89 「開けゴマ?」
今回途中で視点が変わります。
「コード『ベルセルク』」
赤黒い鎧に覆われたミユキから静かに、しかしハッキリと発せられた声。
その言葉の意味を理解するのは耳より目のほうが早かった。
「シャアー!」
獣の如き咆哮をあげミユキは突進する。
その動きはこれまでのものとは一線を画していた。
突然の事に反応の遅れたゴライオスの首を掴み、そのまま壁まで押し込み叩きつける。
「ゴハッ!」
その身を半ばまで壁に埋め込まれたゴライオス。衝撃に肺から空気が抜け息が詰まる。
何とか息を吸おうと喘ぐその顔めがけて赤黒い兜が迫る。
何とか頭を振って回避したゴライオスはそのまま床を転がるように距離を取る。
岩を砕く重い破砕音と共に兜の半ばを壁にめり込ませたミユキは無言で引き抜くとゴライオスに向き直る。
そのまま数歩の助走から壁を駆け上り天井を蹴りゴライオスを踏みつけにいく。
寸前で飛び退いたゴライオスはすぐ脇で床を粉砕しながら着地したミユキに向かい打棒を振るう。
ミユキはそれを凄まじい速度の反応で上体を反らし避ける。
体勢を立て直したゴライオスは油断なく打棒を構える。
その姿に奇襲が失敗に終わった事を悟ったのかミユキが隙を窺うようにその周りを回る。
その姿はまさに獲物を狙う獣の様であった。
「なあ、アルト。何だアレ?」
「ミユキの切り札の1つ『ベルセルク』だよ」
「ベルセルク?」
「身体能力が跳ね上がる代わりに理性を無くすらしい。以前それで酷い目にあった」
レイの問いかけにアルトが苦々しい表情で答える。
「狂化か」
「ですね」
アルトの説明に納得したように頷くローゼンハイムとシャーリー。
「軍にも何人かいたわね。一時的に理性や知性、言語なんかを失う代わりに戦闘能力を高める能力だっけ?」
「あそこまでの物はそうそう居ないだろうがな」
狂化はそれほど珍しい能力でもないのかローゼンハイム達は特に驚いた様子でもない。
だが、それでもミユキの変わり様には若干の驚きがあったようだ。
それほどまでにミユキの動きは人間離れしていた。
「どうやって解除するんだ?」
「時間が経てば戻るみたい」
それもまた通常の『狂化』とは違う点だった。
「つまり、自身での制御は出来ないという事か」
通常の『狂化』であれば、自身でON/OFFが出来る程度の理性は残る。
それが出来ないが故の時間制限なのだろう。
「アレを装備していないのが残念だな」
ミユキの持つユニーク装備『ドリル』。先程までその左手に着いていたのだが、今の鎧に換装した際に消えている。
もしもそれが着いていたのなら、最初の突撃で終わっていた筈だった。
大味な武器ではあるが、取り扱い繊細だ。本能だけで使いこなせるものではない。
だがそれでも、
「つまんないわね。結局大物は全部誰かに持ってかれちゃって」
シャーリーがぼやく。
それはもうミユキの勝ちを信じて疑わないものだった。
明らかにゴライオスはミユキの動きについていけていない様子だった。
腕の立つもの同士の戦いは先の読みあいである。
今のミユキの動きは先が全く読めなかった。それでも動きに無駄も多い為に何とか対応できていた。
それも時間の問題だった。
「背中、か」
「はい、壁に叩きつけられた際のダメージでしょう」
動きの悪さの原因をローゼンハイムとアダルが見抜く。
何とかミユキの攻撃を捌きながらも、ゴライオスの動きは徐々に悪くなっていくのが見て取れていた。
アダルは2人から視線を逸らす事なく自分ならどう対処するかを考える。
確かにミユキの変貌には驚いた。だが、慌てる事はない。人と思わず獣と思い対処すれば良いのだ。人より動きが早く力の強い獣など珍しくもない。
冷静に攻撃を捌き、がら空きとなった背中を攻めれば良い。
それがゴライオスには出来る事を知っていた。
それが出来ないのは、最初に大きなダメージを負った事が理由だろう。
それまでの動きに慣れ、見切ったつもりで油断していたのが間違いだ。
だが、そこで決めきれなかったのが問題だ。
――アレはまだ何か隠し持っている。
自身がそれにやられたからか、アダルはゴライオスに未知の部分に警戒していた。
必死に守りを固めるゴライオスと攻め続けるミユキ。どちらが先に疲れ手が止まるか。
そこが勝負の分かれ目のように思えていた。
――このまま押し切れ。
妙な胸騒ぎがする中でアダルは祈るような思いでいた。
だが、先に手が止まったのはミユキの方だった。
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ギリギリだった。もう少し続いていれば危険だった。
目の前の女の動きが突然変わった。それまでより速く、強く、そして予想外の動きをする様になった。
だが、対応できないほどの速さではない。力負けするほどの強さでもない。冷静に捌けば問題ない。
だが、最初に受けたダメージがそれを許さなかった。
呼吸のたびに痛みが走る。動くたびに痛みが増す。気力と体力が徐々に奪われた。
「このままでは……」そう思い始めた頃、女の動きが鈍った。
千載一遇の好機に痛みをねじ伏せ打棒を振るった。
奴は大きく飛び下がってそれを避けた。
「召喚!」
この機を逃す訳にはいかない。
同時に三体までのゴーレムを召喚出来る宝珠を投げる。
3つしかない貴重な物だが仕方がない。
「そいつを殺せ!」
宝珠が割れ、中から魔法陣が展開され三体のゴーレムが現れる。
この城に残されていた金属製のゴーレムだ。
一対一ならばともかく、一対三では手を焼くだろう。時間稼ぎにはなるだろう。
その間に体を回復させる。
問題は、それを奴が許すかどうかだ。
あれ等は強力なゴーレムではあるが、その動きは遅い。無視してこちらにこられれば、回復させる余裕はないだろう。
「愚かな」
油断なく奴の動きを観察していると杞憂であった事を知る。
ゴーレム相手に戦闘を繰り広げている。
最初はこちらの隙を作らせるための芝居かとも思ったが、そうではなさそうだ。
一体に向かい飛び掛り殴りつける。
金属製のゴーレム打撃だと?
無意味、そして無謀。やはり冷静な判断が下せていないようだ。
「そのまま遊んでいろ」
無謀を繰り返す女を笑い回復薬を取り出す。
エクストラポーションと人間達が呼んでいる品物だ。
瓶の封を切り一息に飲み干す。
体の中が温かくなり、その熱が引くとともに背中の痛みも消える。
「さて、片付けるか」
そう思った瞬間にゴーレムの一体が上半身を爆散させた。
「なんだと!?」
そのゴーレムはあの女からは一番離れた位置に居た。
奴は今も別のゴーレムと戦っている。
ならば誰が? 奴等か?
階段に陣取った人間の一団。たしか魔術師が居た筈だ。
あのゴーレムを粉砕するほどの術を他に影響を残さぬほど精密に使えるとはな。
正直に侮っていた事を認めよう。
だが、鏡の盾がある以上、俺には通用しない。
やはり目の前のこの女から始末しよう。
残った二体のゴーレムを相手取り暴れている女。
無策にただ暴れているだけだが、その動きの速さ故に鈍重なゴーレムでは捉えきれないようだ。
だが、縦横無尽に動き回るために仲間も援護が出来ないようだ。
距離を取れば先程の術でゴーレムは破壊できように。
「愚かな事だ」
仲間との連携が出来ないうちに潰しておくべきだな。
「ん?」
そう思っていると、突然女が倒れた。
なるほど、何かしらの方法で身体能力の底上げをしていたか。
それの時間切れといったところか。反動でまともに動く事も適わぬだろう。
勝手に自滅したようだ。
ならば殺す事もない。
後で持っている情報を引き出すとしよう。
「邪魔だ」
息荒く蹲る女を壁へと蹴り飛ばす。
寸前で何とかガードはした様だが受身すら取れずに壁へ激突し起き上がることすら出来ない様だ。
最早戦力外と見て良いだろう。
「さて。……チッ!」
階段に陣取った残った相手へと振り返った瞬間に一体のゴーレムが破裂した。
「あれが術者か」
視線を送った先にはなにやら手を突き出している男。
いでたちを見た限りでは魔術師のようには見えないが、俺の勘がそう告げている。
残る一体のゴーレムが黒い炎に包まれる。
側に居るだけで肌が焼ける凄まじい火力だ。
だが、それではコレは倒せん。
炎の中からゴーレムが歩み出てくる。
一体どんな金属が使われているのか、耐魔法・耐物理共に優れた性能を誇る。
そう考えると先程の攻撃が何だったのか気になるところだ。
炎の中から出てきたゴーレームがそのまま歩いていく。
何処へ? と考えて思い出した。
命令を解除していなかったな。
「ほう、立ち上が……」
視線の先には壁に手を突き何とか立ち上がった女。
そして、徐々に壁が開いていた。
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発動させていた『ベルセルク』の効果時間が切れる。
それと同時にそれまで無理矢理リミッターを解除していた負荷が一気に襲ってくる。
全身が鉛のように重く足がもつれ倒れ込んでしまった。
もう少しだったのに。
『ベルセルク』の発動中は一切の思考が働かず、目に移る端から襲い掛かってしまう。でもその最中の記憶はある。
なぜ時間切れになってしまったのかの記憶も。
「邪魔だ」
頭上から聞こえた声にハッとして顔を上げる。
目の前に迫った足に反射的に上がった腕が間に合った。
でも、威力を受け止めきれずに蹴り飛ばされた。
床を転がり、壁にぶつかって止まる。
全身の疲労感もあってまぶたが閉じる。
が、大きな破砕音が私の目を覚ます。
一体のゴーレムが上半身を砕かれ倒れる。
そういえばさっきも一体のゴーレムが突然爆発したわね。
残りのもう一体は?
その姿を探すと、黒い炎に包まれているのが見えた。
そして、その炎の中からゆっくりと歩いて出てくる様子も。
「寝てるわけにはいかないって事ね」
こちらに向かってくる様子のゴーレームに気力を振り絞り立ち上がる。
「どうしよう? 切り札使っちゃう?」
まだ『ベルセルク』だけなら数日の筋肉痛程度で済む。
でも、アレを使うとなるとしばらく寝込む事になるんだけど、背に腹は変えられないか。
「おっと。……ん?」
鎧の換装をしようとしてフラつく。まだ体が重い。
体を支えようと壁に着いた手の指先が何かに触れた。
「開けゴマ?」
壁に掘り込まれた文字。
懐かしの日本語を思わず口に出して読んでしまう。
「たく、つくづく隠し扉が好きなのね」
壁に掘り込まれた文字が光りだし、同時にすぐ隣の壁がスライドしていった。
ミユキの奥の手、切り札は鎧とセットです。
若干レイの神威とカブってます。




