表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斥候リーナの歩き方は。  作者: ふふぐ
第一章 出会い
2/36

2.焔を抱いて

よろしくお願いします!

 朝靄がまだ村を包んでいた。

 

 焼け焦げた木材の匂いは、時間が経っても消えずに鼻を突く。村の広場は静まり返っていた。

 だがその静けさには、誰もが気づいていた――それが、ただの静けさではないことに。


 村を襲った黒い魔物の爪痕は、土地だけでなく、人の心にも深く刻まれていた。


 立ち上がることすら忘れたように、地面を見つめる老人。

 何も言わず、焦げた家の跡で瓦礫を片付ける若者。

 誰もが生き延びたことを喜ぶよりも、喪ったものの重さに沈んでいた。


 リーナもまた、その一人だった。


 祖父の遺体は、焼けた畑の片隅に埋めた。

 墓標代わりに、焦げ残った鍬を立てると、ぽつりと空を見上げた。

 空は高く、青く、あの日と同じだった。


「……おじいちゃん、ごめん」


 呟いた言葉に返事はなかった。


 あの日、村を襲ったのは、漆黒の鱗を持つ巨大な魔物だった。

 冒険者がたまたま近くを通っていて、命がけで立ち向かい、なんとか追い払ってくれた。

 だが、魔物は逃げただけで、完全に倒されたわけではない。


 そして、祖父はあの日、あの場所でーー家ごと、業火に呑まれた。


「次はないと思え」


 冒険者の男が去り際に残した言葉が、リーナの胸に棘のように刺さっている。


 次があるかどうかなんて、もうわかってる。次はない。だから、自分がやるんだ。


 もう、誰も喪いたくない。


 リーナは瓦礫の下から見つけ出した、黒く煤けた箱を開けた。中には古びた剣と、すすにまみれたペンダントが入っていた。


 剣は、祖父が昔使っていたものだった。

 刃は欠け、柄の部分にはひびが入っていたが、それでも彼女には宝物に見えた。

 そして、銀の鎖のペンダントは母の形見。中には小さな家族の絵が入っている。


「私、行くね」


 墓標に向かってそう告げると、リーナは立ち上がった。


 荷物は少ない。

 手紙一通と、水、保存食。

 腰に剣を差し、ペンダントを首にかけ、家を後にする。


 村の出口に向かう途中、広場を通ると、人々がちらほらと作業の手を止めて、彼女を見た。


「リーナ……本当に、行くのか」


 誰かの声が聞こえたが、彼女はただ小さく頷いた。


 その時、鍛治場の前に立つひとりの男が、彼女を呼び止めた。


「おい、待ちな」


 無骨な声だ。

 振り返ると、鍛治師のガロが腕を組んで立っていた。

 長年村に住んでいる老人で、無愛想だが、村の誰よりも頼れる人物だった。


 彼はゆっくりと歩み寄り、一振りの短剣を差し出した。


「これを持ってけ。前にお前の爺さんが鍛冶場に持ち込んだ、修理途中のやつだ。刃は短えが、鉄は良い」


 リーナは目を見開いた。


「でも、そんな大事なもの……」


「命が惜しけりゃ持ってけ。……それだけだ」


 彼はそれ以上何も言わず、背を向けた。だが、その背中には明らかに、「いずれ帰ってこい」という言葉が刻まれていた。


 リーナは短剣を受け取り、腰のベルトにそっと挿した。刃の重みが、彼女の決意を支えてくれる気がした。


 そして村の入り口に立ち、最後に一度だけ振り返った。


 焦げた屋根。黒く変色した大地。けれどその奥には、人の暮らしがまだ残っている。


「ぜったいに、戻ってくる」


 そう呟いて、リーナは歩き出した。


 遠く、まだ見ぬ世界へと向かって。


 剣と、ペンダントと、誰かの想いを胸に抱いて――。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ