表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斥候リーナの歩き方は。  作者: ふふぐ
第一章 出会い
6/36

6.訓練という名の戦場

よろしくお願いします!

 朝霧がまだ街路を包んでいた。

 リオストの街が本格的に目覚める少し前、ギルドの裏手にある広場には、すでに幾人かの冒険者の姿があった。


 リーナもその一人だった。


 木剣を片手に、簡素な布の訓練着に身を包んだ彼女は、緊張と期待を胸に、広場の中央に立っていた。


 ――今日から、訓練が始まる。


 ギルドで受けられる初級冒険者向けの訓練プログラム。その中でも、三人一組で実践形式の模擬任務をこなすという形式は、新人たちの間で「洗礼」とも呼ばれていた。


 「……なんであたし、こんなに緊張してるんだろ」


 小さく呟いた声に、朝の冷たい風がそっと応えた。


 そこに、カイルの声が響いた。


「おーい、リーナ! こっちだこっち!」


 快活な槍使いの少年が、笑顔で手を振っている。

 短い赤髪が跳ねて、朝から調子がいいことが伺える。

 隣には、相変わらず落ち着いた表情の青いおさげの魔法使い――いや、ヒューリが静かに佇んでいた。


「おはよう、二人とも」


「おっ、元気そうだな! 今日からチーム訓練だってのに、顔がこわばってるぞ?」


 「うるさい」と返しかけて、リーナは少し口を噤んだ。……本当は、不安があった。


 誰かと行動を共にする。それは、家族を喪ってから避けていた「つながり」だったから。


 訓練の始まりを告げる鐘が鳴った。


 ギルドの訓練官が数人、広場の前方に並び、新人たちへと声をかけた。


「お前ら! 本日から三日間、基礎訓練を行う。三人一組の班で模擬任務をこなし、最終日には成果を報告してもらう」


 説明は簡潔だったが、その声には実戦経験者ならではの重みがあった。


 「第八班、カイル、ヒューリ、リーナ」


 名前を呼ばれ、三人は互いに目を見合わせ、軽く頷いた。


 こうして、三人の訓練が始まった――


◇◇◇


 三人での訓練初日。

 与えられた任務は、模擬的な「遭難者の捜索と救出」だった。


 広場の裏手に広がる小さな森――訓練区域とされているそこに、ギルドの訓練官が“遭難者役”として潜んでいる。三人は地図と指示を手に、協力してそれを探し出さなければならない。


 「森って言っても、見た感じそんなに広くないしな。サクッと見つけて、早く休憩したいところだな~」


 カイルが軽口を叩くが、ヒューリはすでに地図を見ながら思案していた。


 「でも簡単にはいかない。これ、地形が不自然……たぶん、見落としやすい谷がある」


 リーナはふたりのやり取りを聞きながら、ふと足元の痕跡に目を留めた。


 ――土が、わずかに沈んでる。


 しゃがみこんで触れてみると、草の上にうっすらと足跡が残っていた。重い荷を引きずったような跡。それは地図上には記されていない小道へと続いている。


 「……こっちかも」


 「えっ?」


 リーナが指差した先に、カイルとヒューリも視線を向けた。


 「足跡があるの。たぶん、訓練官の人が通った……」


 そう口にした瞬間、遠い記憶が蘇った。


◆◆◆


 『足元を見ろ、リーナ。葉の上に露が残っているなら、ここは今朝、人が通っていない。逆に踏み荒らされた草は、時間の経過で戻る。だが――』


 『戻らない草もある。そういうのを探せ、でしょ?』


 祖父と森を歩いた、あの夏の日。狩猟に必要な技術として、彼は斥候の基礎を教えてくれた。言葉少なだった祖父は、獣の気配を読む力を育てるよう、繰り返し根気強く教えてくれた。


◆◆◆


 (まさか、こんなところで役に立つなんて)


 内心、驚きつつも、リーナはその記憶を頼りに痕跡を追っていった。


 やがて、急斜面の陰にある小さな洞へと辿り着く。その中に――


「いた!」


 ヒューリの声と共に、洞から訓練官が姿を現した。


 「お見事。誰かが痕跡を見抜いたな?」


 リーナが一歩前に出ると、訓練官の男は目を細めて彼女を見つめた。


 「お前……斥候向きだな。視線と足の運び方が、それだ。誰かに習ったか?」


 「……祖父に。昔、森で」


 「なるほどな。斥候は、ただ隠れて敵を探すだけの役じゃない。味方に“安全な道”を示す、縁の下の要だ。そういう力は、戦場じゃ何より大事になる」


 その言葉に、リーナは胸の奥で何かが静かに動くのを感じた。


 (わたし……斥候、向いてるのかな)


 訓練は順調に進み、その日最後の評価で、三人の班は訓練官から高い評価を受けた。


 「明日からは少し内容が厳しくなるぞ。楽しみにしてろ」


 そう言い残して、訓練官たちは去っていった。


 広場に残った三人。カイルがぽん、とリーナの肩を叩いた。


 「リーナ、あんなの見つけるとかマジですごいじゃん。何者だよ」


 「……ちょっと、森には慣れてるだけ」


 リーナは照れたように答えるが、その顔はどこか誇らしげだった。


 ヒューリも静かに言葉を添えた。


 「リーナ、あなた……観察力がある。斥候向きよ。ちゃんと活かせば、あたしたちの動きがもっと正確になる」


 少しずつ、認められていく感覚。それはリーナにとって、久しく味わったことのない温かい気持ちだった。


 (ここでもっと、強くなれるかもしれない)


 そう思いながら、リーナは沈む夕陽を見上げた。


◇◇◇


 訓練が続く日々のなかで、三人の連携も徐々に形を成していった。


 カイルは槍を振るい、前衛として敵を引きつける。ヒューリは冷静に魔法で援護を重ね、リーナは斥候として地形を読み、敵の奇襲や罠を事前に察知する役を担った。


 「こっちに足跡が集中してる。たぶん、敵の待ち伏せがある」


 そうリーナが言えば、ヒューリが魔法で地形を炙り、カイルが先手を取って進む。


 三人の動きは、まるで長く共に戦ってきた仲間のようだった。


 「このチーム、けっこう良い線いってるんじゃない?」


 カイルの言葉に、ヒューリも「悪くないわね」と頷いた。


 リーナは、その二人のやり取りを見ていて――ふと、自分の中に生まれている変化に気づいた。


 (この人たちといるの、嫌じゃない)


 家族を喪い、村を焼かれてからというもの、誰かと一緒にいるのが怖かった。大切に思えば思うほど、また失うのが怖くなる。


 でも。


 (この人たちは、違う)


 リーナはまだその感情に名前をつけられなかったけれど、ほんの少し、心が軽くなった気がした。


 訓練期間の最終日。ギルドから与えられた最後の課題は、実戦さながらの模擬戦闘だった。


 訓練官が指揮するベテラン冒険者チームと、訓練を終えた若手チームがぶつかり合う。


 「相手は経験豊富な連中だ。油断すれば一発でやられるぞ」


 ギルドの訓練官はそう告げて、模擬戦の合図を送った。


 リーナたちは、地形を活かした陽動と側面攻撃で挑んだ。


 リーナは木陰から動かず、敵の動きを読みながら仲間に合図を送る。カイルは正面から挑発し、ヒューリはリーナの指示に従って魔法で狙撃する。


 作戦は、驚くほど綺麗に決まった。


 「まさか……あの三人にここまでやられるとはな!」


 訓練官が苦笑交じりに言い、最後には満面の笑みを浮かべてこう言った。


 「よし、認定だ。お前たちは、立派なチームだ。これからは実戦に出られるよう推薦しておく」


 その言葉に、リーナの胸が熱くなった。


 ――戦える。


 ――仲間となら。


 その夜。訓練場近くの小さな酒場に三人で立ち寄り、簡単なお祝いをすることになった。


 「お前、マジですごいよな。リーナがいなかったら、俺たちぜってー負けてたぞ」


 カイルがジョッキを持ち上げて言う。


「確かに。あんたの読みがなかったら、あたしの魔法も無駄だった」 


ヒューリもジョッキの縁を指でなぞりながら呟いた。


 リーナは、小さく微笑んで――そして、言った。


 「……ありがとう。わたし、ずっと一人で戦わなきゃって思ってた。でも……今は、ちょっと違うかも」


 「なんだそれ、青春っぽい!」


 カイルが笑い、ヒューリがちょっと赤面して視線をそらす。


 そんな、ささやかな時間が愛おしかった。


 訓練を終えたリーナたちは、ギルドの裏庭に並ぶ木陰のベンチに腰を下ろしていた。


 夕陽が赤く街を染める中、ヒューリが水筒を回し飲みしながら言った。


「……今日のリーナ、ちょっとすごかったね。敵の動き、あんなに早く見抜けるなんて」


 リーナは少し戸惑いながらも、うつむいて微笑んだ。


「……多分、おじいちゃんのおかげ。昔、よく一緒に森を歩いたの。足跡の見方とか、風の向きとか、そういうのをたくさん教えてもらってたから……」


 カイルが満足げに頷く。


「なるほどな。やっぱ斥候役はリーナで決まりだな!」


 思わず笑いがこぼれた。少し前まで一人で剣を握っていた自分が、今ではこんなふうに仲間と笑い合っている。そんな時間が、どこか夢のようだった。


 ギルドの入り口から、訓練官がこちらを見て手を振った。明日からは実戦を想定した訓練が始まるらしい。


「本番はこれからだな」カイルが腕を伸ばしながら言った。


「うん。でも……ちょっと楽しみ」


 リーナは、日が傾いた空を見上げた。黒い魔物を討つ旅の始まりは、まだ遠いかもしれない。けれど、その道の先には必ず辿り着ける。そう信じられるようになっていた。


ギルド訓練場の片隅で、リーナはひとり空を仰いでいた。

 頭上には雲が流れ、街の喧騒が遠くに聞こえる。

 あの森で剣を握った日から、ほんの少しだけ、自分の歩幅が変わった気がしていた。

 カイルやヒューリと過ごした訓練の日々。

 ひとりでは届かなかった視界が、いま、少しずつ広がっていく。


 「遠い道のりでも、歩く覚悟はできている。今の自分なら、きっと」


 リーナはそっと短剣の柄に触れた。

 祖父にもらった、あの剣の温もりが、心の奥でまだ息づいている。

 そしてその横には、仲間の声――新しい命の気配があった。

ありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ