第二十六話 月読、天を穿つ
場面は変わり、月の都———
カンサが声高に建国の祝辞を述べている。
「我々がしなければならないことは他にもある!王家の腐敗、この過ちに終止符を打つため今日ここで、元凶たるチャース家の当主、ファニ・チャース・トアの処刑を行う!」
突然、水を打ったように、民衆が静まり返る。
ファニは民衆にとって未だ心に刻まれている存在であったのだ。
カンサは慌てて続けた。
「……も、もちろん穢れた一族とはいえ、このような残酷なことは本来したくない! しかし、これは我々が新しい世界を作るための、やむを得ない儀式なのだ!」
処刑の中止を懇願する者、暴挙に反対する者、カンサの話を信じ受け入れなければならないのかと考える者、言い争う者、泣き叫ぶ者……
その混乱を見てアシャディだけは満足そうな笑みを浮かべている。
この時をどれだけ待ったことか……
カンサの元に嫁ぎ屈辱的な日々を過ごすアシャディに寄りついてきたのは、アッセイ家の食客マールム。彼はアシャディが持つ昏い繋がりを利用し、前王、その王妃と将軍を謀殺、さらにはその罪を無実の移民たちに着せるという謀略を躊躇なく遂行してみせた。
その後、混乱する王宮にアシャディの血縁を利用して働きかけ、摂政を汚染しカンサを不条理に出世させ、自身もお付きとして入り込んだ。ついにはカンサを将軍に上げ軍の最高機密であった守備機兵の情報を盗み出し、女王即位の三日前に謀叛を起こしたのであった。
「……やつがこの光景を見たら、ふふふっ、どんな表情をしたであろうな……」
アシャディはマールムの「ただただ絶望が見たい」という破滅の美学に慄いていたが、恐れつつも重用していた。結局、新たに現れたディランの忠言により更迭することとなったが、目の前に繰り広げられる阿鼻叫喚を見るとマールムの下卑た笑みばかりを思い出してしまう。
———その時であった。
大気が震え出す。
体を芯から揺さぶる野太いうごめき、鋼を引き裂くような轟音、それらがともに響きあうと、深藍色の空に小さなひび割れが起こった。その闇は瞬く間に広がり、かと思えば一気に収縮し、漆黒の穴となる。
その場にいた者たちは目を覆い、あるいは耳をふさぎ倒れ込んだ。
「警戒、異常発生。警戒、異常発生……」
月の都にけたたましい警報が鳴り響く。兵士たちが慌てて武器に手をかけた。民衆が逃げまどう。このような発報は、長き月の歴史において初めてことであった。
「な……あれは!?何だあれは!!!」
カンサは結界を見上げ腰を抜かしている。顔は青ざめ、先ほどまでの威勢は跡形もない。
「落ち着きなさい」
アシャディが冷静に立ち上がる。
次の瞬間、結界に空いた穴は一挙に消失し、代わりに、一つの白い機体がそこに現れたかと思うと、力なく地表へ向けて落下する。
民衆から悲鳴が上がる。
その機体は、建物に激突する寸前で力を取り戻し、再び上空へ浮かび上がった。
あちこちで怒号が飛び交う。
「攻撃か!?」
兵士たちが民衆を抑えようとするが、混乱する民衆の制圧と飛行体への対処に右往左往し、中央広場は既に暴動の様相を呈していた。
「すぐに対処します。安全な場所へ移動なさってください!」
慌てふためくカンサにディランが声をかける。アシャディとともに側近につれられ、避難経路へと急いだ。
そこへさらに、一人の兵が駆けてくる。
「報告!反乱軍が旧帝都街区に出現しました!守備機兵多数!人質の収容所を攻撃!」
「なっ!?守備機兵だと?なぜ作動している!」
声を荒げるカンサ。
「それが……詳細は不明です」
「何だと!?」
兵に詰め寄ろうとするカンサ。
「落ち着いてくださいカンサ様。これは陽動です。奴らの狙いはお二人の命でしょう。安全な場所へ急ぎましょう」
「これが落ち着いてなどいられるか!結界が破られたのだぞ!」
結界は、絶対に破られることはない、この堅固さが、月の都の繁栄を支える、誇りと技術力の証しとなっていたのだから。
「……とはいえ機影は一つ。所属は不明ですが、式典の妨害だけが目的でありましょう。至急外部への哨戒を命じます」
「しかしっ!」
「カンサよ!いつまでもわめいる場合ではない!行くぞ!」
アシャディが一喝する。
カンサは心臓を鷲掴みにされたような痺れを覚え、我に返った。
「さぁ、カンサ様、さぁ急ぎましょう」
後書き
遂に破られた結界……月の都でも物語が激しく動き出しました。
次回もお楽しみに。
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