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斥候リーナの歩き方は。  作者: ふふぐ
第一章 出会い
9/36

9.ボスとの遭遇

よろしくお願いします!

 森の奥は、日差しも届かず、木々のざわめきが妙に静かに感じられた。


「……ここ、だと思う」


 リーナが木の根元にしゃがみ込み、倒木の裏に点々と残る爪痕と足跡を見つめる。その目は真剣だった。斥候訓練の成果が、確かに生きている。


「巣か……?」

 カイルが辺りに目を配る。

 風に乗って、微かに鼻をつく獣臭が漂ってきた。腐肉のような、それでいて焦げたような、異様な臭い。


「この先、何かいるわ。ゴブリンだけじゃない、たぶん……」


 ヒューリの声が沈む。

 魔力に敏感な彼女は、何かの“気配”を感じ取っていた。


 三人は慎重に進んだ。

 リーナが先導し、カイルが中央で警戒し、ヒューリが後方から魔法の準備を整える。苔むした岩を越え、曲がりくねった木の根の隙間を縫うように歩き、そして彼らはそれを見た。


 ――それは、小さな“開けた場所”だった。


 木々に囲まれた自然の広場。その中央には、粗末な材木と獣骨で作られた拙い祭壇のようなものがあり、その周囲には焚き火の跡や、食い散らかされた獲物の残骸が散乱していた。


「間違いない……巣だ」


 カイルの声が低くなる。そのときだった。


「ッ!? 伏せて!」


 リーナが鋭く叫んだ。


 直後、彼女の背後――ちょうどヒューリの足元が、バキン、と音を立てて沈んだ。


「きゃっ!」


 罠だった。地面に隠された簡易の落とし穴に、ヒューリが足を取られかける。

 咄嗟にカイルが彼女を抱き寄せ、穴から引き戻したが、それと同時に――


 森が、動いた。


「ギギィィィィ!!」


 木陰から現れたのは、ゴブリン数体。が、それだけではなかった。

 祭壇の奥から、ひときわ大きな影が現れる。

 全身に汚れた皮をまとい、鋭い歯を剥き出しにしたその巨体。


「ボスゴブリン……!」


 カイルが構え直し、槍の柄をぎゅっと握る。リーナも短剣を抜き、緊張で喉が鳴った。


「ヒューリ、援護を頼む」


「わ、わかった……!」


 ボスの目が、獲物を射貫くように三人を捉えていた。そして、森の中で咆哮が響く。


 ――戦いが、始まった。


 ボスの咆哮と共に、左右の茂みからゴブリンたちが飛び出した。三体、いや四体――どれもナイフや棍棒を握り、殺気を滲ませている。


「リーナ、左を任せる! ヒューリは右の牽制を頼む!」


 カイルの号令が響く。即座に動いたリーナが、左から迫るゴブリンへと跳びかかった。


「――はっ!」


 低く身を沈め、短剣を横一閃。刃がゴブリンの膝裏を裂き、叫び声と共に一体を戦線から脱落させる。


「《迸るフレイム・スパーク》!」


 ヒューリの呪文が完成し、小瓶から弾ける火花が右側のゴブリンたちの目前で炸裂する。まぶしさと熱気に目を眩ませた敵は、ひるんだ隙にカイルの槍が一閃し、喉元を突いた。


「っ、速い……!」


 だが、その背後。ボスが動いた。


 獣じみた咆哮と共に、大人の背丈を優に超える巨体が、全力で突進してくる。腕には、金属のような刃が埋め込まれた棍棒。もしあれを受けたら、盾も骨も砕かれる。


「来るぞ……!」


 カイルは後ろへ飛び退きつつ槍を構えたが、ボスの突進は止まらない。地面を抉り、木の幹をへし折りながら突っ込んでくる。


「こいつ、力が段違いだ……!」


 槍を突き出すも、ボスは腕でそれを受け止め、振り払うようにカイルを吹き飛ばした。


「カイルっ!」


「大丈夫、まだやれる……!」


 カイルはすぐに立ち上がったが、口元から血が流れていた。リーナがすぐにカバーに入り、ボスの背後へと回り込む。


(隙を……どこかに隙を……)


 その目は冷静だった。斥候としての訓練が、無意識のうちに身体を動かしている。


「ヒューリ、援護魔法を!」


「いま……やるっ!」


 ヒューリが取り出したのは、魔法強化の小瓶。

 リーナの足元に投げると、淡い光が彼女を包み、身体能力が一時的に高められる。


「いける……!」


 リーナはその力を借りて、一気にボスの背後へ跳びかかる。短剣を逆手に構え、肩口へと渾身の一撃を――


 ガキン!


「っ……!」


 弾かれた。ボスの肩は硬い皮膚と骨で覆われており、刃は通らないようだ。


「グオォォォ!!」


 怒りにまかせて振るわれた棍棒が、リーナの目前を掠める。寸前で身を翻し回避したが、地面に転がった勢いで、腰の短剣が転がった。


「っリーナ!」


 カイルが間に入る。その槍が、ボスの腕を突く。だが、浅い。ボスの皮膚は、普通のゴブリンとは比べものにならない硬さだった。


「弱点が……!どこだ……!」


 ヒューリも応援しようと呪文を構えるが、詠唱中にゴブリンの残党が迫ってくる。


「……はっ!」


 ヒューリは即興で小瓶を投げ、爆裂煙を発生させた。白煙が視界を覆い、敵を一瞬ひるませる。


 リーナは煙の中、短剣を拾いながら、ある一点を見た。


 ――ボスの腹。その下腹部、傷跡のようにわずかに凹んだ箇所。


(あそこなら……!)


 リーナは、煙の中から走り出す。ボスの横腹へ、低く潜り込むように飛び込み、そして――


「――お願い…!」


 叫ぶように、短剣を突き刺した。


 ズガン。


 硬い皮膚を突き破り、短剣がボスの腹に深く食い込む。


「ギ、ギギィィィィィィ――!」


 ボスが悲鳴を上げる。暴れる腕がリーナを吹き飛ばした。転がった彼女の手には、折れた短剣の柄だけが残されていた。


「……やった、の……?」


 そして、その巨体は、地響きを立てて崩れ落ちた。


 辺りは静寂に包まれていた。

 木々のざわめきも、遠くの鳥のさえずりも、まるでボスの絶命とともに息を潜めたかのようだった。


「リーナ……!」


 駆け寄ったカイルが、地面に倒れ込んだリーナの肩を抱き起こす。


「……カイル……」


 リーナの瞳が、彼の姿を捉える。安心したように小さく息を吐き、彼女は手の中に握った“柄だけの短剣”を見つめた。


「ごめん……壊れちゃった……」


 その声は、どこか寂しげだった。しかしカイルは、首を横に振る。


「リーナ。あの一撃がなければ、俺たち全員やられてた。お前が決めたんだ」


「……うん……」


 ゆっくりと、リーナが頷いた。


「それに――よくやった、リーナ」


 その一言に、彼女は涙をこぼすでもなく、ただ静かに微笑んだ。


 やがてヒューリも近づいてきて、しゃがみこみながら小さく言った。


「本当に……無事でよかった。リーナも、カイルも」


 その目にも安堵の色が宿っていた。三人はしばし、森の静けさの中で身を寄せるようにして座り込んでいた。


◇◇◇


 小一時間後、周囲の安全を確保した彼らは、ゴブリンたちの死体を確認し、証拠として耳と装備品を回収した。


「これで……任務完了、だね」


 ヒューリが呟いたその声に、リーナも小さく「うん」と頷く。


「それにしても……リーナ、あの最後の突きはすごかったよ。普通なら怖気づくところなのに」


「怖くなかった、わけじゃないの……でも、あのままだったら……誰かがやられてた」


 言葉の端々に、彼女の中の“冒険者としての覚悟”がにじんでいた。


「それに……」


 リーナは、折れた短剣の柄を両手で包むように持ち上げた。


「この剣が、守ってくれたんだと思う」


 短剣はもう刃が半分以上折れ、戦闘には使えない。だがその役目を果たし、持ち主を生かした。


「帰ったら……鍛冶師さんのところに行って、新しいのを作ってもらう」


 そう言った彼女の顔には、もう迷いはなかった。


ありがとうございました!

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