第二十三話 月読、月路を尋ぬ
かぐや姫処刑まで、あと七日―――竹取の屋敷、山裾、発射場
最後の月日が流れた。飛車、軍備、訓練……七年という時間は、入り口は緩やかに始まったように見え、その出口はあまりにも急速に感じられるものだった。
今日は遂に、田人が月に向け出発する日。発射場には田人を壮行しようと、皆が集まっている。
「体調はどうですか。辛いことがあったらすぐに言ってくださいね」
「ありがとうウタ。今は大丈夫だ。必ず成し遂げてくる」
「当たり前だ、お前がしくじったらすべての計画が台無しだ」
イロハが容赦のない叱咤激励を浴びせる。
翁はそれを見て言う。
「これ、イロハ!と言いたいところじゃが……娘を……かぐやを頼むぞ……」
「はい。必ず」
うんうんとうなずいている翁。
傍らの媼は、田人にと笹の包みをもって歩み来る。
「これを……」
「おお、稗の握り飯ではありませんか」
「道中でお腹が空いてはと思って……」
「ありがとうございます。二つこさえていただければかぐや様にもお渡しするものを」
「いえ……娘には……」
「……天人が言ったことをまだ気にされているのですね……わかりました。かぐや様を必ずお連れしますので、是非、その際には握りたてを。きっと、喜んで召し上がられますよ」
「ふふ……ありがとうね……」
身内だけの和やかな雰囲気の中、突如桑麻呂が現れる。
「……どうしても言っておきたくてな。我は汝が嫌いだ。我がいくら励もうと元気にならなかった父君を、たった一晩で明るくしたのだからな。だが今思えばむしろそれは、感謝すべきことであったのだ」
「はい……」
「必ず生きて帰ってこい。我は抜け駆けなどせん。言いたいことはそれだけだ」
そう言い残し、訓練場へと戻っていく。
「炭売……今のは誰だ?」
「右大将の御子、桑麻呂様だ」
「右大将?」
田人は目線を上に向け、思案する。
「おいおい……頭中将は右大将となられたのだぞ」
「何!?あの方が頭中将の御子……失礼な態度を……」
「気にするな、そのようなことを気にする御方ではない。全く、タビトは籠りすぎなのだ。右大将もぼやかれていたぞ。訓練場にもろくに顔も出さずと」
「そうだな……本当に我などは、ずっとツクヨミをいじるばかりで……」
「一番の恩人であろうに……今日は兵部省に行かねばとのことで……帝が搭乗機兵をご覧になりたいとのたまわれたようでな。見送れず悔しがっておられた……」
都々弥が横から、申し訳なさそうに田人の前に歩み寄ってくる。
「……大変だろうけど、気を付けてね」
「ああ、気を付ける」
「この後、準備で忙しいから……落っこちないでね」
「……気を付ける……」
都々弥は例のウタとの出来事以降、誰の命も失いたくないという意志から戦場救護班を組成し、救護訓練に専心してきた。皆を励まし命を救う。それこそがウタへのけじめだと、それこそが自身の使命なのだと思い至った。
泣くことしかできなかった少女の精神は、沢山の出会いや人々との関わり、そして世界中へ見聞を広げたことで大きく成長していた。
「かぐや様によろしく。帰ってきたら、土産話を……かぐや様と何を話すか、考えておかなきゃ……正直、文句もたくさんある!」
「タビト、吾からも頼む。かぐや様があの時、我らに時間を費やしたあの判断は正しいものであったと、今こそしめすのだ。役目を果たそう、互いに!」
かぐや姫があの時、信じると決断した「成長の奇跡」。その想いはかぐや姫が連れ去られた後にもこの地で着実に成長し、今まさに輝きを放とうとしている。
「ああ、心得た!」
「ふふ……こっちは任せて!行ってらっしゃい!」
「頼んだぞ!」
ツクヨミは、山際の発射台に据え付けられていた。田人は結界突入用の防護服を着こみ、操縦席へと乗り込む。後部座席には、帝がしたためた文の山が積まれていた。
「待たせたカグラ。いざ月路へ」
「はい。お任せを。月までご案内します」
ツクヨミの推進機構が点火する。
射出機がうなりを上げる。
側帯に明りが灯った次の瞬間、ツクヨミが高速で押し出される。
その機体は弧を描く軌道に沿って上向きに放たれ、空に消えていった―――
「もうあんなに小さく……」
「ん?何か言ったかツヅミ……耳鳴りがひどくて聴こえん……酉から保護具を借りておけばよかった」
皆は、ツクヨミの航跡に残った一筋の雲を感慨深く見守っていた。
「タビト、笑ってたね。ぎこちなかったけど」
「ああ、やっと笑ったな」
「……タビトも、スミにだけは言われたくないと思うけど」
「ん、なぜだ?」
都々弥が後ろを向く。
「ばぁ!」
都々弥は目じりを引っ張り舌を出し、とっておきの変顔を炭売に披露した。
「何のまねだ?」
「ほら!笑わない。スミももっと笑ったほうが良いよ」
「笑うと言っても……普段とそんなに変わらないではないか」
「はい酷い!ちょっとウタ!スミになんか言ってやってよ!」
都々弥がウタに助けを求める。
「炭売。少しは笑ってあげないと、余計にみじめになってしまいます」
「もっと酷い!味方がいない!?……媼様ぁ」
「よしよし……」
少し離れた場所で、イロハは一人、まだ上空を見上げていた。
すでにツクヨミは、空の彼方へと、姿を消している。
「かぐや……ちゃんと驚いてやれよ……」
◇ ◇ ◇
―――地上を飛び立ってから四日後、ツクヨミは月の眼前まで到達した。
結界の表層に取りつき、ここで月の都の軍勢の出征をやり過ごす。
月の都から外部との連絡は、月の内部に掘削された格納通路を通り、結界外の月面地表に設置された発着口より入出する必要がある。
この発着口は現在、アシャディにより、アンの亡命許すまじと厳戒に監視されている。
一機、また一機、さらに一機と、艦隊が地球に向け出発していく。
(この数を、迎え撃つのか……今頃みんな、最後の準備に励んでいるころだろうか)
田人は胸を締め付けられる思いであったが、自分の役目を果たすのみと、心を静める。
結界側は結界自体が持つ遮断効果によって探知がされにくいが、警戒自体も手薄になっている。
正体不明機にここまでの接近を許そうが問題ではないと、なぜなら結界は破られることはないと、それほどに月の都は結界への信頼が厚い。
「定刻となりました。田人、準備は良いですか」
「ああ」
「隠匿機構解除」
ツクヨミの表層が勢いよく剥がれ、ここに真の姿を現す。真珠のような淡い輝きを放つ、白鳥のように優雅な流線型の機体が静寂の暗闇に映える。切り離された隠匿機構は結界に触れ、ほんの少し月面の偽装をゆがめたのち、一瞬で爆縮する。
機構解除の反動を利用し、ツクヨミは今一度高度を取った。そして、月表層へとまっすぐに機首を向けると、推進機構をふかし、加速しながら落下していく。
「開始します」
「頼む」
「(重力子、動力充填中。中和開始、多層隔離防壁展開。強化起動)」
月の地表が迫る。結界に激突するかというその時、ツクヨミの機体周辺にすさまじい磁気嵐が発生する。
「結界到達。多次元干渉、開始します」
「ぐっ……!」
黒い闇に包まれていくツクヨミ。
「……月の表層では強烈な妨害電波が発生、到達後、識別外となる私は正常な活動ができません。注意。注意。この機体には人間の生命活動を十分に維持できるまでの機能はありません。気合で乗り切ってください」
「……ここまでありがとう……カグラ」
「田人、健闘を祈り……ます……」
後書き
次回からいよいよ、クライマックスの章に突入します。
田人の運命は、かぐやの運命は、地球防衛組の運命は。
お楽しみに!
天人が言ったことをまだ気にされているのですね・・・竹取物語原典にて、天人がかぐや姫に対し「きたなき所のもの食しめしたれば、御心地あしからんものぞ(きたない所の物を食べて気分が悪いことでしょう)」と言うシーンがあります。そりゃ、媼もショックでしょうね……
いつもありがとうございます!
応援よろしくお願いします。
是非最後まで見守ってください!次回もお楽しみに!




