表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月焦の契り ~竹取物語後日譚~  作者: かやたぼ
第二章 月の姫処刑編
16/32

第十五話 炭売、身の上を申す

 さて、帝が飛車に乗ったという話は都の市中でも噂になっていた。どうやら帝が神仏の力を用いて月にかぐや姫を迎えにいくらしいぞと、かぐや姫昇天以来の大騒ぎである。


 その騒ぎを聞きつけ、突如、竹取の屋敷に頭中将の子、桑麻呂が現れた。

「父君、都でも噂になっていますぞ。実際に飛車が浮く姿を見た者たちは、いち早く協力を申し出られた父君の目は確かであると、讃えております」


「そうか」


「我も父君の助けとなるべく、修めたる武芸を兵どもに施し、鍛えて進ぜようと思い、こちらへ参りました」


「そ、そうか」


「遠慮など無用。浮かれる兵に、武芸の厳しさを叩き込んでやります」


「そうか……それならばまず、訓練に参加し、兵達と気持ちを一つにするのがいいだろうな」

 と、中将はまず、桑麻呂に兵達と鍛錬を共にすることを薦めた。


 しかし訓練は想像以上に厳しいものであった。走り込み、素振り、型稽古……桑麻呂も気力を振り絞ったが、途中で足がもつれ、転倒してしまう。

「そちらで休んで見ておけ」

 これでは面目丸つぶれである。父君はこうなることを見透かしていたのかと、桑麻呂は口惜しがった。しかし一方で、桑麻呂自身も幼少期から武芸を習い、特に最近は一族の汚名を返上しようと懸命に励んできた身であるから、兵達がどのくらいの強者なのかは感じ取っていた。


「おい、そこの。水を持て」

 桑麻呂はそばを歩きかかった一人の兵士に声をかけた。


「吾でしょうか?」


「他におらんだろう......何だ?女か?早くしろ」


 兵士が水筒を持ってきて桑麻呂に渡す。


「しかし何だというのだ、この者たちの気迫は。訓練とは思えぬぞ」

 その兵士は質問なのか独り言なのかわからなかったため、返事をしなかったが、

「汝に聞いておるのだ」

 と言われ、

「皆、天人が来たあの日、この場にいた者たちです。戦う相手も、その差も知っている。だからこそ、訓練にも身が入るのだと思います」

 と答える。


「きれい事よ。天人に立ち向かえなかった兵たちであろう。あらかたその日に呼ばれた弓を持たされた農民たち、失う名誉などあるものか……あの後、父君は宮中で腑抜けと謗そしられたのだ。我さえいれば天人に矢を届かせたものを……悔やまれてならぬ。」

「……それは、吾に話しかけておられますか?」

「大体、汝は何者だ?女の分際で兵のまねごとなど。聞かせてみよ。どうせ大した身の上ではないであろう」

「吾は……」


 ◇ ◇ ◇


 ―――兵士が身の上を語りだす


 この兵士の名は炭売(すみめ)。田人、都々弥と共に、かぐや姫に引き取られた少女である。


 法師に拾われる前———炭売は元々、農民の子であった。

 炭売の住んでいた農村は凶作に見舞われ、さらに病が流行り壊滅状態となっていた。親、弟、妹……家族をことごとく失い、一人で生きる術など持たず、目を閉じていればそのうちに死ぬのであろうと、軒下にぼんやり横たわっていた。


 物音に目を開ける。昨夕頃から、法衣を着た人間が村を訪れていた。村の惨事を聞きつけ、死者を弔いに来た法師。動けるものを集め、亡きがらを運んでいる。鼻を衝つく嫌な臭い、残された者達の慟哭。喉が渇く。そのうちに自分も、ああやって運ばれていくことになるだろうと、炭売は再び目をつぶる———


「どうした、眠いか?」

 声を掛けられたが、答える気はわかない。おそらくは先ほどの法師。この絶望に満ちた世界で、法師に何の役目があるのだろう。炭売は応じず、放っておくことにした。


「そうか、では、死ぬ前に腹ごしらえをしてはどうかな。それに、もっと内の方に来なくては。狸にかじられると痛いぞ」

 そう言うと法師は、横たわる炭売の口の前に、笹の葉に巻かれた粟の握り飯を差し出した。その匂いに思わず目を開けたが、再び目をつむる。しかし口と腹が、その飯が食べたいと頭の中で暴れている。こんなにのどが渇いているのに、どこからかよだれが湧いてくる。


「知らんのだな……腹が減っていては、死ぬことすらもままならんものだぞ。何も考えなくて良い。塩を塗ってある」

 法師は飯を一千切り、炭売の口にあてがう。炭売は少し口を開け、それを含む。冷たく固い、しかし、おいしい……一粒一粒、残さず咀嚼する。


「よい味わいであろう」

 そういうと、法師は残りの飯も差し出してくる。炭売は身を起こし、もう、どうとでもなれという気持ちでかぶりつく。

「水も飲め」

 法師はにこやかな顔で炭売の顔を見つめながら、水筒を見せる。こんなおいしいものを、自分だけが味わっていいのか。家族に申し訳がない。そう思いながら、食べることは止められない。夢中で食べきってしまった。空腹感が消え、安らかな気持ちになる。ああ、食べ終わってしまった。さぁ、もうこれで……そう思い、横たわろうとすると、


「食ったな?」

 と、にやけながら法師が言った。


 ———腹が満たされたためか、炭売はいつの間にか眠っていた。先ほどの飯が身になったのか、体に力が満ちている感覚がある。やがて目覚めに気づいた法師が、


「起きたか。さぁ手伝ってもらおう。汝は乾いた枝を集めてきてくれないか。わかるだろうか?このくらいの」

 と言ってくる。勝手に食わせておいてとは思ったが、何か返さねば後味も悪いと思いと、なまった体を引きずる。そのうち、体がほぐれたか、いや、後は死ぬだけと思っていた人間が役目を得たからなのか、体が動くようになってきた。


「その場所で十分だ、置いてくれ」

 目線の先、掘り下げられた地面に遺体が堆く積まれているのが、ぼんやりと見える。なるべく視界に入らないように入らないようにと、目を伏せる。家族を思い出す。薄情だと思っても、見ることが出来ない。とにかく枝を運ぶ。それを何度も繰り返した。


「助かった。では最後に、経を念じてやってくれ。そこからでよい」

「わからないのです。何も知らないのです」

「おお、口を利けたか。なに、難しいことではない。知らずとも、感謝の気持ちを念じるのだ。生かされた身として、この者たちの分も生きますと、強く思うこと」

「感謝……」


 炭売は法師のまねをして手を合わせ、目をつぶる。家族、知人……どう感謝すればいいのかは分からず、ひたすらに申し訳ないと、ごめんなさいと念じる。

「火をかける。むごいようだが、放っておけばまた病のもとになる」

 集まった村人たちにそういうと、法師は火をかけた———


 炭売はその後、法師から水の分がまだだと因縁を付けられ、寺に引き取られた。炭売は寺で、汚れ仕事をやりたがった。特に炭作りを手伝い、村や町に売りに行くのは、自分の仕事だと譲らなかった。女の身であるからこそ、真っ黒に汚れた手を見ると、自分が穢れたようでなぜか安心した。自分が嫌いだった。自分だけ生き残ってしまったという罪悪感。法師に言われるまま結んでしまった、死んだ者たちの分まで生きるという約束。それが炭売にとっての呪いとなっていた。


 ―――桑麻呂は余りに重い炭売の生い立ちに絶句していた。明らかに、自分とは異なる世界を生き抜いている。

「と、ところで、汝もあの、天人が現れた場にいた、という口ぶりだったな」

「その通りにございます」

「どうしてここにいたのだ?」

「はい、三余年前、寺からここへ、かぐや様に引き取っていただきました」

「ほう、では、かぐや姫を知っているのか。どんな人物であったか?」

「……かぐや様は、吾を救ってくれた、とても志のある方です……」


 ◇ ◇ ◇


 炭売はかぐや姫に引き取られた後も、心根から精進に励む田人に引け目を感じていた。自分は田人とは違う。なぜ自分の心は温まらないのだろうか。どうすればあのように、懸命になれるのであろうかと。


「かぐや様……吾は、この場にふさわしい人間ではないようです」

「なぜそのように思うのです?」

 炭売は黙ってしまった。いじけたことを言ってかぐや姫を困らせるつもりも、構って欲しいわけでもない。本心から申し訳ないと思い、発した言葉であった。


「……法師様から伺っていましたよ。とても大変な経験をされたと。また、炭売はより良く生きたいという願望が、他の誰よりも一段と強い。その強い願望が、自身への厳しさにつながってしまっているのだと」

「いえ……いつまでも引きずっていじけているだけです」

「ああ、あと法師様がおっしゃるには……」

「あと?」

「面倒くさい子だと」

「えっ!?」


 驚いた顔をする炭売の顔を見て、かぐや姫は満面の笑みを浮かべた。

「はあっはあっはあっはあっ!」

 その大笑いを聞いて、怪訝(けげん)そうな顔をする炭売。

「法師様のまねです。どうです?似ていましたか」

「吾は……本当に悩んで……」

「ふふ、ごめんなさい……でもね、悲しみや苦しみを実際に経験したのは己だけ。だから、乗り越えることが出来るのも、己だけ。悲しみや苦しみは、一人に一つずつなのですから」

「一人にひとつずつ……」

「そう。他人が気持ちをわかってくれないなんて拗ねてみても、当たり前。逆にどうでしょう、わかっているなどと言われたら、今度は何がわかるんだと思うでしょう?ならば、前を向いて、弱い己すら受け入れて、進んでいくしかありません」


 かぐや姫の励ましの言葉が、やたらと心に突き刺さる感じがした。炭売の顔面がこわばる。気づくと、涙があふれていた。姫がそれをぬぐおうとすると、彼女は慌てて横を向き、手のひらで無造作に目元をこする。


「……吾は……己が嫌いな己が、嫌いなのです……」

「そうですか。私は、スミメのこと好きですけど」

「……本当ですか?」

「本当ですとも。とてもまじめで、責任感が強い。そんな辛い思いをした炭売だからこそ、寄り添ってあげられる人もいると思います」


 こんな自分が人の役に立てるのか。苦しんでいる人、悲しんでいる人を救う人間になれるのか。あの、不条理に死んでいった者たちの分まで、生きることが出来るのか。


「……人は……変われるのでしょうか……?」

「大丈夫!どんな人でも変われますよ……ああ、もちろん、元に戻るまでの間だけですが」


 ◇ ◇ ◇


「―――何とも……味気の無い答えをするな」

「そこが良いのです。かぐや様は当たり前だと思っていたことを(ことごと)く打ち破る」


 炭売は手のひらを桑麻呂に見せる。かつて炭で真っ黒になっていたという手のひら。今ではまめができ、皮が厚くなっている。

「元に戻らないためには、変わり続ければよい。それがあの場にいたものとしての心決めです」

「そ、そうか……」


 桑麻呂は炭売の手を見て驚いていた。女の身でありながら、自分より鍛錬に励んでいるのではないだろうか。自分とは比べ物にならぬほど過酷な境遇にありながら、どこまでもたくましい。


「もう少し、ここで訓練をしていってもよいのかもな……」

 桑麻呂はすでに気付いていた。ここにいる者に腑抜けは見当たらない。父を侮っていたのは他ならぬ自分自身ではなかったか、と。


「ところで、兵はこれだけか?」

「いえ、訓練の合間には、採掘の手伝いや輸送の護衛、屋敷の補強や修繕……これらも大事な役目となっています」


「そうであったか。それでもこの練度と気迫……」

「……では、吾はこれにて……」


 汗ばんだ体を、吹き抜ける涼やかな風が撫でる。その熱とともに、口惜しい気持ちはいつのまにか、どこかへ消えていた。

 桑麻呂は手を見つめる。まだまだ柔らかな手の平が、もっと我を鍛えてくれと、懇願しているように感じた。


「水の恩、忘れぬぞ」


 憧憬の念———桑麻呂は心の奥底に、暖かな火が灯るのを感じていた……

後書き


炭売の身の上、桑麻呂の成長が描かれています。

法師の人柄やかぐや姫の異文化性なども盛り込んでみました。


次回もお楽しみに!(文字数が多かったため、今日はこの一話で……)


山上憶良が記した貧窮問答歌によると、

「寒空の下、薄いぼろ布しか着られず、かまどに蜘蛛の巣が張るほど食べるものが無い」と、

当時の農民は重い税と飢えと病気に苦しむ悲惨なものであったようです。


いつも読んでいただきありがとうございます!

応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ