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91 「お前等どうする?」

「俺は、結城 英治さ」

 その男の一言に皆が固まる。


「……はい?」

「ん? あぁ、こちら風に言うとエイジ・ユウキだな」

「……エージ・ユーキ」


 その言葉の意味に再び皆が固まる。



 最初にその事に気付き指摘したのはミユキだった。

「……とりあえず、なんか着たら? その……まる出しだから」


「「あぁ」」

 ミユキの目線を逸らしながらの指摘に視線が男に集まる。


「こりゃ失敬」

 皆の視線に自分の格好を思い出したのか、男は照れたように笑う。


「なぁ、誰か俺に合いそうな着替え持ってない?」


 男は悪びれる事なく笑顔でそう聞いた。




「建国暦940!?」

 男はレイの服に着替えながら世間話のように聞いた日付に驚いた。


「そっか、300年も経っちまったのか」

 そして感慨深そうに呟いた。


「そんな事より、アンタ本当にエージ・ユーキなの?」

「残されている肖像画とは似ていないな。エドワルド王はその他の肖像画とも似ていたし、あのエージ・ユーキもさほど誇張されていたとは思えんのだが」

 ミユキの言葉にローゼンハイムが疑問を口にする。


 エドワルド王と親しい友人であり、王国にとっても様々な功績を残したエージ・ユーキ。

 彼の事を記した書物は多く、いくつかの肖像画も残されている。

 多くの物は顔が一致せず、想像で描かれた物とされているが、中には宮廷画家によりエドワルド王と共に描かれた物もあった。

 王家秘蔵の絵であるが、数年に一度程度で王都の美術館に貸し出され展示され、それらの肖像画を一般人も見ることが出来る。


 その肖像画に描かれているエージ・ユーキと目の前の男は似ていなかった。

 確かに黒髪黒目という特徴は一致しているが、それ以外は同一人物とは思えない。

 その上、歴戦の勇士というにはキズ1つないキレイな体をしていた。

 

「あぁ、エドと一緒に描いてもらったやつだな。あれひどいと思わないか? アイツはイスに座って俺は後ろで立たされてたんだぜ? 文句を言ったら『なら座ると良い』とか言って床を指差しやがったんだぜ?」

 歴代屈指の名君と呼ばれる偉大なる王をを愛称で呼び、あまつさえ「アイツ」呼ばわりをし文句を言う。

 場合によっては不敬罪に処されてもおかしくない言動だ。

 しかし、エドワルド王を愛称で呼ぶ人物自体が歴史を紐解いても数人しか居ない。


 どう判断したらいいものか皆が悩む中、当の本人があっけらかんと言う。


「厳密に言うとエージ・ユーキじゃないんだけどな」


「「は?」」

 ここへ来てのその発言。再び皆が困惑を浮かべ固まる。


「コピー、さ。ここの遺産の番人をする為に造られた魔法生命体。ホムンクルスてやつだ。そこにエージ・ユーキの自我と記憶と経験を複写したのが俺だ。外見は似てないのかもな」


 サラリと言われたその言葉。

 人と見分けがつかないほど完璧な魔法生命体。そしてそこに自我と記憶を移す。

 そこにどれだけの超常技術が使われているかを理解できた者は居なかった。



「1つ聞きたい」

 それまで黙って成り行きを見守っていたゴライオスが突然前へと進み出た。


「此処に残されている遺産とは何だ? 古代の遺産とは別物か?」

「んーそうだな、古代の技術も流用した俺の相棒。かな。王国の技術の500年先を行ってたつもりだったから、未だに追いつけてないんじゃないか?」

 ゴライオスの言葉に男は挑発めいた笑みを浮かべて答える。

 事実、かつてエージ・ユーキが使っていたとされる様々な品が、彼と共にその製法は失われたと言われている。


「その古代の技術とやらは何処で手に入れた?」

 このゴライオスの質問に、男の顔から今まで浮かんでいた笑みが消える。


「それを聞いてどうするよ?」

 それは底冷えのするような低く冷たい声だった。


「人には知らない方が良い事ってのがあって、知っちゃいけないって事もある。特に、力を追い求める奴、それに溺れる奴、自分ならそれをコントロールできると思い上がってる奴。そういう輩には教えられないな」

 男はゴライオスの言葉に静かに首を振る。


「なら力づくで聞き出すのみ」

 そう言ってゴライオスが剣を抜く。

 アダルトの戦いに使った魔剣だ。


「へー、活殺自在か」

「なに?」

「切るも切らぬも自由自在。だろ?」

 男はゴライオスの持つ魔剣を指差し告げる。


「元々この部屋は宝物庫だったよ。そこに置かれてたあれやこれやは館の目立つ所に仕舞い直しておいたぜ。もし、この館で見つけたもので使い方が分からない物があったなら聞いてくれ、教えるから」

「俺には教えられぬのではなかったのか?」

「別に良いさ、知りたい事がそれ位ならな」

 男の言葉から「その程度秘密にする必要はない」という思いが伝わってくる。

 でなければ見つかり易い場所に置き直す事はしなかっただろう。


「古代の技術とはそんなものではない。という事か?」

「いや、それも立派な技術の結晶さ。ただ、そいつらは道具に過ぎない。道具は世界を滅ぼさない。やらかすのはいつだって使う人間の心の闇だ」

 男は肩をすくめて言う。

 

「そんな物とは違って、存在だけで破滅を呼ぶ物が……。あー、おしゃべりが過ぎるか。

 ともかく人の身には過ぎた物。それが古代の文明を破壊した。

 追うな! これは忠告だ」

 男はそれまでとは違う強い言葉で締め括った。


「そう言われて『ハイそうします』と言うと思うか? 余計に知りたくなるのが人の業という物だろう」

 ゴライオスの目に諦めはなかった。

 「力に溺れている」「力を追うことに取り付かれている」と言われる事に特に嫌忌の念はない。

 自分でも理解している。

 それが元で世界に破滅を呼ぼうとも、そんな事は立ち止まる理由とはなり得ない。

 根底は知識欲から来る好奇心の筈だった。だが、いつしかそれが狂気の域に達していたのかもしれない。

 ゴライオスは立ち止まる事など出来そうにない自身をそう分析出来ていた。


「止めぬと言うのなら、死んでもらう事になるが?」

「それ以外に俺を止める事は出来ないだろうな」

「そうか」

 ゴライオスの言葉に男は残念そうにうつむく。


「ならば、最早是非もなし」

 次に顔を上げた時、男の目には強い意志が宿っていた。

 掲げた右手の先に現れる魔法陣。

 その中に右手を突き刺し引き抜くと、一振りの剣が握られていた。


 引き抜いた剣を軽く一振りして男が言う。

「霊剣フツミタマ。大陸全土で探しても、これより切れる剣はあんまり無いぜ」

 秘蔵の剣を自慢するように笑みを浮かべる男。


 それに対してゴライオスは右足を一歩引き半身の姿勢。

 切っ先を男に向け腰の高さで剣を寝かせ構える。

 その構えから繰り出されるのは突きだろう。最短距離を一直線に進む最も避けにくい攻撃の1つだ。


 それを見越してか、男は剣を上段に振り上げる。


 皆が息を飲んで見守る中、ゴライオスが静かにそして素早く踏み込む。

 それに対する男の反応はまさに神速。

 並みの動体視力では捉える事すら出来ない切っ先を的確に捉え、半身を引くと同時に上段に構えた剣を振り下ろす。

 その一連の動作が誰の目にも追えなかった。


 キン! という澄んだ音と共にゴライオスの剣が半ばから切り落とされ床に転がる。


「剣身の結束解除速度は使用者の認識速度に追従している。それを上回る事で切り落とすが出来る。意味は分かるな?」

 それは魔剣を操るゴライオスが男が振った剣を認識できなかった事、即ち両者の間に決定的な実力差があるという事を示唆していた。

 だが、残念な事にそんな男の言葉の意味を正しく理解できた者はいなかった。

 ただ1つ、男の技量が、まさしく桁違いだという事だけが皆に理解が出来ていた。


「……」

 ゴライオスは半ばから先を失った剣を黙って見つめると、無言のままそれを放り捨て新たな剣を取り出す。


「諦めろよ。勝てない事ぐらい分かっただろ?」

「勝てない事と、諦める事が俺の中では繋がらないのでな」

「命を捨ててまで力を求めてどうすんだよ?」

「それが在ると知った。それは理由にならないか?」

 男の問いにゴライオスが答える。


「そこにそれがあるから、か」

 男が知るある登山家の有名な一言。

 正直に言えば理解できない心境という訳ではない。

 男としての夢、欲望、更に言うならそれは人の業。


 だからといって認められる訳ではない。


「悪いが、断たせてもらう」


 部屋の温度が下がった。

 レイ達がそんな錯覚を起こすほど男から冷たい殺気が発せらる。

 自分に向けられている訳ではない。それが分かっていながら背筋を冷たい物が走りぬける。


 そんな冷たさを打ち消すようにゴライオスの剣が炎を上げる。


「フレイムソード? その出力じゃあ、核はサラマンダーか?」

 炎の魔剣を一瞥した男が残念そうに言う。


 それとほぼ同時に、男の体を炎が包む。

 燃え盛り渦巻く炎。

 今度は錯覚ではなく部屋の温度が上がっていく。


「これじゃ無理だ」

 炎の中から男の声が聞こえる。


 そして、渦巻く炎が両断されたかのように割れ消えていく。


「俺を焼き殺したいなら、……レーヴァテインが必要だな」

 男の言葉の後半の小さな呟きは誰にも聞こえる事なく消えていく。


 そんな男にゴライオスは弧を描くように回り込む。

「シッ!」

 最後の3歩分の間合いを飛んで詰めたゴライオスが剣を横薙ぎに振るう。

 男はそれを僅かに腰を沈めて避ける。


 避けられた事で晒してしまった背中を守るように男の前に炎の壁が立ちはだかる。

 だが、男はそれを気にする事なく踏み込み剣を突き出す。

 男が意に介さなかった炎も目隠し程度の効果はあったのだろう。突きだされた剣は僅かに逸れ肩を浅く切るだけに終わる。


 床を転がるように距離を取って立ち上がるゴライオスを男は正面に見据える。

 自慢の剣を構える事なく、ただ右手にぶら下げ佇んでいる。


 その姿に、アダル、シャーリー、ハクレンはこの相手に自分ならどう戦うかをシミュレーションを繰り返し、そして終には諦めた。

 ローゼンハイムはその一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。

 もうすぐ終わる事が分かっていた。


「さて、もう良いか?」

「……」

 男の問いかけにゴライオスは黙して返さない。

 それを肯定と取ったか、男が駆け出す。


 ――動いた。

 レイがそう思った時、既にその剣は振り抜かれていた。


「これが……力」

 腹部から溢れ出る血を押さえようともせずゴライオスは呟く。

 それは求めていた物とは違う。これでは無理だと諦めた道の行き着いた先だった。


「冥土の土産に聞かせてくれ。貴様は何処で古代文明の真実を知った?」

 ゴライオスは背後で止めを刺そうと剣を振り上げているであろう男に問う。


「世界樹さ。そこに全ての答えが在った」

「世界樹、お伽話ではなかったのか」

「お伽話さ。世界樹も古代の文明も。夢物語と思っていれば良い」

「そうか」


 その言葉を最後にゴライオスが静かに目を閉じる。

 直後に男の剣が右肩から左脇腹までを両断する。

 倒れたゴライオスの顔にはどこか満足そうな笑みが浮かんでいた。


「さて」

 ゴライオスの亡骸に手を合わせ瞑目していた男は一息吐いてレイ達へと向き直る。


「お前等どうする?」

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