終末、世界を歩く。|第二銀河と事実
『灯台』
光の届かない、左右も上下も存在しないベンタブラックで塗りつぶしたような空間。そこから次第にぐにゃり、ぐにゃりと空間が歪み始めた。そのまま浮遊していると、ばっ、と一つの眩い光が空間を支配し始めた。光が通る空間に出たのだ。
静寂と光が支配するその場所には、巨大な発光する木が佇んでいた。
亜空間に落ちたと思えば、こんな辺鄙な場所に出るだなんて思いもよらなかった。
大木は黄金に輝いている。その周囲には無数の銀河花が咲き誇っていた。その形は真っ青な彼岸花のよう。銀河花は様々な形があるとされるが、その色のほとんどは青だった。ここでも青く、自己発光していた。香りを嗅いでみたいものだが、この空間は空気がない。
ああ、うつくしい。ただ立ち尽くすように脱力して魅入っていた。
大海の中、一筋の灯台の光が指し示すように、大木はただこの場所を見守っていた。
* * *
『骨壷』
実家にはある人の骨が居座っている。清潔感のある箱に入れられて、そこに置かれている。正直、子供の自分よりも長くそこにいる。両親は手を合わせることはないが、よく話しかけていた。普通に生きている人を相手にするような感じで。この前、実家に帰ると、母親が骨に話しかけていた。「うちの息子がね」「そうなのよ」などと聞こえてくるのに相手の声が聞こえないので気持ち悪かったのをよく覚えている。
両親からは、自分よりも前に子供がいたなんてことは聞いたこともなかった。だからどこの誰の骨なのか、皆目見当もつかなかった。
そうか、今日聞いてみることにしよう。
適当な理由をつけて実家に寄ってみる。インターホンを押すと、いつも家にいる母親が迎えてくれた。「あんたまた太ったんじゃないの」などと言われながら家の中へ入った。
雑談やら、おやつを出してもらって食べながら話していた時、ふと気が付いた。
骨はもうそこにはなかった。母親に聞いてみると、「何の話?」と本当に知らないように、きょとんと首を傾げていた。
なら、この記憶は何なのだろう。それに、なぜか、この家に見覚えがなかった。
* * *
『水槽』
一ぴきのタコがおりました。なまえをテトラヒドロといいました。
かれのまわりには、そこらじゅう、じんこうぶつと、はいざい、ほね、さまざまなしょくぶつがありました。
なかまのタコはいいました。
「このばしょには“そと”があるんだぞ。」
そととはなんだろう、テトラヒドロはうえをみあげました。しかし、うえをみあげても、なかまたちがふわふわとういているばかりで、なにもみえませんでした。
「ほんとうにあるの?」とテトラヒドロはききました。
「ああ、あるよ。ヒトデにすんでいるタコがむかし、ふねをつくってでたことがあるというんだ。」
「なんだって。」
そのはなしをきいたテトラヒドロは、ヒトデのタコにさっそく、あいにいきました。
ヒトデのいえはおおきく、テトラヒドロはすこしおどろきました。わぁ、とみていると、いけない! とあたまをふってとびらをたたきました。
「ヒトデさん、ヒトデさん。」
そうすると、すぐにタコはでてきました。
「なんだいボウズ。くすりがほしいのかい。」
ヒトデのタコはくすしでした。めんどうくさそうにあたまをかきながら、テトラヒドロをみおろします。
「そとにいったことがあるって、ほんとう?」
「ああ、あるよ。ふねもうらにあるよ。いってみたいのかい?」
「いってみたい。どんなところ?」
「そうだな、なにもないよ。」
「なにもないの?」
「ああ、なにもない。」
「それでもいってみたいよ。」
「なら、たしかめてみるといい。」
ヒトデのタコはいえのうらへあんないしてくれました。
そこには、なにもありませんでした。
「なにもないよ?」
テトラヒドロはあっちをみたり、こっちをみたり、八ぽんのあしをきようにつかいながらさがしました。
「ああ。なにもないさ。だって、うそだからね。」
「いったことがあるっていっていたのに?」
「ここは、おまえがおもっているほどひろくないし、せまくもない。むげんだが、ゆうげんだ。すいそうだからな。」
* * *
『繭』
その場所は湿っていて、光が届かない場所にあるためかなり暗い。足元は雑草が生い茂っており、地上のジャングルならば様々な虫が生息していたことだろうと思った。
木々に囲まれた獣道をひたすら歩いていく。時折、さっ、と何かが顔の横を通り過ぎていく。かと思えば、頬が火傷をしたときのような痛みが出て、思わず顔を顰めた。指でそっと患部を拭うと血が出ていることがわかった。ああ、何かで切れたのか。毒があると今後悪化するかもしれないと思い、迅速に処置をして再び森を歩き始めた。
もう三日目、食糧は少し残っているがカビていないことを祈るばかりだ。水は慎重に飲んでいるため比較的残ってはいるものの、微かに心配が残る。周囲に飲み水として機能するような湧き水も川もない。あるのは木から滴り落ちる水分によって形成された水たまりくらいだ。さらにその水溜りに触れることも近づくこともできない。何故ならその部分一帯の草が枯れているからだ。
歩き始めてどれだけ経ったことだろう。そろそろ休憩にしようか、などと考えていると少し先の方にひらけた空間があるのがわかった。少し早歩きにその場所へ向かってみる。
そこには大きな、それは大きな真っ白な繭があった。蚕が作るようなそれはうつくしい色だった。白いせいか発光して見えるほどだ。周辺の木を四本、五本ほど利用して広がって形成された繭を見ると、あまりの大きさに何がその中にあるのだろうと慄くも、好奇心が疼いてしまった。
かちゃり、とナイフを手に取った。簡易ナイフで切れるとは思えないが、手元にはこれしかない。
仲間は皆死んだ。自分は生き残って、英雄になるんだ。そうして金と権力と名声を手にして、女優と結婚するんだ。
地球に戻ったら……そんなことを考えていた矢先のこと、瞬く間に視界が消えた。ぐちゃり、ぐちゃり、ぼきっ、ばきっ、と音だけがその場で響いていた。
* * *
『鐘楼』
高台から聞こえてきたのは、まるで大晦日の鐘の音のようだった。
ごぉーん、ごぉーん。ごぉーん、ごぉーん。
一定の間隔で鳴り響く音は、人が鐘を打っているとは思えないほど機械的に続いた。
迷惑だ、と思いつつ、人がいるかもしれないことに安堵している自分がいた。
廃墟と化したこの家も、拠点とするにはガラスも割れてしまって、食糧も尽きてきて、やつらが雪崩れ込んでくるか、自分が餓死する方が先か、時間の問題だった。
ふと考えた、いっそ自分が喰われてしまえばいいのではないか、と。しかしそれではここまで逃げた意味がないのではないか。
大切な人などもういない、友人も連絡が取れない、頼みの綱であったインターネットなんて砂の城に等しい。情報が欲しい。
壁に背を預け座り込んで頭を抱えていた。この先どうしよう、そう悩んでいると、再び外の音に耳が反応した。
ごぉーん、ごぉーん。ごぉーん、ごぉーん。
依然として一定の間隔で鳴り響く音は、人が鐘を打っているとは思えないほど機械的に続いていた。
* * *
『天窓』
警報が鳴り響いていた。ばたばたと忙しない足音を聞きながら、うーんと伸びをした。
電子タバコを吸いながら身支度をし、職場へ向かう。
部下に、「何のんびりしているんですか、侵入者ですよ」と慌ただしく早口で捲し立てられ、「ああ」と返事をして煙を吐いた。
今日も一段と忙しない。椅子に座り、天井を見上げたところ、大きな穴が空いていた。
ああ、これが天窓か。
「何寝ぼけたこと言っているんですか! 一大事ですよ!」
つい口から漏れていたようで、別の部下に怒られてしまった。そうだな、とまた煙を吐いた。
依然として、警報が鳴り響いていた。
仕方がない、重い腰を上げ、仕事に取り掛かった。
* * *
『鱗』
その龍は、たった一頭で世界を救えるらしい。
ある界隈に残る伝説では、宙を泳ぐ巨竜は、古来より岩石から星を護る、と言われていた。「天海竜」と呼ばれるそれは、頑丈な鱗を持っていて、どんな環境でも耐えられる体をしていた。それは古代に生息した恐竜のような姿でもあり、中国の伝説にある竜のようでもあり、西洋に伝わるドラゴンのようでもあった。
彼らは群れを成すことはなく、生まれてからたった一頭で、人間からすれば永遠に近い長い時間を生きていく。
その鱗が剥がれ落ちる場面は、誰も知らない。
この世界はあまりにも広すぎるから。
* * *
『残雪』
降り立ったこの場所は、肌寒い風が吹き抜けるも、暖かな日差しが出迎えていた。
木々は青く、花は逞しく咲き、鳥たちは木の実をついばみあって食事している。動物たちは自由に悠々と暮らしている。
美しい星だ。
ところどころにある青白く輝く物体は何だろう。近づいてそっと手に取ってみると、冷たい。匂いを嗅ぐと、ただ雨と地面の香りがする。口に含んでみると、さくっ、とほどけ、じゅわっと溶けていった。少し持っていこう、と鞄から瓶を取り出して入れていく。
手元の小型ホログラムコンピュータ端末を操作し、白い物体の写真を撮って調べてみるも、解析不可。この星特有の現象結果なのかもしれない。
本当に、美しい星だ。
さぁ、と風が吹き抜ける。
早く、弟を探しに行かなければ。こんなことをしている場合ではないな。




