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第十話 翁、大いに喜ぶ

 田人が頭中将の屋敷を出発してから、相当な時間が経っている。竹取の翁の屋敷まで到着したころには、既に日が高く昇っていた。


 田人は一人一人に丁寧に頭を下げ、礼を言っている。

「どうかお気をつけて……」

 護衛たちが満面の笑みで、大きく手を振り来た道を戻っていく。


 田人が振り返ると、屋敷の門に寄りかかり腕を組んでいる、端正な少年の姿があった。


 この少年こそ、かぐや姫が作成した機械人形、その名を「イロハ」といった。

 見た目は少年だが、その顔は、どこかかぐや姫の面影がある。

 それもそのはず、かぐや姫は自分を元に機械人形の容貌を造形したため、まさに幼き日の姫という顔をしている。


 なぜ少年の姿をしているかと言えば、当初、かぐや姫は当時の田人の姿を模して、齢の頃十歳くらいの機械人形を作成しようとしていた。造型の段階、体の寸法を測らせてほしいと田人にお願いしたかぐや姫。田人はてっきり自分用の衣を作ってくれているものと期待し、非常に協力的であった。

 しかし、姫が顔の型を取らせてほしいとお願いしたところで遂に真意に気づいたようで、その時、田人には世にある言葉だけではとても言い表せないような嫌な顔をされてしまった。そのため、急遽、顔だけは自身の幼き頃を思い出しながら造型することとしたらしい。


「おう、どこぞの大臣の御成りかと思ったぞ。随分と立派な、分不相応な装束だな」

「すまないイロハ。昨日は長引いたため、貴人の屋敷に泊めさせていただいた。この装束はその、御子の衣をお借りしたものだ」

「俺はいいが。じじいが首を長くして待ってるぞ」


 ◇ ◇ ◇


 かぐや姫が昇天して以降、翁と媼は目を真っ赤に腫らし、食事もとらず、嘆き暮れていた。


 そんな時、田人は家の者を集め、かぐや姫の奪還計画を伝えた。最初は翁も媼も単なる気慰みと捉えていたが、制作中であるという飛車を見せられると、すわ、本当の事かと信じるようになった。

 娘にまた会えるかもしれない……そんな希望が芽生えると、二人はまた、元気を取り戻していった。そんな折に、翁の元へ、帝から従者招集の書状が届いたのであった。


「これは思し召しじゃな。帝の力をお借りできれば心強いだろう」

「はい!」

 翁は田人のために、帝の前に出ても失礼のないようにと着物を整えてくれた。そして、過去の自分と同様の恥をかかぬようにと、参集の日まで熱心に、高貴な方々の礼儀作法を教え込んでいたのであった。


 ◇ ◇ ◇


 その翁、昨晩は田人はまだ都から戻らぬかと、まだかまだかと、その帰りをやきもきして待っていた。

 今朝も早くから待ちわびて、その姿を見つけるや否や、元気に駆け寄ってくる。


「無事であったか」

「はい。帝から、かぐや様の救出に向けての協力を取り次いでまいりました」

「おお!そうか、これはめでたいぞ!」

 翁は小躍りした。

 全くもって、血の涙を流しあれほど弱り切っていた老人とは同一人物と思えないほどに矍鑠(かくしゃく)である。

 あとからゆっくりと歩みついてきた媼も、その翁の様子をみて奏功を察する。


 正直、翁は帝のかぐや姫への慕情を、快くは思っていないようだ。

 ありがたいお方であると理解していても、権力を振りかざし娘を差し出せと命じてきたり、屋敷へ来て娘を強引に連れ去ろうとした人物である。


「して・・・帝はどうであったか?」

「身がすくみましたが、習いました通り、並みの人間だと思うことで、平静に話すことができました」

「ふふ、よくぞ。帝の御前で庶民が堂々と具申するなど、実に痛快だ」

 娘を悲しませた帝を許す気にはなれないが、娘を助けるため、利用できるものは利用させてもらおうと、割り切ったようだ。


「俺が行ったほうが早かったんじゃないか?帝なんざ、ちょちょいのちょいだ」

 イロハがいつものように、軽口をたたく。

「イロハは幼すぎるし、そもそもかぐや様の面影があるイロハが行ったら、余計にややこしいことになっただろうな」

「面でもつけていくさ。それか、ずっと背中を向けておく」

「そんな遣いがいてたまるか」


 なによりこの協力を取り付けられたのは、かぐや姫がかつて懸命に、文で帝に協力を要請し続けていた賜物だと、皆で喜び合う。



 その夜、田人は一人、飛車の格納庫にて、皆が寝静まった後も黙々と、一人で作業をしていた。


「今日ぐらい休んでおけよ」

 イロハが背後から、不意に声をかける。


 田人は体を一瞬跳ねあげたが、すぐに目線を下げ、作業を再開する。

「今も考えてしまう。かぐや様は、たとえ月に還ることが適わなくとも、どこか遠い星に逃げることはできたんじゃないかと」

「またその話か。あのかぐやが、自分だけ助かろうなんて、思うはずがないだろう」

「それでも……かぐや様だけでもどうか……生き抜いてほしかった……」


 イロハがため息をつく。

「かぐやは監視されていた。逃げたと分かれば逃げた先の星まで追いかけられる。そうなれば、内通者にも嫌疑がかかる。あっちの計画も何もかも、すべてが水の泡だ」


 イロハの話を、田人はじっと聞いていた。

 自分のために叱ってくれている。励まそうとしてくれている。

 それはわかっていた。

「……考えてしまうんだ……王女としての苦悩も悩みも、計画も何もかも、我らに教えて欲しかった。我らなど、力になるとも思われていなかったのではと……イロハは聞いていたんだろう?」


 弱弱しい声で返す田人に、イロハがさらにいら立つ。

「かぐやはな、見せつけた!この星の文明水準の低さを、身を挺してな!かぐやが作った油断。それが俺らの、唯一の付け込む隙だ!」

 イロハが怒気を吐く。かぐやは話さなかったんじゃない、話せなかったんだと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。そんな慰みを言っても何にもならない。

「みっともなくても泥水すすっても、それをありがたく利用させてもらう。格好よく勝ちたいなら、他所をあたってくれ!」

イロハは察していた。この田人の落ち込み様、恐らくは帝と会って、その差を、自分の無力さを痛感したのだろうと。だからこそ、厳しい言葉をぶつけた。


 イロハは少し気持ちを鎮め、静かに口を開く。

「言いたいことがあるなら、かぐやに面と向かって言え。帝ごとき恐れるな。勝手に負けを認めて落ち込むな。明日もそんな調子だったら許さないからな」

 そう言って、イロハは背を向ける。

 田人は何も言わなかった。


 格納庫を出ていくイロハ。空を見て呟く。

「まったく……お月さんまでそんな感じなのかよ……」


 夜空には、朧げな月が、まるで消え入りそうに、その光を弱弱しく放っていた……

表に出せなかった田人の本心を、イロハが叱咤激励するシーン。なんとか奮起してもらいたいところです。


次回もお楽しみに!


矍鑠 ・・・ 年をとっても元気である様子。後漢の老将 馬援ばえんの老いても勢いのある様を光武帝がたたえて言った言葉。


読んでいただきありがとうございます!

次の話からはいよいよかぐや姫の救出と天人の侵略に対する準備に入っていきます。


応援よろしくお願いします!

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