Encount - 29/07/2047 -
「解答は近い。問題はそれにどう向き合うかだ。その事実に対して歓喜するか絶望するかは関係ない。そこからどのような選択をするのかだ」
あぁ、この台詞を言っている痛いヤツは誰だって思うだろうな。
「誰かなんて関係ないさ。観測する者を観測できる者としか言えないか。ただ、観測する者は二人居るがこの場合は画面越しの”アンタ”だよ。知る必要は無いがもう一人の方を教えてやるよ」
そうして視点を移す。見せてやろうじゃないか。人の姿をした『赤井ゆの』以上の化け物について…………
29/07/2047
ドア前のパネルに認証キーを打ち込む。手慣れた動作でパソコンに接続して得た答えを打ち込むだけの作業だが二十分はかかる。
「待たせたな、先生」
「普通はもう少しかかるもんじゃないかな? 高階君」
「アンタの暗号くらいノーパソ一台で二十分程度だ。本格的にやれば十秒もかからないさ」
「言ってくれるな……」
先生はフラスコの中に黒みがかった茶色の粉末を入れ、その中にお湯を注ぐ。その手慣れた様子はいつだって計算され尽くした先生の行動だった。
「ブラックでいいのかな?」
「ブラック……いや、スティック一本分の砂糖を入れてもらおうか」
少し驚いた表情をした後に、先生はクスッと笑った。
「何がおかしい?」
「君がブラックじゃないとはね。まぁ、これから頭を使うから必要になるのかな?」
「飲みながら今回の概要を聞こうか」
そうして俺は話を切り出した。
熱いけれど香ばしいとてもいい香りのコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。透明なビーカーを口元に運び、コーヒーを口へと流し込む。
「うぇっ! 甘っ! 柚木なぎさはよくこんなの飲めるな! しかも、砂糖六本っておかしいだろ!」
「味蕾が全盛期なのか、よっぽどの甘党かのどちらかだろうね」
「全盛期ねぇ…………」
俺の全盛期はこれからなのだろうか? それとも…………
「今回、世界線変動率0.0000314159のところに新たな変化があった」
「円周率の1/10000か…………面倒くさそうだな」
「数学教師の目の前でそれを言わないでよ」
「悪かったよ」
俺はそばのベッドに寝そべる。
「マズイと判断したらいつも通りに君を強制的に連れ戻す。それでいいね?」
「あぁ。信頼しているぜ、先生」
視界がブラックアウトする。意識はハッキリしたまま頭部に強い衝撃がくる。鉄パイプで殴られたような痛みだ。強い痛みが引いて目を開けるとそこに俺がいた。
「ここは…………渋谷のスクランブル交差点か?」
特徴的な景色で判断するがどこを見渡しても廃墟に近い。燃えている様子はまるで生者を拒む地獄の風景に見えた。
「現在時刻、2047.05.26 11:31正常。時間にバグは起きていないな」
場所はこの世界の俺がいた場所にいる訳だが、なぜここに? そんな疑問が頭によぎる。
「まぁ、とりあえず探索してみるか」
「お疲れさん。今回の特異点は何があった?」
先生は笑いながら俺にそう問いかけてくる。部屋には淹れたての珈琲の匂いが充満していた。淹れたてのソレを俺に手渡してくる。
「他人事だと思って…………まぁ、今回は渋谷の廃墟をバイクで縦横無尽に爆走して知らない人と結婚式を挙げて能力を奪いかけられたり新たな能力を手に入れたりしつつ恐怖の魔王と化したアイツから世界を救うトンチキ特異点だったな。あ、新たな能力は寝たままカップ麵を作る能力だ」
「本当に何だその特異点!? そして全く役に立たない能力だな!?」
「それで? 今回の修正の成果は?」
先生はコーヒーを飲み干し、カップを置いてから俺に向き直る。聞くべきことはもう決まっている。
「調べたところ、本来は存在しない特異点だった。これは先生が作り出した特異点なんだろう?」
「…………よく気付いたね。まぁ、あれは残念な状況をちょっと改変して君が救えるギリギリまで持ってくることができた。よくやったね」
「………そうか」
少し解せないがいつものことだ。彼女の……先生の行動に振り回されることなんて数え切れないほどだ。
「本題だ。一度彼女に『解析』をかけてくれ」
「私にかわいい君の赤井ちゃんに能力を使えって言うのかい?」
「誰が俺のだ。まぁ、アンタの言葉の意味は違うが一部正解だな」
「いや、いいとも。私の目には君たちの関係はすぐに分かるとも。予想だが君と彼女の能力の認識は乖離している。それに彼女の能力ははたして本当に一つだけかな?」
「勘が鋭いアンタの発言だ。多分、今回も当たっているんだろうな。だが、最後のは同意できかねないな。本当に二つの能力を所有することがあるのか?」
「あるとも。中村信也、彼みたいに炎と氷って感じにね。それに、そんな存在を信じられなくても君みたいにありえざる能力だってあるんだ。くれぐれも『彼女』の扱いには気をつけなさいよ?」
先生はそういって俺を部屋から追い出す。
「その『彼女』ははたして誰を指しているんだ?」
心当たりはいくつもある。さっきまでの話題にあった赤井ゆの。踏み抜く確率は低いが地雷がある柚木なぎさ、各国から狙われる能力の九条かすみ、この学校で唯一の無能力者の村雨絵美。うん。わからん。
「まぁ、こうしてあえて言わないのならば夏休み期間は特段注意すべき時ではないってことか」
夏休み。それは日頃勉強や部活に明け暮れ疲れ果てた学生たちのオアシス。一か月にも満たない休息だが、誰もがやりたいこと・休息のために行動する。ちなみに、私は少し休憩したい。
「テストどうだった~!?」
「ゴフッ!」
なぎさの猛スピードタックルによって私は壁に激突する。100点のテスト用紙が吹っ飛ばされる。
「うん。留年は勿論無さそうだな」
「しないわよ……なぎさ? ちょっとどいて?」
「あ、ごめんね」
「大丈夫。問題ないわ」
怪我だってしていない。大丈夫。元気なのはいいことだ。私は外套についた埃を払って立つ。
「さて、夏休みだが何するんだ? やっぱアレか? 海か山か行くだろ!?」
「…………行くの?」
「当然だろ! 夏休みは何かしないと!」
「家で休まない?」
「それは陰キャぼっちのやることだぞ!」
それ全世界の半数の人を敵に回すセリフだぞ。全く、夏休みの期間中はそもそもとして意義が『暑さから身体を守る』ことだ。それをわざわざ熱中症になる危険性を冒してまで家の外に出て遊ぶなんて百何十もの夏を経験しても訳が分からない。涼しい環境に何も考えなくてもいい状態で日頃の疲れをとる。それこそ夏休みの理想郷の構築ではないだろうか?
「ゆの~? お前は少しは家を出た方がいいぞ~?」
「海斗…………心配しなくてもちゃんと外に出ているわよ。そうじゃないと体力不足で戦闘が不可能になるでしょう?」
「そりゃそうだが…………お前は少し、功利主義的すぎる。もう少し無駄なことだと考えるものにも目を向けてみろ」
「…………そうね……」
功利主義か………ある行動に対しての善悪を利益で考えるもの。それ即ち、私の忌避するもの『ブラックジャック』のボスも同じ考え方だ。
「ねぇ、それなら私にその楽しさってのを教えてくれるかしら?」
「もちろん!」
印旛沼…………正確に言うと新川流域にはBBQセットを貸し出してくれる道の駅がすぐそばにある。そして今日は、そのBBQだ。
「火力調整は任せて!」
「ちょっと先生!? マシュマロはまだ!」
「え~ケチ~」
海や山の話をしていたからそういうものかと思いきや河川敷でBBQなのか? そんなことを思いつつ、今回のメンバーを見渡す。
「イカレたメンバーを紹介するぜ! こんな暑いのに全身黒コーデ長袖・タイツ・マントの赤井ゆの!」
「その紹介やめて」
「正義の味方を目指しつつその実、子供嫌いの高階海斗!」
「問題ないだろ?」
問題ないっていうならそうなんだろうけど………それでいいのか?
「誰もがドン引くレベルの甘党・チーズ好きの柚木なぎさ!」
「あ、飲む?」
「なんでココヤシ持っているんだ!? それはそれとして飲んだことないから飲む~間接キス~」
「柚木なぎさ、ストロー変えた方がいい」
「了解~」
「そんな~」
信也…………このコミュニティ内だから大丈夫だがそれを他でやったら気持ち悪がられること間違いなしだ。
「秘密にしつつ割とバレてるドール好き、保護者役の蒼木和子~」
「先生には敬称つけようね? 中村? それとバラしたの君だろ?」
「了解~。先生~」
「質問に答えろ~!」
犯人はなぎさだがまぁ、本人も覚えていないだろう。前科が多すぎる彼には一度別件であろうと強く絞られた方がいいだろう。
「クラスメイトの保健委員、何故かゆのと交流があったらしい村雨絵美!」
「信也君! ちょっと団扇で扇ぐの手伝って!」
「了解~」
文化祭の一件以降ちょいちょい交流のある彼女は私がよく怪我したときに受診する病院の医師の一人娘で月二で通っているせいでかなり病院内で会っている。家族経営のために看護師代わりに病院でお世話になっているために参加費用を日頃のお礼もかねて出すということで私から誘ってみたのだ。
「そしてこちらもゆのの誘いで来たお隣さんの九条かすみ~!」
「えっと……赤井さん。彼誰ですか?」
「私もよくわからない」
「知らないふりされた!?」
正直、知り合いと思われたくないからそういう対応させてもらおう。引っ付くな。子犬のように澄んだ目で見上げるな。ちょっ、舌出して腕舐めようと………
「イタッ! 酷いじゃないか!」
私は咄嗟に彼の頬を叩いてしまった。
「…………そっくりそのまま返させてもらうわ。暫く近づかないで」
「信也………いい加減にしろ」
「おう………」
海斗に窘められてショボンとするかと思いきや信也はリズムを取り戻してメンバーの中心に立つ。
「そして最高にノッてる最強天才イケメンの俺、中村信也!」
「それはない」
全員が彼の発言に否定する。まず間違いなく最強ではない。そして何の天才かにもよるが一般的に見れば彼はバカの部類だろう。一つ確かなことと言えば彼は確かに顔は良い。
「さ~! 肉食おうぜ~!」
「めげないなお前は…………」
彼は何かあったのかと言わんばかりに肉を貪っていた。
「猛スピードで肉を食べてる!?」
「高階! 一旦彼を止めろ!」
「人使いが荒いぞ! 先生!」
絵美が調理をしているために調理場に居る先生は彼よりも近い場所に居る上に抜けられるのだが人に押し付けるあたり、彼女のものぐささが分かってしまう。さらっとビールを飲んでいるし…………保護者としての監督役ではなかったのかと思ってしまう。
「やっぱあっつい時に飲むビールは最高だな~みんなも早く二十歳になりな~。それとも飲む?」
「教員のクセして未成年飲酒勧めるな!」
本当にそうだ。校長がすぐ傍に居るのに…………校長?
「えっえ~っと呑みます?」
「飲もう」
勧めるのも以外だが、校長先生も飲むのも以外だ。彼はもうすぐで定年となる年頃であるものの、この飲みっぷりは…………。
「校長先生! いい飲みっぷりですね! とても定年間際の人とは思えませんよ!」
「あぁ。蒼木君、グラスを持ちたまえ」
「いえ、私が注ぎますよ!」
いつの間にかBBQであったその会場は飲み会ムーブに入ってしまった。それにしても、校長先生がとても無口すぎる気がする。何というか、掴みどころのない人物だ。
「言っておくがお前も似たようなモンだからな」
「え!?」
海斗は私の傍でそんなことを言った。少しショックだったがそんな感情はすぐに消え去った。
「当たり前のことだ。何せ、赤井ゆの。君は私の祖父なのだから」
「は?」
そんなことを校長は言い出してきた。
「赤井麟。俺の娘の子供の面影がある。目元がとてもよく似ている」
「校長先生が私のお爺さん?」
「言い出すタイミングが無かったがな。何せ我が娘ながらMI6に入っていたなんてことつい先週に知ったばっかりだからな」
緋山さん達か。彼女たちと行動したのはこの世界線で初めてだからこれまで知らなかったのも仕方がない。だが、こう百何十年も存在を認識していなかった祖父がそこに居る。そして通っていた校長であったこと。様々な事実によって私は状況を飲み込めずにいた。
「MI6!?」
「あ、しまった」
絵美とかすみが目を見開いて私に問い詰めてくる。あぁ、面倒なことになった。いや、問題はないが説明が難しい。私の両親がMI6に所属していたこと。そして両親が既に他界していること。私は日本国籍であることなど様々なことを説明しないといけなそうだ。
「海斗ごめん、悪いのだけど私も校長先生に聞きたいことがあるから彼女たちに説明よろしく」
「えっ…………まぁいいが」
我ながら物臭な頼み方をしてしまったが聞きたいことは山ほどある。
「校長先生………いえ、おじいちゃん。いくつか質問があるけどなんで赤井姓じゃないのかしら?」
「様々な質問が浮かぶだろうがそこからか。それについては簡単だ。赤井秀樹。お前の父親が元の赤井姓でお前の母親、つまり俺自身は五十嵐姓だ」
確かにそうだ。つまり赤井家は父親が本筋な訳か。
「ちなみに俺のカミさんは元高階姓、彼の家だな」
海斗と私ははとこだったのか。どうりで親近感が湧くわけだ。
「俺の元に来るか? 一人暮らしなんだろ?」
「…………」
確かに私は一人暮らしをしている。生活は問題ないとはいえ、この歳で扶養者が居ないということは社会的に見れば問題がある。名目上では居るものの………いや考えるのは止そう。そこで私は―――――――――――――
A.彼についていく
B.一人暮らしを続ける
最近執筆ペースが落ちてきました。書きたいのはやまやまなんですが、いい表現ができなくて困りますね。オラに語彙力分けてくれ~!!