Flashback - 18/05/2047 - / 転換期 - 2047/05/18 - / Sanatorium - 18/05/2047 -
18/05/2047
「──────ゴメンね。こんなことをさせちゃって」
熱くなった感情を冷静にさせる冷たい雨が降る。優しい霧のような雨は私にとって銃弾の如く私を傷つける。これは私の罪なんだ。この出来事は幾度となく想起させ私を傷つけるとともに奮い立たせる。
「─────! なんでこんなことを!」
彼女はにへっと痛みと苦しみを我慢しつつまるで母親が我が子を諭すように優しく、願うかのように私に言葉を紡ぎ続ける。
「だめだよ。怒りに身を任せちゃあ」
彼女は貫かけた剣によって出た自分自身の血で緋色に塗れた手で私の頬をそっと触れる。
「あ………」
自分のした行動の愚かさがダムの決壊のように今になってとてつもない後悔となって押し寄せてくる。
「私が死ぬ前に一つ……聞かせてくれる……かな?」
「………………何かかしら?」
私は涙を拭ってその紡がれるであろう言葉に耳を傾ける。
「どうして私を殺したの?」
「──────ッ!!!!」
ここ最近、悪夢を見るようになった。それも私にとって記憶の最悪な改変だ。私の目元には大きなクマが出来ていた。
「はぁ…………」
睡眠薬を使っても悪夢によって熟睡できないし、睡眠の質は悪化する一方で学校は文化祭当日となっていた。私のクラスの出し物はメイド・執事喫茶。時間があるので今一度、メイド服に袖を通してみる。ワンピースの上の純白のエプロンとフリル。そして髪の上にのったホワイトブリム。正直、似合わないというのが私の感想だ。小学生のコスプレかのような不格好さに加えて死んだ魚のような私の目にできたクマ。……誰が小さい……いや、私が考えたんだった……。
「なんとか、これは隠さないと…………」
私は母親の形見とされるファンデーションで目元のクマを隠す。なんとか隠せても文化祭の際に倒れてしまったら大問題である。私はワインセラーのように冷蔵庫の中に大量にストックしてあるエナジードリンクから一本取り出して飲み干す。命の前借りとよく言われるがまさにその通りだと思う。実際に命が削られるような感覚が後から押し寄せてくる。
「行ってきます」
準備を終えた私は誰が返すわけでもない虚空に向かって出発を知らせた。
私、村雨絵美。超人だらけの荻川高校の中で平凡な私だけど、唯一誰にも負けない精神がある。それは『傷付いた人を癒す』ことだ。将来の夢は看護師になること! そんな私の最近の悩みは…………
「おはよう………村雨さん」
「おはよう! 赤井さん!」
そう、クラスの転校生『赤井ゆの』の体調だ。赤井さんはここ最近、具合が悪そうにしていて授業中に何度も頭を痛そうに押さえているし、ファンデーションで隠し切れないクマが見える。どうやら最近、熟睡できていないようだ。今日は文化祭で忙しいし、その上彼女が倒れたら忙しさが増すだろうから彼女には休んでいてほしい。クラスみんなの負担をかけないというのもあるが何よりもみんなが心も身体も元気のほうがいいし、私は病気になっている人や怪我をしている人は見過ごせない。だから近寄りがたい雰囲気を放つ彼女に勇気をもって伝えるんだ。「休んでいて」と。
「あっ………赤井さん」
「何?」
ヒィッ! 何あの目! 何がどうなったらあんな焼き魚のような濁った瞳になるの? 発言一歩間違えれば殺されかねないような目しているんだけど! あの目は確実に何人か殺しているよね! …………いやだめだ。思い込みで人を判断してはいけない。約一か月前を思い出すんだ。あの時、彼女は自らを囮として私たちを安全に逃がしてくれた。きっと、話せばわかるはず………。
「えっと……大丈夫?」
「えぇ。問題ないわ」
私のバカーーーー! 聞き方違うでしょ! 「大丈夫か」って聞かれたら大抵の人は「大丈夫」って答えるに決まっているじゃない!
「えっと………………」
「大丈夫……ゆっくりでいいわ。私に用があるのでしょう?」
「え…………うん!」
え? 何この対応。怖がっていたのが馬鹿らしくなる対応じゃん。普段の近づくなと言わんばかりのオーラは逆に何? 優しくない? よし、今度こそ!
「赤井さん…………目元にクマが出来ているよ。休んだほうがいいんじゃあないの?」
「…………でも、私だけ休むのは………」
「そうだ! じゃあ、私も付き添って休む。これなら一人だけじゃないよ?」
「………そうなの……かしら?」
我ながら見苦しい考えだが案外いけそうだ。もしかして、赤井さんって雰囲気とは裏腹にチョロい人?
「私はクラスの保健委員だから。具合悪そうな赤井さんを看るってことで………ね?」
「ね? って………そうね。30分だけ仮眠をとろうかしら」
「準備は出来ているよ!」
「………用意がいいわね………」
私は教室をパーテーションで区切ったバックヤードに余った机で作った簡易のベッドに彼女を招く。
「あれ、そのマントは脱がないの?」
「外套のこと? えぇ、家ではないから脱がないのよ」
「そうなんだ…………」
変わっているな……。私は深く追求しないで赤井さんのそばに椅子を持って来て腰かける。
「あの…………見られているとちょっと………」
「あ、ごめんね。本でも読んでるから」
私は適当な本を開く。サナトリウムでの患者さんの手記である。日に日に衰弱していく様子が書かれたなんとも悲しいノンフィクション作品だ。2~3分くらいしたくらいだろうか。すぐ近くで見た目相応の可愛らしい寝息が聞こえてきた。こんなにすぐに寝れるほど疲れていたらしい。こんなに早いと普通に寝るというよりも気絶に近いだろう。
「ゆっくり休んでね」
私は隣で寝ている彼女に聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。
上る、上る。私は階段を上る。一歩、また一歩と私の消えぬ罪のケジメ、清算として。これから私は絞首刑に処される。私は罪を犯した。許されざる罪、同族の殺害、殺人を。目的のため、己の命のため、その屍を越えて歩いた。そうして、私はやっと終わりを迎えた。
「何か、言い残すことは?」
死刑執行人がそう問うてくる。答えは決まっている。
「無いわ。私は終わりを迎えた。ならば言葉は不要よ」
「そうか……」
つまんなそうにそんな返事が返ってきた。あぁ、これでやっと…………
「死んだとて逃げられると思った?」
「──────ッ!!!!」
全身が血で塗れたなぎさが邪悪な笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで? 私は血でできた鉄臭い真っ赤で浅い海にいつの間にか移動していた。状況が分からず困惑しているとどこからか私の罪の証、殺してしまった人たちが突如、海面から血で私の身体を掴んでくる。彼らは全身から血を流しながら「生きたかった」「何故、殺した?」「何故、お前だけ?」「罪から逃れるな」など言いながら私を海中に引きずり込もうとする。腕に足に首に胴に頭、手、ありとあらゆる部位を彼らは掴んで引きずり込む。あ、これ無理だ。そう思う間もなく世界は歪み、私は廃倉庫に居た。
初めの一人は事故だった。あの頃はまだ戦闘技術が未熟で私は拳銃を掴まれた際にそのまま撃つという選択ができなくてその掴む手を力任せに振り払った。場所は階段。少し考えれば分かることだった。6メートルほどの高さの踊り場から彼は頭から落ちていった。はっと我に返った私は彼を掴もうと手を伸ばすも靴だけ脱げて彼は鉄骨に頭が突き刺さって即死した。
二人目はその3周目後だった。この周はかなりいいところまで行った世界線だった。組織の構成員で戦えるのは残すところNO.3の佐々木葵ただ一人。油断しなければ勝てた、終わったループだった。
「つまんな~い。もうみんな倒しちゃったの? みんなよっわ~い」
「味方に弱いってどうなの?」
私は剣先を彼女に向ける。油断はない。もう誰も彼女以外戦えない。そう、“戦えない”のだ。
「私の能力って何だと思う?」
「そんなの関係ないわ。どんな能力であろうとも勝ち目は無いはずよ。私と柚木さん。時を操り座標を操る私たちに敵は無い」
「はたしてそうかな~?」
その態度に少し腹が立った時だった。微かに異音がしたが気にせず。彼女に警戒しつつ近寄る。だが、なぎさが……
「ゆのちゃん! 気を付けて!」
「え?」
予想外の場所、上からありえない関節の曲がり方をした戦闘不能にした組織の構成員が降ってくる。
「危ない!」
「………………え?」
柚木さんは降ってきた彼らから私を庇い、咬まれた。なんで? 私を庇った? なんで咬む? 戦闘不能だったのになんで動いている? 様々な疑問が脳内を埋め尽くす。そうしている時だった。柚木さんは突然、腹を抱えて苦しみだした。
「いや~素晴らしいねぇ~。B級映画のような能力でも友情は見れるんだねぇ~」
「貴女! 何したの!?」
私は左手の剣を葵に向けて投擲するがいともたやすく避けられてしまい壁に突き刺さる。そして彼女は言葉を紡ぎだす。
「いや~怖い怖い。でもいいね。いいよ。すごくいい! その怒りと殺意に満ちた瞳。……………私の能力は『ゾンビ』。ネクロマンサーと言ってもいいんだけど、咬まれて感染しないといけないのがネックだねぇ。あ、だから彼女は死ぬよ? 私はこの能力を使ってみんなで仲良く死んで殺すんだぁ」
そう言って彼女はくるくるとその場でターンをする。止めなければ。彼女を確実に止めなければならない。さらりとそんな実現可能な破滅的計画を言う彼女に向って一振りの剣だけで一直線に向かう。それを阻むように死者たちが立ち塞がる。
「邪魔!」
余裕の無い私は剣の腹で吹き飛ばしたり脊髄を狙って強制的に動きを封じる手段を使ったりして着実に歩みを進める。
「葵――――ッ!!!」
残り5メートル。もう私の頭の中には彼女を止めることしか頭になかった。他に手段はあったのであろう。でも、私はその手段をすっかり忘れて突きの態勢から彼女の心臓を狙って───
「──────ゴメンね。こんなことをさせちゃって」
熱くなった感情を冷静にさせる冷たい血の雨が瞬間的に降る。優しい霧のような雨は私にとって銃弾の如く私を傷つける。これは私の罪なんだ。柚木さんは私の前で彼女を庇うように立ちふさがり私の剣に貫かれていた。
「なぎさ! なんでこんなことを!」
彼女はにへっと痛みと苦しみを我慢しつつまるで母親が我が子を諭すように優しく、願うかのように私に言葉を紡ぎ続ける。
「だめだよ。怒りに身を任せちゃあ」
彼女は貫かけた剣によって出た自分自身の血で緋色に塗れた手で私の頬をそっと触れる。
「あ………」
自分のした行動の愚かさがダムの決壊のように今になってとてつもない後悔となって押し寄せてくる。
「私が死ぬ前に一つ……いい……かな?」
「………………何かかしら?」
私は涙を拭ってその紡がれるであろう言葉に耳を傾ける。
「たとえ、どれだけ憎くても…………………誰も殺さないで。誰かの命を奪うのは………………とても悲しいことだから………………ね?」
「なぎさぁ………………」
「やっと名前で呼んでくれたね…………ゆのちゃん………ありがとう」
ゆのが教室の女子控室で休んでいるという情報が入った俺は入れないので適当に信也と学内を散策していた。
「なぁ~わたあめ食おうぜ~。たこ焼きは~? なぁ~。 返事しろよ~」
信也が何度も声をかけてくる。
「あ、すまない。ちょっと考え事をしてた」
「考え事って言ってどうせ赤井だろ? 寝不足だってな。全く、いつもクラスの話題をかっさらってくよな」
「確かにな」
良くも悪くも彼女はクラスの話題の一つになっている。ミステリアスな文武両道の転校生。あの華奢な見た目から想像つかない身体能力とそれを可能にする思考の回転。まさに、話題の人になりうる存在だ。
「ねぇ、その話詳しく聞かせて」
いつの間にかゆのと同じくらいの背丈の少女が俺たちの間に入っていた。音も気配もなくいつの間にかそこにいた少女に俺たちは少し警戒しながら彼女と会話を試みる。
「お嬢ちゃん、一人だけどお母さんはどこに行ったの?」
「…………お母さんねぇ、私は成人済みだから大丈夫だよ」
「んなっ!?」
少女の見た目をした彼女は自動車免許証を差し出す。そこには『石越明子』という名前が刻まれていた。
「緋山さんからの依頼で私が君たちに接触することになったんだ…………ほい」
彼女は指を鳴らすと俺と信也の見た目、声が変わる上に異空間に飛ばされた。
「あら………君は私の能力が効きづらいようだね」
「俺の能力の影響だろうな」
かかった能力がパラパラとはがれ落ちて元通りに戻る。信也は物珍しそうに色々なポージングをしたり声を使って歌を歌ったり適当なセリフを吐いて楽しんでいる。
「さて、本題を聞こうか。接触した理由は何だ?」
「う~んとねぇ。これを渡せって」
「手紙?」
俺は手紙を開く。そこにはMI6長官からの直筆の手紙のようだった。慣れない日本語の文字と文章を書いたようなものであった。
拝啓 高階海斗殿
時下ますますのご清栄のこととお慶び申し上げます。
高階様にいたしましてはいつも大変お世話になっております。さて、私『キール・テスラ』から一つ貴殿にお願いがあります。私どもMI6の正式な協力者となっていただけますか? 貴殿のハッキング能力、超能力はどれをとっても代えがたい代物です。もちろん、気に入った内容の仕事だけでも構いせん。『正義の味方』を目指す貴方にとっての手助けが出来れば幸いです。
ご検討のほどよろしくお願いいたたします。
敬具
令和29年 5月18日
キール・テスラ
高階海斗様
渡された手紙の内容は以上だ。信也の手紙の内容は少し違うもののおおよそ同じものであった。石越明子と名乗る少女はそんな手紙を手渡してきた。あたかもそれは自分に関与していないかのように興味なさげに渡したらすぐに離れそうな雰囲気を醸し出していた。
「んじゃあ、渡したから~」
「ちょっと待てよ」
「…………何?」
引き留めようと呼びかけると少し嫌そうに振り返る。さぼりたがりの性格のなのかもしれない。俺は要件を手短に伝える。
「なぁ、石越明子………お前は…………───のことをどう思う?」
彼女は少し驚いたような表情をするがすぐに平静を装って言葉を紡ぎ始める。
「私は別に人間の感情を軽視するわけじゃあないから彼女の選択は否定しない。けれども、それで世界中に害を及ぼすのならば私たちが止める。ただそれだけよ」
「そうか」
期待していた返答ではないがある意味、それはそれでいいのかもしれない。そう考えていると信也が突然、彼女に質問した。
「────────────?」
「そう思うのであれば彼女に伝えれば? 私ならば伝えても伝えなくても変わらないと思うけど」
やはり信也、お前は…………。
「─────さん! ──井さん! 赤井さん!」
「─────ッ!?」
「赤井さん大丈夫? 凄く魘されていたけど…………」
私は村雨絵美に指摘されて私の服が寝汗でびっしょりになっていたことに気付く。深呼吸して着替えを鞄から取り出して着替える。
「心配かけたようね。問題はないわ」
「問題大アリだよ! フラフラじゃん!」
絵美は私が歩く様子を指摘する。大丈夫だ。これくらいすぐに…………。その瞬間、この場所で絶対に見たくない人物を目撃した。小学生くらいの背丈の見た目で騙される組織のNO.3の佐々木葵。先程の悪夢にも出てきた『ゾンビ』の能力者だ。そこで私は──────
A.見間違いと思うことにした。
B.すぐに避難するように呼びかけた。
C.能力を発動して確認した。
どーも昴ちゃんです。今回、新たな試みとして選択肢を物語に組み込んでみました。物語の幅が広がる他、世界観をより理解しやすくできると思われます。