青梅の季節
小糠の、雨ふる、青梅の季節は
とても、短く、かなしくて
丸い、青梅、ぱりぱり砕き
こおり砂糖を、からから入れて
梅の、シロップ、こさえましょう
わたしの、ちいさな、弟は
愛らしかった、弟は
ふとしたはずみで、病にかかり
小糠の雨が、生微温く、しとしと涙を、流す夜に
手当ての、甲斐なく、死にました
あれから、いく年、過ぎたのでしょう
まい年、まい年、変わりなく
小糠の雨は、降るけれど
まい年、まい年、変わりなく
青梅は、店に、出回るけれど
愛らしかった、弟だけが
未だに、この場にいないのです
青梅ころころころがして
おじゃみのように投げ上げて
こおり砂糖をぺくぺくたべて
邪魔ばかりした弟を
わたしは、叱りも、しましたが
ときには、打ちも、しましたが
それでも、姉様ねえさまと
慕ってくれる、弟は
誠に、可愛い、ものでした
『もう、いないんだね……』
なみだ交じりの、ちいさな声で
弟の名を、呼びました
呼べど、答えるはずもなく
泣けども、かえるはずもなく
小糠の雨の、音ばかり
こおり砂糖が、からりと鳴って
青梅のかおり、鼻をくすぐり
わたしは、我に、かえります
いつのまにやら、小糠の雨は
篠つく雨に、姿を変えて
ざあざあ、喚いて、おりました
窓を閉めようと、立ちあがり、手を差し伸べたときでした
ちいさな、蛍が、ふらふらと
わたしの、右手に、とまります
ちかり、ちかりと、瞬く光は
遊んでおくれと、せがむよう
そのとき、はたと、気がついたのです
真昼に、蛍は、とびませぬ
雨の日、蛍は、とべませぬ
わたしは、もしやと、はやる心で
弟なのかと、ききました
蛍が、喋るはずもなく
こたえるわけも、ないけれど
これは、弟、なのでしょうか
夢を、みている、だけなのでしょうか
わたしの、弟、なのでしょうか
夢物語と、よぶのでしょうか……