デート相手の香水がキツすぎて、別れ話の前に緊急搬送を要請したらしい。
無理だな。5秒前の俺の言葉は、今の俺には興味がない。俺の気分転換といえば、ああ、それは他人の一日を台無しにする事だ。
一階の下界へと降りる。
一階では大勢の愛人たちが残していく香りで包まれている。単なる匂いの混ざり合いではなく、記憶と官能が幾重にも層をなした、複雑で陶酔的な空間を描いている。しかしまあ、慣れとは悲しい男の性だ。程度はあれど。すぐに目移りしていく。新たに出会う、若くて可愛い女は堪らない。金や地位でなびかない女を射止める過程も、それはそれでまた一興。
熟しきったダマスクローズの香り。ムスクの甘美な自然の香り。冷たい朝露のようなベルガモットの香り。芳しき深みのあるウッディノートの香り。優しく抱擁のあるバニラの香り。清潔感漂うパウダリーの香り。華やかなフローラルノートの香り。暖炉のような温かみのあるアンバーの香り。鼻をくすぐるだけでなく、心に直接語りかけるような、豊かな響きを持つ香り達。若く、美しく、可愛いだけではダメだ。香りも良くなくては。この俺の鼻は香りにはうるさい厄介な代物だ。どんなにおいも瞬時に嗅ぎ分けられる。故に鼻は神からの授かり物? いや、完全に設計ミスだ。しかしおかげで世界が9割は不快で構成されていることに気づいたぐらいだ。多少はくだらなさに感謝しなけれ。風呂上がりのオーデコロンは当然欠かせない。自らが癒される香りで眠りにつく様は、この世で最上位の極楽だ。しかし獣人にはほんの少しでもきついらしい。この世界の獣人が耳と尻尾の安易で低俗で滑稽な種族で助かった。ケモナーは俺には到底理解できん。
完。
これ、何の話だったっけ。




