3. 2回目
本日もよろしくお願いします。
キジ真っ二つ事件があってから数日、忙しい社会人を絶賛堪能中の俺は、そんな面白い現象があったことなんてそろそろ記憶の一段下の階層にファイリングしてしまおうかと、無意識のうちに自分の記憶のHDDクリーンアップをかけそうになっていた。
「今日は珍しく早く帰るし、久しぶりに家でゆっくりアニメでも見てだらだらしようか・・・」
言葉にしてしまうととてつもなく寂しく空しい響きだけど、これは何も悲観する必要のない自分らしい在り様というやつだ。
「仕事はまったく終わってないけど、実験の区切りだから帰るよ」
「お疲れ様ですー」
たまたま近くにいた村主が、こちらを見ることもなく脊髄反射で送り出しの挨拶を返してくれたのを聞きながら、俺はオフィスを後にした。
季節が冬から春に向かっていて、日が長くなってきている。
明るいうちに帰るのはほんとに気持ちいい。
田舎なんで通勤はクルマだ。
そう、田舎に行くほど公共交通機関というのは使い勝手に限界があり、どうしたってクルマ社会になる。
だから免許返納なんていう問題は、田舎ほど難しい問題をはらんでしまうのだが、それもまた現実というものだ。
俺は愛車に乗り込もうと駐車場に向かってると。。。
「ん?急に暗くなっ・・・え?なんだこれ?あ・・・いやまて、あの時と同じ違和感か?」
一瞬にして、という言い方でも足りないくらい、完全に場面が切り替わったかのように少し暗く感じる違和感に包まれた。
前にキジ真っ二つの時に一瞬感じた違和感と同じやつなんじゃないかと、根拠もなくそう思えてしまう。
周りが一瞬で暗くなって、とはいっても皆既日食の時みたいな変な違和感のある暗さなんだけど、なんというか、取り残された?隔離された?みたいな違和感。
あたりを見渡しても特にほかに変わったところはなさそうだし、といっても田舎町のさらに外れのほうにある研究所なもんだから、人影は見当たらないんだけども。
ここに来て理系男子炸裂で周囲を観察しまくると同時に、今目の前というか、周囲に起こっている現象を整理するという並列思考を発揮してみた。
どうも世の中全部ってわけじゃなくて、俺の周囲に限定されてるっぽい。
というのも、あのキジみたいにキレイに切断された雑草やら駐車場のアスファルトやらが俺の周りにざっくりと3メートルφくらいの範囲で広がってる。
いや、もっと正確に言えば、円形でキレイに切断されたいろんなものがぐるりと俺の周りにある。
と言っても、俺は円の中心にいるわけじゃないんだが。
これ、下手に動かないほうがいいパターンじゃないか?幸いにして愛しのマイカーは円の外側にあるから、キレイに真っ二つになる被害車両にならずに済んでいるようだし。
ってことは、だ。前回のキジはこの円上にあるものたちと同じだったんじゃないかってことだ。
なんというかマイクロブラックホール的な何かがあって虚無エリアを作り出して、それがたまたま今は俺の周りに円状に存在してる。
いや、俺からは確認できないけど、球状かもしれないし、円柱状かもしれない。
まあそこはいいとして、俺を起点にしてこの不思議現象が発生したのではないことは間違いない。
なぜなら、俺が円の中心じゃないから。
しかしブラックホールってのも怪しくなってきている。
なにしろ円の近くにいる他の物にはどうやら全く影響していないらしいし、なんなら円の中にいる俺も全く影響された感じはない。
おそらくだけど10秒程度の時間だったと思う。
その間にかなりの高出力で俺は自らのINT値に仕事をさせて思考を重ねた。
で、ちょっと変な汗が出たくらいのタイミングで、変な暗さはなくなった。
普通の夕方の明るさ?暗さ?に戻った。
キレイに切断されたいろんなものたちを残して。
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あれから特に焦ることもなく、少しおっかなびっくりな感じはあったものの、いつも通り運転して自宅に帰って、ただいま記憶をたどってブレスト中だ。
まず初回と2回目の暗転は基本的に同じものだろうと推定した。
初回はきっと空中にあの暗くなるエリアがあったんじゃないだろうか。
それがたまたま俺の席の近くの窓の外にあったから、窓からの景色が暗く感じたってことなんだろう。
でないと、建物とかが切断されてないのがおかしいってことになる。
で、2回目はそれが地面を含むエリアだったから、いろんなものが切断された。
うん、なんとなく合理的だ。
で、暗くなる球体?円柱?の中と外で、体感的には何も違いは感じなかった。
少なくとも今のところは。
じゃあ、切断って何なんだって話だ。
ブラックホール説はなんとなく無理がありそうな気もするし、かといって本質に近いような気もする。
要するに切断された面に微小虚無エリアが連続的に存在していればいいわけで、いわば“ギガントかまいたち”ってことだ。
いや、ギガントだと広範囲っぽいか?“かまいたちズン”とかのほうがそれっぽいか?まあいい。
要するに微小虚無エリアが面状に展開していて、その内側もすぐ外側も特に変わったところはない。
特に内側についてはまだ確定したデータじゃないけども。
これってあれか?時空のゆがみ的な?あー、なんかファンタジーになっちゃうなあ。
そもそも時空ってなんだよって話だ。
感覚的に理解できない別次元というのが存在するとして、そことつながった?
じゃあ内側にいた俺はどういう位置づけになるんだろうか。
しっかり思考を重ねたものの、何しろ不意打ちの2回の現象だけではデータが少なすぎて何も考察できやしない。
しかもそのうちの1回は十分に観察もできていない。
これじゃ推測の域から一歩もでられないな。
よし、こういうときはあれだ、いったん置いておくメソッドだ。
できる男はこういう切り替えがうまいって聞いたことがある。
そうして俺は、早く帰ってしようと思っていたアニメイッキ見もせず、日課になってる株取引のPTS市場をちょっとチェックして、とりあえずシャワーを浴びてから早めに布団にもぐりこんだ。
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「小川さん、毎日早出しててキツくないっすか?」
村主め、その憐れんだ目線はやめろ。
なんとなく生活リズムがお爺さんのそれに近くなって安定しちゃってるから、特にキツくないなんて言ったら、きっと深堀されるに違いない。
「いやー、雑用こなすには早朝っていいんだよ。キツくても頑張っているのさ」
「あまりの胡散臭さに海外旅行先の一本路地裏の露天商も真っ青っすよ」
世界中の海外旅行先の一本路地裏の露天商さんに謝っときなさい。
まあ、言わんとしていることは十分に伝わってくるんだけどもさ。
「ところでさ、携帯の時計ってあるじゃん。あれってズレることってある?」
俺は話のつなぎとしてではなく、このところちょっと気になってることを聞いてみた。
あの“2回目”のあと、ちょっとだけ携帯の時計がずれていたんだ。
ほんの10秒程度なんだけど、なんでわかったかというとその日の夜に株のPTS市場をチェックしてたら、ほんの少し約定時間がずれていることに気が付いたというわけだ。
通信環境で出る誤差かと思ったりもしたけど、やっぱりあんなことがあった後だから気になって。ちなみにそのずれは翌日にはきれいさっぱり解消されてた。オートコレクトってやつはやっぱり便利だ。
「そりゃあるんじゃないです?バッテリー弱ったりとか?知らんけど」
「どうして最後はエセ関西弁」
うん、まあそうだろうな。
普通はあまり考えにくいというか、そこそこの頻度でオートコレクトされているだろうから、基本的にズレていないという認識になっているはずだ。
だから逆に、短期的にズレが発生しても気が付かなかったりしそうだ。
「いやさあ、こないだ明らかに10秒ほど進んでてさ」
「いや、10秒って、そんなの誤差もいいとこじゃないっすか。小川さんって日常をそんな秒単位の生活してるんです?そんなだから彼女でk」
俺はチベットスナギツネの目で村主をジトーっと見てやった。
途中で言い澱んだヤツは、
「いやまあ、そんな細かいことによくもまあ気が付いたっすね」
株取引で気が付いた話をした後、なんとなく10秒というところが気になったんで、ほんの一瞬考えたけど、結局村主に“2回目”の話をしたのだった。
世間的にはGW気分も盛り上がってきている頃ではございますが、書き始めた以上、頑張って継続したいと思っているところです。よろしくお願いします。