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斥候リーナの歩き方は。  作者: ふふぐ
第一章 出会い
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8.潜む森の気配

よろしくお願いします!

 バルド村の朝は、静かだった。


 陽光がわずかに差し込む村の東端、森へと続く小道の前に、リーナたち三人は立っていた。木々の間を抜ける風はひんやりとしていて、耳をすませば、鳥の囀りと草木のざわめきが混じり合う音が聞こえる。


「じゃあ……入ろっか」


 ヒューリが少し緊張した面持ちで言った。


 リーナは小さく頷くと、腰の短剣をそっと確かめ、先頭に立った。

 斥候としての役割を担う自分が、まずは道を拓かなくてはならない。それがわかっているからこそ、足取りは慎重に、でも迷いはなかった。


「足音、なるべく立てないようにね。あと……枝とか、蹴らないように」


 リーナは小声で言いながら、地面を見下ろし、草の状態や踏み跡を確かめていく。


「さすがだな、リーナ」


 後ろからカイルの声。

 小さな声でも、どこか安心感があった。


「森の空気……ぜんぜん街と違うね」


 ヒューリがぽつりとつぶやいた。


 森に入ってすぐ、空気の質が変わった。湿った土の匂いと、鬱蒼とした木々の影。昼間とは思えないほど薄暗いこの空間では、目も耳も研ぎ澄まされていく。


「足跡がある……これは」


 リーナが茂みの間を覗き込むと、そこには小さな足跡がいくつも残っていた。


「人間じゃないな……形が違う」


 カイルもすぐに跪き、土の感触を確かめる。


「これって、ゴブリン……?」


 ヒューリが問うと、リーナは頷いた。


「たぶん。でも、まだ新しい。……そんなに遠くには行ってないはず」


 それを聞いて、三人は顔を見合わせた。


「じゃあ……慎重に追おう。リーナ、頼んだ」


 カイルの言葉に、リーナは「うん」と短く返し、再び先頭に立つ。

 獣道のように入り組んだ小道を進むうちに、森の奥へと踏み込んでいく。やがて、地面には引きずられたような跡、そして何かを食い荒らしたような痕が現れた。


「ここ……たぶん、何か食べてた」


 リーナが低い声でつぶやく。

 枯葉の間に小さな骨の破片が散らばり、何かの小動物だったことがうかがえる。


「気をつけて。近いかもしれない」


 カイルの顔からも、余裕が消えていた。


◇◇◇


 数分後、リーナが急に手を上げて立ち止まった。


「――動いた音、した。前方、三十メルくらい」


 小声でそう告げるリーナの指が示した先、木陰の奥に、緑がかった小柄な影がちらついていた。


「ゴブリン……ね」


 ヒューリが緊張を帯びた声で確認する。


「数は三体。槍を持ってるのが一体、あとは素手……かな」


 リーナの観察に、カイルが頷いた。


「仕掛けるしかないな。俺が正面から引きつける。その間に、ヒューリは援護魔法、リーナは……背後からの奇襲、いけるか?」


 リーナは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに力強く頷いた。


「できる。やってみる」


 カイルが前方へ音を立てて踏み込むと、ゴブリンたちが鋭く鳴いた。注意を引きつけたその瞬間、リーナは身を低くして側面の茂みに飛び込み、一体の背後に回り込む。


 ヒューリの詠唱が森の空気を震わせる。

「〈閃光シャイニング〉!」


 眩い光がゴブリンたちの視界を奪った隙に、リーナは一気に飛び出した。鋭い短剣の刃が、油断していた一体の背中を貫く。


「ギィィッ!」


 残る二体がカイルに向かって襲いかかるが、槍の一突きで一体を吹き飛ばす。


「リーナ、下がれ!」


 声とともに、もう一体がリーナに爪を振りかざす。しかし彼女は素早く後退し、すぐに構え直す。そこに、ヒューリの投げた小瓶が炸裂し、ゴブリンの足元に煙が広がった。


「視界を奪った! 今のうちに!」


 リーナが短剣で飛び込む。カイルの槍と合わせた連携で、最後の一体も倒れた。


「……終わった、かな?」


 ヒューリの声に、リーナは大きく息を吐いた。

 倒れたゴブリンたちの身体を確認しつつ、リーナは短剣を静かに拭った。血に染まったその刃は、魔物を切り裂くには足りないが、確かに命を守る武器としての力を持っていた。


「リーナ、大丈夫?」


 ヒューリが駆け寄ってきて、心配そうに彼女の顔を覗き込む。


「うん……怖かったけど、ちゃんとできた。ヒューリの魔法、助かったよ」


 リーナは小さく微笑んだ。肩で息をする彼女の顔には、恐怖よりも、どこか達成感に近いものが浮かんでいた。


「お前、最初とは別人みたいだな」


 カイルが苦笑しながら声をかけると、リーナは少し照れたように頬をかいた。


「ううん、まだ全然。でも、みんながいたから、ちゃんと動けた」


 そんなやりとりを交わしながらも、三人の視線はすぐに次へと向けられる。


「このゴブリンたち……動きがまとまってた」


 カイルがそう呟くと、リーナが静かに頷いた。


「私もそう思う。ばらばらじゃなくて……ちゃんと、目的があったみたい」


「たとえば、巣からの斥候とか?」


 ヒューリが推測を口にした。


 リーナはしばらくその場の地形や周囲の痕跡を観察した後、ある一点に視線を留めた。


「……あれ」


 茂みの奥、踏み荒らされた草むらの中に、ほかの場所とは違う、濃い足跡がいくつも重なっていた。それは一方向に向かって伸びており、複数の足跡が交差しながら、一定の流れを持っていた。


「何かある……この先、何度も通ってる。巣があるなら、きっとこっち」


 カイルとヒューリがリーナの視線の先を追い、頷いた。


「なら、慎重に追ってみよう。……戦いがあったあとは、気を抜きやすいからな」


「うん。私が先に行くね」


 リーナが小声でそう言い、再び斥候の役割として先頭に立つ。


 三人は、リーナの先導で足跡を辿りながら森の奥へと進んでいった。落ち葉を踏む音を極力抑え、会話もひそひそ声に。

 昼間とは思えない静寂の中、緊張が少しずつ高まっていく。


 やがて、足跡は小さな谷を越えた先で散らばるように乱れ、周囲の木々の根元には、枝を折ったような跡が点々と残っていた。


「……これ、移動中に誰かがわざと折ったのかな。目印?」


 ヒューリが不安げな声で言うと、リーナも頷いた。


「うん。たぶん、ゴブリンが仲間に合図するための……。この先、注意して」


 そして、その時だった。

 リーナが足を踏み出そうとした瞬間、カチッと乾いた音が響いた。


「リーナ、下がれッ!」


 カイルの声と同時に、彼がリーナを抱きかかえるようにして引き戻した。その直後、リーナが踏みかけた地面が弾けるように開き、鋭い木の杭が仕込まれた落とし穴が姿を現した。


「……っ、なにこれ……!」


 リーナは青ざめた顔で落とし穴を見つめた。杭の先には、乾いた血の跡。つい先日、何かがここに落ちたのだろう。


「くそ、まさかゴブリンがこんな罠を……。こいつら、ただの野蛮な魔物じゃないのかよ」


 カイルが眉をひそめ、槍の柄を握りしめる。


「危なかった……リーナ、大丈夫?」


 ヒューリが駆け寄ってくる。リーナは頷いたものの、足が少し震えていた。


「うん……ありがとう、カイル。もう少しで……あのまま踏み込んでたら……」


 その震えを悟られぬよう、リーナは短剣の柄を強く握りしめた。

 恐怖は確かにある。それでも――


「行こう。まだ、終わってないから」


 落とし穴の周辺を回避し、三人はさらに慎重に進み始めた。

 その先に、彼らを待つ何かが、静かに息を潜めていた。


――森の奥、罠を避けつつ進むことしばし。木々の密度が増し、空がほとんど見えなくなった頃だった。


 リーナがふと立ち止まり、手を挙げた。


「……聞こえる?」


 三人は息を潜め、耳を澄ます。


 かすかに――金属が擦れるような音。そして、低い声の唸り。


「……ゴブリンだ」


 カイルが口を開き、槍を静かに構える。リーナも短剣を引き抜き、ヒューリは後方で杖を構えた。


 茂みの向こう、開けた空間に四体のゴブリンがいた。背は人間の半分ほどで、浅緑色の肌に獣皮の衣。手には粗末なナイフや棍棒を握っている。彼らは何やら獲物を囲んでいた。小さなイノシシらしき死体だった。


「数は四体。うち、一体は……少し大きい、リーダーかも」


 リーナが囁く。カイルは頷き、周囲の地形を素早く確認した。


「なら、俺が正面から引きつける。リーナは右手の茂みを回って側面から。ヒューリ、後ろから援護頼む」


 「了解」

 「わかった……!」


 深く頷き、三人は静かに散った。


 そして――


「おい、小鬼ども。遊んでるところ悪いが、そいつは俺たちがもらう!」


 カイルが茂みを飛び出し、槍を構えた。ゴブリンたちは驚き、ギャッと奇声を上げて振り向く。


 一瞬の混乱の隙を突き、リーナが側面から飛び出した。素早い動きで一体のゴブリンの背後に迫り、短剣で一閃。ゴブリンが悲鳴を上げる間もなく、地に崩れた。


「一体撃破!」


「やるじゃん!」


 カイルも間髪入れず、槍の一撃で別のゴブリンを押し倒す。その隙を突き、リーダー格と思しきゴブリンが棍棒を振り上げて襲いかかってくる。


「来いよ!」


 カイルは身を引きつつ、槍の柄で受け止めた。その直後――


「《風のウィンドアロー》!」


 ヒューリの詠唱が終わると同時に、風の魔力を帯びた矢が放たれ、ゴブリンの肩を貫いた。呻きながらふらついたところへ、カイルの槍が突き刺さる。


 残る一体は混乱し、後ずさりながら逃げようとする。だが、リーナが素早く前に回り込み、足元へ低い姿勢からの斬撃を叩き込んだ。


 ――沈黙。


 四体のゴブリンは、全て動かなくなっていた。


「……終わった、よね?」


 リーナが息をつき、周囲を見渡す。カイルも槍を下ろし、汗を拭った。


 「ふう、ナイスフォローだったぜ」


 「ふふっ、やったね、私たち……」


 ヒューリが小さく笑い、頬を染めた。


 ――そして、リーナは気づく。


 ゴブリンたちが囲んでいた死体のそばに、何かの布袋が落ちていたのだ。中には、簡易な地図と、荒い字で書かれた紙片。


『アナグラ、ココヨリキタノホウ……モノオオシ』


「……これって、巣の場所……?」


 三人は顔を見合わせ、そして無言で頷いた。


 戦いを終えたばかりの彼らに、次の目的地が示された。

 ゴブリンたちの巣が、この森のどこかに――確かに、存在している。

ありがとうございました!!

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