7、似合わないですよ、コウさんにこういう気遣いは。
いっちゃいましたね。
”行っちゃったー”
「相変わらずだな、ああいうところ」
さて、ディエンテッタさんのお部屋はどうしましょう。
「そこのドールハウスで丁度いいんじゃないか? ベッドはちゃんと布と綿で出来てるしな。あ、ヴィスに聞いてなかったが、メシは人間と同じ物でだいじょぶなんだよな?」
”んとね、その気になれば何でも食べられる、カモ?”
「ネズミみたいにあちこちかじったりするのはやめてくれよ?」
”そんなことしないもん。たぶん”
ああ、そろそろ夕食の準備をしなきゃですね。ディエンテッタさん、何かリクエストはありますか?
”あ、んとねー、お昼に作ってた天津オムライス、ってちょっと食べてみたいかも?”
了解しました。では、私はキッチンへ行きますが、ディエンテッタさんはこちらでゆっくりしていてください。
「あー、昼と同じもん食うのはちょっとな。手間かけて悪いが、俺の分は何か別な物作ってくれ。俺は、工房に戻るぞ」
あ、はい。了解しました。コウさんの分は本日のスケジュール通りにしますね。
”あ、コウさん、ちょっと待ってー!”
「ん、なんだいおちびさん?」
”きぃちゃん、なんで食べ物食べられないの?”
私は人形ですから、必要ありませんし。
「いや、食事行為が出来ないわけじゃないぞ? 人間のように食事でエネルギーを摂取することは出来んが、食べることは可能だ」
え? それ、初耳なんですが。
「言ったらお前、メシ食うだろう?」
それはもちろん、味覚はあるわけですし、興味だってあります。
”えーっと。じゃ、なんできぃちゃんに食べさせないの? コウさんいじわる?”
「……食ったら出さなきゃいかんだろう。俺メンテのたびにこいつのケツの穴そうじすんのやだぞ?」
お、おしりくらい自分でふけます!
「生物と違うからちゃんと洗剤つけてブラシでゴシゴシこすんないと、そのうちつまるぞ?」
……!!! 結構です。食べません、食べませんから、お掃除はしないでください。
「俺だってんなことしたくないから、おまえに食べさせないんだ」
”あー、たいへんだねぇ”
「そういうおちびさんは、トイレどうすんだ? もちろん出すものは出すんだろ?」
”あ、うー。ヴィスのラボにはわたし用のおトイレあるんだけど”
とりあえず、猫砂でも買ってきましょうか?
”……とりあえずはしょうがないよね”
「あとでドールハウス改造してやるよ。風呂もちゃんとつかえるようにしないとな」
”わーい”
危ないですから、まな板の側には近寄らないでください。
”だいじょぶ。作る所、近くで見たいの”
気をつけてくださいね。そこだと油とか、はねるかもしれません。
”だいじょぶ。結構じょうぶなんだよ、わたし”
私の方が気になって集中出来ません。あ……。
”あー! だいじょぶ、きぃちゃん? 血が出てる!”
あ……。あ……?
──メイド服を着た私が見える。見上げている。私が、居る。
えっと、これ、なんなんでしょうか。
──流れていく。私が。
”ちょっと、きぃちゃん、それやばそうだよ! ねぇ!”
──私が私を見ています。
”何言ってるかわからないよ! きぃちゃん、指、指押さえて! どんどん血が出てるってば”
「なんだ、騒がしいな?」
”コウさん、きぃちゃんが指切っちゃったの!”
「……っ!」
──私が、流れていく。私を、見ている私が。
「落ち着け。今、止血する」
コウ、さん?
「大事なことなのに言うのを忘れてたな。気をつけろ、おまえの本体は、血だ。バネと歯車で出来た自動人形の身体なんてただの器に過ぎない。大量に失うと、おまえはおまえの意識を保てなくなる」
今、流れていったのは、私、なんですか。
「そうだ。おまえがおまえ自身だと認識しているものは、プログラムじゃないと前に言ったろう? おまえの身体を管理しているのはナノマシンである血であって、おまえの心と呼ぶべきものはそのナノマシンに分散して存在している」
今、私は、私の心を少し、失ったのですか?
「いや、多重に分散してるからあの程度じゃ影響はない。ただし気をつけろ、記憶に当たる情報も血の中に含まれているから、失ったのが意識を保つのに影響ない少量であったとしても、何かを忘れることがある」
やっぱり、コウさんは、ぷぅですね。とんだ欠陥品じゃないですか、私。
生きていれば、大なり小なりケガをすることはあるでしょうに。そのたびに私は、何かを失うのですか?
「手や足が吹き飛ぶくらいのケガじゃなきゃ、それほど影響は出んさ。そのくらいのケガをしたら普通の人間なら死んでるからな。逆に言ってだ、おまえの頭が吹っ飛んだとしても体の大部分が無事なら元通りになるんだぞ?」
なんだか原生生物みたいですね。プラナリアとかみたいに、私を分割したらにょきにょき私が増えるなんてことはないんでしょうね?
「……試してないが、おまえに似た別の何かが複数発生する可能性はある。ただしその前に魂にあたるものが失われる可能性が高いな」
とりあえず、ケガには気をつけます。あ、もう血が止まったみたいですね。
「……ついさっき、出来たばかりなんだが、おまえにこれを渡しておく」
なんですか、ペンダント?
「おまえは俺より長く生きるだろうが、おまえに何か困ったことが起きた時に俺が生きてる保障がないからな。お守りだ」
似合わないですよ、コウさんにこういう気遣いは。
「なんとでも言え」
……ありがとうございます。
あれ。ところで、ディエンテッタさんは。
”…………”
ごめんなさい、ディエンテッタさん、すぐに片付けますから。
”しょっぱくないんだね、きぃちゃんの血って”
え。
「こら、変な物なめると腹壊すぞ?」
”大丈夫、わたしなんでも食べられるから。コウさんの血も、機会があったらなめたいな”
「おいおい、勘弁してくれよ」
ばっちいですよ。絶対お腹壊します。
”だいじょうぶ。それより、はやくごはんつくってほしいなー”
了解しました。でも、気が散りますので、ディエンテッタさんはテーブルの方に居てくださいね。
”はーい”
「メシできたら呼んでくれ。俺は部屋に戻るぞ」
はい。もうしばらくお待ちください。