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斥候リーナの歩き方は。  作者: ふふぐ
第一章 出会い
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7.初めての討伐依頼

よろしくお願いします!

 朝の陽射しが石畳を優しく照らし、街の活気が少しずつ戻ってくる時間帯。

 リーナたち三人は、ギルドの掲示板の前に集まっていた。


 「ふふ……いよいよ、正式な討伐依頼ね」


 ヒューリが胸元で手を組み、どこか緊張した面持ちで呟く。


 カイルはそんな彼女を横目にしつつ、少し後ろに立つリーナの様子に気を配っていた。

 訓練を見事にやり遂げた彼女だったが、こうして実戦の依頼を前にすれば、緊張して当然だろう。

 だが彼女の顔には、不安よりも静かな決意の色が強く滲んでいた。


 「この前より……顔つきが変わったな」


 小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞こえていなかった。


 ギルドのカウンター奥から、明るい声が彼らを呼んだ。

 「おはよう、リーナちゃんにカイルくん、それとヒューリちゃんも! 来てくれたのね」


 快活な笑顔で彼らを迎えたのは、ギルド職員のエミリアだった。

 

 「こんにちは、エミリアさん。今日は、例の依頼を」


 リーナが話しかけると、エミリアはコクンと頷いた。


 「うん、ちゃんとキープしておいたわよ。三人にぴったりの、Fランク依頼」


 エミリアはカウンターの下から一枚の依頼用紙を取り出し、三人の前に広げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

依頼名:村近くのゴブリン討伐依頼

依頼主:バルド村村長

ランク:F

内容:村の東側の森にて、数匹のゴブリンが目撃される。村人の生活圏に近づいてきており、早期の対処が望ましい。

報酬:銀貨5枚(討伐数により加算あり)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「バルド村って、ここから歩いて半日くらいよね?」


 ヒューリが指で地図をなぞると、エミリアが頷いた。


 「ええ。馬車ならもっと早く着くけど、今回は歩いて向かう方がいいと思うわ。討伐対象が移動する可能性もあるから、周囲の地形も把握しておくといいしね」


 「つまり、斥候の出番ってわけだな」


 カイルが冗談交じりに笑うと、リーナが小さく笑って首を傾げた。


 「うん。でも……まだ私、役に立てるかわからないけど……頑張る」


 リーナの声は控えめながらも、言葉の芯に熱が宿っていた。

 それを聞いたエミリアが、微笑みながら肩をすくめた。


 「最初はみんなそんなものよ。大事なのは、ちゃんと戻ってくること。そして、無理をしないこと。わかった?」


 三人は、ほぼ同時に頷いた。


◇◇◇


 出発前、三人は装備の確認と食料の買い出しを終え、集合場所であるギルドの正面に再び集まった。


 リーナは黒革の軽装鎧に身を包み、腰にはあの短剣――鍛冶師から受け取った、大切な短剣が光っていた。

 カイルは槍を背に、簡易の鉄製チェストアーマーを着ており、普段の頼もしさをさらに引き立たせている。

 ヒューリはというと、小柄な体にローブを羽織り、背には杖とポーチ、腰には投擲用の小瓶が揺れていた。


 「さて……行きましょうか」


 ヒューリの声に、リーナとカイルが頷いた。


◇◇◇


街を出てからしばらく、東の道はなだらかな丘陵が続いていた。春の陽気に誘われるように、草花が色とりどりに咲き誇り、小鳥のさえずりが空を渡る。


 「ねえ、あれ見て! クロッカスよ、今年はちょっと早いんじゃないかな」


 ヒューリが足を止め、道端に咲く小さな紫の花を指差す。


 「春の花か……ヒューリはよく花の名前を覚えてるな」

 カイルがその傍らで立ち止まり、辺りを見渡した。


 「うん、小さいころから好きだったの。おばあちゃんが庭で育ててたのよ」


 リーナは少し後ろから二人を見守っていたが、どこか微笑ましげな表情で歩み寄ってきた。


 「綺麗……こんな花が咲く場所でも、魔物は現れるのね」

 淡い金髪が風に揺れ、リーナの澄んだ青い瞳が花に向けられた。


 「自然の美しさと危険は、いつも紙一重だよな」

 カイルが言いながら、槍の柄を軽く肩に担ぐ。


 リーナはふと、その横顔を見上げた。頼もしい背中に、あの日自分を助けてくれた記憶が重なる。


 「……カイル」


 「ん?」


 呼びかけたものの、すぐに言葉が出てこない。

 だが彼女の目に浮かぶ感謝の気持ちは、伝わっているようだった。


 「……ありがとう。あの時、助けてくれて」


 カイルは驚いたように瞬きをし、そして少しだけ照れくさそうに笑った。


 「礼を言うのはまだ早いさ。これからも、助ける機会は何度もあるだろうしな」


 リーナも微かに笑った。

 私と助けることができるようになりたい、と。

 そう胸に抱いて。


 再び歩き出した彼らの足取りは、少しだけ軽くなっていた。

 昼を過ぎた頃、三人は小高い丘の上に差しかかっていた

 遠くには、森と森のあいだに広がる開けた土地、その先にぽつんと並ぶ家々が見える。


「見えてきたわね。あれがバルド村」


 ヒューリが手で額をかざしながら言った。


「森が村のすぐそばにあるな。噂通りなら、ゴブリンが出入りするには十分な距離だ」


 カイルは地図と照らし合わせ、慎重に確認をとる。


 リーナは周囲に目を配りながら、静かに頷いた。

 斥候訓練で培った感覚が、少しずつ現実の中で馴染んでいくのを感じる。


「地形的にも、森の入り口を警戒しておくべきだね。暗くなる前に、村長さんに話を聞こう」


 彼らは足を速め、村への下り坂を進んでいく。

 小道の両側には畑が広がり、そこでは年配の農民たちが腰をかがめて作業をしていた。

 彼らの顔にはどこか不安の色が滲んでいたが、三人の姿を目にすると、ほっとしたような表情を見せた。


「おや……あんたたち、冒険者さんかい?」


 腰を痛めたらしい老農夫が声をかけてきた。


「はい、冒険者ギルドから来ました。バルド村に依頼されていた、ゴブリン討伐の件で」


 リーナが丁寧に答えると、老農夫は深く頷いた。


「そりゃありがたい……ここんとこ、夜になるとあの森のほうから不気味な声がしてな。若いもんは怖がって、畑にも近づきたがらねぇんだ」


「何か、ゴブリンたちの様子で変わったことはありませんでしたか?」


 ヒューリが続けて問いかけると、老農夫は少し考え込んでから言った。


「そうさな……森の中から煙が見えたことがあるんだ。焚き火か何かだと思ったが、ゴブリンが火を使うとは聞かんし……妙だと思ってな」


「貴重な情報、ありがとうございます」


 カイルが一礼し、三人は村の中心へと向かった。


 村の中央には、古びた木造の建物が一つ。

 その玄関には「村役場」と書かれた小さな看板が掲げられていた。

 リーナたちはノックをして中へ入ると、すぐに中年の男性が姿を見せた。日焼けした肌と、目尻に刻まれた皺。村を守ってきた者の風格があった。


 「おお、君たちがギルドから来てくれた冒険者か。わしが村長のガレムだ。よく来てくれた」


 村長は心から安堵したように、深々と頭を下げた。


「はい、ゴブリン討伐の件でお話を伺いに来ました」

 リーナが前に出て、はっきりとした声で答える。


 「ふむ……最近になって森の東側、川のほとりあたりで目撃情報が多い。最初はただの通りすがりかと思っていたが、最近じゃ村の畑のすぐ近くまで来るようになってきた」


「数は?」


 カイルが尋ねると、村長は少し首を傾げて答えた。


「見かけた者の話をまとめるに、三匹から五匹ほどじゃ。だが――」


 村長は声を潜める。


「どうも、ただの野生のゴブリンじゃない気がしてな。集団で動いてるにしては妙に統率が取れているというか……森の奥に、奴らの巣でもあるのかもしれん」


 ヒューリがそっと眉をひそめた。


 「煙の目撃情報があったのも、関係あるかもしれませんね。誰かが彼らをまとめてる?」


 村長はゆっくりと頷いた。


「正直、わしらだけでは手が出せん。子供もいる村じゃ、万が一を考えると動けんのだ。頼む、どうか奴らを追い払ってくれ」


「わかりました。状況を把握して、明日には動きます」


 リーナの言葉に、村長は目を細めた。小さな少女の姿の中に、確かに芯のある意思を見た。


 村長の案内で、三人は村の宿に案内された。小さな木造の建物で、部屋は一つだけ、三人で泊まるにはやや手狭だったが、寝具は清潔で暖かみがあった。


「じゃあ、明日は朝から森へ向かうとして……今のうちに準備、かな」


 ヒューリが部屋の窓を開けて、遠くに見える森を見つめながら言った。


「日が沈む前に、村の周りも少し見ておこう。逃げ道とか、村人の避難場所とかも把握しておいた方がいい」


 カイルはすでに地図を広げ、森へのルートを確認している。


 リーナは黙って頷き、短剣を磨く手を止めた。

 「あの……ありがとう、ふたりとも」


 不意に口にした言葉に、ヒューリとカイルが顔を上げる。


「なにが?」


カイルが首を傾げると、リーナは小さく笑った。


 「私ひとりだったら……たぶん、ここまで来られなかったから」


 ヒューリがふわりと微笑んで、そっとリーナの手を取った。


 「リーナちゃんが頑張ったからだよ。私たちは、ちょっと背中を押しただけ」


 その言葉に、リーナの頬がわずかに赤く染まった。


 その夜、三人は交代で夜番を立てつつ眠りについた。翌朝の討伐に備えて、気を緩めることなく、それでもどこか温かな空気が部屋を満たしていた。


 外では、夜風が村の木々を優しく揺らしていた。


ありがとうございました!

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