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5、私は、コウさんのウソを信じることにします。

’……そろそろ時間だわ。戻りましょうか’

 あの、戻る前に、こちらからもいくつかお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?

’ええ、いいわよ。何かしら?’

 ヴィスさんは、なぜヴィスさんなのでしょうか。愛称というものはファーストネームの方が元になるのが一般的ではないかと思われます。

 なぜ、ヴィオレッタ・ヴィスコンティさんは、ヴィオさん、ではなくて、ヴィスさん、になるのでしょうか?

’ええっと。それほど深い意味はないのよ? コウと初めて会ったときに、名前を名乗ったら、ヴィオって呼んでいいか、って聞かれて、気持ち悪いから名前で呼ばないでくれる?って答えたのが原因かしらね’

 はあ。

’イニシャルがVVになるから、コウのやつがブイブイさんとかブイツーさんとか私のことを変な名前で呼び始めて、そのうちにファーストネームがだめならファミリーネームの方でって、コンさんとか妙な略称で呼びはじめてね、せめてヴィスにして、って言ったのが今の今まで続いてる感じかしら’

 コウさんは変なところでしつこいですから。

’今なら別にコウにヴィオって呼ばれても悪くはないのだけれど、あいつのせいでヴィオって呼ばれるよりヴィスって呼ばれる方が慣れちゃって。今では初めて会う人には、こちらからヴィスって呼んで欲しいと言う様になっちゃたわ’

 なんだか、いい感じ、なのですね。

’私と、コウのこと? あいつの技術者としての腕と才能は認めるところだけれど、それ以外では特に何も、あいつに対して思う所はないわよ?’

 ……そういうことにしておきます。

 コウさんも、ただの腐れ縁だとは言ってはいましたが、ヴィスさんが来ると聞いたらすごく嬉しそうでした。ヴィスさんのことも色々話してくれました。

 錬金術士だそうですね。コウさんに人工生命体のことを少し聞いたのですが、本職の方からの意見も聞きたいのです。

’私の場合は研究職だから、あんまり一般的じゃないかもしれないけど。何を聞きたいのかしら?’

 コウさんに私を商品化する気はないかと尋ねたら、人工生命体の方が流行っているから売れないという意味合いのことを言われました。ヴィスさんもそう思われますか?

’製法やコストの見当がつかないからなんともいえないけれど、あなたを商品化して売り出せるなら、いえ、その身体に使われている技術の一部だけでも、相当な値段で売れると思うわよ。人工生命体なんて、生成にそれなりの時間がかかるし、生き物だから病気や怪我だってするし、そもそも主な用途は愛玩動物だし。自動人形とは用途が違うわよ’

 コウさんは、人と同じように家事ができる人工生命体もいるような口ぶりでしたが。

’人間に近いサイズと容姿の獣人系の人工生命体もいることはいるけれど、人型は規制が厳しいから、まともに人語を解して応答できるようなものは市販されてないわ。ああいうのは、その、男性の夜のお世話をするというか、そっち方面の用途で使われるのが主で、まともな家事なんか出来ないと思うわ。むしろ家事の用途なら自動人形の方が主流なんじゃないかしら。もっとも、普通の人間を雇うのが一番コストはかからないと思うけれど’

 コウさんが、ウソをついたということですか?

’……コウが正確にはなんて言ったのか分からないけれど、あなたを商品にしたくない、ということにそれなりの理屈をつけようとして言った言葉だと思うわよ’

 そうですか。

 私がヴィスさんに尋ねたことは、コウさんには内緒にしていただけますか?

 私は、コウさんのウソを信じることにします。

’……’

 あの、どうかしましたか?

’いえ、なんでもないの。時間過ぎちゃったし、隣の部屋に戻りましょう、キィちゃん’

 了解しました。服を着ますので、少しお待ちください。






”うえーん、もうお嫁にいけないよう”

「確かにそうかもな。あーんなとこや、そーんなとこまでじっくり調べたもんなぁ」

 あの、ディエンテッタさんに何をしたんですか?

「服ひん剥いて、虫眼鏡でじっくり見た。うむ、実に良く出来ていた」

 ……そうですか。

「こら、その金属バットのようなもので何をする気だ? っていうか、その前にどこからそんなものを持ってきた?」

 私の友人を辱めた罪は重いです。死を持って償ってください。

「おまえなぁ……」

”きぃちゃん、いいの”

 え、どうしてですか?

”コウさん、責任取ってくれるって言ったから”

「なんか誤解されそうなセリフだな」

’ディーに手、出したの?’

「こんな小さいのに、どうやったら手を出せるんだ」

’子供とはいえ、女の子ですもの。殿方の欲望のはけ口としては十分ではないかしら’

「ほう、やっぱり幼生体なのか。成体にしては未発達な器官が多いと思ったが」

’どこを見たのかしら’

「そりゃまぁ、いろんなところ」

”コウさん、恥ずかしいからそういうこと言わないでよぅ”

「定規であちこち測ってみたんだが、縮尺がどうにもおかしかったんでな。まぁ人間でいうと幼児体型ってやつか?」

”コウさん、ひどいよぅ”

「ボン、ぎゅっ、バーン! なヴィスが小さい頃はこんなだったのかと思うとなかなか感慨深いものがあったぞ」

’え?’

 あの、どういうことですか?

「ん? キィは見て分からなかったか? 良く見てみろ。このおちびさんとヴィスの顔って、良く似てるだろ」

 言われてみればそうかもしれません。

「遺伝子解析しないとはっきりとは言えんが、おそらく自分の卵子にホムンクルスの情報を書き込んだんだと思う」

 それじゃディエンテッタさんは、ヴィスさんの本当の子供なんですか?

「いや卵子だけじゃ染色体たりんだろ。体細胞クローンに近いんじゃないかな。情報いじくってるだろうから遺伝子的には姉妹ほどにも似てないんだろうが」

’よくわかったわね。遺伝子解析でもしない限りはバレないと思ってたけど’

「つきあい長いからな、おまえとは。やりそうなことの見当くらいはつくよ」

’でも、遺伝子上の父親にあたるのがあなただってことは分からなかったようね?’

「ぶはっ! お、おい、ほんとかそれ?」

’残念ながら冗談よ’

「悪い冗談はやめてくれ……本気でぞっとした」

’あら、仮に本当でもあなたに養育費を求めたりはしないから、安心しなさい’

「馬鹿、本当だったら了解なしに他人の遺伝子を実験に使ったかどで訴えてやるとこだ!」

 なんだか、疎外感です。

 おふたりは、互いに遺伝子情報をやりとりするような仲なのでしょうか。

”ぶーぶー! なんか二人で盛り上がってずるいよ?”

’あら、ふたりともやきもち?’

「あー。俺にはヴィスと遺伝子情報やりとりなんかした覚えはないぞ? ないからな」

 ほんとうに?

「笑えない冗談で盛り上がるのは、もうたくさんだ!」

 ヴィスさんの方は、そういう覚えはないのでしょうか?

’そうね、おもしろそうだからその件については黙秘、ということにしましょう’

「はっきり否定しろ!」

’それより、話を戻しましょう。コウは、私が何のためにディエを作ったと思う?’

 それ、私も気になります。ディエンテッタさんは何のために作られたのですか?

「……うむ。俺の考えでは、このおちびさんは、人間を越えるモノの試作品だな」

’……’

「外見をざっと調べただけだからほとんどは推論になるが、このおちびさんは通常のホムンクルスと比べて人間に近すぎる。サイズが違うからかろうじて規制内と言えないこともないが、話を聞いた所では、数年で人間と同じ大きさになるそうじゃないか」

 何年かしたらバインボインになるとは聞きましたが、スタイルの話ではなくて、身長もなのですか。

「人工生命体は、基本的には変化しないものなんだよ。試験管から出てきたときが成体、完成品で、その後で大きく容姿や体格が変わることはない。そりゃ生き物だから多少なりとも髪が伸びたり爪が伸びたりはするけどな」

 幼生体で試験管から出てきて、外で成体になるのは一般的ではないのですか?

「まったくないとは言わんが、成長するにしても体長が十数倍になるなんてふざけている。しかも、ほんの数年で、だ。そのことから考えると、本来変化しないはずのホムンクルスに、成長、あるいは変化という機能をつけたのがこのおちびさんの特徴と言えるだろう。ちょっと飛躍するが、以上のことから考えるとテーマは進化の可能性、といったところか」

’……はぁ。見ただけでそこまで言えるなんて、やっぱりあなたすごいわ’

「こんなものを作り上げるおまえの方が、よっぽどすごいと思うぞ?」

 あの、ディエンテッタさんみたいな人工生命体って、珍しいんですか?

「珍しいなんてものじゃない。ある意味、究極の生命体といえるシロモノだ」

”ほえ?”

 はあ、よくわかりません。

「進化とは何かわかるか?」

 よくわかりません。

「勉強不足だな。俺の部屋の本で、ちゃんと勉強しとけ」

 機会があればそうしますから、どういうことかきちんと分かるように説明してください。

「……簡単に言うと、環境への適応能力がとんでもなくすごい、といったところか」

 サバイバル技術が優れているということでしょうか?

「そうじゃなくてだな、例えばこのおちびさんは今、小さいけれど普通の人間と同じ姿をしているだろう? まぁそれはヴィスと一緒に暮らしているからなんだろうが……」

 はい。

「だが、もしまわりに水しかない環境、例えば水槽に入れて育てたとしたら、おちびさんはその環境に適応して水棲になるだろうな」

”ほえ、わたし、おさかなになっちゃう?”

 人魚になったディエンテッタさんもかわいいと思います。

「要するに、本来の生物なら何十代も何百代も時間をかけて、進化して環境に適応するところをだ、このおちびさんは一代で、それも短期間で適応してしまうってことだ。たぶん、即死しない状況であれば、有害な放射線や有毒物質にさえも適応していくんじゃないか?」

”じつはわたしってすごかったの?”

「ああ、自慢していいぞ」

”わーい”

’自慢はできないでしょう。立派なライフサイエンス法違反だわ’

「そうでもないだろ? 問題があるとすれば、術式で縛ってないことだけじゃないか?」

’人間の遺伝子を使ったホムンクルスは、クローンと同じで規制の対象だわ’

「言わなきゃばれんよそんなこと。小妖精型なんて既存品でもわりと見かけるじゃないか。既存の人型だって、ベースは他の哺乳類かもしれんが人間の要素ぶちこんでるだろ?」

”えーっと、もしかしてわたしってヤバイ存在なのかなーって思ってみたり”

「現状の法律のいくつかに引っかかることは確かだろうが、そりゃおちびさんのせいじゃない。生きることは罪じゃないしな」

’ありがとう’

「なんでヴィスが礼をいうんだ?」

’あなたがこの子の存在を認めてくれたからよ’

「よせやい、照れくさいだろ。それより今度はお前の番だぞ」

’……そうね、それじゃ今度は私がキィちゃんの推論をしましょうか’

 あ、あの、ちょっと待ってください。

「ん、なんだ?」

 よく考えてみたら、お客様にお茶もだしていませんでした。

 今、お茶持ってきますから、ちょっと、待ってください。

「ああ、そういや喋ってばっかでちょっとのども渇いたな」

’別に、気を使う必要はないわよ?’

 いえ、あの、私のこころの準備もしないといけませんから。

’こころ……ね’

 はい、すみませんが少々時間をください。


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