第十一話 かぐや姫、毅然とす
かぐや姫処刑まで、あと七年———月の都、王宮にて
穢れの地から連れ戻されたかぐや姫ことファニは、王宮まで移送されていた。
帰還中に受けた記憶操作の影響からか、記憶とともに表情すらを失い、言語機能にも影響が生じている。
元々、反抗の罪人として流刑とされていたファニであったが、カンサの取り計らいにより、今は来賓の部屋を与えられている。侍女も付けられており、周りの世話などをしてもらっているが、誰がどのように話かけても反応を示さない。
茫然自失のまま身繕いのみを整えられ、王の間へと連れてこられた。そこで待ち構えていたのは謀反の首謀者、カンサである。傍らには軍師、ディランも控えている。
「ご苦労であった、下がってよいぞ」
ファニを送り届けた侍女たちが頭を下げ、退出していく。廊下で二人が囁き合う声が漏れ聞こえる。
「カンサ様は一体…?」
「姫様を側室に加えるおつもりとか」
「そんな……アシャディ様が何とおっしゃるか……」
当然ながら、アシャディもファニの帰還を知っている。気が向けば様子を見に来て、気晴らしに痛めつけたりなどするだろう。
もしカンサのこの丁重な扱いを知ったなら、いや、そもそも延命を図っているなどと知れれば、アシャディの激流のような憤怒が吹き荒れることは想像に難くない。
アシャディは皇后となる身ではあるが、カンサとの間に世継ぎを得てはいない。もしファニが皇帝の子を身籠もったとなれば、たとえ皇后であろうと軽々しく手出しはできぬはず……というのがカンサの思惑であった。
確かに、王家の血を引く世継ぎともなれば、帝国にとって政治的価値は計り知れない。だが、そのような政治の機微が、あのアシャディにどこまで通じるものかと、ディランは懸念していた———
ファニは虚空を見つめている。それを見てカンサが不気味に微笑む。この状態のファニに、彼の劣情は鎮まるどころか、かえって激しく燃え上がっていた。
「……しかし、ディラン、以前より少し、育って見えるな」
「はい、月の都と穢れの地では、時間の流れが異なるためです。赤子の頃から二十年は経った、といったことろでしょうか」
「そうか。ぬふふ」
カンサは立ち上がり、ゆっくりと近づいていく。
ファニは変わらず、虚空を見つめている。朦朧とする意識の中、権力者然とした男が目前に寄って来る。もしこの男に逆らえばただでは済まないだろうと、ファニは本能からの警告を受け取っていた。
———これから一体何が、起こるのだろうか……
カンサはファニの前に立ち、勝ち誇った表情で告げた。
「ファニよ、お前に、我が側室となる名誉を与えよう。寛大な心で、お前の罪を許してやる。『王家』の血筋を残せるのだ。お前にとっても悪い話ではあるまい」
カンサの言葉を途中まで無表情で聞いていたファニであったが、急にカンサを睨みつけ言い放った。
「下賤な者。控えなさい。私を王女と知っての振舞いですか?」
ファニの誇りに満ちた言葉が、カンサの醜い欲情に突き刺さった。カンサの顔が見る見るうちに紅潮する。
王の間に静寂が落ちる。
それまで茫然としていたファニが、今度は毅然と言い放ったのだから、その場にいた人間は一様に驚いた。傍らで見ていたディランも息を飲む。
それどころか、彼女すらも自身の言葉に驚いた表情をしている。『王家』という言葉を聞いた瞬間、急激に意識の靄が晴れ、口が自ずと動いたのだ。
「何!?何と言った!?」
「聞こえませんでしたか?そなたの手に落ちるなら、死んだほうがまし、と」
ファニの冷たい声が王の間に響く。カンサは狼狽し、ディランの方を振り返った。
「お、おいディラン!記憶はなくなったのではないのか!?」
「そのはずです……」
カンサは臣下の前で誇りを大いに傷つけられ、いやそれよりも姫への愛憎により取り乱し、発狂した。
「おのれ!許さん!こいつを牢に入れておけ!」
兵士たちがファニを連行していく。彼女は最後まで毅然とした態度を崩さなかった。
「なぜだ!?」
王の間で一人、大声をあげるカンサ。ディランは思い煩うような表情のまま、その怒声を聞いていた。
「記憶の操作だ!今度は徹底的にやれ!」
翌日、ファニは再び王の間に引き立てられてきた。度重なる記憶操作の影響であろうか、昨日よりも表情を失ったように見える。
カンサが恐る恐る話しかける。
「昨日は取り乱してすまなかった。改めて言おう。お前を我が妻として迎えたい」
記憶を失ったとて王女。その誇りが記憶の片隅に残っているのかも知れない。今日こそは姫の感情を刺激しないようにと下手に出た。
「すでに答えたはずです……弁えなさい」
と、反応は昨日と変わらない。
「貴様っ……!」
ファニの悠然とした態度に、カンサの理性が完全に吹き飛んだ。
「見下しおって!」
カンサは直情的にファニの首を絞めあげた。ディランがいち早く飛び出し後ろから抱きかかえる。周囲の兵士たちは茫然とそれを見ている。
「落ち着いてください!この者は、七日後に処刑することとなっているのです!」
七日後、謀叛軍がこの星の政権を握ったとして、国民に向け帝政の立ち上げを宣言する式典を予定している日だ。この式典開催に合わせ、地球の攻略を行う予定ともなっている。
もともとはこれより前にファニにお手付けし、自身の子を身籠らせるという計画であったが、そんな思惑ですら、吹き飛んでしまったようだ。
「ディラン、離せっ……」
「カンサ様っ!!」
普段は冷静沈着なはずのディランの、大きく鋭い声が王の間に響いた。カンサの動きが止まり、手の力がゆっくりと緩んでいく。
「……民衆の前で、罪人として処刑してこそ意味があります。ここで感情に任せて殺しては、ただの私怨と思われましょう」
―――カンサは地方貴族であるアッセイ家出身のしがない一軍人であった。
昔、王宮に招かれた際に見た王妃の美しさに心を奪われ、その時から王妃へ劣情を抱くようになり、同時に、自身の地方貴族という出自に激しい劣等感を覚えるようになった。
その数年後、アシャディとの婚姻が取り決められた。カンサは当初、アシャディの美貌や、廃嫡されているとはいえ王家の血筋を持っていることを気に入って舞い上がっていたが、結局、指一本触れることを許されず、罵倒された。
不幸なのも、上手くいかないのも、なにもかも自身の出自のせい……その歪んだ精神が、ファニへの異常なまでの執着につながっていたのだ。
「王妃とは似ても似つかん!身の程知らずの小娘が!穢き地に触れておかしくなったか!?」
ファニは、石造りの冷たい独房で、壁にもたれて座っていた。表情はうつろだが、記憶を少しずつ取り戻しているのか、時折、
「私は王女……」
などと口にしている。
足音が響く。
ディランがやってきた。
しばらく目を細めてファニを見つめた後、看守に告げる。
「この者は処刑するその時まで死なせるわけにはいかん。必要なものは与えておけ」
「はい、そのように」
ディランはしばらくファニの様子を見た後、
「ああ、もう一つ、伝えておかねば。使者の話では、召還の際に受け取った防疫薬をろくに飲まず、穢き地の王に下してしまったとのことだ。あの穢き地の病原を宿している可能性がある。今は式典前の大事な時期、王宮に病を広めるわけにはいかん。誰も近づけるなよ」
「そ、そうなのですね……気をつけねば」
看守が頭を下げる。
「君も、不用意に近づかんことだ」
ディランはもう一度ファニを見やった後、その場を立ち去っていった……
いよいよ、処刑へのカウントダウンが始まります。
毅然としたファニことかぐや姫の態度。だが、立場はさらに悪くなり……
次回もお楽しみに!
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