プロローグ
「ほら、泣かないの」
幼い、まだ小学校低学年くらいの少女が自分より少し年下の少年の涙をハンカチで必至に拭いていた。だが、拭いても拭いても流れる涙に少女は少し、イライラしている。
「うぅ…ひっく…」
「はぁ…練習でこける度に泣いてたら情けないって隊からハブられるよ?」
「いいもん…おれは理音がいれば…」
そこまで言うと理音、と呼ばれた少女からゲンコツが飛んできた。痛かったのか折角納まってきたきた涙がまた溢れてきた。
「何が"理音が居れば"、よ。言ったでしょ?あたしはもうすぐ特殊部隊に入るって。影乃に構ってる暇なんてなくなる」
「え…」
「"え"じゃない。前々から言ってたでしょー?」
傍から見れば理音は小学生のクセにずいぶんませた子だと思われるだろうが彼女の左手を見れば納得する。彼女の左手には赤い宝石のような物が"埋め込まれて"いる。それはクリスタルと呼ばれる物で、生まれたと同時に体内に埋め込まれる物。クリスタル保持者はアドック(特別)と呼ばれ日本では唯一、戦闘が認められている集団。クリスタルは家系の関係で所持する者がほとんどだがまれに、一般からの軍人もクリスタルの保持を認められる場合があるが、理音と影乃は家系からクリスタル保持者になった。
「特殊部隊なんか入ったら…戦争で最前線に立たされるじゃん…」
「ちょっと、戦争が起きる事前提で喋らないでよ…」
「だって…」
「だってじゃない。……てか影乃、何気に話そらしてるでしょ」
「………」
ふい、と横を向く影乃に理音はため息をつき、左手を差し出す。
「ほら、約束」
「え?」
「あたしは戦争がもし、起きたとしても死なないって約束する。影乃は?」
指切り、という事らしい。影乃の手を取って自分の小指に絡ませる。
ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった。
「……じゃあ、おれは…」
影乃がぽつり、と呟いた言葉は春の生暖かい強風に煽られ、かき消される。でも、理音はそれをしっかり聞いて指切りをした。