虹の先に
あの先に、あの虹の根本はどうなっているんだろう。
私は、私は子どもの頃からそう思っていたけど、誰も教えてくれなかった。
「なあ、ナナミ。あの虹の根本はどうなっていて、そこから見える景色はどんなんだろうな?」
意外な一言に驚かされる。ナナミと私を呼んだアツヤは、大学の同じゼミ生だ。
「知らないわよ」
「そうか、行って見てみたいとは思わないのか?」
「思ったこともないわ」
そう答えたが、私は子どもの頃、あれは小学5年生の夏休みだったか。私は虹の根本を見たくて、一人で冒険に出た。ひたすら虹の根本を目指し家を飛び出したのだった。でも、その先を確かめようとしても、虹はその姿を消し、また別の日に虹を見つけ、また虹を目指したけど、その先を見ることは出来なかった。子ども心に、虹の先はないんだなと思った。それ以来、虹の根本を確かめようと思ったことはない。
「行って確かめてみようぜ」
「へっ!?」間抜けな声が出た。
雨上がり、窓外を眺めると、薄っすらと虹が架かっているのが見えた。
「今しかないな。行くぞ」
アツヤはにんまりと笑うと、私の手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと待って」
「何だよ」
私の戸惑いを知らんぷりして、アツヤは手を引っ張るのを諦めなかった。
「そんなに引っ張らないで。それに、虹の根本なんて見れないから」
「どうしてそんなことを言うんだ?」
「だって…」
「行くぞ」
「…わかった」
でも、私は虹の根本が見れないのを知っていた。
「消える前にだ。急ぐぞ」
「わかったわよ」
私はアツヤに手を引っ張られるままに研究室を飛び出した。虹は意外と近くに見える。もしかしてと思ったけど、子どもの頃の経験が忘れられない。虹の根本なんてないんだと知っているから。
手を引っ張られるままに進むと、虹はどんどんと大きくなって見える。きっと虹はその姿を消すものなんだと思っていた。
「近いな。見えるかもだな」
アツヤはそう言って張り切っているけど、彼が虹の根本を見れなくて失望すると思うと、ちょっぴり心が痛んだ。私だって…。
そんな時、ある奇跡を目にした。
あったのだ。
正確には、虹の根本じゃないけど、虹の根本のところに、それがいるのを発見したからだ。
「…たま…いたんだな」
アツヤがぼそっと呟く。たまとはアツヤの飼い猫だったはずだ。たまは薄っすらと輝いているようにも透き通っているようにも見えた。たまの頭上には虹が見えた。
「虹の根本…なのかな?」私は言葉を失っていた。
「たまは深夜に死んでしまってね。俺の大切な家族の一員の猫だったんだ。可愛かったな」
アツヤは今にも泣きそうな顔をしていた。
「たま…」
その時、「にゃあ」っと猫の鳴き声が聞こえた。
私は「あ、上って行くね」そう言うのが精一杯だった。
たまは虹の橋を渡るんだ。
「たま、元気でな」
たまは虹の橋を渡って行った。
「たま…」アツヤは…。
「渡って行ったね」
「そうだな」
「幸せだったと思うわよ」
「当たり前だ」
「そう」
二人して、暫く言葉を失っていた。
「不思議ね」私がそう言うと、
「ああ、だが安心した。虹の橋を渡ったんだな」アツヤはボソッと言った。
「良かったんじゃない?」
「そうだな」
「そうよ」
「ありがとうな」
「見れて良かったわ」
「サンキュ」
虹の根本はあったんだ。幸せなペットがその虹の橋を渡るために。
消えた虹を二人して、暫く眺めていた。
虹の先に