9 「人様の知恵をなめんなよ」
「かかって来やがれ!このブタウサギが!」
ショートソードを構えウサギと向かい合う。
ウサギは後ろ足だけで立ち上がるとその巨体をユッサユッサと揺らしながらタイミングを計っている。
これが人であれば軽やかにステップを踏んでいる様なものか。
突然ウサギが額の角をこちらに向けて弾かれたように突進してくる。
それを、軽やかに避ける。
だけの余裕は無かった。
「うわ!?」
何とか身を捻り避けたがバランスを崩し尻餅をつく。
「ハフー」
こちらを見るウサギの目に嘲りが見える(気がする)。
「コノヤロー、今度はこっちの番だ!」
ウサギに向け剣を振り下ろす。
「なっ!?」
その剣をウサギが角で器用に受ける。
「フー」
ウサギの口から漏れる音が「シロウトが」と聞こえた。
再びウサギが角を向け突進してくる。
今度は多少の余裕を持ってそれを避けると、着地直後を狙い剣を突き出す。
「コフー!(甘い!)」
ウサギは着地した瞬間にその場で反転し角で剣を弾く。
「ぬお!?」
剣を弾かれた勢いで体も流され、体勢が崩れる。
「ヤバッ」
「ハー(隙だらけだ)」
バランスを崩し隙だらけとなった胸に必殺を期した角が突き込まれる。
「がは!」
至近距離から放たれたウサギの突進を受け、しばらく地面を転がる。
「ゲホ、ゴホゴホ」
胸に受けた衝撃で呼吸困難に陥る。
「ハアハアハァ。ん、奴は?」
何とか呼吸が戻り、ウサギの姿を探す。
「……」
ウサギは何故か呆然としている。
必殺と思った一撃が、相手を吹飛ばしただけだった事に驚いているのだろうか?
「ヤバかった。マリーさんを真似して胸に鉄板入れておいて貰って良かった」
そう、万が一を考えてレザーアマーの内側に鉄板を、篭手には鉄芯を入れておいて貰った。
元々、そういう工夫は昔から有る為、別に難しい事でもなく鉄板と鉄芯分の値段の上乗せだけで手間賃もなく追加して貰えた。
人には鋭い角も硬い牙も無い、有るのは知恵だ。先人から受け継いできた知恵と技術を頼りに生き抜いてきたんだ。
「人様の知恵をなめんなよ、ウサ公が」
何とか立ち上がりウサギと向かい合う。ショートソードを右手に持ち、その切っ先をウサギに向ける。
「お前は俺を本気にさせた。後はもう、死ぬしかないぜ?」
「フー、フー(黙れ、雑魚が)」
ウサギは再びユッサユッサとステップを刻み始めた。
「俺の本気を見せてやる。行くぞ!」
その言葉を待っていた訳ではないだろうが、ウサギが跳び掛かろうと身を縮める。
その瞬間。
「『火矢』」
左手に持っていた『火矢』のカードを使用する。
「ギャーン!(なんだと!)」
ウサギは予想外の魔術攻撃に対処しきれず直撃を食らう。
火矢はウサギの首の辺りに突き刺さりその周囲を焼いた。
「キューン(殺せ)」
その一撃は致命傷だったのだろう。
ウサギは潔くその目を閉じ、自らの運命に身を任せた。
「じゃあな」
振り下ろされたショートソードがウサギの首を跳ね飛ばす。
「フゥー」
溜息を吐くと共に、たった今1つの命を奪った手を見る。
ゲームとは違い、命を奪った感触がまだ残っていた。
「そのうち慣れるのかな?」
そんな事を考えながら、異世界での最初の戦闘が終わった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
ウサギをギルドで買い取ってもらい宿屋に戻ると、既に戻ってきていたマリーとリックが夕食の最中だった。
手招きする2人と食事をしながら、今日一日の成果を話す。
「ハハハハ! それで、買い取りカウンターに持って行って初めてそれが野ウサギじゃ無いって分かったのかい?」
「ええ、まぁそうです」
本当の事を言えば、死体をカード化した際に『ホーンラビット』と出たので何となく分かってはいたのだが、もしかしたらホーンラビット=野ウサギという可能性も有った。
「馬鹿だねぇ。野ウサギは草食の野生動物。人を襲ったりはしないさ。
ホーンラビットは肉食の歴とした魔物だよ。毎年襲われて命を落とす人も出るよ」
「ギルドで話を聞いて行けば良かったのに。草原に出る魔物の特徴なんかを教えてくれたのに」
確かにその通りなのだが、今回はただ見て回るだけのつもりだったので、戦闘になるとは思っていなかった。
そして、高々ウサギ一匹に苦戦するとも思っていなかった。
「それにしても、レッドオーガとは思い切ったね。それはCランクハンターの装備だよ。高かったんじゃないか?」
「ええ、一式で金貨1枚近くしました」
「ほう、それは中々だね。初心者はどうしても良い武器を買いたがるんだけどね、防具こそ良い物を買わないといけないよ。命を預ける物だからね」
そう言って笑うマリーさんの鎧も高位の魔物の皮に魔術処理を施した物で、補強に使われている金属も黒魔鋼という特殊な魔導金属なのだという事だ。ちなみに値段で言えば金貨15枚位だそうだ。
「じゃあ、レイの初戦闘初勝利に乾杯!」
「乾杯!」
改めて乾杯の声を上げるマリーとリックだったが、浮かない表情のレイに顔を見合わせる。
その表情にリックには思い当たる節が有った。
「他者の命を奪うのは初めてかい?」
「…はい」
「僕にも経験が有るよ。肉に食い込む刃の感触が手に残るんだよね」
戦闘中は興奮も手伝ってか気にはならなかったが、その後冷静になると、手に残る感触がなかなか消えなかった。
「酷な言い方だけど、慣れるしかない。
それが出来ないなら、この仕事は辞めた方が良い」
「いつか慣れますかね?」
「少なくとも、僕は慣れたよ。少し時間はかかったけどね。マリーは最初から気にならなかったみたいだし」
「私は親が狩人だったから、その手伝いで子供の頃から獣の屠殺は慣れてたからね」
「他の命を奪って生きている事を忘れなければ大丈夫だよ」
「そうですね。慣れるしかないですね」
励ますような2人の視線に気持ちを切り替える。
「そう言えば『レベル』って知ってますか?」
「レベル? ああ、知ってるよ。ギルドで聞いたのかい?」
「ええ、まぁ」
実際はギルドで聞いたわけではなく、ホーンラビットとの戦闘終了後にレベルが上がっていたので気になったのだが。
「レベルっていうのは、強さの目安みたいなものさ。ギルドもレベルを見てランクの目安にしてるよ。
Gランクは登録、Fランクは依頼5つで成れるからレベルは関係無いけど、Eランクは大体レベル20前後、35前後でDランク、60前後でCランク、80前後でBランク、130前後でAランク。
まぁ、目安だから絶対じゃないけどね」
「ちなみに、マリーさん達はどの位ですか?」
ただの興味本位の質問だ。
「私が114で、リックが106だったかな」
「この間107に上がったよ」
レベル100超とは恐れ入る。いやAランクがレベル130前後という事は結構居るのか?
「レベルはどの位まで上がるんですかね?」
「ん?そうだね、王国最強と言われている黄金騎士ガウエンが210だって噂だね」
「あと、伝説のハンターと言われているエージ・ユーキが255だったらしいよ」
何となくだが、レベルのカンストは255ぽいな。
しかもその『エージ・ユーキ』というのは日本人の転生者で『結城 英次』とかじゃないかという気がする。
そんな話や、上手く野ウサギや穴ネズミを捕まえる方法を聞き、明日から実践してみる事にした。
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レイ・カトー Lv:2
年齢:18歳 性別:男
職業:ハンター 称号:異世界人
【HP】 73/73
【MP】 25/25
【STR】38(28+10)
【VIT】24
【DEX】20
【AGI】23
【INT】20
【MND】17
【LUK】23
スキル 【スキルポイント 3】
カードファイター:Lv1(ユニークスキル)
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ウサギのセリフの( )は主人公の脳内変換です。
実際にそう言っているわけでは有りません。
伝説のハンター様は今後もチラチラ出てきて無意味に異世界文化を植えつけた跡を残していますが、本筋的に影響はありません。
主人公はテンションが上がると若干暴走気味になりますが、仕様です。




