十一月弐拾……捌日? 木曜日? 性欲
意識が、ゆっくりと浮上してきた。
最初に浮かんだのは、ひどく現実的で、同時にどうでもいい疑問だった。
(……今日は……何日だ?)
それだけだった。
目を開けても、部屋の明るさから時間は判断できない。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。
この場所では、もはやそれを区別する必要がないような気さえしていた。
隣を見ると、灯さんが静かに息をしている。規則正しい呼吸。微かに上下する胸。
その気配を感じ取った瞬間、身体の奥が、じわりと熱を帯びた。
(……また、だ)
おかしい。欲求が湧き上がる速度が、以前とは明らかに違う。
まるで、スイッチが入ったまま戻らなくなったみたいだった。
俺が身じろぎすると、そのわずかな動きだけで、灯さんが目を開けた。
「……起きました?」
掠れた声だが、どこか満足げで、柔らかい響きがあった。
「今日……何日ですか?」
自分で口にしておきながら、妙な質問だと思う。
灯さんは一瞬だけ考えるような間を置き、それから、ゆっくり微笑んだ。
「気にしなくていいこと、ですよ」
その一言で、すんなり納得してしまう自分がいた。
(……それも、そうだな)
気にしなくていい。時間も、外の世界も。今が良ければそれでいい。
灯さんは、起き上がることなく、静かに言葉を重ねていく。
「ここまで、教えたこと……覚えていますか?」
「……はい」
正直に言うと、全部を理屈として理解しているわけじゃないが、身体は覚えていた。
どこに触れればいいのか。どんな間を置けばいいのか。どういうときに、言葉を添えるべきなのか。考えるよりも先に、感覚が答えを出してくれる。
灯さんが、ぽつりと言う。
「今までは、流れに身を任せているだけで、私のことを思う余裕はなかったはずです」
胸の奥に、軽く何かが刺さった。
(……確かに)
灯さんに導かれるまま、自分勝手に達して、満足して、それで終わり。
相手の反応を見る余裕なんて、なかった。
でも今は違う。
灯さんの呼吸。わずかな変化。それらが、はっきりと伝わってくる。
どうすればいいのか。どうすれば、もっと伝わるのか。頭で考えているわけじゃなく、自然に理解できてしまう。
そのたびに、灯さんの反応が、今までとは違っていく。
「……啓人さん……上手、でしたよ」
そう言われてしまったら――その成果を、示すしかないだろう。
◇ ◆ ◇
どれくらい時間が経ったのか、わからない。
灯さんは、肩で息をしながら、しばらく動けずにいた。
その姿を見下ろしながら、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……最高でした」
その一言が、胸の奥に深く沈む。
今まで、一度も言われたことのない種類の言葉だった。
(……俺は、今まで満足させていなかったんだな)
ようやく気付く。理解するのが、遅すぎたくらいだ。
でも、不思議と悔しさはなく、今は、できているという実感がある。
灯さんが、少しだけ笑う。
「……まだ、いけますよね?」
問いかけというより、期待を含んだ確認。
答える前に、もう身体は動いていた。
◇ ◆ ◇
そうしているうちに、時間の感覚は、完全に壊れていった。
何度眠って、何度目を覚まして、何度交わったのか、わからない。
わかっているのは、以前の自分とは、明らかに違うということだけだ。
疲労はあるが、求める気持ちが消えない。
むしろ、満たされるほど、次を欲してしまう。
そのうち、ふと、ひどく原始的な感覚が湧き上がった。
(……腹、減った)
ようやく、現実に戻ってきた気がした。
部屋には、いつの間にか食事が用意されていた。
ベッドでぐったりとする灯さんを置き去りにして、黙々と食べる。
咀嚼するたびに、食べたものが血となり肉となるのを感じ、生きていると実感する。
食べ終え、ふと視線を向けると、ベッドの上で灯さんがこちらを見ていた。
それに気づいた灯さんは、疲れ切ったはずの表情で、妖艶に微笑む。
言葉はいらなかった。求める気持ちは、まだ消えていない。
おかしいと思いながらも、否定する気には、なれなかった。
ここに来てから、欲することは悪いことではなくなっている。
むしろ――正しいことのようにさえ思えてしまう。
俺は、また灯さんの方へ手を伸ばす。
それが、当たり前の流れのように。疑うことも、立ち止まることもなく。




