第三十四話 かぐや、かくて書く
地球に再び降り立ったかぐや。
月の女王から仰せつかった使命、それはこの星の技術の原状回復。
そのためには記憶の消去作業が必要となる。
イロハ、ウタと合流したかぐやは、まず手始めにと翁と媼のもとを訪れた。
この二人、もう超高齢といえる歳となっている。
久々の再会を懐かしむ三人……
その晩はかぐやの幼少期の話など聞きながら、夕食を楽しんだ。
「これは稗の握り飯! しかも炊きたてではないですか」
「ふふふ……お口に合うといいんだけど」
「合うも何も、大好物ですよ!」
「しかし本当に、こうしてまた会えるとは……まるで夢でも見ているようだ」
翁の目に涙が光る。それに釣られ、嫗もかぐやも泣き出してしまう。
「本当に、ご心配をおかけしました……あの、よろしければもっと、幼き時の話を聞かせていただけませんか?」
名付けの時の話、高い垣根の内で何をしているのか気になってはいたが、神仏の化身と思っていたため聞くに聞けなかった話。
二人が寝た後もかぐやは寝室に明かりをつけ、何やらしたためている。
翌日、翁はイロハに支えられながらかぐやを発見したという竹林に行き、当時の様子を懐かしそうに語ってくれた。赤子の姿のかぐやを見つけた時の話、連れ帰って育てた話、竹やぶに落ちていた財を売ってお金持ちになった話。
(「イロハは知っていたのですか?ウタたちは一度売られた身であったことを」)
(「その言い方やめろ……お前が変なことをいうと話がややこしくなる」)
◇ ◇ ◇
さて、思い出話もそろそろ出尽くしたという頃、翁と媼に記憶の消去をしなければならないという話が切り出された。
かぐやの顔が重く沈む。
彼女の心情を察してか、顔を見合わせている翁と媼の顔は慈愛に満ちていた。
「もちろん娘とは思っているが、神仏の化身であるということもわかっている。この世に不思議なことはあるものだと、もはや疑いようもない」
「その娘が必要と言うのであれば。悲しいですが、受け入れざるを得ないでしょう。こうしてまた会えた喜びすら残らないことは寂しいことですが……これ以上を望むのはわがままというもの」
「そうじゃな……あのときかぐやを見つけなかったら……面白みのない人生を生きていただろう……ありがたいことよ」
かぐやは翁と媼を見つめ、目に涙をためている。
――これから、多くの人にも同じことをするのだ。身内だからこそ甘えてはならない。申し訳なさと感謝、思い出が駆け巡る。
しかし、イロハは二人の様子を見て、媼はともかく、あの往生際の悪い翁が随分と聞き分けがいいなと、不気味さを感じていた。
意を決したかぐやが、催眠装置を起動しようとしたその時、突然、翁は目を見開く。
「はて?どちら様でしょうか……?」
「いえ? まだ処置はこれから……」
「いや、心あたりが……」
「お母様まで……」
「知らんな。もしかして昔の知り合いかのう。すまん。気を悪くしないでくれ。いやいや、寄る年波には勝てんな」
耄碌したふりをする二人。イロハも気づく。
「全く、そういうことか……浅知恵がすぎるだろ」
不思議そうにあたりを見回している二人を見つめているかぐや。
「お二方ともあまりにお年を召されたようで、記憶を失われてしまったようです。これは手間が省けましたね!」
イロハがすかさず突っ込みを入れる。
「はぶけましたね! じゃないぞ? あんな下手な芝居を見過ごすのか? ……ウタからもなんとか言って……って!?」
そこには号泣しているウタがいた。
「なんで泣いてるんだよ!?」
「何と……何と美しい親子愛なのでしょう……!」
「どこがだよ!? ……ってか、それ、どうやって出しているんだ!?」
「はい、少し改造を……イロハも欲しいですか? この機能」
「さては……お前の入れ知恵だな? ウタ」
「……な、何のことでしょうか?」
「とぼけるつもりか……? その泣く機能を試したかっただけだろう」
「そんなことより、月に戻ったら母に頼んで見た目もツヅミのように成長させていただこうかと思っています。そろそろ、冷凍睡眠から回復する頃と聞いておりますので。イロハもどうですか?」
「あのな。ツヅミを手本にしろとは言ったが見本にしろとは言っていない。それに俺がこの口調のまま大人の姿になってみろ。生意気な少年から単なる礼儀知らずになっちまう」
「あの~」
イロハに翁が声をかけてくる。
「何だ、たぬきジジイ?」
「ここからのことは覚えているってことでいいのか?」
「何の確認だよ!」
かぐやは目じりに溜まった涙を指で拭いながら、このやり取りを笑顔で見ていた。
◇ ◇ ◇
竹取の翁の屋敷を見送られながら出発する三人。これから本格的な作業が始まる。
「人の記憶を操作するのはなかなか難しいもの。それよりも、出来事を書として残しておけば「ああ、この話は、この物語の話しか」と、現実か作り話かが曖昧になる。伝え聞いた人々も、「書の話をしていたのか」と思いなおすことでしょう」
「ずっと何かを記していたなと思ったらそういうことか。確かに、当時はあれだけ話題になったいたのに、今じゃ屋敷を見に来る連中もいなくなった。記憶ってのは案外適当なのかもな」
「興味深い。この地の文明水準に合致した妙案です。あの出来事が物語の様に伝播していたことを危惧していましたが、年月が経てば人の記憶はさらに曖昧になるでしょう。あえて物語であったのかと錯誤させるのは良い手です」
「しかし、それ相応の手間が必要になるぞ。単に記憶を消して回るよりややこしそうだ」
「ええ、それは覚悟の上。イロハ、ウタ、手伝ってくださいますか」
「ああ、わかった。技術の遺物の転送は徹底、記憶はそのまま。でも、技術を悪用しようとする奴がいたら?」
「その場合は記憶を消去したほうが良いでしょうね」
「じゃあ、活用して世のために使いたいという者がいたら?」
「そこは……まぁ、二人の判断に任せます。要は、長期的に見てこの星のためになるか、ですから」
その日からイロハとウタは手分けして各地を旅し、当時の関係者にかぐや姫や天人にまつわる話を聞きだし書き記していった。屋敷の使用人、訓練や戦闘に参加した兵士たちや工匠たち、様々な人々と再会し、会話をして記録し、そして別れる。
兵や工匠たちの中には、自ら記憶を消去してくれと頼んでくるものもいた。書き上げた書を読むのを楽しみにしている、と言ってくれる。もちろん中には月の技術を悪用しようとする人間もいたが、その場合は会話の後、光学迷彩で姿を消し記憶操作を行っていった。
かぐやは二人が集めた人々からの記述をまとめ、書をまとめていた。
「なかなか大変な作業ですね……」
「まぁ、作業は想定より順調だ。あとは、こいつらだが」
イロハはかぐやに、朝廷関係者の一覧を見せる。帝や、例の五人、かつて難題を出した公達の名前がそこにある。
「ああ……その人たちも引き続きお願いできますか?実は面識もなく、書き上げる作業も溜まってしまっていますし、私はもう関わりたくもないので……」
「実際、かぐやは引きこもっていたから顔見知りが少ないよな」
「語弊があるような気が……私は事情があって関わりを持たなかっただけで……」
◇ ◇ ◇
「聞いてきたぜ、手間がかかったぜ、まったく」
「こちらも聞きだしてきました」
「イロハ、ウタ。ありがとうございます。あれは、もう、何年前になるか……皆さんも当時の事など忘れてしまっているかもしれませんので、そこまで書き残すことはないのかもしれません」
五人の公達から集めてきたという証言を見たかぐやの肩が震えだす。
「何ですかこれ!?私が性悪でわがままで冷たくて傲慢で世間知らずみたいに書いてますけど!」
「世間知らずはあってるだろ」
「全部彼らの自業自得ですよ! 認められません!むしろ、私が正確に、彼らの浅ましき様子を教訓として後世に伝えるべきでした!」
「おい……目的が変わってきてるぞ」
筆を取り、書きなおそうとするかぐや。
「他人の失敗を喜ぶとか……それに、こんな嫌味な歌、詠むわけが……」
「詠んでいないのですか?」
「ウタまで!詠んでいませんよ。それに何ですかこれ……? 腰を打って亡くなった?」
「はい、より悲劇的に仕上げてくれとのことだったので」
大きなため息をつき、頭を抱えるかぐや。
気を取り直して物語の続きを書こうとする。
イロハは帝の証言を手に持ち、かぐやに言う。
「そういや帝も、かぐやと相思相愛だって言ってたぜ?」
それを聞いて盛大に書き損じるかぐや。
「な、なぜそのように思われたのか……」
「さぁ?聞きたければ自分で聞いて来てくれ。あっ。もっとも、帝はもうかぐやの事は覚えてないが」
「え?」
「成り行きでね……面倒くさかったので記憶消しちゃった」
イロハは口笛を吹き、ごまかそうとしている。
困惑しているかぐやへ、ウタが諭すように口を開く。
「読み物としては事実より多少の脚色があったほうがよいでしょう。言いたいように言わせておけばいいのです」
「しかし、これは脚色というには余りにも事実無根」
「それぞ物語の妙というもの。情報が錯綜するのは良い傾向です。それに、本当の心を知ってほしいという人には自ら説明すべきです。そうでなければ、すれ違いや勘違いのもとになります。このウタが言うのだから間違いありません」
「本当の心……」
怒りが収まらないかぐやであったが、ウタに冷静に言われ、少し落ち着く。
「わかりました。この調書は、な、る、べ、く! 生かしつつ、公平に、公正に記しましょう」
「……」
「……」
◇ ◇ ◇
遂に物語が完成する。翁が光る竹を見つけるところから始まる物語―――
「しっかし、痕跡を消しにわざわざ来たってのに……償うつもりがあるのかね」
「懸念はそれだけではありません。権力者を貶めるような内容なので、このままでは禁書とされるかもしれません」
「まぁ、そこは……受け取り手次第ですね」
かぐやはイロハとウタへ、月へ戻り、女王へ除染が完了したこと、また、自分は経過観察のためにしばらく地球にとどまることを伝えるよう依頼する。
「じゃあなかぐや。先行ってるぜ」
「ええ」
「かぐや、申し訳ありません」
「どうしました?ウタ」
「水の残量がないため、別れの涙を流すことができませんが、悪く思わないでください」
「……気持ちだけで、十分ですよ」
二人は宇宙船に乗り込み、月へと帰っていく。
——かぐやは歩き出す。
帽子をとると、髪はすでに肩ぐらいまで伸びていた。風になびく髪。
しばらく歩くと、見覚えのある風景、古いお寺の参道。
かぐやはいつの間にか、駆け出していた――
真っ青に晴れ上がった空には、上弦の月が浮かんでいた。
(月焦の契り 完)
とうとう完結しました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
是非コメントなどいただけたら泣いて喜びます。
エピローグや今後の展開など、構想もあるのでまたの機会に書き足し、披露できればと……
まずは誤字脱字直してからですね……
とにかく本当にありがとうございました!




