Doubt - 19・20/07/2047 -
19/07/2047
『表』だと脳が告げる。二分の一確率となるコイントス。ポケットの中から精巧に加工された装飾のないコインを投げる。その円盤は鮮やかな光沢を帯び、回転しながら空中で上昇し、そして落下する。裏表の結果は未来予知または物体操作の能力者もしくはイカサマ以外の方法をとらない限り全知全能でない我々は投げる前に知りうることは不可能だ。だが、それを解る者がいたとしたらその人生はどうだろうか? 色褪せたモノクロの人生になることはほぼ必然的だ。
「………………」
表。やはりこの世には解るものが多すぎる。唯一、変数となりうるのは――――
「期末テスト?」
私は配られたその紙を目にする。正直、授業なんて聞き流して別のことを学んだり作業したりしていたから勉強しなければ普通ならば成績は散々な結果になることが目に見えている。しかし私は百何十もの同じ時、同じテストを繰り返しているから正直拍子抜けするレベルで簡単になっている。むしろこれで満点取れない方が問題だ。
「あぁ、お前なんか数学得意そうだから教えてくれないか?」
私に対してこんなことを頼む人間は限られている。この気まぐれのように人を頼む男と言えば中村信也その人しかありえない。
「貴方ねぇ…………私は文系なんだけど? 貴方の親友は理系でしょう? 海斗に頼んだ方がいいんじゃあないかしら?」
「アイツだと代り映えしないんだよ」
「そうか。ならば教えるのやめるぞ?」
「うっ…………悪かった」
「あぁ、大丈夫だ」
それで? どうするのか聞きたいところだ。私に教えてほしいのか。海斗に任せるのか。
「…………それで? 信也。貴方はどっちを選ぶのかを聞かせてもらおうかしら?」
「何その『私とこの女どっちが大事なのよ!?』みたいな質問?」
「誰もそんなこと言ってねぇよ!」
「…………………とりあえず……ゆのの教えを受けてみたいな……?」
「まぁ、どちらでもいいけどやるからには徹底的にやるから」
「ヒィ……!!」
さぁ、赤井式勉強方法を叩きこんでやろう。私が私足りる得るものである。凡人の努力の結晶がこの方法だ。存分に味わうといい。
「クククッッ…………」
「なんか、怖い笑い方してるんだが!? 絶対女の子がしちゃいけないマッドサイエンティストみたいな笑い方をしてるんだが!?」
「マッドに赤井に狂いまくってないか!?」
「貴方の中で赤井はどういう意味なのよ!?」
後で覚えてきなさい。信也…………。
「赤井家って何かしらヤバい奴らだろ?」
「そう? あれ? 私の家族を私以外知っているの?」
「あぁ。よく知っているとも」
そういう彼はどこか遠くを見つめていた。
私たち人間はどこか互いに隠しあって生きている。それは私たち協力者の関係でもそうだ。海斗は何か言いづらそうなことを隠しているし、信也もそうだ。もちろん、なぎさだって。でもそれが悪いとは言わない。それは誰にも踏み込まれたくないその人の核になりえるもの。禁忌となる存在。それを土足で踏み込む方が無礼だと思う。それができるのがよっぽどの善人か悪人かのどちらかだろう。そして私はっそのどちらでもない。
「どした? 急に固まったが」
「なんでもないわ。さて、明日早速教えてあげるわ」
「今日じゃないのか?」
「準備があるからね」
20/07/2047
私は自宅に信也を招くという珍しい行動をしていた。もっとも、私は私の家に誰かを招くこと自体全くしてないからその行動自体が珍しいと言える。そんなことを考えていたら足音が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
「うぉっ!? なんでわかったんだ!?」
「聞こえたからとしか言えないわね」
「地獄耳かよ」
信也を家に招くこと自体問題にならない。だが、招く場所が問題になる。さて……どこに招こうか。
「信也、ここで見聞きしたことは内密にね?」
「なんだそれ? ただのアパートじゃ……殺風景すぎないか?」
玄関を通り抜けたらリビングに普通の構造であればなる。だが、私は家具を置いていない。
「ここに本当に住んでいるのかよ?」
「半分同意半分否定ね」
「は?」
私はそのリビングを通り過ぎて書斎に入る。本棚、プリンターなどさまざまなものがあるがここに用がある。
「まさかと思うがこの本棚を動かすと下や隣にいけるとか?」
「残念、プリンターよ」
私はプリンターを横にずらす。すると私の足元に穴ができる。落下する直前で信也の手を掴んで引きずり込む。
「うぉっ!? ちょっ!? ふざけるな~!」
「ふざけてないわよ」
私は下の部屋に入った。この部屋は玄関から入ることはできない。壁を壊すかさっきの正規の手段でないと入れないように私が改造した。
「おい、ここアパートなんだろ? 改造してよかったのかよ?」
「問題ないわ。このアパートの所有権を買ったから」
「は? 金持ちすぎるだろ!?」
まぁ、管理体制は私が買う前と変わりないから所有権が私に渡ったことすら他の住人は知りうることはないだろう。改造したのはちょうど空き部屋だったから問題ない場所だ。問題は毎回のループごとに仕様が変わる点だろう。完成したのは先月だし。
「さ、次。風呂場に行って。シャワーヘッドをこの位置にセットして水を出すと…………」
「鏡が動いた!?」
「さ、ようこそ。私の部屋へ」
私は手を差し出す。
「これ………海斗に見せるなよ? アイツ興奮するような仕掛け大量だから」
「あぁ………そういえば男の子ってこういうの好きだったわね」
勉強は至って普通にやっていた。赤井式勉強方法も意外と普通なものだ。『5W1Hをしっかり考えること』『関連付け』が基本だからだ。
「そこ、How done it(どのように行われたか)が書かれてない」
「答えが出たなら書かなくてよくね?」
「ダメ。見返すときに途中式がないと分からなくなるでしょ?」
「そういうもんか?」
「そういうものなの」
こうして改めて彼の勉強時の姿を見ると本当にバカなのか疑問に思ってしまう。飲み込みが早くて敢えて勉強をやっていないだけか。もしくは……バカなフリをしているだけか。
「黄金比と言えば?」
「は?」
油断をしていたら1:1.6とかフィボナッチとかさらっと言うかと思ったが気のせいか? いや、よっぽどの演者か? 取り敢えず彼のことは保留にしよう。
「コーヒーでも淹れるわね。砂糖やミルク・紅茶がいいとかある?」
「じゃあ、紅茶で。ジャムはそうだな。アプリコットはあるか?」
「まさか……ロシアンテx-にする気?」
「紅茶にジャムって入れないのか!?」
「入れないわよ。でも、スコーンはちょうどあるからそれにつけなさい」
私は紅茶を淹れる。茶葉はアールグレイ。英国王室御用達の茶葉だ。休日にたまたま緋山みなみに出会ったから入手できないか聞いたところ入手できた。本当にМI6様様だ。
「はい。できたわよ」
「サンキュ」
彼と私との間に暫くの沈黙が訪れる。そもそも、いつも彼とはどんな会話をしていたのだろうか? 彼が変なことを言って私がそれに対して怒ったり呆れたりするくらいで私が彼に話を振ることなんてあっただろうか?
「なぁ、お前………『能力を自覚していない』だろ?」
「は?」
「そのままの意味だ。お前は『時間干渉』だと言っただろ? それは嘘偽りなく自認している能力なのか?」
彼は一体何を言っている? 何より私の能力が違う可能性だと?
「………私が貴方にそう言った記憶はないけど。確かに私の自認上ではそうね。『時間干渉』だと思っているわ」
「そうか。『能力二つ持ち』って知っているか?」
「能力二つ持ち?」
「あぁ。基本的に能力は一人につき一つまでしか持つことができない。だが、極稀に能力の二つ目を所持するヤツがいるんだ。三つ目はあるかはわからんがとりあえず二つ持つ事例があるんだ。お前の能力は二つあるんじゃないかって話だ」
そういう彼はいつもと雰囲気が違う様子だった。私は飲んでいた紅茶のカップを机の上に置く。
「………それで、何で私の能力を問いただしたのかしら?」
「………まぁ、話半分に聞いてくれればいい」
そういう信也はいつの間にか私の目の前から消えていた。まるで瞬間移動を使ったかのように。
「…………能力二つ持ち?」
「重要なのは『考えること』だ。赤井式勉強方法もそうなんだろう?」
そういって彼は姿を消した。いつの間にか勉強道具もなくなっている。そうだ。思考放棄を放棄していた。改めて考えてみるか。解決すべき問題は【私の能力は何であるのか】【私の能力は本当に一つなのか】だ。
まず、私の能力は何かだが少なくとも『時間停止』『時間遡行』が可能だ。あとは『射程距離外の射撃』『正体不明の翼』くらいだろう。まず共通する部分を考え出すことから考えてみるか。
…………あるか? ない。あるにしても能力本来の『不可能を可能にする』でしかない。私の能力の出力がLEVEL9なのは間違い無いらしい。原初の能力者の能力『ジョン=フィニアス』そして『逆転』と『デウス・エクス・マキナ』いう名前だけじゃわけわからない能力の可能性は取り敢えずおいておいて『0』と『破壊』『生成』は能力者が居るから使い方が間違えていた場合は彼らの能力の使い方で間違いが分かるだろう。
そして可能性のある『時間干渉』との能力二つ持ちの可能性。となると問題はその能力は何かだ。私の認識では射程範囲外の射撃は時間を停止してその間に弾丸を発射することにより本来届きうることないエネルギーを無理矢理引き上げるものと認識していたが別のものと考えるか同じと考えるか。そして『正体不明の翼』。あの翼を私は意図的に発現することはできない。そして発現していた時の記憶が無い。そのためにどんな能力があるのかもわからない。考えられるものとして能力の無効化・状態の復元・確率操作・能力の出力の引き上げ・見かけ倒しくらいだろう。うん。わからない。
「ご都合展開として『鑑定』の能力者でも近くに居ないかな……」
私はベットに寝そべってそんなことを呟く。実際にあれこれ考えたところで答えがわからない限り何ができて何ができないかわからなくなる。そもそもとして私は『能力者』なのだろうか。そんな馬鹿らしい考えまで出てしまう。
誰だって自分を特別視しがちだ。自分は他と違う。他と別でありたい。そうすることによって他者との関わりを線引きする。評価が上げ下げのベクトルは人によって異なるがどうしてもこうも『死ぬような状況で死なない』ということが何度も何度もあれば疑ってしまう。
…………確かこういうご都合展開のことを『機械仕掛けの神』と言ったような…………。
「複雑な物語を強引に解決する神のようなもの………『機械仕掛けの神』をラテン語で『デウス・エクス・マキナ』…………」
なるほど強引かつ強力な能力だ。もしや、私の二つ目の能力は『デウス・エクス・マキナ』なのか? だとすればあの翼・幾度の戦場の生還・異常なほどの株などの賭けでの勝利の説明がつく。
「まぁ、あったところで油断は禁物よね」
現に私の望みは何度も潰えている。それに佐々木葵との戦いで死ぬ可能性が高かった。それは注意しなければならないところだろう。
私は机からチップを取り出し空中に放り投げた。
この赤井ゆのって少女ですが168回目のループです。その間に死ぬ可能性があった出来事は五桁を優に超えています。これが彼女の持ち前の運なのか能力なのかの答え合わせはまだ先になります。