8、たまにはそういう気分になることもあるんです。
「ごちそうさん、うまかった」
”おいしかったー。きぃちゃん、お料理じょうずなんだねぇ”
おそまつさまでした。ディエンテッタさんは体のわりにたくさん食べましたね。
”成長期なの!”
ところで、お風呂はどうしますか?
「ドールハウスの改造は二、三日かかるぞ」
はい。なので一緒にと思いまして。
”おふろはいるー”
では。一緒に入りましょう。
「おう、ピカピカに磨いてこい」
コウさんも一緒に入りますか?
「なんだよおい。いつもは、のぞかないでくださいね、って言ってから入るくせに」
たまにはそういう気分になることもあるんです。
今なら、背中流してあげますよ?
「……いや。もう少し、今日はやることがあるんでな。茶を飲んだらまた工房にこもるから、今日は風呂はいい。多分徹夜することになるから、明け方、寝る前には入るかもしれん」
分かりました。寝る前にはちゃんとお風呂入ってくださいね。
「おう。じゃあ、な」
……なんだか変ですね。
”どうかしたの?”
照れるでもごまかすでもなしに、普通にお仕事があるからって断られるのは、ちょっとだけ想定外でした。
”よく一緒にお風呂に入るの?”
いえ、たまに冗談交じりで、背中流してくれと言われる事はありますが。
そうですね、皮膚の張替えを行うようなメンテの時に、数回お風呂に入れてもらったことはありますが、それ以外では一緒にお風呂に入ったことはありません。
”ふーん”
あ、ところでディエンテッタさんは、着替えはありますか?
”今着てるのしかないよ?”
では、お風呂で一緒に洗濯してしまいましょう。
人形の服なら多少あったはずですから、今日はそちらを着てください。後でご用意します。
”コウさんの趣味?”
なぜかお人形自体は一体も持ってないんですけどね、コウさん。ドールハウスや、小物や、お人形の服なんかはたまに買ってくるんです。
まさかディエンテッタさんが来るのを知ってて用意したわけではないのでしょうけれど。
”そのうち、自分でお人形作るつもりなんじゃないのかな?”
ディエンテッタさんサイズの自動人形は、技術的にかなり厳しいと思われます。
小さいと、どうしても動力源が体内に収まりませんから。
”でも、コウさんなら、作っちゃいそうなきがするー”
……そうかも、ですね。
あ、バスルームはここです。
”おー。キレイ”
毎日ピカピカにお掃除してますから。あ、滑らないように気をつけてくださいね。
”ぽいぽいぽーい”
そんな風にお洋服を脱ぎ散らかすのは、お行儀がよくないですよ。
”いいのー。きぃちゃんも、早く脱いだ脱いだ~!”
はい。ちょっと待ってくださいね。
”わ~い、って。あれ、お湯はいってないよ?”
身体を洗う間に溜めます。先にディエンテッタさん用に洗面器にお湯を用意しますから、ちょっと待ってくださいね。
”あーい”
このくらいでいいでしょうか。
”ふう、ごくらくごくらくぅ~”
お湯、冷めたら言って下さいね。すぐ暖かいのにしますから。
”うん。まだ大丈夫。……んー”
あの、ディエンテッタさん?
”きぃちゃんって、ヴィスとちょっと違うね”
コウさんは、外見は完璧に作ったと自画自賛していましたが。私、どこか普通の人間の方と比べておかしい所がありますか?
女性に縁のない人ですから、やっぱり、服で見えない部分を見たことなくて、おかしな作りになっていたりするんじゃないでしょうか。
”んー、たいしたことじゃないよ”
はぁ。でも、気になります。
教えてください。
”つるんつるんで、無駄毛剃ったりしなくていいね、ってだけの話。気にしないでね”
ぴかぴかです。
”ぴっかぴかー”
「おう、あがったか」
……なんでドアの外にコウさんが待ち構えてるんですか。
まさか、のぞいてたんですか?
「いや、メンテ、忘れてたと思ってな」
え、今日の予定でしたか?
「いや、明日の予定だったが、明日はちょっと都合が悪くなりそうなんでな。今日のうちにおまえを完全な状態にしておきたい」
わかりました。ディエンテッタさんをお部屋にお連れしてから行きます。工房の方で良いんですか?
「いや、工房は作業中なんで、隣の作業部屋で」
”ねぇねぇ、コウさん、きぃちゃんのメンテ見たい!”
「見ておもしろいもんじゃないぞ?」
あの、ディエンテッタさんに見られるのは恥ずかしいです。
”恥ずかしいことするの?”
しませんけど。
”じゃあ、いいじゃない”
まずは、ディエンテッタさんの服を用意しましょうね。
「俺、作業部屋行っとくぞ」
はい、すぐに行きます。
「じゃ、まずは健康診断からだな」
はい。
「瞳孔反応よし。右見て、よし。左見て、よし。次、口開けて」
あーん。
「口腔内異常なし。顎も問題ないな。鼻、ちょっと道具いれるぞ」
うう。くしゃみでそうです。
「我慢しろ。鼻からの呼吸に問題はないな?」
はい、口からの呼吸も問題ありません。
「上全部脱いでくれ」
はい。
「心音……問題なし。いや、ちょっとテンポ早くないか?」
ディエンテッタさんが見てますので、ちょっと緊張してるのかも知れません。
「まあ、異常なほどじゃない。次、背中こっちに」
はい。あ、ちょっと、くすぐったいです。
「……何か重いものでも持ったか?」
いえ、特には。どこかおかしいですか?
「右肩のバネ繊維が、何本かおかしいぞ。指切ったのはこのせいもあるんじゃないか? ほっといても直るが、ちょっと工具当てるぞ」
はい。少し熱いです。
「我慢しろ」
はい。
「よし。両手を上に伸ばして。そのまま左右に、よし。腕は問題ないようだな。ケガした指にも工具当てとくか?」
いえ、大丈夫です。もう治っています。
「そうか。じゃ、次は足だ。下も全部脱いでくれ」
はい。
「よし、座ったまま右ひざ伸ばして、よし。次、左……よし。立って」
はい。
「屈伸、よし。足開いて」
……はい。
「少し、左脚の股関節がおかしいか?」
いえ、私自身には違和感はありません。
「右肩が少しおかしかったから影響がでてるのかもな。まぁ問題ない範囲だ。よし、健康診断終わり。下着は着ていいぞ。そこに仰向けに寝てくれ」
はい。
「血圧……は問題ないな。ちょっと、血を抜くぞ」
はい……んっ。
「……ちょっと疲労物質が出てるな。透析かけるほどじゃないが。よし、戻すついでにちょっと追加するぞ」
はい。何を追加するのですか?
「人間で言う血小板みたいなものか。おまえの血には元々身体を修復する機能があるんだが、今日みたいなちょっと大き目のケガだと修復前にだいぶ血が流れ出そうなんで、傷をふさぐ専門のナノマシンをちょっとな」
はい。素早い対応ありがとうございます。
「いや、俺の想定が甘かったせいだからな。本当は今日のような状態になる前に、血がとまるはずだったんだが」
取り乱して、すみませんでした。
「いいさ、悪いのは俺だ。よし、それじゃうつぶせになってくれ。最後にネジ巻くぞ」
はい。
「そういや、今までネジ巻くぞって言ったこと無かったっけかな?」
ああ、いつもの、この最後のがネジを巻く作業だったんですね。
「ちょっと我慢しろ、ネジ巻くときは一瞬おまえ止まるからな」
何か固くて太いものを無理やり身体にねじ込まれるのがイヤな感じです。
「変な言い方すんな」
今まで、黙って、ました、けど、私は、この、メンテの、最後の、これって。
「ネジ巻いてるんだから後で喋れ」
コウ、さんが、メンテを、口実に、私の体を、自分の、欲望の、はけ口に、でも、して、いるのかと、思って、ました。
「おまえなぁ……」
冗談、です。
”……きぃちゃんはだかにひんむいて、全身をさわりまくってる時点でアウトな気がしないでもないよ?”
「作ったモノには責任もたんといかんからな。端から見てアウトでもやらにゃならんのだ」
”おしりも洗剤つけて、ブラシでごしごし?”
「やらん。流石にそれは俺的にもアウトだ」
私的にもアウトです。不要です。
「よし、皮膚のコーティング剤塗るぞ。背中は塗ってやるからあとは自分でな?」
はい。ありがとうございました。
「んじゃ俺は工房に戻る。お茶とかいらんから、入ってくるなよ?」
はい。分かりました。
ディエンテッタさん、そろそろ寝ましょうか?
”きぃちゃんと一緒がいいな”
わかりました。では、私の部屋で一緒に寝ましょう。
”うん!”
こんな感じでどうですか? これならたぶん、寝てる間にディエンテッタさんを押しつぶしたりすることはないと思います。
”んー。おんなじベッドの上だけど、わたしだけ別の箱に入ってるのは一緒に寝てるって感じしないかも”
……私に押しつぶされても文句を言わないのであれば、ここに入ってもいいですよ。
”言わない言わない。大丈夫。わたし結構、丈夫だから”
お布団重くないですか?
”だいじょぶだいじょぶ。えへへ、きぃちゃん、石鹸のいいにおいがする”
もぞもぞ動かれると、くすぐったいです。
”……ん”
どうかしましたか?
”……ずっと、ヴィスしかいなかったから”
だから、あんなメールを?
”世界には、ヴィスとわたししかいないのかと思ってたことも、ある”
私達は、もうお友達ですから。
”うん……だいじょうぶ。あ、”
ヴィスさんと違って、ボリューム足りないかもしれませんけれど。
”かちかち、キィキィ……。不思議な音。でも、落ち着くかも”
……はい。
”おやすみ、きぃちゃん”
……おやすみ、なさい。