1、始業式
桜が宙を舞う、4月。欠伸をしながら新しいクラス別けが書いてある張り紙を見つめる女性。周囲の声を意識してみれば好きな人と一緒になって喜んでる元クラスメイトや好きな人と別になって悲しんでるクラスメイトの声。仲の良い友達と離ればなれになって悲しんだと思えば同じクラスになった友達が現れ喜ぶ同級生。
「単純すぎ…」
やっと自分の名前を見つけたのでクラスに行こうと踵を返した時、ダダダダっと音がして誰かに抱き付かれる。
「理音さん!俺ら同じクラスッスね!」
「……天亜、重い」
「えぇ~?自分、結構軽い方ッスよ?」
「自分で言うな」
文句を言われてもなお、抱きしめ続ける天亜。高校3年とは思えない子どもじみた言動にため息をつく理音。天亜と理音は中学の時に出会った。上級生に暴力を受けていた天亜を気まぐれで助けたら懐かれてしまい別々の学校だったので下校時に校門前で待ち伏せされたり高校は言ってないのにいつの間にか同じところを受けて合格。しかも3年間全部、同じクラス。
「理音さんとまた同じクラスになれるなんて…光栄ッス!」
「別にあたしがしたワケじゃないんだけど…ていうか知ってる?高3のクラス別けは学力ごとって」
「はい!知ってるッス!」
「あたし、上に高校までは行けって言われたから来ただけであって勉強はする気ゼロ。テストは…留年しない程度に適当にやってるから…」
「はっ!?」
「言いたいこと、わかった?」
つまり、理音のクラスは学年最下位あたりの人達が集まるクラス。基本、なんでも全力投球の天亜が理音と同じクラスという事は努力して最下位辺り、と言う事。とどのつまり、大学入試が危ないという事だ。
「うぇえぇぇぇぇ!?ど、どどどどどうしましょう!?」
「煩い!抱き付きながら大声出すな!」
二人の様子は傍から見れば恋人同士と思える程仲が良く見える。と、いうか実際同級生はほぼ全員二人が付き合ってると思っていた。付き合ってるのかと聞かれ理音は真顔で「はぁ?」と問い返し天亜は青くなり「俺なんかが理音さんと付き合うなんて、滅相もない!」と言うのでその疑いは2年の冬頃で消えた。
「………」
そんな二人の様子を桜の木の陰からジッと見つめている男子生徒に気付かず、理音達は教室に移動していく。その男子生徒は制服のブレザーの下にパーカーを着ていてフードを被っていて少し、というかかなり根暗な雰囲気だ。
「あ、いた。影乃」
「…頼斗?」
パーカーの着ている生徒…、影乃の姿を見つけ歩いてきたのは理音の弟、頼斗。彼の左頬には水色のクリスタルが輝いていた。
「姉ちゃんから伝言だから逃げるなよ?」
「……早く言ってよ」
「はいはい。今日の夜、奈爪岬に集まれ、だって」
「あっそ」
どうせ大した事でもないのだろうし、と思い影乃は適当に相槌を打ってサボろうとしていた。…が、頼斗はそんな影乃をジッと見つめちなみに、と続ける。
「サボったら次の定例会議、付き添いは影乃だから」
「は?嫌だよ、そんなの」
「サボったらの話。サボらなければ問題ない」
「……」
「ま、そういう事だからちゃんと来いよ?」
「………わかったよ。行けばいいんだろ…」
影乃は基本、理音以外にはなつかない。それは弟の頼斗も一緒で必要最低限以外は話さないし目も合わせない。
「そういえば…何見てたの?」
「っ!?」
「あそこ…姉ちゃんと…天亜先輩?」
見事に言い当てられ赤面する影乃。どちらかというと見ていたのは理音だが天亜も見ていた内には入る。
「う、煩い!!見てない!!理音なんか見てないから!!」
「あ、見てたんだ…」
「見てないってば!!」
「はいはい」
犬みたいにきゃんきゃん吠える影乃を宥めながら少し笑う頼斗。それに対し、笑うなとまた吠える影乃。なつかないと思われがちだが案外、頼斗にもなついているのかも知れない。
★
「………それでは、私からの話しは終わります」
「校長先生、ありがとうございました。続いて、生徒会長からの挨拶です」
生徒会長、その言葉を聞いて影乃の肩がピクリと動く。それを見ていた、派手な印象の少女がくつくつと笑いながら影乃に話しかける。
「影乃、分かりやすすぎ…」
「はぁ?」
「今、肩揺れたよ?」
「っ…揺れてない」
「はいはーい、そういう事にしときますよぉ?」
「煩いキラキラ…」
「ちょっと…気にしてる事言わないでよ…」
彼女の名前は奏と書いてメロディーと読む、所謂キラキラネームだ。普通にカナデという名前にしてくれたら良かったのに、と毎日の様に言っている。
「フンッ」
「もぉ…」
「おはようございます。生徒会長の香津理音です」
二人が言い合いをしているといつの間にか生徒会長の挨拶が始まっていた。
この学校はクリスタル保持者、アドックが多く学校で(と言っても5人くらい)、生徒会長は保持者がする事になっている。3年には理音以外の保持者が居ないためやる気のない理音が仕方なく、生徒会長を引き受けている。
「はぁ…来年はあたし達の誰かが生徒会長か…」
「頼斗にやらせれば?」
「あ、そっか。頼斗ならやってくれるか」
そう言って二人が頼斗に面倒事を押し付けようと企んでいると、二人の頭に声が響いた。
『ちょっと…何俺に押し付けようとしてるの…』
『いいじゃんか。やってくれるでしょ?』
『やらない』
今会話しているのは全部頭の中で、だ。この学校のアドックは全員どこかにある石を持っており(理音の場合はヘアピン、影乃の場合はネクタイの裏)その石を使って脳内で会話をする事ができる。
その石は三人が高校に入る時に理音から渡され理音曰く、知り合いに作ってもらったとの事。
『えぇ?やってよ』
『嫌だ』
『………アンタら…私の話を聞かないで何呑気に押し付け合いしてるのよ』
『げ…』
『ね、姉ちゃん…』
またまたいつの間にか生徒会長の挨拶が終わり理音が会話に参加してきた。ちなみに影乃も一応聞いてるが参加すると面倒だと思い言葉は発してない。
『ちゃ、ちゃんと聞いてたから!!』
『そうそう!話はちゃんと聞いてた…!』
『あっそ。じゃあ私が何について話したかわかるよね?』
『………』
『影乃は聞いてた?』
二人が聞いてないので影乃にふると少しめんどくさそうな顔をしてから聞いてたよ、と答えた。話の内容は一般の生徒から聞くと普通のあいさつの様に聞こえるが実はアドックへの指令が混ざっていた。
『今日、岬に集合って事と情報持ってる奴は包み隠さず話せって事だろ?』
『影せいかーい』
子ども扱いをしているのかはわからないが、少なくとも影乃にはそう思える。理音は影乃に甘い。ちょっと成功したり正解したらすぐにベタ褒め。それが嫌なわけではないがもう少し大人に見てくれても、と思う。
『子ども扱いするなよ…』
『してないよ。ただそこの聞かない馬鹿共と違って偉いって事』
「それが子ども扱いなんだよ…」
石を使ってではなく、ボソりと呟いた。石は聞く分には何もしないで聞けるが話す時は石に触れないと話せない。聞かれたくなかったら石から手を離せばいい。
「ふふ、影乃は理音に大人っぽく見てほしいの?」
「うるさい」
「ったく…あたしには冷たいよねぇ…理音以外には懐かないけど、頼斗には比較的まだ優しいし…」
「キラキラが嫌いなだけ」
「だから、キラキラ言うなっての」