第三話 少年、かぐや姫を語る
これは、かぐや姫がこの地に現れる前の話―――月の都にて
永劫の時を刻み続ける月の都、その中心部には光沢を放つ白亜の尖塔が無数にそびえ立つ。塔の表面には幾何学的な文様が刻まれ、内部から発せられる柔らかな光が、その精緻な装飾を浮かび上がらせていた。
宝石細工のように輝く街の姿とは対照的に、空は雲一つなく、ただただ無機質に、深い藍に染まる。
その神秘的な情景に不釣り合いな、重装備の軍勢が進軍する。甲冑は鈍く光り、その武骨さは月の都に不吉さを醸し出す。軍の先頭には、搭乗型の機械兵器に乗り込んだ一群。その機体には、逆三日月の紋章―――王家への反逆を示す印が翻っていた。
都心から離れた地区には、前文明のものと伝えられる遺跡が広がっている。今や廃墟と化した建物群が、失われた繁栄の墓標として、静かに佇む。
遺跡の地下深くには、王家軍の秘密拠点が設けられていた。薄暗い地下室に粗末な方卓が並び、絶え間ない戦況報告やあわただしい足音が響く。
重い金属製の扉が静かに開き、一人の女性がその地下室へと足を踏み入れた。顔は煤で汚れているが、瞳には強い意志の光が宿っている。
髪型こそ違えど、その気高く美しい風貌はかぐや姫そのもの。
そう、彼女こそ、地上に落とされる前、月にありし頃のかぐや姫、月での名を「ファニ・チャース・トア」といった。
ファニが入室してきたのを見た、部屋の奥で腰かけていたもう一人の女性が立ち上がり、声をかける。
「すまない、急なことで」
「話は聞かせていただきました」
「すぐに出立する……ファニも気をつけて」
「アンも……頼みましたよ」
アンと呼ばれたその女性が、赤銅色の長い髪をなびかせ颯爽と退出していく。その面影もまた、かぐや姫を彷彿させる。女性の名は「アン・ティークス・トア」、ファニの従姉妹にあたる人物だ。
アンを見送ったファニが、軍人たちへ向き直る。
「お待たせしました。以後、私が指揮をとらせていただきます」
軍人たちが敬礼する。
卓の中央から青白い光が立ち上がり、立体的な図が空中に浮かび上がった。
「戦況をご報告します。敵先遣隊、帝都跡にて第一隊と交戦中。戦況は拮抗していますが、敵主力が増援を送っているという情報があります」
「……そうですか」
「また、先ほど輸送隊より、守備機兵ガーディアン三機の再生に成功したと報告がありました。試験後には戦線投入可能です」
ファニは首を振った。
「あの出来事があったばかりです。戦線に投入すれば、皆さんの不信を招いてしまうこととなりかねません……今しばらくは」
守備機兵とは、王家の防衛機構を担っていた機械兵器である。謀叛軍によってそのシステムにウイルスを仕込まれ、操作を乗っ取られたことで、王家側の防衛線は瞬く間に崩壊してしまった。そのため、王家側の兵士内ではいまだに守備機兵への恐怖心が根強い。
「……承知いたしました。しかし、敵の攻勢は激化、謀叛軍はすでにこのあたりの地表にも到達し、こちらの拠点も見つかるのは時間の問題です。来ていただいたばかりなのですが……王女には今のうちに、後方へ退避していただいたほうが良いかと」
「わかりました……では、兵士たちに声をかけてから参ります。皆、疲労が限界に達しているようなので」
「ありがとうございます。お気をつけて」
医療室、情報室、兵器庫。どの部屋でも、彼女は丁寧に、一人一人に労いの言葉をかけた。兵士たちの疲れ切った顔に、わずかながら希望の光が宿るのを見て取ると、ファニも小さく微笑み返す。
拠点を回り終えると、ファニは護衛とともに拠点を後にしていった。
―――しかし、あろうことかその移動中、途上の群落で謀反軍に連れ去られそうになっている子供たちを庇い、ファニは捕らわれの身となってしまう―――
その翌日―――月の都、王国宮殿、玉座の間にて
玉座の間。白い壁面が幾何学的な美しさを描き、天井と床に走る光の筋が空間全体を静寂に照らす。
部屋の両脇には墨色の外衣を羽織った将校たちが厳かに控えている。彼らの表情は硬く、重苦しい緊張が場を支配していた。
奥の一段高い場所に据えられた銀色の玉座には、この度の謀叛の首謀者、「カンサ・アッセイ」が座している。
その傍らには深紅のドレスに身を包み、華美な扇で口元を隠しながら、瞳に冷酷な光を宿した女性の姿がある。女性の名は「アシャディ・アッセイ」。カンサの妻であり、元々は王族の傍系血筋であったが、己の不正により王家の名を汚したとして廃嫡されていた。彼女の王家に対する激しい逆恨みは、その冷酷な表情の下で、業火のように燃え上がっている。
扉が開かれる。重い鎖に繋がれたファニが、衛兵に挟まれて玉座の間へと引き立てられてきた。
「処刑せよ」
ファニの姿を認めるや否や、アシャディが冷たく言い放つ。敵対する立場とはいえ、本来であれば女王となっていた人物。それを、問答無用で処刑とは……周囲に控える将校たちの間にも、明らかな動揺が走った。
剣呑な空気が玉座の間を包みこむ―――
その時、傍らから一人の男が静かに歩み出た。顔の半分をマスクで覆った怪しげな風貌、これは謀叛軍の軍師、「ディラン・クレセント」という名の男であった。
「恐れながら、処刑は早急に過ぎます。ことを急げば民心も離れ、軍の規律にも動揺が走ることとなりましょう」
「だが、生かしておくわけにはいかぬ!」
諫言にアシャディが声を荒げる。
しかしディランは動じず、わざとらしく将校たちを見回し、静かにアシャディを見据える。
これにアシャディも周囲の空気を感じ取り、苛烈だったと自覚したか、視線をそらす。
「……アシャディ様のお怒りはごもっとも。ただ、ここで処刑を急げば、かえって抵抗の機運を高めることとなりかねません」
「それがどうしたというのです!生きてるだけで気分が悪い!」
「今ではない、と申し上げたいのです……では、どうでしょう。アシャディ様がその正当性を星間に広く知らしめるまで、流刑としておいては。穢れの地にでも落とし、汚辱を与え、チャース家の格を貶めるのです」
「流刑……しかし、また反抗するのでは?」
「では、赤子にでもし、無力化したうえで送り込むこととしましょう。そうすれば自身の立場すら忘れ、かの地の人間として穢れ果てた生を過ごすことでしょう。その内に民の心からも忘れ去られ、後はいかようにも」
……アシャディの口角が吊り上がる。
「なんとこれは、常人には思いつかぬ罰ですね。気に入りました」
「お喜びいただけて光栄です」
この会話の最中も、カンサは玉座にふんぞり返りながら、鎖につながれたファニを舐め回すように見ていた。
「ではすぐに、そのようになさい!」
これで用件は済んだとばかり、アシャディはファニに卑しい嘲笑を与え、高笑いを上げ退出していく。
ディランをはじめ将校たちは皆、恭しく頭を下げて控えている。
ようやっと笑い声が遠く微かになったというところで、静かにカンサが口を開く。
「ディラン、他の反乱軍はこれにあらず。捕縛次第全員処断しておけよ」
カンサにとって、将軍であった自分がわざわざ働きかけたにも拘わらず、謀叛の呼びかけに応じなかった者たちはどうしても気に喰わない。決して甘言に靡かなかった者たち……
「恐れながらご再考を。守備機兵があてにならぬ今、速やかな兵員の増強が必要です。一時の迷い、王家に無理やり従わされていたのだろうと、その忠義を買うと言っておき、ご寛容をお示しになってはいかがでしょう」
「お前の言うことももっともだが、連中の事を考えるだけで虫酸が走るのだ」
自身が王家を裏切った立場であるからこそ、カンサの猜疑心は絶えない。
「それに、素直に言うことを聞くとは思えんが」
苦々しい顔をして言い放つカンサに、ディランは諭すように話しかける。
「なればこそ。度量を見せつけてやるのです」
「どうしてもか……ならば、逆らう気が起きぬよう、きちんと人質をとっておけ。守備機兵の廃棄も進めておけよ」
「かしこまりました。第四師団に命じておきます」
カンサが玉座から立ち上がり、ディランのそばに歩み寄る。
そして、
「よくやった」
と、他の誰にも聞かれぬような注意深い声量で、ディランに囁いた。ディランはしばし頷いた後、衛兵へと指示を出し、ファニを連れて玉座の間を退出していく……
―――昨日のこと。
ファニ捕縛の報を受けたカンサは、王の間にディランを呼び出していた。
「ディランよ……ファニを捕らえることができたようだな」
「はい、これで反乱軍の力は一気に弱まるものと思われます」
「いやなに、帝政を立ち上げるとなれば、世継ぎに王族の血を入れておくのも悪くない、と思ってな」
「……おやめくだされ。帝国の志が穢れます」
「そういうな。アシャディは反発するだろうが、何とか生き永らえさせるよう、とりなしてはくれんか?」
「……御意のままに……」
反逆者たちの下劣な思惑が、清廉な月の姫を冥闇へ引き込もうとしていた……
後書き
かぐや姫は月の都の王女であったことが明かされました。
なせ赤子の姿になって地上に落とされたのかも明らかになります。
下劣な欲情をかぐや姫に向けるカンサ、逆恨みの元王族アシャディ、謎の軍師ディラン。
渦巻く下劣な陰謀。かぐや姫の運命は……
次回もお楽しみに!
人名が一気に増えて大変ですよね・・・
ファニ・チャース・トア ・・・ 月におけるかぐや姫の名前です。はい、すいません。「かぐや」→「家具屋」→「furniture store」のダジャレです……トア、はロイヤルネームのようなもの、とご理解いただけると幸いです。
アン・ティークス・トア ・・・ はい、すいません。家具屋さんに近い店・・・ええと、骨董品屋さん?じゃあ、「antique store」で……
アシャディ ・・・ a shoddy=粗悪な から
カンサ・アッセイ ・・・ インド神話クリシュナ伝の暴虐の王 カンサと圧政から
気になる点
アンの狙いとは?月の空の異常さの訳は?守備機兵とは何なのか?
これらも後々の重要なポイントになる、予定です……
一気に登場人物が増えて設定なども盛りだくさんですが……ここではそこまで気にせず進んでください(笑)
かぐや姫の罪 ・・・ 竹取物語では、かぐや姫は罪を作ったために穢き地(天人による地上の蔑称)に落された、とされています。ただし、原典ではその罪とは何なのかは明かされていません。
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