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9. もはや修行、そして内部

本日もよろしくお願いします。

「おはざーす」


「おはよう。って、ちょっと早いんじゃないの?」


俺はいつも通り、やたら早い時間から出勤していた。そもそもフレックスだから一般的な定時というやつにしばられることすらないから、多くの社員は遅め出勤になってる。そこに一人早朝出勤してると多少目立ってしまうんだけど、まあ仕方ない。その分、夕方早めに帰るルーチンを確立してるというのもある。そもそも、田舎の研究所でなぜフレックスが必要なのかって疑問はあるが、会社という組織体はそういう不合理なところが結構あるものだ。今日に限って言えば、なぜかちはるもいつもよりはまあまあ早めにご出勤だ。


「だってゆうきは早朝に会社でADの実験とかしそうっすからね」


「俺のことどうしてそこまで見通せる?」


俺たちは付き合い始めてからも完全な同棲はしていない。基本的に俺の家にちはるが泊まりに来る感じで、その頻度はまあ結構なものなんだけど、ちはるは自分の部屋を契約したままだし、うちに泊まらない日もそれなりにある。お互いそのほうが楽なこともあるっしょ、っていうちはるの一言は、俺を納得させるのに充分だった。で、昨日はお互い自分の部屋で寝たわけだ。


「とりあえず俺の練習というのも必要だろうし、現状はともかく、修行して何がどこまでできるようになるのかっていうのも知りたいしさ」


「そんな面白そうなこと、主管研究担当の私が見逃すはずないっしょ?」


「そっすねー」


それから俺たちは地道なデータ取りを始めた。もちろんちゃんと事前に実験計画は練ったし、期待される結果も想定しておいた。まあ、ADについては期待される結果を飛び越えることがあっても、それはそれで普通のことという妙な納得感はあるんだけども。


それでわかってきたことは、とりあえずADを複数同時に出すことはできないこと。これはすでにわかっていたことなので、修行で出来るようにならないかなーという14歳の俺の期待がまだ裏切られているという確認だ。なんだろうか、MPが足りない的なやつか?で、ADの大きさは結構ばらつくようになってきた。”Connect”に慣れてきたということなのか、全体的に大きめになってきているのと、気合を入れたら大きめのADになるし、気を抜くと小さめになる。とりあえず大きいほうの今の限界値は大体直径で1.5メートルくらいか。さすがにこのサイズのADを出すと、想定外に表面で切断されるものが発生してしまって、実験どころではなくなってしまった。背もたれのない丸い椅子が一つ尊い犠牲になった。小さいほうは少なくとも目に見える範囲だと0.1ミリメートルくらいは大丈夫そうだ。短い時間でこんな小さいのを確認するのもなかなか厳しいが、ぎりぎり見えないこともない。顕微鏡レベルのテストはまだ実施していない。


ADの形を変える実験も念入りにチャレンジしたけど、まだ球が押しつぶされた程度の変形しかできていない。というか、変形していることがかなりすごいことなんじゃないかって気もしている。しかも練習すればするほど変形具合は進むので、これは俺の努力次第で変わる変数なんだろうなと思っている。大きさもだけど。


出していられる時間のほうはやっぱり10秒程度だ。これは試せば試すほど、俺の努力でどうにかなる代物ではなさそうな雰囲気だ。で、出したり消したりのほうは単純に俺の技術になるから、試験を重ねれば重ねるほど素早くスムースにできるようになっていった。今ではちょっとした階段みたいな感じで俺が空中を歩くくらいのことはできる。そう、右足がAD(扁平)に乗った状態で、左足を前に進めて、概ね着地点くらいのところにADを出す直前に右足の乗ってるADを消すという、まるで忍者が水の上を走る理論みたいな感じで空中を歩くわけだ。慣れるまではなかなかのコント状態だったが、ある程度慣れてしまえばかなり自然に歩けるし、むしろ走ったほうが自然に見える。もちろん、一歩間違えば大事故だから、慎重に行うに越したことはない。


「ねえ、ゆうき、ちょっと聞いていいっすか?」


「なんっすか?」


「口調を真似しないで欲しいっす。あのね、でっかく出せるようになってきたんだけど、もしかしてそろそろ自分の周りを囲む感じでAD出せたりしないっすか?」


さすちは⇒さすがはちはる。俺もそれは考えてた。そう、ADとの邂逅2回目の時、おれはADの内側にいた。そのあと、ADの消滅で俺は今ここにいるわけなんだけど、約10秒、今となってはおそらくADの内側にいた時間くらいの分だけ、時計がズレてた。これ、AD内部は時間がはやく過ぎているということしかないのか?俺は普通に動けてたはずだ。周りを見回すくらいの動きしかしてなかったとは思うし、何しろ10秒ほどだったわけだからADの外側がどうなっていたのかは確認できていない。今でこそADを見ても半ば当たり前感すらあるけど、あの時はとにかく驚きと驚きと驚きで訳が分からなくなっていたから。


となったら当然、もう一度同じ状況になって、実際時間の流れがどうなっているのか確認したいと思うじゃないか。ようやく直径1.5メートルくらいまで大きなADを出せるようになったんだから、チャンス到来って思うじゃないか。


「まーた何が“じゃないか”っすか。話を振っといてアレっすけど、でまあ、気持ちはわかるっすけど、リスクとか考えないんっすか?」


「ま、まあ何とかなるだろ、前回もちゃんと生還してるわけだしさ」


「ゆうきって好奇心に殺されるニャンっすよね、きっと」


「STRもDEFもかなり底上げされてるからダイジョブ。ってか、ちはるを残して死なないけどね」


もー、とか言いつつまんざらでもなさそうなちはるを横目に、俺は回収用のミスプリしたコピー用紙の束の上に立って、少しかがんで小さくなってから携帯を取り出して時計を秒単位まで表示させるアプリを立ち上げてから


“Connect”


気合いっぱいの自己最大級のADを自分を中心にしたエリアに出現させた。ADはキレイにコピー用紙を切断して出現して10秒ほどで消えた。時計は見ている限りは特に早くなったりすることはなかった。


「ほんとに大丈夫っすか?異常なし?」


「大丈夫だね。問題は時計がどうなってるかのほうだよ」


「「ふーむ・・・」」


きっちり10秒進んだ時計の表示を見て、俺たちは顔を見合わせた。そもそも時間がズレるっていうつもりではあったんだけど、それを説明できそうな科学的合理的なストーリーが思いつかなかったから、誤差とか勘違いの線も捨てきれてなかったんだ。でも今まさにそれが真実であることがデータで示された。さーて、これは考察が楽しみになってきたぞ。


俺たちはそれぞれで一旦思考の沼に落ちることにして、午後一でミーティングルームを予約してそこでディスカッションしてみようということになった。これはもう、通常業務は二の次だ。いや、ほんとは良くないなと思うんだけど、今日くらいは許してもらおう。


とりあえず俺はどんな仮説が立てられるのかを考えた。内部に入っている間、時計は普通に10秒刻んでいたし、外にいたちはるは多分普通に動いていた、ような気がする。ただ10秒程度だから仮に止まっていたとしてもちょっとした違和感くらいで収まってしまうのかもしれない。そういえば“Connect”の瞬間少し視界がノイズみたいな感じになったような。。。まあADの中に突然取り込まれたわけだからそりゃノイズくらい見えるかもしれない。


いや。。。そういえばADが消滅する時にもなんか少しノイズみたいなのが。。。うん、これは確かだ。目の前にあったものが消えてしまうわけだから、そりゃそれくらいのことは起こるとしても、これは客観的事実だ。


よし、10秒のズレを生じる可能性を考察しよう。例えばめちゃくちゃ高速で移動したら、時間の進みは遅くなる。アインシュタインの世界だ。ただ、もれなく質量が爆発的に増加するってのは目をつぶる。例えばAD出現時、内部が光の速さの10倍で移動していたら、ADの内部にあったものはADの外側で10秒間の間に1秒しか経っていないことになる。光の速さの40倍で移動していれば10秒間の間に0.5秒しか経たず、光の速さの100倍だったら10秒間の間に0.1秒しか経っていないことになる。この時に内部では普通に10秒間経過したと認識されてるわけで、ここに浦島効果というやつが生じるわけだ。全く逆に、内部が固定で外部が高速で移動することで、内部が0.1秒の間に外部が10秒進むという現象が成立する。どうやって光の速さを超えるのかとかいう本質的な問題は残るにせよ、なんちゃって仮説を立てることだけはなんとかできた、のか?


午後一にミーティングルームに集まった俺たちは、お互いのブレストの結果を出し合った。見事というか、俺とちはるの考えはほぼほぼ同じだった。もちろんのことだが、二人ともたくさんの物理学上の不可能を無視しているのだけれど。。。


「相談なしでこういう結論に二人ともが至ったということは、今のところ一番可能性が高そうだっていうことなんだろうな」


「そっすよ、ニュートン力学も相対論も量子力学も、それぞれちょっとずつ持ってきて、ちょっとずつ無視して、やっと至った仮説っすよ」


まったくその通りだ。リアルかつ非現実的。いいじゃないか。これこそロマンだ。しかも内部から外部を見ていて違和感を感じたのはADが出現した瞬間と消えるタイミングの2回。ということは高速移動はこの2回にのみ発生している可能性が高そうだ。これはほんとにADが次元の裂け目って感じでAD内部は別次元っていうのが一番妥当な気がする。俺は科学者を自認しつつも、現代科学においては充分に非科学的な結論に到達しつつあった。


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