

「どちらかと言えば敵、だろうな」

「フーン、状況がよく分かんないけど、なら良いか」


 男は持っていた剣を再び生み出した魔法陣へとしまう。


「で、お前等はどうする?」


 変わる事ない問いが男の口から発せられる。


「禁忌を追ってる。て訳じゃないなら斬る気はないんだけどよ。そうなると、本来の役割に戻んなきゃいけないんでな」


 男がおどけた風に肩をすくめる。

 本来のこの男の存在理由はここに隠されているエージ・ユーキの遺産を守り、継ぐべき者に渡す事だ。


 その相手は別に彼と同じ日本人に限る訳ではならしい。


「俺が良いと言えばそんで良いだろ?」

 男の言葉は簡潔で分かりやすかった。

 確かに自身の遺産を誰にどう分配するかは自由だろう。


「これが最後のチャンスだがな」

 男が意地の悪い笑みと共に放った言葉が再び衝撃を生み出す。


「保存液から出ちまったから、持って2時間。それ以上はこの体が持たない」

 男が自身の胸を指差し言う。

 魔法生命体の研究は今でも未完成。ゴーレムのような物は出来ても人と見まがうほどの物はまだまだだった。

 最初から分かった上での事なのだろう男の顔に悲しみはない。


「そんな訳で、今以外にチャンスはないが、お前等はどうする?」

「……」

 男から三度放たれた言葉に皆が互いを見合う。


「では、一手御教授願おう」

 最初に意を決したのはローゼンハイムだった。

 勝てるという気はしない。だが、この二度とないチャンスを逃す気は無かった。

 遺産云々を抜きに正しく指導を受けるべく進み出た。


「得物は剣、か」

 男は新たに描いた魔法陣から剣を抜く。

 先程とは違う煌びやかな剣だ。


「じゃあ、おいで」

「いざ」

 手招きする男に向かいローゼンハイムが駆け出す。


「ハッ!」

「まぁまぁかな」


 振り下ろされた剣を見切り紙一重で避けた男がそう評する。


「ただ、初撃に全力が悪いとは言わんが、その時はそれに命を賭けなきゃな」

 いつの間にかローゼンハイムの首筋に突きつけた剣を引き男は言う。


「それで倒せるかどうか分からん相手に悪手ともなる。覚えておきな」

 僅かに崩れた姿勢を指摘し男は再び距離を取り、掛かって来いと手招きをする。


 そこへ再びローゼンハイムが打ちかかって行く。



 まさに指導の様相を呈してきた2人を眺めながらアダルはミユキの居る壁際へと下がっていく。


「アンタは参加しないわけ? 伝説のハンター様へ挑戦できるのよ?」

「そんな事に興味はない。アレ等と一緒にするな」

 アダルの視線の先にはシャーリーとハクレン。

 互いに「次は自分だ」と相手を牽制しあっている。


「貴様こそ良いのか?」

「まぁ、ちょっとまともに戦える体調じゃなくてね」

 裏技的な能力を使った反動でミユキの体調は悪かった。

 全身の筋肉を通常以上に酷使した為に既に全身がだるく動く事すら億劫だった。

 そして更には筋肉痛も出始めていた。


「ワシも同じような物だ」

 ゴライオスに切り落とされた腕は高価な回復薬によって既にくっついている。このまま激しく動かしでもしなければ、あと2日もすれば完全に繋がるだろう。

 しかし、失った血までは戻らない。

 貧血気味で今の体調は最悪と言ってよい状態だった。


「……」

「……」

 壁際に腰を下ろした2人は黙ったままローゼンハイムと男の指導戦を眺めている。


「……一応、礼を言ってく。助かった」

「は? 何が?」

 突然アダルの口から出た言葉にミユキが怪訝そうな視線を返す。


「お前が動いていなければ殺されていただろうからな」

「あぁ、別に良いわよ。人助けはハンターの仕事よ」

 トントン、と自身の首を叩くアダルの仕草にミユキも何を言っているのかを理解する。


「ハンターの仕事。か……それが真であれば良かったのだがな」

 アダルの言葉には僅かな含みがあった。

 それが嘲りなのか憤りなのか、それとももっと別の感情なのか。ミユキにはそれが判別できなかった。


「なにが言いたい訳? 最初からケンカ腰だったけど、ハンターに恨みでもあんの?」

 ミユキのアダルという男への印象は「気に入らない男」だった。

 事ある毎に反対し、嫌味をネチネチと言ってくる。言外に自分達を見下していた。

 そして、それが自分達に対して、というよりハンターというものに対しての様に思えていた。


「妻と娘が殺された」

「……」

「正確には見殺しに、だな」


 それはアダルがまだ騎士として現役だった頃。

 妻が娘を連れ実家へと里帰りをした帰りだった。

 2人を乗せた乗合馬車が魔物の群れに襲われた。

 馬車を止め休憩していた時だった。


 護衛についていた6人のハンターは自分達だけでは賊を魔物を撃退しきれないと判断し馬車を出発させ逃げる事を選択した。

 馬車はギリギリまで待った。だが間に合わなかった5人は取り残される事となった。


 その中にアダルの妻子が居た。


「奴等の判断が間違っていたのかどうかは今となっては分からん。だが、多くの者は奴等を責めなかった。むしろよい判断だったと褒める者もいた」


 そのハンター達の判断はやむを得ない物だった。

 彼等が周囲を警戒していたからこそまだ逃げられる距離で気がつけた。

 彼等が素早く判断を下したからこそ多くの者が助かった。

 彼等が愚かであれば20人以上の犠牲者が出ていたかもしれない。


 仕方ない。

 多くの者がそう割り切った。


 だが、犠牲者の身内までもがそう割り切るのは難しい事だった。


「ワシなら取り残された者を見捨てる事はなかった」

 アダルはその事に非を求めた。

 確かに全員が残ればその後の行程に護衛が居なくなる。

 だが、2人は残れた筈だ。そうすればまだ何人かは救えた。そうしなかったのはハンターなどという者達が自分勝手な者ばかりだからだ。

 そうハンターを憎み嫌う事で心の均衡を保った。


「……分かってはいる。軍や騎士団でさえ現有戦力で太刀打ちできないと判断すれば退却する。他人事であればワシも『それは仕方がない』と言っただろう」

 既に15年も前の事。

 客観的に振り返ることが出来るようにもなった。


「八つ当たりの類だという事も分かっている。だが、長い間ハンターを忌み嫌ってきたのでな、いつの間にか染み付いてしまった」

 アダルの視線がミユキへと向く。


「十把一絡げにしてはならぬと分かってはいるのだがな」

「そんなの何処だって一緒でしょ。軍人だって騎士だって腐った不良品はいるわよ」

「……確かに」

 ミユキの言葉にアダルは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

 

「なんだ?」

 驚いたような顔のミユキにアダルが眉間にしわを寄せる。


「そういう仏頂面しか出来ないのかと思っていた。笑えるのね」

 思えばミユキがアダルの笑みを目にしたのはこれが初めてだった。


「フン」

 そういって顔を覗き込んでくるミユキにどこか気恥ずかしくアダルは顔を背ける。


「そう言えば、娘が生きていれば今年で19だったか?」

「はい。私が32のときに生まれた子でした」

 いつの間にか側まで来ていたローゼンハイムが話しに混じる。


「では、丁度この位か」

「ん?」

 ローゼンハイムの視線がミユキを指す。

 つられてアダルの視線もミユキへと向く。

 2つの視線を受けたミユキは首を傾げる。



「「なっ!?」」

 その視線と言葉の意味をほぼ同時に理解した2人は腰を浮かせ抗議する。


「馬鹿なことを言わないで下さい。こんなガサツで礼儀知らず」

「冗談じゃないわよ! こっちこそこんなガンコ親父願い下げよ」

「誰がガンコ親父だ?」

「誰がガサツな礼儀知らずよ?」


「お前だ」「アンタよ」


 捲くし立てた2人は互いの問いに同時に答える。

 直後、貧血のアダルは眩暈を起こし、筋肉痛の始まったミユキは痛みに顔をしかめる。


「フッ。存外似た者同士か」

「「誰が!」」

「いや、別に」

 二人から睨まれローゼンハイムは肩をすくめる。


「ところで、その剣は?」

 アダルがローゼンハイムの持つ剣を指差す。

 いつもの剣とは別に見かけない剣も握られている。


「フッ。あぁ、今しがた貰い受けた」

 あからさまに話題をすり替えたアダルにローゼンハイムは笑みを浮かべ答える。

 ローゼンハイムにしても堅物に思えるこの男の慌てる今の姿は貴重なものだった。


「『今はまだ身に余るだろうが、いずれは使いこなせる様になる』らしい」

 手にした新たな剣を抜き放ちながら笑顔のローゼンハイムは語る。


 その剣は片刃の直剣、やや小振りで飾り気が無く無骨な造りではあるが、その剣身自体が不思議な輝きを放っていた。角度によって色が変わって見えた。


「オーロラ・ハウリングというそうだ」

「拝見しても?」

「あぁ、かまわぬ」

 ローゼンハイムが差し出した剣を受け取ったアダルは様々な角度から眺める。

 最後に軽く一振りしてローゼンハイムへと返す。


「片手で振るに丁度良いかと。盾と共に用いるに向いていますな」

「うむ。戦い方の癖から見抜かれたようだ。さすがとしか言いようがない」

「ですか」

 

 ローゼンハイムが向けた視線の先では、男がハクレンと戦っていた。

 その背後で苛立たしげにシャーリーが腕組みしているところを見ると、何らかの方法で順番を決め、後回しになったのだろう。


「本来であれば王都に招いて師事したいところだがな」

「……ならば、この一度を生涯の宝とするしかありませんな」

 憧憬の視線を男へ向けるローゼンハイムにアダルが諭す様に言葉を掛ける。

 それが叶わぬ事である以上、せめてその教えを無駄にしない事こそが男に対する礼というものだろう。


「そうだな」


 男の技を少しでも盗もうとローゼンハイムは戦う姿を見つめていた。


「フッ」

 そんなローゼンハイムの姿を好ましく微笑みながら見ていたアダルはふと視線を横へ向けた。


「絶対にこのようには成っていない」

 疲労からか、既に寝入ったミユキを一目見て小さな声で呟いた。

アダルがメインの閑話ぽくなっちゃいました。


ちなみにローゼンハイムが貰ったオーロラ・ハウリングは不思議な金属で作られた虹色の光沢を持つ剣で柄を握るとキィィーンと甲高い音が僅かに聞こえ異常に良く切れます。


たぶんアレです。

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