第二十一話 かぐや姫、つかはるる人々に遺す
救護室では、昏倒し眠り続ける田人の傍らに、都々弥と炭売が座っていた。空気は重い。深くうつむいた都々弥。炭売は何も言わず寄り添っている。
「吾のせいなんだ……あの時、吾がかぐや様を助けたいなんて言ったから……」
「ツヅミ……」
◇ ◇ ◇
かぐや姫昇天から十日前―――竹取の翁の屋敷、研究所
かぐや姫が月の都に連れ戻される前———
かぐや姫は田人、炭売、都々弥の三名だけでも生かすべく、月への帰還用に作成していた飛車を改修し、王家に所縁のある友好的な盟主の元へと逃がす計画を立てていた。
「三人にはかえって過酷な運命を背負わせてしまうことになるかもしれません。ただ、この地への侵略に対抗手段がない以上、三人の志に、この星の未来を託すしかない……」
「うまく説得はできたのか……?」
「ええ……ツヅミには大分泣かれてしまいましたが……」
「二人は?」
「最後には納得してくれました」
「そうか……わかった。頃合いを見て出立させる」
「イロハ、頼みましたよ」
―――かぐや姫が謀反軍に連れ去られた数日後、イロハはかぐや姫の指示通り、飛車の出発準備にかかる。天人に勘づかれないよう細かく分解されていた飛車も組み立て終わり、そしてついに、出発の日を迎えることとなった。
「イロハ、媼と翁を頼む。あのような状態の二人を置いていくのは心苦しいが……」
「ジジイと媼は俺に任せておけ……二重の悲しみにはなるが、奴らが侮っている今しかないんだ。ぼやぼやしていると気取られる」
田人が一番手で、その飛車に乗り込んだ。
そこへ、炭売が都々弥を引きずって現れる。
「ツヅミ!いつまでもわがままを言うな!」
「嫌だ!絶対行かない!」
「かぐや様の決意を踏みにじる気か!?」
「違う!ここに残って、かぐや様を助けるんだ!行くなら二人で行けばいい!イロハと一緒に頑張るから!」
「ツヅミ!」
「かぐや様、殺されちゃうかもしれないんだよ!?吾は嫌だ!絶対に嫌だ!」
手を引っ張る炭売も、その手を振りほどこうとする都々弥も、目に涙を一杯に溜めながら、言い争いをしている。
「二人とも、そんなに騒ぐなよ。折角のしんみりした雰囲気が台無しだ」
「うるさいバカイロハ!」
「なんだと!バカって言った方がバカなんだからな!バカツヅミ!」
混沌に、イロハが参戦していってしまう。
「かぐや様を返せ!天人なんか大嫌いだ!!!」
怒りを爆発させ、ツヅミが空に向け大声を上げ、泣き出してしまう。
「……まったく、かぐやのやつ、全然説得なんかできてないじゃないか」
呆れ顔のイロハ。
その様子を見て、田人も飛車から降りてくる。
「……なあ、イロハ」
「なんだ?」
「かぐや様の救出は、やはり難しいものか」
「……お前まで……お前が一番理解しているだろ」
「もっと、はっきりと言って欲しいのだ」
「……不可能だ」
イロハは飛車の機体を叩きながら、真剣な眼差しを田人に向ける。
「この程度の機構では一瞬で爆縮。対策するにしても資源、設備、何より人手が全く足りない。あのかぐやが二十年かけて出来なかったことだ」
「そうか……よくわかった」
田人が大きく息を吸う。
「三人とも!」
「何だよ?急に大きな声を出して?」
「この飛車を改造して、かぐや様を助ける!どうだ!?運命を預けられるか?」
炭売と都々弥が顔を合わせる。
「構わない。一度捨てた命だ」
「うん、それでこそ田人だよ!」
「ありがとう!イロハは?」
「あのな?月も攻めてくるんだぞ?」
「それも撃退すればいい」
「……こいつが一番バカだった……ったく、ガキのお守りは楽じゃない……分かったよ。乗ってやる。イロハ様、一世一代の大博打だ!」
◇ ◇ ◇
うつむいたままの都々弥に、炭売が優しく声をかける。
「皆、本心ではそうしたかったんだ。でも、変に大人ぶってしまって……タビトも吾も、イロハだって、ツヅミに感謝している」
「……ここに集まった人たち、工匠の皆も、兵隊さんたちも……巻き込まれた人たちが……こうしてタビトみたいに、傷ついてしまうかもしれない。吾のせいで、誰にも死んでほしくない」
「……そんなことはない。皆、自分の意志でここにいるのだ」
「スミだって!そんな怪我してるじゃない!」
「……これは……」
「……こんな、こんな事になるってわかってたら、言わなかった……タビトはきっと、最初からこうなるって、分かっていたのに……」
「……ツヅミ」
「何で……何でタビトなの!?イロハやウタじゃいけないの!?」
「……!」
その時、炭売は背後に気配を感じ振り向いた。
そこにいたのはウタだった……
「ごめん、今のは……」
そう言いながら、炭売の方を向く都々弥。振り向いている炭売に気付き、視線の先を追う……都々弥の顔が青ざめる。都々弥はふらつき立ち上がると、顔を伏せながらウタの横をすり抜け、部屋から飛び出していった。
「あ、あのな、ウタ……ツヅミは……」
慌てて釈明をしようとする炭売、それをなだめるように、ウタは優しい微笑みを浮かべ、口を開く。
「わかっています。ここはウタに任せていただけませんか?」
◇ ◇ ◇
屋敷の裏手にある小さな庭で、一人、古い石の上に座り込む人影……月明かりに薄っすらと照らされ、時折吹く夜風が髪を揺らしている。
都々弥は膝を抱えて顔を埋め、小さく肩を震わせながら泣いていた。
「ツヅミ」
月光の下で、ウタの声が優しく響く。都々弥の肩がわずかに震えたが、顔は上げない。ウタはゆっくりと都々弥の隣に座り、月を見上げた。
「ツヅミ、ごめんなさい。我々識別外の機械は、月に巡らされた妨害電波により月の都では正常な活動を行うことができないのです」
「……本当に最低だ……ウタにひどいことを……」
「いいえ、我らはあなたたちのためにいる。代わりになれるのなら、なりたいと思っています」
「……もう、いや。もう、ここにはいられない……・吾は最初から、田人がここに行くっていうから、ついてきただけ……ウタにもイロハにも……かぐや様にも申し訳ない」
「皆、ツヅミに感謝していますよ。困っている時。苦しい時。傷ついた時。落ち込んだ時。皆、ツヅミが助けてくれたと言っています。皆、ツヅミの事が大好きです」
「……そんな訳ない!」
都々弥がうつむいたまま怒鳴る。
「……あるのです。あなたはずっとウタの憧れ。そして、友達。一人で抱え込む必要はありません」
都々弥はその言葉を聞き、ウタの方に顔を向ける。顔は崩れ、鼻水が滲み、目元は赤く腫れ上がっている。ウタがそっと手を伸ばすと、都々弥はウタの胸元に顔をうずめ、泣き喚く。秋風が嫋々と、生い茂る薄の水面を撫でている。
「……やっと涙を見せてくれましたねツヅミ、あなたはなかなか泣かないので、すぐ泣くというのは空言かと思っていました」
「……ごめんねウタ……ごめんね……かぐや様も助けたい……でも、ウタもイロハも、誰一人だって、いなくなっては嫌なの……」
ウタは優しく都々弥の頭をなでる。
「優しく面倒見のいいあなた、魅力的に成長するあなた、こうして涙を流すあなた。ウタは本当に、うらやましく思っているのです」
月の明かりは優しく、包み込むように二人を照らしていた……
後書き
都々弥の感情の爆発と懺悔、そして、ウタの成長による抱擁。
都々弥には、かぐや姫に母性的な慕情を持つの助けたいという願い、そして、そのために、大勢の人を巻き込んだという後悔があった。
田人、炭売、そして都々弥。
三人それぞれが、心に呪いを抱いていたことが明らかになるシーンです。
次回もお楽しみに!
嫋々 ・・・ 風がそよそよと吹くさま。なかなか使われない言葉ですが、この作品の古典感とシーンに合致していると感じ、使用しました。
イロハの対応と救出計画 ・・・ ここで、第九話でかぐやが発言していた「そなたたちだけでも守る」という話と、第十三話のツヅミの発言「かぐや様を助けるために使うって、三人で決めた」が回収されます。
イロハはかぐや姫から命令を受け取っていましたが、田人の提案に対し不可能という論理性と、感情的な合意をする。機械人形としてはかなり矛盾している。だが、温かい。このシーンを見ると、あながちイロハが自身を「傑作」と評価していたことも過剰ではないのかも……?
つかはるる人々・・・竹取物語では「使はるる人々も、年頃ならひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣らひて、恋しからむことの耐へ難く、湯水飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり」とあります。これはかぐや姫が普段からそれほどに周囲の人に慕われていた、という一文で、実は、原典で一番、かぐや姫が褒められている部分です。
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